第141話:因縁
ワクナリとルーベンは誠一達よりも遅れて転送されてきた。
2人が来た時、着替えを終えた麗奈とハルヒの頬には叩かれた痕があった。そして誠一達を見れば気まずそうに目を逸らす。
「……着替えを、見られて……その」
「平気。大体は予想つくから」
全部言わなくても分かる。
ワクナリは納得した表情で頷き、無事である事にほっとした。
(……魔力が感じられない)
魔法を使うのにその源の魔力が感じられない。
聞けば力を封じられている状態だと言い、その封印を解く方法は無いかと聞けば難しいと返された。
「陰陽師は扱う人に合わせて独自に組み上げられた術式が多いの。私の場合、魔族のユウキをどうにかしないと」
「……」
ユウキと言う言葉に敏感に反応をしたのはハルヒだ。
ゾクリとした感覚にワクナリはゆっくりと振り返る。彼は普通にしていた。だと言うのにその普通が、とても怖く感じられた。
(……因縁があるのね、きっと)
聞かない方が良いと思い、そっとしておく。
そう言えば、と麗奈はどうやってここに来たのかと聞いて来た。この城は既に浮上した状態だ。
普通なら簡単には入れないし、ここまで来るのに敵に見つかっていないのが不思議だ。
そこまで考えて麗奈はアルベルトを見て「あ!!」とある事を思い出した。彼もその反応で嬉しそうにしている。
「アルベルトさん、ダリューセクみたく勝手に印を付けたのね」
「グ、クポポ……」
グサッとアルベルトの心が突き刺さる。
苦しそうに胸を押さえた後で、開き直ったように声をあげる。
アルベルト自身、印を付けた所が自然と転送魔法の一種だとは知らない。確かに魔力を少し持って行かれる感覚はしている。それに気にした様子もない彼は、気に入った印としてこの魔法を使っていた。
そして、もう1度その場所へ行きたいなと思った時、魔方陣が光りだした。
「フポ!?」
慌てても遅く、既にその力は解放されていた。
視界に広がる光に思わず目を閉じ、止んだ時に目を開けて驚いた。最初に付けたのは自分の家。
つまり意図せずに戻っていたのだ。
「クポ。クポポ」
コテン、と首を傾げ今の現象がなんなのかを考える。
ドワーフは戦士と呼ばれる者以外での魔法の扱いが殆ど出来ない。身体強化はどのドワーフでも出来るが、治癒能力となるとそうもいかない。
だが、戦士の中には器用な者も居る。
傷付いた先から治癒すると言うとんでもないドワーフが存在する。そういった者は息子や娘にも引き継がれていく傾向がある。
アルベルトの父親は確かに戦士ドワーフと呼ばれる特別な存在。その父親から魔法を学んだ記憶もない。何故ならばこの2人は喧嘩をしていたからだ。
「……」
家出をしてきたのにいつの間にか自分の家にいる。
見つかる前にともう1度、地面を軽く叩けば最後に印を付けた位置に戻ったのだ。
それがラーグルング国。
見回りをしていたフィナントがたまたま見つけ、今の魔法について聞けば知らない間に転送する力を身に付けていたと言うのだ。自分の安全の為にもと、フィナントから魔力の操作を学ぶ。
そうしている内に、アルベルトは彼の事を友と呼ぶようになりフィナント自身もそれを許している。外での繋がりが出来たアルベルトは、それがきっかけで様々な国を旅するようになった。
ウィンゼル国の王城は要塞のような見た目でもあり、アルベルトはとても興味を惹かれた。だからまた訪れるだろうと思って付けた印がこんな形で役に立つとは思わなかった。
そう。たまたま着替えて途中だった麗奈に出くわすなど、アルベルトだって予想出来ない。
単にどこかに部屋に繋がればいいなぁ位の認識だったのだから。
「無事で良かった……」
「お、お父さんっ!? わわっ」
誠一からの抱擁に麗奈は身を固くした。
今までだってこんな風に抱きしめて来た事はほとんどない。それこそ、幼い時以来だ。そう気付けば、周りには人が居て皆が見ている。
それがどうしようもなく恥ずかしい。
そんな気恥ずかしさの中だけど、麗奈はしっかりと抱きしめ返した。父親と言う存在が、こんなにも安心出来るのだと知ったからだろう。
「……ご心配をおかけしました、ワクナリさん。ブルト君と居たから寂しくなかったです」
「そう。それは良かったわ」
ハルヒとも抱擁を交わし、ゆきとここに居たのだと伝える。当然、何で行動していないのかと質問がくる。だけど、答えるのに戸惑いを覚える。
今、共に居るブルトの印象を悪くする形になる。ワクナリが彼を信用するのには危険だと告げられたばかりに、麗奈は返答に迷う。
「れいちゃん? 何で言ってくれないの」
「あ、その。……ゆきは魔族のティーラさんといるの。ヤクルと決着を付ける為に」
「……は?」
予想通りの反応に麗奈はやっぱりかと思う。
そして当然のようにハルヒから笑顔が消え「決着って?」と、目が笑っていないままでの質問攻めで結局は全てを話す形へとなった。
