第152話:見えぬ力の存在
「……突然、どうしたの?」
その質問に、ランセはティーラへと向けた。第一波を防いだとしても何か仕掛けて来るかも知れない。その可能性があるからと見張る為にと城を見上げていたのを止めてまで。
対してティーラは、視線を外すこともなく理由を告げた。
青龍以外に別の気配を感じる時がある。ただの、勘だがな……と。
彼は確かに戦闘面での頭の働きは凄まじい。いざと言うの時の判断、生き残る確率。野生の勘と言うには反則のようなもの。だが、これに幾度も助けられた事のあるランセは思う。
自分が隠していても、恐らくは何も言わず「そうなのか」と返されるだろうと予想出来る。
「……」
相手がヘルスであり、サスクールだと気付くのに遅れたあの時。その時に討てなかった所為で、麗奈を連れ去られ自分は深い傷を負った。その傷は、別れ際に麗奈によって治され沈められた海の底。
そこで、サスティスと再会した。だが、彼は死神となって現れたのだ。
「実は――」
迷いはしたが話してみようと思った直後。背後からプレッシャーを感じた。
同時に自分の喉元に刃物を突き立てられているような、あと一押しをされればそのまま死ぬような感覚に陥る。
言えば、そのまま死ぬ。
直感でもなく、感覚的なものでもない。確固たる事実。ランセは言葉を飲み込んだ。そうしなければ……自身の存在を、簡単に消されてしまうと思ったからだ。
今、ここで消える訳にはいかない。そう思って言葉を閉ざした。
「実は……どうしたんです?」
不自然すぎる言葉の切れ方に、ティーラは眉をひそめてランセを見る。
なんせ、彼は冷や汗をかいていた。
驚く事も焦る事の少ないのに、今の彼は酷く疲れているような様子。やはり大軍を相手に1人で実行したのがマズいのか、と思い顎に手を置く。
「主も疲れるんだな」
安心したと言って、思い切り背中を叩く。
再会を喜ぶように強く、だけどしっかりと味わう。こうしていると昔を思い出すからだと言った。
ランセの育った国で、共に戦果を駆け抜けた日々。
次代の王としてランセを育て、戦う術を教えた自身。ティーラは幼い頃のランセを知る唯一の人物。
そう、今、生きている中でなら。
まさか死神になったのが、同じ魔王であるサスティスである事。その彼は今の自分達をどこかで見ており――首を狩れる存在でもある。
「何でも、ない……。疲れただけだ」
「そんなんじゃ、麗奈を助けられないでしょうよ!!! あの人たらし、いや魔族たらしは今後も交流したいんですから」
相当、気に入ったのだろう。
ゆきの事も、麗奈の事も。少ない時間でも、接した事がなくとも自然と輪の中に入れてしまう。
今、思えば彼女達のそれは恐ろしくもあるが同時に、ランセからしたら助かっているのだ。
偏見も持たず、種族の違いがあっても人として扱う。
それがどれほど難しいのか。そうした弊害もあるのに、彼女達は普通に飛び越える。だからこそ、ワクワクさせられるのだ。
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「ゆき。どういう、事だ……。死神だなんて」
一方のユリウス達はゆきの質問に戸惑っていた。
だって彼女達には教えていないし、伝える気もなかったから。死神がこの世界にとってどういう存在なのか、好き好んで言える話でもない。
「……実は、ね。気のせいとか聞き間違いなら、何度も良いなって思ったんだけど」
一方のゆきは、ギリギリまで悩んでいたのかまだ言うのに戸惑っていた。
だが、彼女は聞いてしまった。姿は見えなくとも、麗奈の言葉を聞いてしまった。あの後、聞けば良かったと後悔してももう遅い。
でも、自分達はまだ知らない事が多いからこそ……知る事が出来るなら何でも知ろうとした。魔族でありながら、自分達を世話をしたティーラやブルトのように。
もう、知らないからという理由で置いて行かれるのは嫌だ。
「私にも、聞かせて欲しいです。その死神と言う存在を」
「裕二、さんっ」
入って来たのは今までの会話を聞いていたと思われる、裕二。申し訳なさそうにしながらも、彼はゆきが無事でいる事実を嬉しく思い抱擁する。
優しく撫でられれば、幼い時に戻った様な懐かしい気持ちになる。
思わず嬉しくしていると、それを見ているヤクルと視線が交わる。彼からはそれでいいなら、いつでもするぞと言わんばかりの態度が見える。
「……ヤクル。恥ずかしがってやらないと思った」
