第156話:優しい
フィナントはバルディルが居ると聞いた時点で、既に警戒し、魔力を少しずつでも練り上げていた。
魔族がエルフを嫌うのは、彼等の扱う力が自分達に不利なものだから。
聖属性と言うのも厄介だが、彼等が独自に編み出した古代魔法も同じく厄介な力。古代魔法はエルフ専用の言葉として、彼等だけが編み出し昇華させてきたものだ。
(異世界人と言う理由だけで、彼女が操れる理由にはならないが……)
防ぎながらも密かにゆきを見る。
彼女は麗奈と同じ異世界人であり、扱う魔法も他と異なった。エルフの言葉で構成された魔法を、簡単に使えてしまう。現にそれで魔族に狙われ、殺されかけた事もある。
だが、考えてもラチがあかない。
それよりも、と彼はドラゴンへと声を掛けた。
「すまない。今の魔法を放った方向へと行けるか」
《お任せを》
短く答え、ブルームに向けて先行すると言い魔法を放った者へと向かう。その後ろをから「待て!!」と声を掛けて来るが、無視して突入していく。
「っ、全く……仕方ない人だな!!!」
その後を追うのはランセだ。
彼は、黒いドラゴンに乗り、ユリウス達に「あとで合流する」とだけ言い残して急いで追いかける。
《人に味方をする、妙な魔王とは貴方の事だったな》
「妙で結構。今更、自分の事をとやかく言われた所で気にしないし」
《……何故、こちら側に?》
その問いはドラゴンからしたら、というだけでなく誰もが思う事だ。
魔王が何故、同じ魔王と対峙するのか。
ランセがサスクールを殺すのは、自分の育った国を壊されたからだ。それは今も、色あせる事無くランセに刻まれている。
「……何故、か」
思えば誰だって疑問に思う筈だ。ランセも8年前に、ラーグルング国と共に1度サスクールと対峙している。
「今まで協力しておいて、今更なし、なんて言わないよね? いやいや。ないない。君、そんな無責任な奴なら最初から手伝わなきゃいいじゃん。私達の事を見殺しにでもすればいいんだし?」
キールが答えそうな内容に思わず、眉間にシワが寄った。
彼はとにかくトラブルを招くし、自分が起こしたとも思わない人物だ。いつの間にかランセの所為にされている。それでいつの間にか、雑務もするようになっていく自分が怖い。
だが、それでも良いかと思い始めたのは……いつ頃だっただろう。
国を奪われ、国民である魔族達は殺され……両親だった王と王妃は、自分の目の前でじわじわと殺されていった。自分が師と慕っていた魔王サスティスも、もう居ない。
最初にサスクールに殺され、そこから崩れていった。
魔王の王とは、そのままの意味だ。
魔族の頂点。
全てを仕切り、あるいは支配し管理する。蹂躙が良いとは彼もサスティスも思っていない。
そんな彼等の思考は、周りから見れば異端に見えたかも知れない。が、結局は周りも「ま、貴方方だし」と納得してしまう辺り……色々と毒されてるのだろう。
魔族には魔族なりの利点があるし、それぞれの種族の利点も合わせて最初の時代に――どの種族も協力し合える関係に近付きたい。
そんな夢のような、不確かなものを彼等は目指していた。その矢先の出来事に起きた悲劇。
必ず見付ける。見つけ出して、何を犠牲に払ってでも追い詰めて、追い詰めても足りない。まだ、足りない。
憎しみが? —―否、何も出来なかった自分が。
復讐が? —―圧倒的な力を見せつけられても、生き残った自分を恥じた。
「—―私は」
1度は手に入らないと、諦めていたもの。
未だに憎しみがあるが、痕跡も残さない相手の捜索に疲れ果てていた。そんな時、野原に横たわる彼に話しかけてきたのが――ラーグルング国の王族の1人、ヘルスだ。
「あれ、なんか珍しい気配する。……もしかして魔族だったりする? あ、もしかして魔族の王様の魔王とかだったり?」
「……」
「うわぁ、凄いなぁ。そんな人がのんびりしてるなんて。あ、魔法バカのキール。この人にやってみるのはどう?」
「ちょっと待って。何で普通に話しかけてるの? 魔族であろうと魔王だろうと危ないって気付かない。なに、王族の君ってバカなの?」
王族相手に凄い口の利き方、と言うのがランセの思った印象だ。
しかし、キールの言葉をまるっと無視して「このままやると森なくなるかな」とのんびりと言い、他に広い場所はないかと駆けていく。
「……えっ、と」
「嫌なら逃げないと」
危険と言ったのはお前だよな、と言う言葉を飲み込んでさっと移動する。
だが、物は試しと言うヘルスの光魔法に捕まり無理矢理に対戦させられた。
一応の加減はしたが、相手を行ったキールも相当の強者だ。
