第155話:死神からの警告
鮮血の月という魔族にとって強化される状態でラーグルング国を落とす。
当初は、その筈だった。
だが結果は違っただけでなく、大幅に狂った。
目標とする国は健在するだけでなく反撃に転じて来たのだ。
人間は抵抗出来ずに意識を手放し、行動できるのは同じ魔族か長寿として知られているエルフだけ。
それが狂う。いつのまにか、狂わされていく。
「ちっ……忌々しい」
そう愚痴るのは大股で歩くバルディルだ。
ユウトが疑似的に展開した結界は上手くいき、世界全土にも影響を及ぼした。その所為で同盟を組んでいた騎士国家のダリューセクも神領の国ニチリも、出鼻をくじかれていた。
今もダーリュセクでは戦闘が続いている。
聖騎士と言う厄介な力を持った者達がおり、動けてしまう可能性はあった。が、発動さえしてしまえばと思ったが精剣のフェンリルの力を侮った。
攻防を得意とし、氷の力を自在に操る大精霊のフェンリル。
使い手は現れていない。だが、この土壇場で近しい者が現れた。麗奈達と同じ異世界人である咲だ。
彼女がずっとフェンリルによって、魔法のコントロールも含めて共に居た事が幸いしていた。大賢者でもある彼女は、ラウルから手ほどきをして貰い麗奈にはフェンリルとよく会話をすることを勧められた。
彼女は元から精霊に好かれる。
何をするにも会話を大事にし、互いに知る事が背中を預けられるだけの絆を生むという。
そう教わった咲は、1日の大半をフェンリルとの会話にあてた。
他愛のない事から咲の過去、フェンリルの過去も知り互いに知れた事で絆を少しずつ、だけど確かに育んでいる。
(ちっ……!!! やはりランセの邪魔が……奴がウロチョロと)
魔王ランセの生存。
それを聞き、また8年前の時に邪魔をした相手に苛立ちを募らせていた。そんな彼に報告が届く。
器である麗奈の脱走。
しかも実行に移したのはティーラの部下であり、麗奈の世話係を務めていたであろう、魔族のブルトの姿が浮かぶ。
見た目は上級に見えず、力がないように見えた。ティーラの部下だからと言うのと、腐っても上級だ。下級と中級に任せたのが、間違いだったという事かも知れない。
別室での移動中。
不意の出来事であり、反撃する前に沈静化され今も逃走を続けている。それを聞き、報告しに来た魔族を八つ当たりのように焼き払った。
「くそっ……!!! どいつもこいつも!!!」
ドゴッ、と壁にめり込んだ手。
それだけでは収まらず、その矛先は崩れていく壁だけでなく隣接した部屋も含めて塵となった。
巻き込まれた魔物や魔族は居たとしても生存はしていない。呻き声すらも上げる事なく消えていったのだから。
「腹の立つ、奴め!!!」
最初から怪しんでいた。
魔王サスクールを支持する魔族として、王を導くのも務めだ。だが、ティーラはフリーでありひとたび暴れれば止めるのだって犠牲を払う。そんな危うい存在を、何故サスクールが取り入れたのか。
奴はランセの部下であり、命を狙っている可能性だってある。
だが、サスクールはそれも構わないと言った。既に獲物は定められ、何があろうとも止まらない。
この世界の創造主の破壊が、目的だと聞いている。
ラークとリートは退屈な世界からの脱却。ユウトは陰陽師を憎み、バルディルは力の象徴たるサスクールに心酔している。
「っ!!!」
そう思っていた時に足を止めた。
いや、止めなけれと思いすぐに答えがでた。
横を過ぎたのは虹の光。
真横ではない。斜め下からきたその攻撃を、憎々し気に見つめていると見えたのは、あるはずのない光景。
「バカなっ、ドラゴンだと!?」
飛翔するのは、伝説上の存在とされてきたドラゴン。それが群れをなして、こちらに突っ込みあるいは攻撃を仕掛けていく。
長距離魔法、ブレスとして。
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「お、おい!!! 直撃したぞ!!!」
《突撃してるのだから、当たり前だ》
「そうじゃなくて……!!!」
ブルームが放った、虹の光線。
城の周囲には結界が張っていた。侵入者の判別にも使われるものだか、感知するよりも早く全て壊された。