「っ。ゆきがそうして欲しいならいつでもする。ですから、裕二さん」
「ふふ。分かったよ。このままだと君が妬くって事だね」
「え、裕二さんは私達にとってお兄さんだよ?」
キールがそこで関係ないよと言うも、納得いかないゆきは首を捻る。
微笑ましい雰囲気になりそうなのを、ヤクルが咳払いをして遮断させる。
いつの間にか、部屋の中は静寂になった。ユリウスがゆきに聞く。向こうで何があり、何を見たのかを。
「捕まっていたあの城は、どうも魔力で起動する仕掛けが多くあるみたいなの。図書館で密かに集まって、ドワーフさん達も含めてどう逃げようかって話し合ってんだけど」
ティーラやブルトは自由に動けるが、どうしても動けないのは麗奈だ。
ブルトが行き来する渡り廊下は見晴らしがよく、その離れの塔はいかにも幽閉される為にあるかのような施設。
部屋に行くまでに頑丈な鍵が幾重にもあり、入るにも出るのにも容易でない。加えて今の麗奈は力を封じられ、一般の人と何も変わらない。
非力な彼女がやれる事など、殆どないに等しい。
「そんな状態で、ゆきはよく動けたな」
ヤクルが驚いたように言えば、ゆきはティーラの行動を伝える。
本来なら自分が捕えられるべき存在ではなく、抹消される側であること。ティーラに捕まらなければ、こうして自分はいないこと。
その時に、互いに関わらないと言い切ったバルディルと言う魔族。その言葉通り、翌日からティーラ達の方に近付く者達は居なくなったのだ。
「もし、隠れて調べたりしたら……文字通り、ティーラさんに殺されるからね。上級だからそれより下は絶対に近付かなかったよ」
実際、ゆきに近付こうとした魔族はティーラにより始末されている。
彼は勘が鋭い上、察知も早い。彼はランセに言われたように、麗奈を守るのと同時に関わった人物の保護も頼んでいた。
もし、サスクールの手に落ちるようなら守れと。死ぬ気で行えと言われれば、ティーラも必死だ。
「ランセさんには本当に感謝しきれないの。……麗奈ちゃんが言うように良い人過ぎてて困っちゃう」
ふっ、と優し気になりながらもすぐ黙る。
その話し合いで、魔力で開けられる筈の仕掛けを誰かが解いた。その奥には隠し部屋があったが、外へと通じる仕掛けはない。
気分が悪くて少しだけ席を外したゆきは、居ない間で麗奈を探しそして聞いたのだ。
ザジと言う死神の存在。
彼女ははっきりと言った。それは上司が困らないのか、と。
「麗奈ちゃんの言葉が気になって……フィフィルさんに聞いたの。死神って何? って」
だが、彼は口を閉ざした。
首を振り聞きたくないという態度を示したからだ。そんな反応をされれば、魔族のブルトにもティーラにも聞く訳にはいかない。彼等も同じような反応をされてしまえば、ゆきは知る機会を失う。
だから、もし教えてくれるならユリウス達だろうと思った。
そう言う思いも込めて見つめれば、最初に口を開いたのはイーナスだ。
「……彼等の存在はまず私達では見る事は叶わない、はずだ。彼等は死者だ」
「死者、ですか」
「そう。彼等が見える時、それは自身の死を実感したその瞬間だけだ」
死神の姿を見た者は誰も居ない。見れば死ぬのだから。
その不気味な存在は、密かに語られ噂だけが広がった。
死んでも死にきれない死者の使い。恨みを晴らす為に生まれた存在。
いつの間にか子供のしつけに死神を出すようになった。悪い事をすれば死神に連れ去られ、そのまま居なくなる。
中にはその言葉を言いたくないと、フィフィルのように嫌な顔をする者もいる。どれも共通しているのは嫌われている部分と、決して自分達には見えないという事。
「陰陽師の多くは死者を相手に戦います。怨霊はその恨みで生者にを狙います。自分と同じ所に落とす為に」
だからこそ、集団自殺や神隠しなどいう事件が増える。
それも、麗奈達が怨霊を倒していくお陰でその話題も少しずつ収まっている。もし、死者を見る目が死神を見る条件になっているのなら――と言い表せない不安が過る。
「死神が主ちゃんに協力しているなら、代わりに仕掛けを解除したとみて良いかも。彼等、どうも創造主の力を一部を受け取っているみたいだし」
「どうやってその事を……」
「気になる事があるから、自分の契約した精霊を脅したんだよ」
サラリと言いのけるキールに、何とも言えない空気が流れる。
それを引き出した彼は気にした様子もなく、死神について分かった事を告げる。
ゆきの言う通り、麗奈は死神が見える存在である、と。




