第153話:託された思い
ラーグルング国にある柱が一斉に光りだし、結界となって全土を覆う。
薄い膜を張るようにして、青い光が淡く広がっていく。麗奈達が扱う結界の色と被るなと、ユリウス達が思っていると声が頭上から聞こえてきた。
『遅くなって、すまない……』
現れたのは四神のリーダー格である、黄龍。
覇気がないのは見て分かり、事情を察してると誰もが思い口を閉ざした。
その隣では黒髪の長髪に右手が龍の腕の男性である青龍が現れ、前と違う変化があるのをユリウスは見た。
「……青が、混ざってる?」
『ん? あぁ、分かるか。契約の段階が上がれば、我々も変化が現れるからな』
そう言えば、と黄龍をもう一度見る。
彼等が麗奈と同じ朝霧家の人間であり分家の人間だ。その彼の髪というよりも、黄色の光が全体から淡く発光していた。
前は麗奈と同じ、人としての姿であり見てわかる変化はなかった。
黄龍としての姿は、青龍と同じ龍だ。
ユリウスの契約しているブルームとの違いがあるとすれば、翼があるかないからしいあとは鱗の部分がかなり固く、体も巨大な所だと。
『皮肉な事に、この状態が一番調子が良い』
情けないなと小声で言い、国の結界は維持すると言い早く麗奈の所に向こうべきだと告げた。
時間だけが過ぎるこの現状の中、無理にでもいかなければ被害はここだけに納まらない。
青龍が麗奈に近くにいる今がチャンスだと。
契約は切られたが、青龍の場合は持続されている。それは青龍だけが組んだ独自の術式もあり、麗奈の血を介しているからだった。その為に、今は分身を放っていても微弱な力であり、ユウキには悟られない。
『これを持って行って。私達も一応は陰陽師だからね』
ユリウスへと投げ付けられたのは、黄色い札だ。その光は僅かに発光し、麗奈が居る方向に向ければさらに強く輝き出すのだと言う。
『それを頼りに持って行けば、青龍の霊力を感じで必ず道を指し示す』
「分かりました。イーナス――」
「無茶だ!! 未だに回復しきっていないこの状況で、死に行けと言っているようなものだぞ」
《我を誰だと思っている》
地を這うような、ズシリと重みのある声。
肩にのしかかる重みにイーナスは息を詰まらせるも、それもすぐに収まった。パタパタと彼の前の前で黒い翼を広げ、小さいサイズのブルームが不機嫌そうに睨んでいた。
《小僧の魔力を我が回復してやる。だがそれだけじゃない……今回は特別だ》
言葉の真意を測る前に、イーナス達に変化が現れる。
さっきまでは確かに空に近かった魔力が全快していた。ぐん、と自分の力が満ちるのが分かる思わず目を見張る。
「ま、さか……回復?」
魔法を使うのに魔力は絶対に必要。そしてその量は個別に違う為に、今まで魔力だけを回復する薬の研究はなされていなかった。
例え1人成功していても、別の人間に当てた場合は少ない場合がある。多かった場合、溢れ出た魔力はそのまま暴走する仕組みだ。
回復には、個別で合せないといけない。
それをあっさりと行える辺り、虹の大精霊の特殊性なのか精霊としての格が最上位だからこそのなせる技。
「あ、ありがとう……ございます」
《ふんっ、礼は全部終わってからにしろ。攻め込むのに時間が惜しい、長引かせれば異界の女にも危険が迫るからな》
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「間に、あったか……」
「フリーゲ!!!」
壁に持たれながらも歩いてきた人物にキールは慌てて駆け寄る。魔力回復をしたユリウス達は城へ突入する準備を初めている最中。
ティーラは残してきた部下達が気になるからと既に出発している。そんな時、レーグから緊急の用だと言われて仕事場へと行けば――魔法師団はほぼ壊滅していた。
紅い光が全てを照らしている視界が憎たらしい。流れていないと思っても、血を連想させるからだ。
「っ。ここなら安全だと思ったけど、無意味か」
「お兄さん」
小さく声を掛けて来たのは、アリサだ。フリーゲを支えようとするも力の差がありすぎて、ほとんど添えるだけだ。
フリーゲはそんなアリサにお礼をいい、キール渡したいものがあると言って手渡した。
「これは……」
それはフリーゲが作っている薬だ。
飲みやすいように丸い形をしているが、その見た目が僅かに虹の色を発していた。
魔物だけでなく魔族を相手にしていくユリウス達にと、フリーゲ達はずっと試行錯誤してきた。魔力の回復の手助けになるものを実験を繰り返し、ようやく出来たのは1つだけ。
