第14話:ゆきの覚悟
====……時間経過、場面転換
ラウルとキールの誓いを立てられて2週間が経ったある日。麗奈は今日も朝が起きるのを遅れる。グイッグイッと風魔が掛布団を引っ張り主である彼女を起こすのも習慣であり『主、主。朝だよ~』と顔をペロペロと舐めて来る。
「……う、分かった」
『最近、起きるの遅いね。ゆき、朝は早いって聞いてたのに。どうしたの?』
「う、ん…………ちょっと」
『2週間前から様子おかしいよ?どうしたの、主』
「………」
初めてあんな事をされた。手の甲にキスを落とだなんて……騎士の誓いと魔法師の誓い。いきなりの事に頭が追い付かずその後どうやって部屋に戻ったかは覚えてない。ただ、あれ以来2人の事は避けまくった。
城の中に居るから無理だろうと思い図書館に居浸り、ベール、セクトの居る騎士団にも入り浸る。……その繰り返しでいれば思った以上に会わないで助かった。
最近、リーグには会えていないな、と思った。試験が終わったあの日以来、彼は自分とゆきを避け始めていた。最初は勘違いかなと思ったが向こうも避ける感じの様子だと、リーナに聞いた。代わりにヤクルが構うようになって別の意味で逃げ出くなった。
「いきなり襲ったのは俺の間違いだ。本当に申し訳なかった」
「っ、ごほっ、ごほっ」
「麗奈さん!?ちょっと貴方も発言を考えて下さい、ここは食堂です!!」
場所考えろという目でヤクルを見るが、頭を下げているので分かるはずもない。ピタリ、祐二の怒鳴り声でと話し声がなくなるのは当然だ。誠一は静かに睨めば自分の失態に気付いた祐二は真っ青になり麗奈とヤクルを見る。
「………」
誠一と同じく静かに睨む麗奈に静かに座る。周りもそんな会話が飛んだので静かに聞き耳を立てるようにしている。見れば、ベールとセクトも来ており2人して笑いを堪えている……あの場に居たのだから事情は知っているのに何もしてくれない、弁明もしてくれなくて思わず助けを求めるも都合よく顔を逸らされた。
「………発言に気を付けて下さい。殺しかけてたのに何を言ってるんですか」
「そう言えばそうだな。だから今度2人で出かけないか」
「何でそうなったんです………」
「ラウルには普通に話しかけてるよな」
「っ、か、関係ないでしょ!!!」
「待て麗奈、まだ話は終わってない」
「来ないで!!!いいから、来ないで!!!!!」
ラウルの名前を出され思わず出た言葉。どうしてもあの時の事が頭から離れなくて、顔が赤くなっていると思い逃げるように食堂を飛び出していく。ヤクルが追うとすればガシリ、と腕を掴まれる。見れば誠一が笑顔で見ている。
「今のはどういう意味なのかな………殺しかけた、とは」
「あ、いや………」
「リーナ君、君も何逃げようとしているのかな」
「い、いえ………」
運悪くリーナも来ており静かに逃げようとしたのが誠一にバレた。ヤクル同様に顔を真っ青にする。父親の顔をする誠一に武彦はお茶を飲みながら「そう言えば2人が来た時の事を知らないね」と爆弾発言をし裕二は(あ……)と地雷を踏んだなと遠い目をする。
「すまない、話をしようか。私達、仕事ばかりで娘とは全然過ごしてなくてね………何故だか急に気になったんだ」
「あ、いや……えっと」
「ヤクル団長、諦めましょう………もう、ダメな気がします」
既に死んだ目をしているリーナにヤクルも覚悟を決め誠一に連れていかれる。その行動を見ていたベールとセクト、兵士達は同時に思った。
(逆らうなんてしたら死ぬわ………)
連れていかれた2人みたいになる、それは避けなければと思った彼等。その一部始終を見ていたフリーゲは笑いを堪えながらも「やっぱ面白れぇ」とコーヒーを飲み干すのだった。
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「はい、今日はもうここまでだよ。ゆきちゃん」
「はい!!」
息を大きく吸い呼吸を整える。自分の足元に浮かぶ小さな光。それが浮かぶでもなく消え去る。
