第13.5話∶魔法師の手土産
「何も言わず彼女を休ませてくれない?」
「分かった、帰れ………」
眠っている麗奈が布でグルグル巻きにし抱えるキールは親友と思っているフリーゲに頼んだ。凄く不機嫌な所を見ると、仕事量なのか思うような成果が出なかったのどちらかだろうと8年も帰って来られなかったが、何故かそれが浮かんできた。麗奈を部屋に入れ寝かせてから数秒後、慌てたように扉を開け「お前、キールか!?」と大声で言われた。
「遅いね……」
「っ、お前な、連絡くらい寄越せってか、何で血だらけなんだよ!!!!床が汚れるだろ!!!」
「魔物の血は人と違ってすぐに乾くからね。汚さない汚さない」
「その状態で城の中を歩き回るな!!!!」
そう、フリーゲは親友が帰って来れた事に安堵した。だが、それと目の前に居るキールが血だらけで立っている事は別だ。そう言えば笑顔で「ごめんごめん、魔族倒した後でさ♪」とよく分からない事を言った。
「いいから風呂使え!!!それで家に帰ったら卒倒するだろうが!!!!」
「君、会わない間に怒りっぽくなった?」
「お前は会わない間にフワフワだな、おい!!!!」
以前はもう少し真面目だったような…と考えるも、そんなに変わってないか。と納得し思わず連れて来た麗奈にも血が付いていないか確認しようとすれば彼女は平気、と言われるが信じないで確認しに行く。
「……何で信じないの」
「今まで信じさせるような事をしたか?」
「したよね。私はそんな規格外な行動なんて」
「バカ言え、信じられない行動ばっかりしてる奴の言える事かよ」
「じゃあお風呂借ります~」
「待て無視すんな!!!!」
話は終わったとばかりに、キールはお風呂を借りると場所を忘れたのか部下の居る研究室に入り「ひっ……!!」、「ど、何処でそんな大怪我を」と慌てふためく部下達に頭を抱えるフリーゲ。
「あのバカ……。おい、キールこっち来い。気にするな、頭打って不安定なだけだ。だからそっちじゃねぇえよ、キール!!!!!」
風呂を探すキールは周りの反応など無視をするが、フリーゲが殴って場所を教えながら部下達に「悪い夢だ、忘れろ」とドスを利かせた言い方をし無理矢理頷かせた。その後、風呂から上がったキールは「やっぱりお湯は良いね」と言いそこにお酒を一杯渡す。血まみれの服はそのまま後で燃やすかと考え、キールに渡したのは新人用の服だ。
黄緑色のチェックの上着に黒いズボン、それを白いローブで包んでいる格好だ。ローブはキールのお気に入りでもあるのでここに休憩する時によく彼からスペアを貰った位だ。8年たった後でも一応持っているのは帰ってきた時の事を考えてだ。
8年も経っていれば身長も伸びており、体格もヒョロヒョロだったはずのキールだが今の彼は筋肉もついており、程よい体格にかなり過酷な事をしてきたな、と思う。
「……仕事中だろ」
「俺のじゃないのは分かるだろう。お前のだよキール」
「じゃ、遠慮なく♪」
グラスに入った茶色のお酒。一口飲めば染み渡る感覚に「お酒か………久々」とポツリと漏らすキールに体は平気かと聞く。
「平気じゃないならここに居ないよ」
「そうじゃない。俺が言うのは身体的もだが………今の精神状態だ。いきなり8年も連絡ないお前の事、心配しない訳ないだろう。俺は魔力を感じる事は出来ないが…なんとなくな」
「うん、まぁ……散々死にかけて来た訳だしね。死に物狂いで今日まで生き延びて来たよ。これも彼女のお陰で居るんだから感謝しないとね」
「彼女………?」
キールの向ける視線の先には寝かせた麗奈が居る。宰相から告げられている異世界から来た少女。自分達とは違う黒い髪、黒い瞳で魔力とは違う力を操ると言われている名はアサギリ レイナ。
もう1人はイノウエ ユキ。彼女の作る料理が上手いと食事にあまり気を使わない研究員の部下や、治療班の面々も仕事を早めに切り上げてまで食べに行く位だ。優先的に食べられる騎士団共が恨めしい………。
「あ、やっべぇ、忘れてた。今日、試験するから宰相に来いって言われてたんだった。……ってか、北の森なんか光ったよな?」
「あぁ彼女が柱に触ったからね。多分、これで機能だけなら完全に取り戻したと思うよ。定期的に柱に彼女が触らないといけないんだけど」
「………何?」
今、何と言った?と目でキールに求めば彼は笑顔のまま「柱の権限は彼女以外にもあるかもね」とまた訳の分からない事を言った。城の中でも街の柱以外に4つの柱があるのを知っているのは騎士団、大臣、魔道隊、各部署のトップ達が知っている。
