幕間:異世界人の危険性
古代魔法を扱うのはエルフだけ。
それはこの世界では常識だし、魔族の間では知っている事だ。だが、それが覆される出来事が起きた。
「人間が、使っただと……」
リートとラークの書かれた報告書を読んでいるのは魔王、バルディル。
サスクール、ランセ、サスティスと並ぶ魔王の1人。彼等の居る時代の時の方が、今よりも戦いが当たり前のように起きていた。
その中で厄介だったのが、ランセとサスティスの居る国だった。
この2国は手を組むという今までにない前例を作り出した。今までいがみ合っていた者同士が手を組むなどとバカな考えだと思っていた。
しかし、彼は知らなかった。
この2国は元からいがみ合ってなどいない。手を取り互いの為になっているなど知る由もなかったからだ。
「異世界人なら、あるいは……」
人の考えがそれぞれあるように、魔族にだってある。互いの手を取り合って組む様な考えをする魔王が居るのだ。型にハマらないやり方や前例を作って来たのは、異世界人だ。
魔力が普通の人よりも多く、大体が珍しい魔法を扱う者達。
今まで現れていないだけで、今回のような奇跡は起きているのかも知れない。バルディルはその前兆の可能性も含め、すぐにその古代魔法を使う人間について秘密裏に調べるように告げた。
「ほう。サスクール様の求める器と同じ異世界人だったか」
やはりと内心で思い、すぐに探し出して殺す様に言った。その者はちょうどニチリに居る。この国も障害になるからと魔物を放った後だった為に死んだという報告を待つだけだった。
だが、告げられてきたのは生存していたという事。
国を滅ぼすだけの数を放ったにも関わらず。魔物のクラーケンがニチリを標的として動いていた。だから、魔物を倒せてもクラーケンは無理だろうと思っていた。
しかしそれらの予想を全て覆してきたのも……異世界人。
魔物と化したクラーケンを大精霊へと変えた事で、荒れる海は元の静けさを取り戻した。当然と言えようか魔物達は全て撃退され、更にはニチリの周囲に張られた結界を強められた。
(数々の失敗。サスクール様に知られていないのは良いが、これでは障害になりかねない)
確認できるだけでもエルフはこの件に関わっていない。
ドワーフも前のように戦士が居ないのも調べがついていた。人間と仲が良かった事があったのはもう数百年も前の話。愛想が尽きたと思えば、戦士ドワーフがここに来て参加する事などない。
ならばとドワーフ達を攫ったのはバルディルだ。
万が一にも人間達に協力して、武器を作るような事が起こればそれだけ不利になる。彼等は武器を作る際に無意識的に魔力を注いでいる。
それらの武器を人間ではなく、自分達が使えば戦いが有利になる。
彼等は武器を作るだけ作り、あとは用済みとばかりに殺す。そうバルディルは考えていたのだ。
「ちっ。これでは後手に回るばかり……ならばいっそ」
その異世界人をこちらに捕らえようと考えた。
1人になるのを狙い、この城に連れバルディル自身の手で息の根を止める。今後の戦いの邪魔になるのだけは避けようと思い、ティーラに見張らせていた。
結果、ティーラは命令に沿ってゆきを攫う事に成功。ただ、彼の狙いはバルディルのものとは違うのだ。彼は自分の欲求に素直に従っただけ。バルディルの予想外はいつだって傍に居て、そして……事態を悪化させていく。
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「う、うぅ……」
ふっ、と目を開ければ石造りの天井が見えた。そして、背中が随分と固くて痛い。それがゆきを最初に感じた事。
「よう。起きたな」
「あ、なたは……」
フラフラになりながらも声をする方へと顔を向ける。
月の光が部屋を照らし段々と見えてくる。知らない男が後ろからゆきに声を掛けて来る。
大きな体格。トン、トン、と自分の肩を叩くのは彼が使う武器である事はゆきにも予想がついた。矛、だと見ていれば段々と自分が連れて来られた時の事を思い出す。
「なんで、私を……」
「あ? 理由かぁ。あんまり考えてないな、単に面白そうだったからだな」
「面白そう……え、どういう」
自分は気絶する前にヤクルに治癒を施した。
炎に焼かれそうになった大事な人。それを実行しているのが精霊だと分かった彼女は止めるように言い、ヤクルの命を奪わせない為に古代魔法を使った。
フィナントから教わった魔法だが、ゆきの使った魔法は彼のとは違う効力を発揮している。鎖を作り出した魔法は相手を捕らえたり、動きを封じ込めるものだ。
ただ、ゆきが使った場合は同時に魔力を抑えつける。
属性に関係なく魔力の質を下げ、いずれは使えなくなる。そう言う仕様のもの。それに気付いたフィナントはゆきに使う時は、魔力の急な上昇を感じた時に使えと言われた。
「古代魔法は、魔力の制御が難しい。それこそエルフでない者が扱うなんて前例はない。いずれ狙われる」
そう、忠告を受けていたのに実際は捕まる状態だ。
フィナントに申し訳ないと思い、ティーラの意図を探る。しかし、彼は素直に言った。
ゆきを殺す様に言われていたのは事実だが、自分が攫ったのは殺す為でなくヤクルと戦う為だと。
「お前とアイツは互いに大事にしているからな。人質が居る方がアイツも気合が入るってもんだ」
ポカンと。自分でもアホな顔をしている自覚はあった。しかし、まだ意識が戻ってまだ間もないゆきには理解するのには時間が掛かる。
「チッ。おい、生きてたいんなら黙ってろ」
「え、あ、あうっ!!」
突然、立ち上がったと思えばゆきを再び固い床へと寝かせそのまま起きるなと言った。小さい声で「寝たフリ」と怖い言い方をしたので、無言でゆきは目を瞑る。
ティーラは横にさせたゆきの目の前に座る。
ほぼ同時に荒々しく扉が開けられる。ドタドタと団体で来たであろう足音に、思わず声を出しそうになったゆきは慌てて口を押さえる。急いで背中合わせになるように体を反転し、顔を見られないようにと行動を起こす。
「珍しく命令に従ったと思えば……。これはどういう事だ」
その声の風貌は分からない。だけど、この雰囲気と言うか空気はゆきも感じた事がある。
(まさかランセさんと同じ……魔王の、ような存在?)