幾重にも展開し続ける魔法と、彼の契約する大精霊が2体。それを全て、同時に操り複雑に、また新たな魔法を作り出す。
ランセはその全てに対処した。
彼の扱う闇の魔法は全てを飲み込み、精霊の攻撃を避けながら行われた実戦は数時間に及び――結果、キールの魔力切れと言う決着を迎えた。
「流石……。魔力が無尽蔵に近いとか、反則じゃんか」
「大精霊を従えて、魔法も使って来る君に言われてもね。……大賢者といきなり、対戦させられる身にもなってよ」
ランセも噂で聞いた事があった、大賢者。英雄のように紡がれるそれらは、数百年の内に1人現れるかどうかの、低い確率。魔王と対峙した場合、苦戦されるのは必須であり人間にとっての最終兵器だ。
どこの所属かと聞けば、返って来た答えは魔法国家であるラーグルング国だと言う。
その名を聞き、希望を抱いた。
自分の復讐に彼等を利用してしまうかも知れないが、彼等も自分を利用すれば良い。自分の記憶が正しければ、この国は大精霊の頂点に座する大精霊の住まう場所だ。
元から魔力が高い人間が生まれやすく、精霊に愛されやすい国。
それがいつからか……自分の求めていた理想に近い国であり、居場所になっていた。
「友を……親友を助ける為に、彼等に協力しているに過ぎない」
《そうか》
見付けた答え。
自分の区切りを今、はっきりと口にした。サスクールが憎いのは変わらない。だが――と彼は思う。
(最初に誘ったのは君だ、ヘルス。……君を助けなきゃ、弟のユリウスが悲しむんだから)
別世界から来た麗奈は魔王と言う言葉を知らず、ランセを怖がるような反応はなかった。ただお礼を言いたい、と言う一心で彼を探していた。
「じゃあ、ランセさんは優しい魔王さんですね♪」
「やさ、しい……?」
そう結論付けた彼女に、思わず疑問を投げた。
敵に対して容赦なく叩き潰す自分が、優しい。彼女の前で派手に戦闘をした事はある。
圧倒的な力を見せ、逃げる相手を一瞬の内に捻り潰す。
そんな自分が、優しいと評される事に疑問に思いながら首を捻ったのは何度もある。
「だって九尾と同じ思考ですよ。彼も長生きで、封印した陰陽師は憎いけど、それでも人間が好きなんですって」
ストン、とそれが妙に納得してしまった。
そう言う事なら、確かに自分は優しい方なのかも知れないのだと。そう教えてくれた彼女に、ランセは感謝した。
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「……ここか」
白いドラゴンが大人しくているのが見え、後を追う様に降りていく。
ドラゴン達の体長は全長10メートルはある。が、その殆どはサイズの変更が可能だ。
一見、狭くて窮屈にも見える廊下も彼等の手に掛かれば上手く収まる。
廊下の天井よりも低く、攻撃態勢に展開できるだけのサイズを熟知している証拠。
ランセが乗って来た黒いドラゴンも器用に、サイズを変えてエルフであるフィナントが何処に行ったのかと尋ねる。答えの代わりに奥では派手な音が聞こえて来る。
「奥、だな。……他に気配は」
《貴方と同じ魔王としての、魔力以外は感じられないですね。援軍が来た場合、すぐに蹴散らします》
「流石。頼りにしてるよ」
そう言っている内に気配を消し、戦闘が起きている方へと向かった。
長い廊下。
飾られている絵画、豪華な内装も紅い光に満たされていなければ綺麗であっただろう。その原型がない。壁、床、窓も戦いの余波でズタズタな状態だ。
魔法を展開しながら、先を読み次に備える。
今も、金属音がぶつかる音が響く中でほほ同時にどこかが崩れ壊れる音が聞こえてくる。
「森の狩人が、剣を使うか。得意の弓はどうした!?」
互いに使うのは剣。
その合間に、魔法で牽制し攻撃を加えている。
ブウン、と言う異音が聞こえた瞬間。四方に襲い掛かる黒い刃。
フィナントは、それを姿勢を低くしながら、距離を詰める。その手前で黒い球体が現れる。
「!!」
一瞬だけ目を見開き、しかし剣筋はバルディルの首を狙いを定める。だが――。
「う、ぐぅ……」
聞こえた声に無意識に力を抜き、ピタリと手前で停止する。
(何故、ここに……!!!)
沸いた疑問を突くように、影から再び刃が襲いかかる。避けた拍子に左足にズキリと痛みが走るのを感じながら、剣先はバルディルへと向ける。
「っ、フィナ、ント……さ……」
首を締められているのは、ゆきだ。
あと一押しされれば、折れる。それが分かるからこそ、対峙しているフィナントは手が出せないでいた。
1時間後に、次話を投稿します。




