第144話:サラマンダーの提案
大きな魔力を感じたゆきは、体が勝手に震えていた。本能とも言えるものか、警告ともとれる現象に困惑した。震えたと思ったら、今度はペタンとその場で座り込んだ。
何故だが、そうせざる負えないような……大きな力の存在にゆきは恐怖を覚えた。
「な、にが……何が起きてるの」
震えが止まらない体は、言う事を聞かない。寒くないのに勝手に震える。恐怖によるものか、遠くにいるとされるその存在が感知してしまった自身を悔やんだ。
《た、大変だ!!! 今、ここに――》
慌てて戻ったのはナルだ。
ゆきの様子に状況を理解したナルは、リリスと共に障壁を強化する。同時に地震が起き、割れた所から火柱が生み出されていく。
目の前に迫る炎が障壁ごしに、ジリジリと熱を伝わり彼女の周囲は文字通り、火の海と化した。
「これ、は……マグマなの?」
《マグマって……?》
ルネシーの疑問に、ゆきはたどたどしく伝える。
炎よりも高温で人は触れられない。熱気にやられ、空気も薄くなった所でボコッと嫌な音が後ろから聞こえた。
《もう無理ね》
リリスが自分達も含め、ゆきも空中に留まる。自分達が居た場所は、そのマグマによりドロドロに溶かされ跡形もない。
風の膜を作り、シャボン玉のようにした丸みのある障壁。途端にゆきが着ていた服からひょこりと顔を覗かせたのはスライムだ。
「スライムさん。平気?」
コクリと大きく頷き、ゆきの事をバクンと飲み込み水の膜を形成。風と水の障壁で、守りを固めながら不意に大きな影に前を遮られる。
《そうだっ、ここに来ているのが》
ナルの伝言も虚しく、彼女達はその影に飲まれた。
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イフリート。
四大精霊の1つであり、サラマンダーの兄。彼は巨大なトカゲであり、1歩、2歩と歩けばマグマが沸き上がる。
彼が通った後には、焼かれた大地と黒煙が起き人々を恐怖へと駆り立てた。精霊の姿を人は見ることが出来ない。感じ取れても、その強すぎる魔力は感知した者の体を震わせ戦意を失くす。
だから、誰も止められない。
同じ四大精霊の中で、ウンディーネだけだから。
「くうっ……」
振るわれたのはトカゲのではなく巨人の腕。炎を纏わせたそれは熱風を生み、避けた先で火柱が上がる。攻撃が当たろうと、当たらなくともその余波だけで人間に立ち向かえるものではない。
「チイッ……物理攻撃が全く聞かないとはな。あれが精霊かよ」
自身の武器を持ちながら、ティーラは思わずそう吐き出す。魔族、人間を倒した事はあったら相手が精霊だとその手段が限られる。魔法での攻撃でしか彼等は、ダメージを負う事はなく活動し続ける。
なら、精霊が見えなくなるまで戦うか?
すぐに否と彼の中で答えが決まる。イフリートが現れた理由は分からないが、どうやら自分達が戦っている所為だと言うのは肌で感じていた。
イフリートは攻撃を定めているのは、サラマンダーと契約をしたヤクル。彼を執拗に攻撃し、今も炎で燃やそうと攻撃している。それを防ぐのは契約した精霊であるサラマンダーだ。
《フラム・バル》
トン、と尻尾を地面に叩けば即座に炎の壁がヤクルの身を守る。生み出された壁は弾丸となって、イフリートの動きを封じる。弾丸の炎はそのまま鎖となって、地面を突き刺して炎の柱を生み出す。
《ぬうっ》
《まずは沈まれ!!!》
兄といえど攻撃の手を緩めないサラマンダーは、今の内に2人に避難するように言った。このまま留まれば、逃げ場を失い酸素がなくなるのも時間の問題だからと告げるが、ヤクルは引かなかった。
「サラマンダーの兄なんだろ? 兄弟を置いていくわけないだろ」
《ここに兄が居れば、ここは火の海になるのも時間のも問題だ。そうなれば彼女も危ないんだぞ》
「……っ」
ゆきの事を指していると気付き顔色を変えた。
その時、ふとイフリートの額に何かが光っているのが見えた。見間違えかとも思ったが、そこから感じる魔力に動きが止まる。
「な、んで……」
「おい、バカ!!!」
ぐっ、とティーラが無理矢理に引っ張り落とされた炎から逃れる。サラマンダーが幾つかの炎を自分へと吸収する形で体力の回復をしている。この場をどうにかして、切り抜けているが少なからずその余波は彼等に来る。
「お前、死にたいのか!!! 突っ立ってるんじゃ」
「いた、んだ。……ゆきが……」
「は?」
何を言っているんだ、とティーラはヤクルを見る。
少なくとも自分達は彼女が居る所では戦っていない。好き勝手に動きたいが為に、戦いを楽しむ為にとその舞台を整える。ゆきは人質でもあり、ランセから守る様にも言われている人間だ。
ここで彼女を危険に晒したとなれば、ランセがどうなるか……。想像しただけで青ざめた。
「嘘じゃない!!! あそこにいるんだ」
そんなティーラの様子など知らないヤクルは、イフリートの額を見るようにと言う。嘘だと思いつつ言われたように見れば、炎が迫る中でゆきが心配そうにこちらを見ているのが見えた。
彼女の前には赤い髪の少年がおり、障壁を作った本人なのだろう。随分と苦しそうに展開してる。
「ゆきは精霊を3体、契約を交わしているんだ。炎、水、風で彼はナルと言っていた」
炎なら同じ炎で防いでいる。だけど、その力がどこまで保てるのかが分からない。早く助け出さないといけないと思いつつも、迫る炎がそれらを阻む。
舌打ちをするティーラは仕方ないとばかりに、頭を掻き「仕方ねぇ」とぼやくように言った。
「ゆきを見捨てると後が怖いからな。手伝ってやるからさっさと行くぞ」
「悪い……」
《待て2人共、こっちの話を聞いていないのか!!!》
早く避難しろと言っているのにと思いつつ、言う事を聞かない2人にサラマンダーは怒りを覚えた。そう思いながらも自分も、ふっと体が軽くなった気分になった。
《(あぁ、そうか……。そう言う事か)》
自身の心が満たされるようなこの感覚。
これをアシュプとブルームは既に感じている事だ。契約を得ると言う事は、それだけ自身にとって安心を得られ、力を貸すのに値する。
《フラム・シルト》
小さなオレンジ色の光が、ヤクルとティーラの体を包む。淡い光は膜となり、すぐに体の中へと溶け込む。今の炎で、イフリートの炎を少しでも無効化出来るのだと言う。
だけど、時間はあまりかけるなと注意され2人は頷く。
「勝負はお預けだ。まずは助けてここから離れる」
「あぁ、頼むぞ」
《兄はこちらが引き付ける。その間にどうにかして助け出すんだすぞ》
巨大な炎を振りかざさすイフリート。
サラマンダーが生み出した炎は、勢いを消しても衝撃までは防げない。炸裂される力は大地を震わして、魔力同士のぶつかり合いが始まった。




