第142話:笑っている
ヤクルがゆきを助けに行こうとする前の事。
ランセが渡したのは、5センチ程の小さな欠片。ガラスの破片にも見えるが、彼から言わせれば水晶だよと説明される。この水晶が光る反応に辿れば自然とティーラの居場所へと教えてくれるのだと言う。
「彼は戦闘好きだし、命令は私のしか聞かない。だけど、自分のしたい事を優先にするからそれを邪魔する存在は許さない。楽しみたいから邪魔をするな、がティーラの信念みたいなもの。だから、ゆきさんは絶対に無事だ」
「そう、だと……良いんですけど」
ランセの言う事を全て信じるのは難しい。
だが、気絶する前に言っていた。助けに行くまで、ゆきの命が保証されていると信じて良いのだろうか……とマイナスな思考が塗り潰す。
ランセが言うには自分の楽しみを奪う存在は誰であれ許さない。
例え同じ陣営に居る魔族であろうとも、ティーラが傍に居る限りゆきの無事は確保されたも同然なのだとか。
「ま、これを持ってみて。悪いんだけど、こればかりは私の言う事でも聞かないからさ。ヤクルに任せきりで悪い」
「あ、い、いえ……。なんだかすみません」
渡された欠片をヤクルが持った瞬間。何の反応も無かった水晶が淡く光りだす。この輝きが強ければ強い程、近くにティーラが居ると言う事。
試しに色んな方向に欠片を向けてみれば、ある一定の方向には反応があるが他は輝く事が無かった。
「ラーグルング国よりも離れているね。こうなると……こちらに援護すると言う考えは捨てないと」
「でも」
「ヤクル。甘い考えならゆきさんを救えなくても良いの?」
「っ」
冷えた言い方に、ヤクルの背筋が凍る。
自分の首元に剣先を突き立てられているような、すぐにでも殺せるような雰囲気にゴクリと喉を鳴らす。
救えなくても、いい……。
いや、ダメだとすぐに首を振る。少し考えた後、すっとランセを見つめやっとの思いで口を開く。
「助け、ます……。とにかく、ゆきが無事であると言う安心が得られないのは俺としては嫌です」
「うん、それでいい。私達の方は気にしないで。ユリウスも策があるようだし、キールが居る。私達の事が気になって2人に何かあったらと思うと、私の方が気になるよ」
「色々……すみません」
頭を下げると今度はランセが慌て出す。頭は下げなくて良い、むしろ謝りたいのはこちらだと言うのだ。
「ティーラの事。ゆきさんごと巻き込んでしまって申し訳ない」
再会したら注意しとく。
そう言ったランセは本気を思わせる何かを感じ取った。ヤクルは無言で首を振りお願いしますと一応言ったのだった。
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ちょっとした間で、ヤクルはここに来るまでの経緯を思い出していた。
だけどそれもすぐに止め、自身の中に居る大精霊に念じる。
(サラマンダー。魔力をもう少しだけ、強めてくれ)
ティーラは雷を自身に纏った瞬間、踏み込む力が軽くひび割れる。瞬間的に魔力を前面に押し出す様に盾を作るイメージを行う。
途端に衝撃が襲う。
全面に盾を出す事をしなかった場合、大地は焼かれたように熱を放つ。それが徐々に体力を奪うようにして、ヤクルの体力を確実に奪う形になる。今までよりも安定して魔力を引き出せるのも、サラマンダーのお陰だと考える。
すると、キラリと自分の首に下げられた指輪を見る。麗奈から貰った贈り物で、銀色のリングのシンプルなデザイン。内側には星が描かれている。
「派手な物はあげない。欲しいなら……ゆきにお願いして」
なんでそこで親友の名前を出したのか、とヤクルは思った。しかし、思えば麗奈にはヤクルが好きな人物に心当たりがあったのだろう。聞いてもいないのに、ゆきと同じデザインだと言われ恥ずかしくなったのは内緒だ。
(ゆきは……無事、だな)
