第143話:荒ぶる炎
ボコッ、と何かの音がする。続けざまにボコッ、ボコ、ボコッとまるで水の中で息を吐くような音がし目を開ける。
視界に広がるのは闇。
光も射さない先の見えない、道なのかも分からない空間。
「へぇ……君。起きるんだ」
目覚めるであろう存在に声を上げたのは創造主のディーオだ。彼の目は既にワクワクした感じで見ていた。それはプレゼントを与えられた子供のように。
「ホント……予想外な事ばかり起こしてくれる」
それが嬉しいのか、複雑なものなのかは隣で見ているフィーも、エレキにも分からない。
2人が怪訝な視線を送っている事にも気付かないディーオは、食い入るように見つめていた。
見ていた水晶は真っ黒に覆われていた筈だ。
だけど、そこに小さく灯る光の色は……オレンジ色の炎だった。
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「おらああっ!!!」
振り降ろされた矛の刃は、正確にヤクルに心臓を狙っている。それを魔力強化で自身に纏い、反応速度も上がっていたからか軌道が読める。剣でいなしティーラの後ろから炎が襲い掛かる。
「おっと」
だけど、それもすぐにかわされる。そこで攻撃を喰らっておけばとヤクルは内心で思った。パシッ、とかわしたはずのティーラの足を炎が絡めとる。
「なっ……」
驚いた拍子に高く空へと持ち上がる。自身に魔力を纏い、衝突の緩和を行おうとするが勢いよく地面に叩きつけられる。
「俺も驚いたから分かるさ」
立て続けに魔力を練り、作り出したのは剣の形をした炎。ヤクルが扱う属性は炎の上位に当たる煉獄とよばれるもの。
上位の属性の中で唯一、聖属性の力が付与された珍しい使い手。
「キールさんみたく上手くはないが――」
言いながら産み出された剣は既に10。
叩き落とされた位置を包囲し、どこから飛び出してもいいように炎の出力を上げていく。
「攻撃だけは強い!!!」
瞬間、炎が地面に突き刺さる。
バラバラに刺した地点から、線を結ぶようにして魔力の塊が繋がれていく。ポゥ、と淡い光が漏れてた時に爆発が起きる。
剣が砕けた所から爆発は立て続けに起き、視界を黒い煙が覆った。
「きゃあっ」
突然の爆発音に、ゆきは悲鳴を上げてしゃがむ。
彼女はその場に動かずにいた。ヤクルとティーラが自身の武器でのぶつけ合い、互いの魔法の炸裂し合う中。高い魔力同士がぶつかっただけで、空気は震えるように振動となって伝わる。
既に移動をしていたから、ゆきが聞こえる音は爆発のような音とその地点から見える黒煙だけだ。
魔法が様々な効果を生むのは知っていた。ヤクル達は団長同士や副団長同士での訓練をしてなかった事に気付く。もしかして、とゆきは思った。
高すぎる魔力はコントロールと魔法の出力が桁違いすぎて、剣を振るうだけで大地が割れたり風が荒ぶる。
訓練場を毎回、破壊されては修理が大変だ。
だから団長と副団長同士での訓練はしない。高い魔力を持つ者同士の反発ともとれる力――魔力はとてつもない力を秘めていると、ここにきて気付かされる。
(ヤクルの炎はラウルさんの氷と同じ、コントロールが難しいものだってキールさんに聞いた事があった)
とてもではないが、援護なんて出来ない。いや、自分がここに割り込むだなんて真似が出来る筈もない。
待っているだけなのが、こんなにももどかしくて悔しい気持ちなんだ。ゆきが感じている葛藤は、麗奈が思っている事と同じ。まさか、ここにきて親友の心境を理解してしまうとは思わなかった。
(もっと……早く、気付けたら……)
しかし、気付いたとしてゆきには麗奈を元気づけるだけの言葉も行動も見付からない。さらに暗くさせてしまうのなら、世話係のブルトの存在はとても助かったとも言える。
魔族だけど、ティーラと同じくサスクールに対して良い思いを持っていない。むしろ復讐する為の機会を伺っているとさえ聞いた。だから、魔王の器などと言われている麗奈をサスクールから遠ざけるのは、彼等にとっても都合がいい。
本当に……?