周りは黒い空間により埋め尽くされており広さは分からない。声の主はゆきとキールだ。
この空間は彼が作った自作の物。精神統一や落ち着きたい時に使う空間の為、内緒で修行するには都合がいい。パチン、と指を鳴らせば空間が歪み元の場所に戻る。
東の森。麗奈が精霊と会った場所でありキールはゆきにも召喚士として資質があるのではと思い連れて来た。事の始まりは、麗奈にキールとラウルが誓った翌日。朝から宰相の執務室に来たゆきは仕事をしていたイーナスにお願いをしに来たのだ。
「……今、なんて言った?」
ゆきがしたお願いにイーナスは呆れるでもなくただ聞き返した。しかし、目は厳しい者を見る目で……兵士の失態を叱るような目で冷たく返された。その目にビクリとなりながらもゆきはもう一度イーナスに告げた。
「…あの、私にも……戦う術を、教えて下さい………」
「君はいつも通りに料理を振る舞えば良いよ。それも立派に戦ってる」
「でも、でも…………」
「この話は終わり。ほら、食堂の人達に頼まれている仕事もあるんだから」
「そ、そこは辞めました!!!!」
「…………」
ギロリ、と睨むイーナスに「ひぅ……」と声を上げてしまう。そこにバサバサと紙が落ちる音がし「きゃああああっ!!」としゃがみ込む。ガクガク、ブルブルしているとフラフラと起き上がるキールと目が合う。
「………お腹減った」
「え………」
「君、8年経って性格が変わり過ぎじゃない?普通、報告書ってのは自分の仕事場でするものでしょう。何で見張られながら報告書を書かないといけない訳?何なのこの拷問」
「報告書を書くと言っていたのに速攻で東の森に行こうとしたのは誰なの?」
「…………」
「だ・れ・な・の?」
「一日も経ってないよ」
「こっちに宰相としての仕事を押し付けて来たのに何をほざくの?」
「………意地悪、鬼、悪役」
「その場に動くなよ!!!!」
剣を振り下げるのとキールの防御魔法が同時に炸裂。
その衝突で書類は燃え広がり部屋が火に包まれる。慌てるゆきは誰かを呼ぼうと部屋を出れば風が吹き荒れる。それに目を瞑り次に目を開ければ火が消し止められ燃えカスが広がり、キールの片手には剣を持っており逆の手にはナイフをイーナスを首筋に当てている。
「腕は上がっているようだけど、まだまだだね♪今度は私が勝ったよイーナス」
「……いつの間にナイフなんてもの使うようになったんだ」
「色々あったんだ。使わないと生き延びれなくてね、君の戦い方を参考にさせて貰ったよ」
「………ふん」
剣を奪い取り鞘に納めた辺りで茫然とするゆきに料理とお茶を用意するように頼んだ。キョトンとしながらも笑顔で「分かりました!!」と部屋を出て2人分の朝食とお茶を用意しに厨房を借りに行く。
部屋を出て行って数分後。即席のサンドイッチとコーヒーを持って行き、花柄のランチョンマットを2人分敷きイーナスとキールに振る舞う。サンドイッチのパンはフランスパンに近い形の物、中身はレタスと緑色のトマト、ハム似た肉を挟んだものでリーグが喜んで食べてくれるのでつい作った。
「どうぞ、食べて下さい」
「いただきまーす」
「いただきます」
出来立てを食べキールは満足げに食べ「料理の天才だね、良いなぁ。主ちゃんはこれをいつも食べてたのか」と言いコーヒーを飲む。イーナスはピクリ、と反応を示し「主ちゃん……?」と睨み空気が冷える。
「そう。昨日、麗奈ちゃんに誓いを立てたんだ。魔法師としてのね。あと、ラウルも騎士としての誓いを立てたんだよ。ユリウスが証人」
「はあああああ!!!!!」
バンッ、と机を叩き驚いたイーナス。ビクリ、となるゆきはその意味が分からず目をパチパチと瞬きをする。2人のカップにはコーヒーがないので注ぎまた飲み始める。
「魔法師は主を持たない孤高な人達の集まりだ。自分の魔法の研究、未知の属性の探求、危険を顧みない変人とか様々な言い方するけどね。だからそんな人達が主を持つって言うのはかなり珍しいんだよ。誓いに必要なのは守り石と誓いの言葉、これだけで良いんだから」