「そんなに焦らなくても」
「嬢ちゃんが、居なくなったら焦る。……親父との事だって、ちゃんと礼を言えてない」
疎遠になっていた父とは、喧嘩をして別れた。そんな父が戻って来たのは、麗奈達がディルバーレル国から戻ってからだ。
まさか一緒に、とは思わず驚き過ぎて開いた口が塞がらなかったのを覚えている。これはそんな父と薬師で働く者達とで作った回復薬。
「悪いが、ほぼ賭けだ。陛下には悪いと思うが……」
「材料を聞いてもいい?」
「……。あの虹の薔薇だ」
そこで沈黙が流れる。
この国だけにあるたった一輪の薔薇。色は虹であり自ら光を発している。ここ、数百年は全くの変化がないのを記録として知っていたが、ここに来て初めての変化だ。
その薔薇の花びらを使っての回復薬。しかも、その花びらが落ちていたと聞いたのはユリウスの呪いが解けてすぐ。麗奈が転送された翌日に、掃除をしていた時に見付けたのだと言う。
「君は休んでて。あとはこっちが」
「ちゃんと、帰って来い……」
「は?」
「あの時と同じような事になるって事だ。……死ぬんじゃねえよ」
「無茶してる君に……言われたくない」
立っているのだって限界に近い筈だ。現に魔法隊の人達の中で立っているのはレーグとキールのみ。他の者達を含め、城に残ると言って避難をしなかったターニャ達も、この異空間と呼べる力により既に気絶し抵抗が出来ない。
どうにか意識を保ちつつ、キールに頼んだフリーゲにも限界が見えていた。
自分はもう無理だ。だからといって、誰も戻らなかったではすまさない。
そう脅され、つい先日まで自分の命を犠牲にしてでも止めようとしていたキールには耳の痛い話だ。そう聞き流していたのに、変な所で「お前、まさか……」と勘を働かせる親友が今は憎い。
「はいはい。あとは任せて寝てなって」
「お、まえ、無茶前提でやるんじゃ――」
これ以上、口を開けば文句しか出ない。長年の付き合いで分かっているキールは眠りの魔法で、無理矢理に口を閉ざした。アリサ1人で運べる訳でもないので、代わりにさっと運び手近な部屋に入り無造作に投げる。
客室の寝室。
広く使われる事も少なくなった場所ではあるが、ここ最近では寝泊まりしていたのだ。騎士団であったり、魔法隊であったり、薬師で働く人達であったりと。
「アリサちゃんは辛くない?」
「ん。平気だよ、むしろ調子が良いの」
ほら、と言って自分の手の平に魔力を集中すれば彼女が扱う魔法が現れる。
ユリウスと同じ闇の魔法。扱いが難しく、一時暴走状態になった事もある魔法だったがランセの手ほどきもあり制御に成功している。
キールの目は僅かに黒くなるのは、それが闇の魔法であるという証拠だ。
(ユリウスは大精霊と契約しているからだと思っていたが、闇には適性があるって事か)
アリサは麗奈から貰った物はない。
アクセサリーが欲しいと言った事があり、制作していた矢先にその本人はサスクールに攫われたのだ。
魔道具を貰っていないのに、普段と同じように動いている事から闇の魔法を扱う者は自然と外されるという事が分かる。恐らくだが、アリサはこのままにしても問題はない。
「アリサちゃん。私の代わりにフリーゲの事、皆の事を守って欲しいんだけど良い?」
「……ママの、所に行くの?」
子供の勘は恐ろしい。
自分の世話をすると言った麗奈が姿を見せず、今まで寂しい気持ちに蓋をしてきたが……思わずそう聞いたアリサに優しく頭に手を置く。
「うん。主ちゃんの所に行って、助けに行くんだ。危険な事が多いから君はここで大人しくしてて」
「……お兄さんも、居ないと寂しいからね」
ぽふっとキールに抱き着くアリサ。僅かに震えている事が伝わる。泣いているのだろうと思い、そのままにしていると静かに嗚咽を漏らす。やがて満足したのか泣いていた顔を拭き、静かにだけど名残惜しそうに離れていく。
「ご、めんなさい……。大丈夫、お兄さん言う様にここで頑張る。友達の事、守るから……だから……」
麗奈の事を連れ戻して欲しい。
そう訴えたアリサにキールは頷き、ランセからの呼び出しを受けて出ていく。親友のフリーゲに託された回復薬に、アリサとの約束。
やらなければいけない事が多く、また困難な道だ。そこでふとキールは思う。そう言った困難にも希望を持たせなくてはいけないのではないか。
だからこそ、賢者や大賢者と言った特異な人達が現れるのではないのかと。世界を止める抑止力として、戦争を終わらせる為の力として。