あれは自分が生まれるよりも前にあり、国が出来たと同時に街を国を守ってくれる存在だと親にうるさい位に聞かされてきた。恐らく貴族である自分やキール達にはまた違った感じで伝わったているのを知っている。けど、共通して知っていているのは柱の力を行使できるのは王族のみだと言う事。
王族は、もうユリウスしか居ない。彼が倒れればこの国は終わりの一途を辿る。なのに今、キールは陛下以外に彼女とはっきり言った。今も眠っている麗奈に視線を向ける。
「あの子が魔力じゃない力で魔物を倒したのは事実か?」
「うん。私の目の前で行ったし、霊獣の風魔も居たからね。陰陽師は気の流れを読めるみたいだし……私達とは違うものが見えてるんだよ。守りの力も強いよ?魔物の光線を防ぎ切ったんだし、キメラも倒したんだよ」
「………は?」
魔物に魔法を扱う奴が出てきたのも驚きだが、それを防いだだと?どう見ても子供だ、ただの…見た目は普通の女の子だ。そんな子が魔物と戦ったのも驚いたが中級クラスのキメラを倒した。
最年少騎士のリーグの年齢は15歳だ。あの子はそれより上に、ヤクルやリーナと同じくらいかと観察した。
「………何、今更興味持つの?私より触れ合ったんじゃないの?」
「確かに仕事をふったがな……真面目にこなしてくれるいい子位の認識だ」
「宰相から聞いてたよね?」
「聞いてたけど冗談だと思ったんだよ。実際に見てないんだから分かる訳ないだろ」
「なら会議に参加してくれフリーゲ薬師長」
「っ、ユ、ユリウス陛下!?」
そこに走って息を切らしながらもフリーゲに言ったのはこの国の陛下。思わず立ち上がり背筋をピッと伸ばせば横からキールが笑っている。それにムカつき思い切り蹴り飛ばす、その間にユリウスは寝ている麗奈の見てほっとしたのか表情が優しかった。
そんな表情を見た事が無かったフリーゲは思わず開いた口が塞がらない。陛下はいつだって表情が読めない存在だった。会議で見せるのはいつも威圧的、的確な指示をこなす彼にいつしか誰も近付くことも阻まれた。
関係なく接するのはリーグ騎士団長とヤクル騎士団長の2人だ。リーグを見付けて城に置いたのは陛下だから、彼にとっては小さな弟が出来たみたいな気分であり暴走しがちなリーグは陛下の言う事だけ聞くと言う感じ。
ヤクル騎士団長は陛下とは幼馴染であり、家同士でも付き合いはある位に仲が良いと聞いていた。今でもそれがあるかは分からないが、何気なくしている会話から息があっているのは分かる。
(そう言えば、あの子達が来てから陛下は……よく外に出てるのを見かけるようになったよな)
この2週間。部下からの話では陛下はよく異世界から来た2人とよく居るのを目撃されている。その時の彼はいつもの彼は違いかなり雰囲気が違うのを聞いて間違いだろ、人違いだろと思っていたが今も心配そうに見ている彼を見て部下からの話は本当だったな、と思い知らされた。
(そう言えば、ラウルの奴も雰囲気変わったよな……)
彼女達が来て雰囲気が変わったのは陛下だけではない。見た目も雰囲気も冷たい印象を持っている氷の騎士のラウルだ。話せば真剣に答えてくれる兄と違いかなりの真面目な良い奴で酒を飲むのを誘えば普通に付き合ってくれる…ホントに良い奴だ。
「陛下、そんなに気になるなら試験なんかしなければいいのに」
「っ、う、うるさい!!イーナスがそれを許すはずないのは知ってるだろう」
茶化すキールに咳ばらいをしたユリウスは「宰相達が戻ったら会議するからな」と再度フリーゲに言った彼は彼女の傍を離れる事無くしばらく居た。フリーゲは仕事を済ます為に自室に戻りキールは陛下を見て「彼女は強いですよね」と会話をふる。
「……そうだな。心も体も強いんだろう」
「自分が代わりになれなくて悔しい?」
「…………」
沈黙する彼にキールは黙ったまま「その会議で手土産あるから。あとその会議で誠一さん達呼ぶからよろしく」と言い残し姿を消す。はぁ、とため息を漏らし未だに戻っていない宰相達にどう言おうかなと考えるユリウスは麗奈の顔を優しく撫ですぐに頭を切り替える。彼女には夜に謝罪するか、と思い自分の仕事を済ませる為に自室に戻る。
その日の夕方、宰相達が北の森から戻りフリーゲ、4騎士の団長と副団長、大臣達、そしてキールと誠一達が会議に呼ばれた。副団長のフィルとイールは呼ばず男だけで済ましたと言ったキールに不思議に思いながらも言う通りにしたユリウス。
「まずは陛下にお土産です」
「…………それ、なのか」
大きな風呂敷に包まれている『何か』。キールはそれを持つでもなく空中に浮かせている。宰相のイーナスは「変な匂いするね」と殺気を隠さずに言えばキールは笑って「当たり前だよ」とその風呂敷を外す。