(流石は虹の大精霊、といった所か)
突入するユリウス達を見るのは、結界を担当しているユウト。ニヤリと笑う先には、別に行動をしている麗奈達の姿が見える。
「せいぜい今を楽しめ、土御門」
彼はそこで、結界の力を上げていった。
《ちっ……》
それをいち早く察知したのは、大精霊ブルーム。面倒な事をと思いつつ、城まであと少しで辿り着くと思った矢先。「やあ」と、随分とのんびりした声に苛立ちを覚えて――ぐっと堪えた。
「どうしたんだ、ブルーム?」
《……いや、何でもない》
なんとなく様子がおかしいと思い、聞いてきたのは契約者であるユリウス。彼の後ろからは、あとを追う様にしてドラゴン達が付いてくると同時にゆき達がそれぞれに乗っていた。
ゆきとヤクルは共に赤いドラゴンを。アウラは水色のドラゴンを、ディルベルトは緑色のドラゴンに乗り共に飛んでいた。
ドラゴンの背に乗ると言う事は、奇跡のような体験だ。
馬を操る感覚で良いと本人達は言うが、その馬を操る自身がゆきにはない。だから、ヤクルと乗ったのだ。そんな彼から、世に珍しい事だと聞き、ゆきは驚きながらも「よろしくね」と優しく語りかけた。
(……浮かれてる場合じゃないもの)
親友を助ける為に、皆で動いている。
他では味わえない体験をしつつも、それを上回る位に心配な親友の為。そこでふと先行しているユリウスの様子が気にかかり、ヤクルとドラゴンにお願いして隣へと移動する。
「何かあったの?」
「ん? あ、いや気のせいかな」
何とも歯切れの悪い回答だ。
答えつつも、ユリウスはブルームに視線を向ける。彼等には見えていない存在が、ブルームの目の前に居るのだ。
説明をしたくとも、するな。と言われているのだ。言えば……自身の首が飛ぶのだから。
「ふふっ。驚かせるつもりはないんだけど、ね。ちょっと面白い」
冗談は止せと思わず睨んだ。
そのブルームの口を封じているのは、死神のサスティスだ。彼は変わらずのミントグリーン色の髪を有し、片目は朱色の瞳を。もう片方は紫色の瞳を持った存在。
創造主の便利屋。もとい、この世界における魂の回収屋。それが、彼やザジの正体だ。
「あの子は無事だよ。ザジが傍から離れてないもん」
口を尖らせ、さも機嫌は悪いと言わんばかりの態度。
自分の髪を指先で遊ぶ姿はいじけた子供のようだ。だが、ブルームは警戒しながら城へと目指す。
今は死神と話す暇もない。
そんな態度を取られながらも、サスティスは気にした様子もなく話を続けた。
「あの子に妙なものが付いてる。魔法の概念じゃないから、あの子の術と呼ばれるものだろうね。……急ぎなよ」
《!!》
思わず目を見開いた。
それはどういう意味なのか、と今すぐにでも問いたかった。だが、彼等が見える存在は少数すぎる。
何故か見える上に存在が分かる麗奈という例外を、除いて見えるのは虹の大精霊であるアシュプとブルームだけ。
今、不自然に何故だと質問してもサスティスは答えてくれるだろう。だが、周りの反応がどうしたのだと言う反応と視線に晒される。
理由を言えば、死神が関与しているのだと言わなければならない。だが……彼の首には朱色の首輪が付けられている。ブルームにしか見えないものであり、サスティスが言うなと脅したもの。
《(ちっ。気になる事を言って消える、か……)》
少しの間。
それだけで、死神は既に居なくなった。何処に行ったのかなど考えたくないし、その時間が勿体ない。今の警告ともとれる発言が気になるが、今は無視してユリウスに告げた。
ここから先、魔王と対峙するまでに魔法を使うなと。
「なっ!!」
《魔力が少しでも欠けた状態で魔王に勝つつもりか? 侮るなよ》
相手は魔族の王。
万全の状態で当たれと言う言葉は理解できる。だが、目標は……その相手は自分の兄だ。
「……っ」
戦うしかない。そう決断した彼等の元に、黒い雷が放たれる。雨のように降り注ぎながら、その中に氷まで混じっている。反応が遅れたユリウスよりも先にそれを防いだのはフィナントだ。
「サクレ・セルマン」
頭上高く、手を上げたその瞬間。聖なる光を魔力を作り出し、雷もろともその全てを蔓が阻んでいった。




