第145話:イフリート
燃える大地は火柱を生み出し続け、空が赤いのも炎の所為だからと錯覚してしまう。そんな事はないと現実逃避をし、自分自身に叱責したヤクルは剣を握りしめる。
《次が来る、気を付けろ!!!》
サラマンダーからの呼びかけにヤクルは、ハッと我に返る。その間に炎が迫る中、呆然としていたのを横からきたティーラにより引っ張り出される。
「バカ野郎!!!」
叱責しながら炎を潜り、雷を放って炎と相殺。
2人が無事である事にゆきは、ほっとした様子でいる。それで立ち止まった自分に怒りを覚えている。そんな様子を見てティーラが「ボケっとするな」と言わんばかりに睨まれる。
「正直、精霊が相手だって言うのは俺は初めてだ。対策……もしくは止める方法って言うのはないのか」
「止める、方法……」
精霊を止める方法と言われ、思いつかないと言うのがヤクルの答えだ。精霊との意思を聞けるのが召喚士だ。今ではキール、麗奈、ゆきの3人が確認されている。
ラウルが精霊と言葉を交わせるのは、麗奈から貰った魔道具と精剣のフェンリルとの相性が良かったという奇跡的な事が重なって出来た事。ヤクルも同様に、偶然が重なっただけだ。
正直に言ってヤクルは精霊と話せる事が今も奇跡としか思っていない。
「……成程な。ヤクルも分からない、か」
「すみません」
「いや、いい。謝るな。こんな事、俺だって経験がないんだ。逆に知ってたら運良すぎだっての」
気にするなと言い、乱暴に頭を撫でまわされる。
グラグラと頭が揺れ、もういいとばかりに手を叩き落とす。
納得したティーラが次に視線を向けたのはイフリートの弟であるサラマンダーだ。
「止めるのが出来なくても、ゆきを助ける方法はないか」
《……ウンディーネなら、可能はあるが》
「四大精霊か。こっちの声に聞いてくれる分からんが」
ふとヤクルは思い出した事があった。
その四大精霊は確かニチリのアウラと契約を交わせたのではなかったか、と。
チラッと見ればサラマンダーと話し込んでいる。契約が大変だの、四大精霊は滅多な事では人前には出てこないなどと聞こえてくる。言うタイミングが逃し続けている間にも、炎は迫ってくる。
それを回避し、時には守りを行う。炎はヤクル達を見つけ次第に襲うと言うよりも、高い魔力に引き寄せられる様に追尾される。ティーラが何度か、魔力の塊を四方に飛ばしすぐに炎が飲み込んだ。
「よし、気配を辿っている訳じゃないなら少しは逃げられる」
追尾と分かった時点で、ティーラは大小の魔力を作り出して矢のように打ち出す。そうした魔力の散布もあってか休憩出来る場面が多くなる。
しかし、そうしている間にゆきの状況が分からないからと意見を出し合う中でヤクルは切り出せないでいた。既にそのウンディーネには契約者が居て、こちらとは協力関係なのだと言う事を……。
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《っ……平気か、ゆき》
「うん。私は大丈夫だよ、ナル」
その頃、イフリートの中に閉じ込められたゆきは目の前で障壁を作り続ける精霊のナルにそう返事をする。平気と言いつつ、ナルの表情が苦し気になっている事に気付く。
(負担、掛けちゃってる……)
ぐっ、と自分自身の手を強く握りしめ魔力を送る。精霊は人の目に触れられない存在。それを具現化し、人の目に触れさせるには契約者の魔力が必要不可欠。
既に1つ以上の精霊を契約しているゆきは、十分に規格外なのだが本人にその自覚はない。
キールと言う大賢者がいるからだ。
彼も精霊を2つ契約しており、そのどちらも大精霊と言うクラス。他の精霊との違いは魔力量の違い、自力で領域を展開できるかでの区別。ゆきとキールもその大精霊クラスと複数契約している。
元々、規格外なキールと比べる時点でゆきは間違っているがその事を指摘する人物も周りには居ない。彼等もキールの事で慣れてしまっている為に、そういうものだと思っているのも原因だ。
《焦らないで。同じ属性だから他と比べて、具現化の時間は長いから。スライムの方は平気なの?》
「リリス……」
ふっと姿を現したリリスはさっきまでの女性サイズではなく、手のひらサイズでゆきの前に現れた。ゆきの魔力を温存させる為に、自分からサイズを小さくしたのだ。
ゆきの事を包んでいたスライムは、リリスの返事としてシャボン玉を作り出してリリスをも包み込む。まだそれだけの余力があるのだという表現に、瞬きを繰り返すもすぐに《ありがとう》とお礼を言った。
《ルネシーから事情を聞いたわ。よく頑張ったわね、ゆきさん》
透き通るような綺麗な声が、ゆきのすぐ横から聞こえて来た。
高温の中に居てもナルとルネシーが作り出した障壁で、守られたが熱気までは遮れなかった。長い間いれば、精霊よりもゆきの方が音を上げてしまう。その熱気さえも、なかったように涼しくなる。
「ウンディーネ、さん」
炎の中だというのに、まるで水の中に居るような錯覚を覚える。
それ位に目の前に現れた長い蒼い髪をなびかせ、同じ色のドレスは人魚を思わせるように長くて揺れている。
四大精霊、水の大精霊であるウンディーネ。
彼女はパチン、と指をその場で鳴らす。途端に炎の勢いが収まった。ほっとしたのも束の間でイフリートごと水に閉じ込められた。
「ごぼっ!!! ごぼぼっ、ごぼっ」
《ゆき、慌てないで!!! 私達に影響はないから》
「うっ……。あ、あれ……」
思わず水を飲んだと思い吐き出した。
実際、その水が効いているのはイフリートだけで彼女達に影響はない。それはスライムに包まれているからだ。
眷族であるスライムの情報を見聞きしたウンディーネは、魔力の高さからイフリートに狙われそのまま閉じ込められた所までを把握していた。
しかし、すぐに駆け付ければ反応したイフリートが起こす行動が分からない。急速にゆきの魔力を奪うかも知れないし、先にヤクル達を殲滅しようと早めに動かれる可能性があった。
思いのほか彼等はギリギリの所で逃げ続け、こうして時間を稼いでくれた。その事もウンディーネにとっては予想外であり、嬉しい結果にも繋がった。
《反省しなさい、イフリート》
ゆきをシャボン玉のようにして水で包み、イフリートの中から脱出した彼女は空へと手を伸ばす。そこに集中される魔力が、段々と凝縮されていく様を肌で感じ寒くもないのにゆきは体が震えた。
《グラセ・シュトローム》
《おまえっ――!!!》
ウンディーネがいる事実に理解が追い付いていないのか、イフリートが警戒する。それもその筈だ。今まで上がっていた火柱が一瞬で凍り付き、その勢いは失われずにイフリートへと襲い掛かる。
氷漬けにされ動きが止まると分かった時には、既に氷の柱がイフリート自身にも包み込まれた。発生源である精霊の動きが止まったから、炎もマグマも氷で包み込まれて風景が変わる。
《まず何でイフリートが暴れているか、それを聞きましょうかね》
ねっ、とウィンクをするも余波に当てられたゆきはそのまま気絶。リリス達が申し訳なさそうに伝えれば、ウンディーネは思わず《やりすぎ……たわね》と反省をしたのだった。