「守り石……ですか」
キールの説明する守り石。自分の扱う属性の色の石を誓った相手に渡す、と言う儀式的な物。大体はアクセサリーにして渡すのが殆どでありそれには理由がある。守り石は魔法の転送の一種。主の危機に一番に駆け付ける為の魔法であり一度使うとその石は砕ける仕様のものだと言う。
「じゃあ、ラウルさんが麗奈ちゃんの所に行けたのは」
「彼は既に主ちゃんに守り石を渡していた。誓いの言葉は昨日言ったから順序が逆なんだけど……まぁ、それで何かが変わるわけではないから別に良いんだけど……慌てて言葉を被せて来たから不思議に思ってたんだよ」
石は自分の魔力を使って作るから完成するのに3~5年かかるからホイホイと作れないのに、とおかしそうに笑うキール。イーナスはラウルがすぐに麗奈の所に駆け付けた事に疑念を抱いていたがキールの言葉で納得した。
「キールも渡した訳ね。……ユリウスにはあとで問い詰めるか」
「あ、それは頑張って。……ご馳走様、じゃあゆきちゃん。君の言う様に覚悟があるなら良いよ。戦う術、私で良いなら教えてあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「…………おい」
「魔力がないのは本当だろうね。でも主ちゃんは一切感じられないけど、ゆきちゃんとあと1人は魔力が微量だけどあるよ。私はこれでも師団長って言う立場から教えるのが上手い」
「お願いします、キールさん!!お願いしますイーナスさん。これは麗奈ちゃんにも誠一さんにも内緒にお願いします!!!」
「じゃ、まずは私の家に行くよ。じゃあね、イーナス」
ヒュン、と音を立てて居なくなるキールとゆき。サンドイッチとコーヒーは既に空だがイーナスは頭をかいた。麗奈達に内緒にして欲しいと言った事、守りたくないが守らないとまたキールに嫌味を言われかねない、と思い仕方なく言う事を聞く。
「………逃げた口実にゆきちゃんを巻き込んだな、あの師団長!!!」
逃げられたと気付き怒るイーナス。その怒声を聞いた報告をしに来た兵士達は部屋に入るのを止めた。今、行けば確実に自分達が死ぬ……心が死ぬなと思い怒りが収まるまでガクガクと体を震わせるしかなかった。
それを救ったのは麗奈が作って来た新作のクッキー。イーナスが不機嫌なのを理解した麗奈は、そのクッキーでどうにか機嫌を良くし彼が段々と大人しく食べてくれるのをそっと見ており……数分後には笑顔で自分達の報告を聞いてくれるイーナス。
その兵士達は報告が終わり無事に部屋を出れた。麗奈に感謝をし何かあればすぐに知らせ宥める、と言う図が完成しつつあるのをこの時のイーナスは知らずにいた。
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キールに魔法を教わってから早2週間。麗奈に避けられているのを寂しく思いながらもゆきの理解力に驚くばかり。彼女が扱う属性は炎だが、ただの炎ではない聖属性の混じった珍しい属性。
光の属性よりも純度の高い魔力で魔族に対して大きな有利を持てる最近分かった新しい属性。これを扱えるのは光の属性を使う者か、エルフの中でも数人しか居ない。
「あ、あの、何で私まで」
「ゆきちゃんと同じ微量の魔力がある。誠一さんから聞いたけど、浄化師って言うのは陰陽師と違って封印を担当している人達なんでしょ?だから気になって攫ったんだけど、うんうん、やっぱり思った通り2人には聖属性の力が混じっているんだね」
キールはゆきを教えている中で、もう1人魔法を教えようとしていた。それが高橋裕二、浄化師をしている彼には元々目を付けていたのだ。
「ゆきちゃん……最近、姿を見せなかったけど、彼から魔法を教わってたんだね」
「はい………私も何か、役に立ちたくて」
「麗奈さんみたいな事、ゆきちゃんには出来ないよ。簡単に見えるけど、あれは10年陰陽師として仕事をしてきた経験から出来るものなんだよ」
「…………」
「命のやり取りを………君にはして欲しくない」