「はぁ。つまりはヤクルと戦う為の餌にゆきは攫われた、と」
「はい……」
「戦闘好きな魔族に捕まったゆきの運のなさといったら……」
麗奈とゆきを連れ戻すのがハルヒ達の役目だ。
2人一緒ならと思ったが、既にゆきはこの城を出た後。そうなるとヤクルに任せるしか方法がないのが、なんとも言えない気持ちにさせられる。
「大丈夫だよ、ヤクルは強いんもん」
それをどう捉えたのかは分からないが、麗奈は明るく平気だと告げる。どこかズレている事を感じながらも「そうだね」と合わせる事にした。
それぞれ自己紹介を終え、これから他のドワーフ達と合流すると言い隠し通路を使って彼女達は動いたのだった。
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「……始まったな」
ヤクルはそう言って空を見上げる。
少し前までは星空が見えていた。それが変わったのはヤクルが仮眠をとった後。サラマンダーに起こされて夜空を見れば、何故か紅く染まった空が見える。
幻覚でもなく、夢でもない。
サラマンダーに聞けばこの現象は、人間が生まれる前に起きたもので魔族の力を上げる効果がある。
つい、ユリウス達が無事かと確かめたくなる。
「気になるなら今から行くか?」
「!!」
掛けられた言葉に緊張が走る。
自分と対するように、その男は立っていた。そしてその隣には――。
「ゆき!!!」
「ヤクル。良かった、無事で……!!!」
涙を堪えながら安堵した様子のゆき。
麗奈と別れた時のドレスではない。黒いズボンに青いローブ、その下にはラーグルング国で渡された魔道隊の制服がチラリと見えた。
「ほら。行ってこい」
「え、あ……。あ、ありがとうございます」
「敵に礼なんか言うなよ」
面倒だと言いながら、ティーラはゆきの背中を押す。
ヤクルの方へと行けと言っているのが伝わる。このまま刺されるかも知れないと思ったが、すぐにその考えを捨てた。
(もしそうなら、とっくに死んでるもん)
ヤクルが慌てて来るのが分かりそのまま飛び込む。予想していたのか、すぐにキャッチする体制になり「凄い」と驚きの声をあげる。麗奈の無事が確認でき、次にヤクルの状態も確認できた。
それが嬉しいのに、ヤクルはゆきに対して行ったのはデコピンだ。それも割と強めの。
「いたっ!!」
「どれだけ心配したか分かっているのか」
「うっ。それは……」
「いくらユリウスの言った言葉が許せなくても、勝手に居なくなったりするな。麗奈みたいな奇行は止めてくれ」
「む、そんな事言わなくても」
ゆきとしては一刻も早く麗奈に繋がる物はないかと行動しての事。その最中にティーラに殺されそうになったのだから、ヤクルの心配はもっともだと言える。
ヒリヒリする額を抑えていると次は優しく抱きしめられた。頭をポンポンと撫でた後で「無事で良かった」と、心の底から安心しきった声色で言い顔が赤くなる自覚があった。
「良いから。今度は俺の傍から離れるなよ」
「う、うん……ごめん、なさい」
「イチャつくのはその辺にしろ」
ビクリと肩を震わしたと同時、ティーラが居る事を思い出す。ガバッと顔を勢いよく上げれば、何故だかニヤニヤした顔のティーラが見える。
「まっ、攫っておいて正解だったな。大事な人間が居ればお前は全力を出す。安心しろ……お前等、2人揃って殺してやるよ」
バチン、とティーラの武器に流れる電撃。
黒い稲妻は矛を壊すことなく、先端へと集まり留まる。ヤクルはゆきに下がる様に言い、腰に下げていた剣をゆっくりと抜いた。
「そんな事はさせない。ゆきだけじゃない。麗奈も助ける……。俺を送り出したランセさんとユリウスの為に、ここで死ぬ訳にはいかない」
その答えを示す様に剣に炎が纏われる。
ゴオオッ、と激しく燃える炎は揺らめきながらも綺麗に留まっていた。柄へと伸ばされず刃だけを纏う。
そしてヤクルの隣に現れるサラマンダー。ゆきははっとしてその精霊を見る。気絶する前に一瞬だけ見えた精霊。それが今度はヤクルの為に力を貸す為に現れた事を察し、ゆっくりと下がる。
「気を付けてね、ヤクル」
「あぁ。ゆきはじっとしていてくれ」
絶対に助けると目で訴える。それに無言で頷いたゆきは下がりながら、自分の周りに精霊を呼んで防御を固める。
「ティーラ、だったか。ゆきと麗奈が世話になったようだから、一応お礼をいっておく。だけどそれも今だけだ」
「おう、それで良いわ。一応、お前の役職を聞いておこうか」
「……ラーグルング国の4騎士の1人、ヤクル・ウリスだ」
「ヤクル、か。覚えておこう……。俺はティーラだ。主であるランセに仕える臣下みたいなもんだ!!!」
互いに地を蹴ったと思った時、魔力同士のぶつかり合いが起きる。雷と炎。ヤクルは自分の欲を満たす為、ヤクルはゆきを守る為にと力を振るう。
ユリウス達が魔物達を相手にしている頃と同じ時。ヤクルは一歩も引けない戦いへと身を投じていた。




