第147話:炎は水に弱い
イフリートが生み出した炎は、文字通りウンディーネにより全てを消火し、残っているのは焼けた大地だった。助け出されたゆきは、ウンディーネの作り出した魔法の余波を受け気絶してしまった。
向けられた相手はイフリートだが、元から四大精霊の力は巨大なものだ。
魔法を扱わない人は平気でも、扱う人達にとっては余波を受けて気絶する者が殆ど。巨大過ぎる力は畏怖を与える上、気分が悪くなるものもいる位だ。
《良いわよ、別に。分かっている……事だもの》
スライムを椅子代わりにして、体育座りをするのは悲し気に呟いたウンディーネだ。流れる髪は波が揺れるように動き、溜め息を吐く姿はイフリートを止めた人物とは思えない位に覇気がない。
「あ、の……ウンディーネさんのお陰で助かった訳ですし、無理があったのにそのすみません」
《……良いわよ。私はただの分身体。本体はニチリで防衛中だもの》
思わず「え」と言う言葉を飲み込んだ。
そしてチラリと見上げる先には、未だに水に閉じ込められているイフリートだ。火を全て消した影響なのか、さっきまでの暴走するような勢いはなく大人しい。
ゆきの視線を受けたイフリートは説明をしてくれた。
《嘘は言っていない。分身体は文字通り、自分達の力の一部を切り離したものだ。それでもこの威力だ。本来の彼女がいれば、もっと早く終わっている》
「そ、そうなんですね」
「ゆき!!!」
「おっ、良かったな。生きてる、生きてる」
イフリートの説明に納得している所に、ヤクルとティーラが駆け付ける。2人が来た事でゆきは安心したように、顔を綻ばせる。
「ごめんね、ヤク――っ!!」
ヤクルと呼ぼうとしたが、最後まで言えなかった。
何故なら、ゆきを抱き込んだのだ。息を飲むのも無視しして、彼はきつく抱きしめ「良かった」と何度も言った。
一方のゆきは、心配させた事と周りに見られているという状況を理解し段々と顔を赤く染める。
「あ、の……」
彷徨う視線の先にティーラと目が合う。
彼に助けてもらおうとするも、彼は面白そうに目を細めニヤニヤと意地の悪い顔をしている。
ダメだと思ってすぐに自分が契約している精霊に同様の視線を向けるも……。
《微笑ましいわねぇ~》
《んじゃ、魔物や魔族が居ないか念の為に見て来る》
《なら、私も行く。彼女の邪魔はしたくないし》
助ける気ゼロの面々。
恨めしそうに睨むも、彼女達は気にした様子もなくそれぞれ行動に移していく。別の意味で泣きそうなゆきに、サラマンダーから助け船が出される。
《ヤクル。無事なのが確認できたんだ。そろそろ離したらどうなのだ》
「あ、あぁ……すまない」
恥ずかしさで一杯だったゆきは、ヤクルが離れた事でほっとし申し訳ない気持ちになった。だけど、同時に離れた事で何だか寂しい気持ちにもなり、モヤモヤとした気分になった。
そこにティーラの大きな手がゆきの頭を乱暴に撫でまわす。
「なんだ、嬉しいのに離したのがショックなのか?」
「そっ……んなこも、あるかな」
「あ? 何て言ったんだ」
はっきりと口にしないゆきに、ティーラは思わず聞こえるようにと屈む。だが「何でもない!!」と大声で言われ、耳がキーンとなる。
「ばっ……急に大声、で言うなっての」
「ご、ごめんなさい!!!」
「自業自得だから、ゆきが謝る必要はない」
ヤクルからそう言われ睨むも、気にした様子はない。むしろ不機嫌そうに答え「ちっ、焼きもちかよ」と小声で言った事に、照れ隠しのように脛を蹴る。痛がるティーラを他所にヤクルは閉じ込められたイフリートを見た後で、しょぼくれるウンディーネを見た。
「これは……どういう状況なんだ」
「あ、それは……」
その後、いじけるウンディーネの理由を知りどうしようかとサラマンダーを呼ぶ。聞こえないようにと小さい声で相談を始めたのだ。
「その……そんなにショックを受けるもの、なのか」
《彼女はと言うより、俺達は共通の認識だ。力が強すぎるから、兄と離された。今でも思うさ。力が強くなければ他の精霊達と仲良く出来たかも知れないとな……》
強すぎる力は孤独を生む。
それは大精霊クラスの共通の認識であり、彼等の次に力の強い四大精霊も同じだ。彼等を扱えるだけの召喚士も大賢者も少ない。異世界人なら可能だろうが、その彼等もこの世界に残ってくれるかと言えば……難しいと答えるだろう。
彼等には彼等の世界がある。
無理強いはよくないし、自分達の都合を彼等に押し付けるのも違う。相談している間、ゆきは何度もウンディーネにお礼を言い彼女の所為ではないと説明をしている。
「あ、様子が変わったぞ」
《ん?》
説得したからか、ウンディーネの表情はどんよりとしたものよりも明るく見える。椅子代わりに使われたであろうスライムも、小躍りをして気分を盛り上げている。
《ごめんなさい。落ち込んでいる場合ではないわね》
《ウンディーネ。そろそろ開放してくれ》
水の中でバタバタと暴れるイフリートにウンディーネは嫌だと答える。開放してまた暴れられると困る事を伝え、何でゆきを閉じ込めたのかと聞いてくる。その真剣さから答えによってはこのまま、閉じ込める気でいるのが雰囲気から読み取れる。
《……羨ましい、んだ》
《はい?》
《サラマンダーが契約者を得たのは分かったんだ。扱う魔力の質が変わるからな》
それは精霊の中で兄弟として扱われるからなのか、その場に居なかったイフリートは感じ取った。弟であるサラマンダーが契約者を得た事で、荒ぶる炎の魔力が落ち着きを取り戻し穏やかになった変化を。
それを嬉しいと思うも、同時に羨ましい気持ちが溢れ自分も契約者を得ようと動いたのだという。異世界人、もしくは上質な魔力であれば自身を扱えるかもしれない。
その賭けにゆきを選んだのだという。
《乱暴すぎる!!!》
《だが捕らえて気付いた。既に精霊を契約していた事に……》
《何で貴方はそう暴れるの。被害を考えなさい。そんなに探すのならラーグルング国に行ってみれば良いじゃない》
あの国は自分達の父親であるアシュプの住処。
その影響の為に、元から上質な魔力を持つ者が多く本人達も知らない間に強力な魔法と大精霊との契約に成功している。
そして、ゆきと同じように異世界人も多い事から得られる可能性は広がるのだと告げる。
《そうか……。ならば父様の国に行こう。だが、ウンディーネ。お前は分身体だ。本体を切り離したとなると力は半減するだろう。手伝うぞ》
《あら、意外に優しいじゃない。それは助かるわ》
場所はニチリだと告げると、頷いたイフリートはすぐに魔法を展開する。一体何をするのだと3人が見守る中、足元に大きな魔方陣が浮かび上がる。
《ニチリにテレポートをする》
「へっ」
「「は?」」
呆けた3人を無視して、イフリートは魔法を展開する。ウンディーネの方も戻ると言って、その場から姿を消しスライムもゆきの傍に離れないようにとくっつく。
見回りから戻ったリリスとナルが、誰も居ないのだと告げたその瞬間。彼女達はイフリートによりニチリへと飛ばされた。