「っ、でも!!!もう、見ているだけなんて出来ません!!!!いつもいつも皆が帰ってくるのを待っている気持ちが分かりますか?1人寂しくあの家で待っているのがどれだけ……どれだけ怖くて、帰って来た誠一さん達に安心して、無事で帰ってきて……嬉しいのに心が苦しいの………裕二さんには分かりますか!?」
「っ…………」
それは初めて聞いたゆきの涙の訴え。その訴えに裕二は何も言えなかった。夜中に怨霊退治に行く麗奈達、当然霊獣である清と九尾も居ない。家には結界を張ってあるとはいえ、あの家にはゆきが1人だけが……彼女しかいない。
「麗奈ちゃんが強いのは知ってます。リーナにも日常が私だって言ってたから分かります。リーナは多分、分かってた。私もリーナ達と同じように戦おうとしてたのを……だからそうしなくて良いって言う様に私には何気ない会話しかしないって知ってます。
キメラを倒した麗奈ちゃんの姿は……カッコ良いです。でも、もう守られているのは嫌なんです………もう嫌です!!!」
「ゆき、ちゃん………」
「彼女の訴えは当然でしょうね。何の考えもなしに自分から危ない所になんか飛び込みませんよ」
ゆきの頭を撫でるキールは真っすぐ裕二を見る。戦いから遠ざけていた、それは事実だ。怪我をするだけじゃない、キメラと対峙した麗奈のように死にかける事が殆どだ。
でもそれでも、ゆきは付いていきたい、と言った。その熱意に負けた裕二は誠一達に内緒でキールから魔法を教わる。攻撃魔法でなくても守りの魔法ならとキールはどんどん教えていく、それはもう裕二が根を上げるほど。
「……情けない」
「う、うるさい!!彼女の呑み込みの早さがおかしい!!!」
「まぁ……それは言えてるね。治癒も完璧、魔力量も多いし……私がどんな属性を使うのか調べた時に刺激させたみたいだね」
ごめんね~と謝るキールに(反省無いなこの人!!!)と睨むも意味のないと言われ何も言えない。そして今ゆきは精霊のおじいちゃんから色々と話を聞いている真っ最中だ。
「フォフォフォ、凄いな綺麗な魔力をお持ちのお嬢さん。聖属性は人間達の間では最近知ったばかりのものでね。君にもこの石を渡すか」
と、言って渡したのは麗奈と同じ結晶体。緑色の結晶体は輝きだしペンダントとしてゆきの首に下げられていた。瞬きをし「これは……?」と言えば契約の石だよ教えてくれた。
「あのお嬢さんにも渡したものでね。これで君達はワシ等の力を使えるようにしたんだ。あとは呼び出しにも使えるから……うん、便利だから持ちなさい」
「い、良いんですか!?」
「よいよい。最近、貴方方のお陰で楽しい日々を過ごしているからな。数日もすれば君にもこの柱と同じ色の石が来てくれるよ。あの試験の時にも居たからね」
「あ、やっぱり………力を抑えてたの君等の仕業か」
キメラの魔力を少しだけ吸ったがな、と大笑いする精霊。北の森はあの光線での被害があったにも関わらず今では元に戻っている。精霊の再生力は元から凄いが2週間で元に戻すのはやりすぎでは?と投げかければ「褒めろ褒めろ」と胸を張り少しイラっとなる。
「それもこれもあのお嬢さんが柱に触れて力を戻したからだ。それから定期的に彼女達が柱を回って異変がないかを調べてくれるんだ。これ位やったとしても罰は当たらないよ」
「……女の子に弱いよね」
「彼女達は優しいからな!!!」
自慢げに笑う精霊にゆきは感謝して頭を撫でてば嬉しそうにされるまま。少しだけ自信がついた彼女は麗奈に魔法が扱えるようになった事を伝えようと思った。
今度は1人じゃない。2人で戦うよ、と心に誓い張り切るゆきに裕二は巻き込まれながらも少しだけ楽しそうにしている自分に驚くばかりだった。それを知った誠一は驚きすぎて気絶し、武彦は優しく頭を撫で麗奈からは叱られる、と言う事になるまであと少し。
なんだかんだと、ラーグルング国での生活も楽しくなった、と思える日常になりつつある。それが嬉しくて今日は何を作ろうか、と楽しみなゆきにキールは嬉しそうにしていた。