疑問が湧くがこのままじっとし、あとで聞こうと思い目を閉じる。
「どうもこうもないぜ。意外にコイツの守りが強かったんだ。異世界人だったか? 皆、コイツみたく強いんかね」
ポン、とゆきの肩辺りを雑に叩く。思わず悲鳴を上げそうになるが、我慢だと自分に言い聞かせる事で落ち着こうとする。
「そんなものはどうでもいい。ソイツは今、この場で始末しろ」
「はあ?」
ザッとティーラとゆきの周りを囲むのは下級魔族達。その魔族が不意に、ゆきに触れようとする。その一瞬、足を消し飛ばされる。
「うぎゃあ!!」
両足が無くなりバランスを崩す。そのまま倒れ込もうとするのを、ティーラの裏拳が炸裂。ボコッと嫌な音を立てながら吹き飛ばされ、派手に空いた壁からは外からの風が入ってくる。
震えそうになるのを我慢し、遮るものがないかと思った。直後に上から何かが被せられる。ティーラが着ていた服を覆うマントだ。
「勝手に触れるんじゃねぇよ。……次は誰が死にたいんだ。あ?」
周りに居た魔族達はティーラの睨みにより、尻ごみをするように後ずさる。距離が出来た事で、ゆきが起きている様子を見ようとする魔族はいない。
「貴様。ソイツは今後の邪魔になる。だから殺せと言っている」
「断る」
「……暴れ馬が」
カッ、と。床をこする様な音を聞いた。
振り向けば起きているのがバレる。懸命に振り向かないようにしながら、キンと金属音同士がぶつかる音が聞こえてくる。
目の前にいる筈のティーラの気配がない。そう感じた時、ゆきが横たわっている場所以外がボコッとクレーターを生み出す。周りに居た魔族達はその攻撃の余波で腕を失い足を失う。
この場所が一気に断末魔が響く、異様な部屋と早変わりした。
「その異世界人はここで殺せ。何で生かす必要がある」
「俺が楽しみたいからに決まっている。今後、テメェの言いなりにはならない。お前の援助もいらない。だが、コイツをここで手を出すなら――魔王だろうが容赦しない!!!」
闇の力がぶつかり合い。反発するように弾ける。その余波がディルバルが連れて来た魔族達に当たり、体の一部を消滅する。それはゆきには当たるものだが、全てティーラが防ぎ時に魔族を盾にして守っている。
(こ、これで起きてるってバレたら……)
ゾッとした。
彼等にしたら一瞬の攻防。だけどゆきにはとても長く感じられ、体がなくなった事で叫び声をあげる魔族達を、聞きながら早く止むようにと祈らずにはいられない。
精神が参ってしまう……。
そう思ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。静かに目を開ければ、冷たい風が自分の事を撫でるようにして流れる。
それもその筈。彼女が居る場所以外は全て、何もかもが無くなっていた。文字通り、彼女と対峙している魔族以外は存在を消されたのだ。
「くっ。そうまでして守るか」
「言ったろ。俺の楽しみを奪うなって」
「……良いだろう。なら貴様に一切の援助をしない。お前はお前の部下だけで好きに動け。他の上級魔族達にも近付くなと言っておいてやる」
戦力を削られたくない。
そう読み取れるような雰囲気に、ゆきは内心でほっとした。
「もう良いぞ」
「は、はい……」
自分はただ寝ていただけなのに、既に疲労が溜まっている。生きた心地がしないのだ。これは助けて貰えたのだろうかと思うゆきだったが――。
「さっきも言ったが、お前は人質な。バルディルの野郎はこれで来なくなったし、余計な事もしない。完全に俺が好きにしていいって感じだ」
ニヤっと悪い顔をしながら自慢げに言う。
ゆきは命の恩人なのか、やっぱり人質なのかと自分の立場がよく分からないでいる。
それから約1週間。まさか麗奈と再会するとは思わず、思ったよりも自由にさせてくれる。それでますますティーラと言う人物が分からなくなったのだった。