今の衝撃で吹き飛ばされていない事に安堵しながら、なんとか踏みとどまる。チラリと見ればゆきの周囲には精霊が並んでいた。契約している精霊は、アシュプが作ったとされる精霊。
虹の大精霊から作られたのだから、大精霊並みの力を有しているのだろう。今にして思えば、それを3体も契約している彼女がどれだけ規格外なのだと気付かされる。
恐らくそれはティーラにも分かったのだろう。一気に魔力が放出されていくのが分かった。
「ゆきが気になるか!! 安心しろ。お前を殺してから殺すんだから、それまで守っておいてやるよ」
そう豪語するティーラは暗雲を呼びこむ。この意味をイーナスが使う魔法を見てきたヤクルは戦慄する。殆ど咄嗟に叫んでいた。
「サラマンダー、剣に魔力を!!!」
叫んだと同時に炸裂する雷。
黒い槍にも見えるそれらは、ヤクル1人を目標と定めて雨のように降り注がれる。
「ヤクル!!!」
泣きそうな声はゆきのもの。しかし、精霊は飛び出そうとするゆきを抑えてさらに守りを強化させてくる。
《じっとしないとダメよ!! ヤクルは貴方を守ろうとしているのに、その貴方が飛び出したらダメじゃない》
「あっ……」
諭されて、はっとなる。ヤクルがここまで来た理由がなんだったのか。親友であるユリウスと別れてまで、彼が優先してきた事はなんだったかを考えガクリと膝を折る。
(そう、だ……。ヤクルは、私の為に……!!!)
自分が攫われなければ、もっとユリウスの話を聞くべきであった。彼だって辛いのに、本当なら全てを投げ出したいのに我慢した。だと言うのに、自分は状況を悪化させて戦力となるヤクルを誘い出す為の餌とされた。
それをまざまざと見せつけられている。麗奈のように魔力を封じられてはいない。彼女と違い自分は魔法を使える。だと言うのに……それが出来ない。それをすれば、確実に自分から落とされるのが分かるから。
「どう、したら……私、足を引っ張ってるっ……」
我慢してきた。
泣かないようにとしてきたのに、ゆきはここで泣いた。自分の所為でヤクルを連れ出してしまった事実。その間にもユリウス達が必死で耐えながら、どうにか麗奈を助け出そうと隙を伺っているのに……。
コロン、と。
落ちて来たのは別れる前に麗奈に渡された、銀色のリング。
(麗奈、ちゃん……)
自分よりも彼女の方が辛い筈だ。
だけど麗奈はそれに負けじと、ゆきの前だとしても泣かないでいた。それは死神と言う言葉を聞いてしまった不安がある。もしかしたら、彼女は死ぬ気でいるのではないかと、変な想像をしてしまう。
「はああああっ!!!」
自分へと襲い掛かる雷をヤクルはサラマンダーを形どった炎の化身で、全てを防いでいた。大精霊は言っていた。強い魔力も魔法も、それらには自身のイメージが強ければ、そのまま強い力を生み出す。
想いも、願いも。ただひたすらに一途な想いが、途方もないエネルギーになるのだと聞いていた。
その分、暴走も引きやすいという危うい力をも秘めている。
「ははっ!! 面白い守り方するじゃ、ねえか!!!」
「ちっ」
交わう刃。いなしながら、全力とも呼べる力でぶつかっている2人の男。1人は戦いを楽しむ為、もう1人は大事な者を守りたいが為。
だと言うのに……。
「笑って、る……?」
ゆき自身、自分が何を言っているのかと思った。が、それが彼女が抱いた印象だ。
殺し合いをしていると言うのに、今まさに世界が危ないと言うのに……。この状況で笑っているというのが信じられない。
互いの刃がぶつかり合い、火花を散らしている。だけど、2人は徐々に魔力が高まっているのが分かる。
それと呼応するように巨大な力が呼び起こされようとは。この時、誰も予想は出来なかった。
その存在を察知できたのは、ニチリのウンディーネと創造主、そしてその使いの死神だけだったのだから。