思わず、ゆきはそう思った。
ティーラは復讐すると言いながら、自身の興味の為にゆきを攫いヤクルを誘い出して戦っている。不思議な行動だが、今の今まで安全で居たのは彼が同族でありサスクール陣営側の魔族を抑えていたからだ。
(自分の欲求を満たすため……か。魔族にもそんな人がいるんだ)
不意にそんな思いがゆきの中で渦巻く。
自分達は魔族と言う存在をよく知らない。協力的であるランセは魔王であるが、そんな存在にも関わらず普段は優し過ぎていい大人としか見えない。
戦闘では人が変わったみたいに敵と認定した者を屠るが、ゆきはあまりその場面を見ていない。
知らないなら、知る必要がある。魔族と言う存在を、種族を。
戦闘に関わらない、援護をしない代わりに自分はティーラと言う魔族を理解しようとゆきは思った。
それでも、ヤクルの無事を祈るのだから我ながら不思議な行動ではあるなと思ったのは秘密だ。
「この、爆発みたいな大きな音は一体……」
《この魔力……炎の騎士の仕業か》
炎の精霊であるナルはそう答え、ヤクルが居るであろう方向に視線を向けていた。赤い髪の少年であるナルは高度の魔力が満ちるこの場は危険だと、ゆきに避難を促す。
それに無言で拒否をするも、ナルはそれでは危険が迫るんだと説明を繰り返すがダメだった。
《……前の契約者も強情だが、貴方も十分にその傾向のようだ》
肩をすくめ、どうしようかと隣に居た水の精霊ルネシーに尋ねる。彼女にとってゆきは初めて出来た契約者。だからなのか、彼女はゆきの行動や発言には一切の文句を言わない。
見守り時に助けるのが、ルネシーと言う精霊だ。だからゆきが残るといえば当然ながら彼女もその意見に賛成だ。
《ゆきが居たいなら良いんじゃない? 好きな人が心配なんだから、傍に居たいっていう気持ちなんでしょう。ねっ、リリス》
《……そうね》
ルネシーが声をかけたのは肩まで伸びた緑色の髪と金の瞳の女性であるリリス。風の精霊であり、この中ではリーダー格として周りを引っ張っている立場だ。思わずナルが《おい、マジか》とげんなりした様子で聞く。
《私達は契約者との繋がりでこの世に存在している。彼女の願いを叶えるのも私達の務めよ。でも、ナルの言う様にあまりに高密度の魔力が多いようなら地上では危ないわ。だからそうなったら、空へと逃げましょう》
《話が分かって嬉しわ、リリス!!!》
大好き!!! と抱き着くルネシーに、リリスはうんざりした様子で受け止める。ナルは未だに納得いかない表情であり、ゆきに再度どうするのかと聞く。
「ご、めん。残る……ヤクルの邪魔はしないし、ティーラさんがどういう人なのかは知っているもの。大人しくする代わりに、ここで彼の帰りを待つ」
《はぁ……異世界人って揃いも揃って面倒な性格》
謝るゆきにナルはもう何も言わないといい、空へと飛び立つ。その2人の戦いの邪魔をしようと動く者がいないか調べて来るのだと言う。お礼を言ったゆきに、ナルは思わず頬をかく。
《ま、まぁ、願いを叶えるのって大変だけどな!! 期待されてるのは嬉しいからな。んじゃ、行って来る》
猛スピードで消えていくナルに、ルネシーとリリスは《恥ずかしがり屋》と同時に言いクスリと笑う。
(頑張ってヤクル……)
助けにはなれないが、無事は祈る。
不思議な事にゆきはこの時、ティーラにも無事でいて欲しいと思ったのだ。豪快でありながら、興味のある事には頭の回転が速く対策も早い。この1週間という時間はとても短いのに、凄く濃い時間を過ごした。
護衛として人質としていたのに、ティーラは仲間達と様子を見に来て不自由にしていないかと聞いてくる位に彼女の体調を気にかけた。そんな対応をされるなど予想はしていなかったし、牢屋にでも入れられるのだと思った位だ。
実際、ゆきには部屋が与えられた。
誰も使っていない綺麗に整えられた部屋。そんな人をただ魔族というだけで、倒してしまうのはどうしても……出来ない。
情が移ったと言われればそれまでだ。だけど、とゆきは2人の無事を願ったのだ。
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(ちっ、やっぱり力を抑えきれないか)
自分で起こした事とは言え、ヤクルは内心でそう思った。未だに剣には炎が纏い続け、膨れ上がった魔力はそのまま契約を交わしたサラマンダーとして形を保っている。
《どうしたんだ、ヤクル。随分と落ち込んでいる様子だが?》
不思議に思って声をかけた。
力を得られたのであれば喜ぶべき所なのに、ヤクルは逆に悔しそうにしていた。理由は精霊を借りてでしか、ティーラとの実力を埋められない自身の不甲斐なさに憤りを覚えていた。
「分かってる……戦争をしているんだ。少しでも戦力になるなら、精霊である貴方方には悪いとは思っているが、協力してもらうさ。だけど、これを見るとどうしても……悔しい気持ちが募るんだ」
《おかしな考え方だな》
「あぁ。俺もそう思うよ」
気は抜けない。だけど、つい思ってしまった。彼等の協力なしで、自身の力だけでティーラを倒したかったのだと。
「バカな考えだが、悪いくねぇな。俺は好きだぜ、そういう考え」
「頑丈だな……」
そこには片腕を失ったティーラがいた。しかし、すぐに再生して腕が生えてくる。ヤクルの言った一言に思わずティーラはニヤリと不気味な笑みをする。
「何で呆れるんだよ。悪いが、俺は他と違って頑丈だし魔王ランセの臣下だぜ? あの人から防御の1つや2つは教わってるんだよ」
よく見れば彼の体には火傷と思われる痕が多い。ダメージはそれなりに受けたのだと思い、気を取り直している所に2人の間にズドンと大きな木が突き刺さった。
「「!?」」
すぐに下ったが魔族らしい魔力は感じられない。一体誰だとイラつくティーラはその木を見て疑問に思った。
燃えながら刺さった木は、勢いを失わずに燃え続けて灰にならない。むしろその体積を大きくしている。普通ではあり得ない現象だ。
どういうことだと上を見て足を止めた。
ギロリと睨まれた目は、ティーラを見てヤクルを見た。そして、彼の剣から感じ取れる魔力にその存在は声を荒げた。
《サラ、マンダー……。サラマンダーァァアアアアアア!!!!!》