リーナは咄嗟にリーグの目を隠し裕二は思わず目を背けた。大臣達も他の団長達も思わず目を背けた中、真正面から見ているのは陛下と宰相、誠一と武彦のみだった。
「彼女に寄生しようとした魔族の首です。平気ですよ、ちゃんと殺したので」
「……それに気付いたから彼女と一緒に消えたんだ」
「うん、ごめんね。転送するのにも魔力使うし、コイツを殺すのにも魔力使うからあの場だとどうしようもなくて」
(だからあんなに血だらけだったのかよ……)
キールが血だらけの理由を知りガクリとしているのでユリウスが「どうしたんだ?」と聞けば「何でもないので大丈夫です」と答え思わずキールを睨む。その視線も受け流しなら彼は話を続けた。
「陛下達も見ていて気付いたと思いますが……今回、あの場に現れた魔物達はかなり特殊です。中級クラス魔物であるキメラの進化、遠距離魔法の行使、私達の魔法が効きづらい事………これはこの魔族が仕掛けて来た事です」
「そうか……」
キールの発言にユリウスはその一言で済ませた。誠一達を除いた彼等は全員同じ考えであった事もあり、特殊すぎる環境だったのも今のキールの言葉で納得出来た。リーグが目を隠すリーナを押し退け魔族の首が浮いている中で首を傾げ質問をした。
「それ、何?魔物の首じゃないのは分かるんだけど………」
「キール、彼はリーグ騎士団長。最年少だけど実力はあるから」
「そうなんだ、宰相さん。へぇ、随分小さい騎士団長だなって思ったけどそう……君がね」
「………文句あります?」
「ないない。実力があるなら私は歓迎だしね」
リーグの身長は159cm、一方のキールは167cm。身長に対してかなりにコンプレックスがあるだろうリーグは気にした様子もなくずっと魔族の首を見ている。
「魔族は魔王の配下。コイツはその中でも下っ端だけど、まぁ力は強い方かな……人に寄生して乗っ取り好き放題する厄介な存在だよ」
「お姉さんに寄生しようとしてた、って言ってたけど何処から来たの?」
「いい質問だね。何処から来たのか……魔王が直接、こっちに干渉したんだよ。その証拠に破格なキメラを送ってきて柱を直接破壊しようとしたんだ。でも、何も知らないとは言え彼女が機能を元に戻した。……だからすぐに殺す対象として彼女ばかり狙った、って所かな」
「では娘は柱に触れたばかりに命を狙われた、とキール君は言うんだね?」
「えぇ、誠一さん達には悪いんですけれど……恐らくこれは魔王に知られている可能性があります。討伐したいのは山々ですが、戦力が整ってないので今すぐにとはいきませんけど」
「……魔王を倒せば、彼女が狙われる可能性は少ないんだな」
その場の緊張が一気に走った。ユリウスは魔族の首を睨み付けキールに問えば彼はそうだね、とあっさりとした一言。
「恐らくだけど誠一さん達にも何かしら柱に影響あると思いますよ?」
キールのその発言に一斉に注目を浴びる誠一達。裕二は困りながらも「何言ってるんですか?」とキールを見ているもニコニコとされて無視だ。誠一と武彦は考え込むようにして宰相に言った。
「キール君に言う様に可能性があるなら今から案内して貰えないだろうか」
「え、誠一さん?」
「麗奈にだけ負担を掛ける訳にはいかないからな。せっかくだ私達も協力できる事があれば何でも協力しよう。キール君には助けて貰った恩もあるしな」
「いやいや、誠一さんあんなの恩の内に入らないですって。私、貴方の事を殺そうとしたのに」
「実力を見るのにやっただけだろう?それに私は対応してここまで付いてきたんだ。君がここを気に入ってくれるかも知れないと言ったんだ、自分の言った言葉には責任を持て」
「………ははっ、参ったな」
「せ、せい、誠一さん!?自分から危ない所行きますか普通」
「娘は十分危ない目にあったぞ。それに私達も危な目にはあったんだ。ここも私達と変わらず危ない場所なのは分かった。それに君も見たろ。麗奈はきっちり自分の仕事をこなしたんだ。魔物や魔族については知らないが、ここに来てから雰囲気が変わったのは事実なんだ………それにあの柱、私的にも疑問に思う事がある。確かめられるなら早い方が良い」
「すみませんが、案内を頼んでも良いですかね?」
「えっ、ちょ!!武彦様まで!!!!」
「……イーナス、頼んでいいな」
「分かりましたよ、陛下」
会議室を出て行こうとする誠一達にユリウスが待つように言った。何だ、と見ればユリウスは彼等に謝罪をした。予想出来なかったとは言え、娘である麗奈に危険な目を合わせたのは自分の責任だ、と深々と頭を下げたのだ。
「馬鹿者!!!!」
「うぐっ……」
(陛下!!!)
その場の全員すぐに対処は出来なかった。怒った誠一はユリウスを平手打ちし、茫然とする彼にキールは笑ったまま「あ、やっぱり殴るんですね」と予想していたかのように言う。裕二は「すみません、すみません!!!」と誠一の代わりに謝り武彦は「王様なんだから軽くにしなさい」と止めるでもなく軽い注意で済ましている。
「王が簡単に頭を下げるな!!!娘が自分から断れば良いが、そうしないのは理由あっての事だろう!!命の危険なんてのは陰陽師として仕事をする中で一番最初に叩き込んだ事だ。死ぬ可能性がある仕事だからやるなとも言った。けど、娘はやると言った。だから私は厳しくしてきたんだ。
君達だって危険がある仕事しているんだから、覚悟があるのは当然だろ。娘も同じだ。怨霊と魔物は違っても命のやり取りをしているのは同じだ」
「っ、しかし……」
「しかしじゃない!!!」
「………」
「君、年はいくつだ」
「…………18歳になりました」
「娘とゆきちゃんと同じだな。巻き込まれてすまないとか思うならお門違いだ。そんな事を2人が言っているのか?恐らくは言ってないだろうな。それどころは自分で自分の居場所を作っているだろうよ。弱い育て方はしてない」
『主人のあれは強すぎだ』
誠一の頭上に九尾が現れ清も合わせるように出て来た。裕二は顔が真っ青になり「お願いですから暴れないで下さいよ」と注意する。
『威勢は良いがな坊主。嬢ちゃんも坊主もまだ18なんだから間違うのは普通だろ。そんなに悔しいなら力つけるなり、対策立てるなりすればいいんだ。周りにも協力って言うのもありだよな』
「………分かっている」
『言葉だけなら何時でも言える。だがな、行動で示さなきゃ意味ないんだよ。王ってのは行動で示して自分の意見はこうだって言うのが仕事だろ。民の声を疎かにしない良い王ってのになるなら力つけろ力をよ』
「………行動、で」
「話はこれで以上だ。じゃ私達は柱とやらに用がある。悪いが出る」
「ちょ、誠一さん!?」
『主人早すぎ!!』
足早に出ていく誠一に付いていく裕二は出る前に「失礼しました!!」と言って付いていき、九尾はまた姿を消す。清も『頑張りなさいよ、王様』と言って九尾に付いていく。
「彼の発言には許して欲しいんだよ。君は若い時の誠一そっくりだからね。多分、色々思う所があるんだろう………孫にはもう会えないと思っていたから、私としては孫に会えただけで嬉しいんだ。ありがとうね、ユリウス陛下。代わりに感謝する」
「……いえ。俺は、何もしていないので………」
「それも含めて若さだよ。まぁ、これから頑張って行くさ」
アハハハハハ、と豪快に笑う武彦に唖然とする団長達。キールは「面白い人達でしょ?」と大臣達に意見を求めるも彼等も反応に送れる。イーナスはすぐに誠一達を追って出ていき、暫く静寂が会議の空気を包んだ。
(異世界から来た人達ってのはあんなに凄い事出来るもんかね)
と、フリーゲは思う。まさか陛下に手を上げた所か怒鳴るとは思わなかったな、と笑いを我慢する。見ればベールとセクトも笑いを堪えておりこの2人も同じ事を考えていたなと思う。
九尾の言った行動を示せ、と言う言葉にウラルは改めて覚悟を決めた。彼女を守る騎士になる、とキールも同じような事を考えているなどこの時は知る事もなく知ったのは麗奈に誓いを立てた後だった。




