第140話:予想を超えた出来事
コツ、コツ、と近付く足音。それは様子を見ていたディーオの後ろで止まる。
「なんか、辛そうに見てるな」
その質問に彼は答える。
なんでもないと言いながら目を伏せる。
「仕方ないよ。……私が選んで呼んだ子から始まってしまったんだ。こうなるのは予想出来ていたよ」
水晶が映し出す風景は戦況を写しだしている。
1つはラーグルング国。
大群の魔物を相手に一歩も引かない戦況を繰り広げていた。強制的に領域から出されながらも、数多の魔法を行使するのは大賢者キール。
その援護射撃をしているのが魔王ランセとユリウス。
雨のように降らせているのは黒い雷だ。
それをランセとユリウスの同時操作で魔物へと放ち、連鎖反応をさせて爆発を起こす。
「ほぇ~。凄い芸当するな」
「彼は魔王だから魔法の扱いが上手いんだよ」
「へっ、何それ!? 魔王、味方なのか!!」
「……何で楽しんでるの。そして普通に隣に座らないでよ、フィー」
「え、ダメなのか」
無断で入っても平気だったからと言うフィーにディーオは嫌な表情をしたが、それも予想済みとばかりに座る。ついで2人分の飲み物用にとワインを持って来ている。
「ほらエルナから貰ったお酒だ」
「……」
「エルナの世界って人間はいるけど、アイツがホワホワした雰囲気だから争いはない。この酒もその人達とエルナとで作ったんだって」
まだ改良をしようと思うからと、フィーに味見を頼んだ様子。
ワインの色は透明で水と言って渡されても違和感がない。赤と白のワインの色があった気がするがと思いながら、じゃあ1口と思って貰う。
「……不思議な味」
「ん、そうか。俺はこういうのでも良いけど」
「チャラい割にそんな事言うんだ」
「なんだよ、それ……。って、話しズレるな、悪い悪い」
フィーが次に見ていた映像には、騎士国家と呼ばれるダリューセクが映し出されていた。
聖騎士5名を主軸に、四方の門を守る形で魔物達の侵攻を防衛していた。以前にも魔物の侵攻を受けており、まだ復興途中の最中での戦い。前回よりも数が多い上に、魔族の存在も感知しているからか防戦を強いられている。
「ん? あれは……」
フィーがそこで目を見張ったのは、エルナとエレキの姉妹に毛並みを堪能されて困っている大精霊のフェンリルの姿が映し出されている。その背には黒髪の女性が乗っている。
黒い髪に黒い瞳、ディーオが呼んだ異世界人。
その彼女は白い法衣を身に纏い、杖の先端に青い水晶が加工された武器を手に持ちながら魔物を撃退していた。
「ヴァッサー・オール!!」
水晶に集められた水色の光が、破裂し向かって来る魔物達を切り刻んでいく。フェンリルはスピードを緩めないまま、走った所から氷の柱を生み出し次々と魔力を散布していく。
それが徐々に力を溜めていき、背に乗っていた咲からの魔力をも吸い上げていき――
《グラセ・レイヨン!!!》
掛け声とともに放たれた光線。
射出された光は空へ、地上へと四方へと放たれる。直撃を受けた魔物はそのまま瞬時に体を凍らされ、翼を持っても回避しきれずに凍りそのまま重力に従って落下し体が砕けていく。
そのまま咲は魔力を瞬時に杖へと集める為に集中する。
フェンリルがスピードを緩め、立ち止まった時にはその準備が終わっていた。
「フルメン・アブレス!!!」
カンッ、と杖を地面へと叩く。
その音で地上に巡らせた魔力の散布が新たな光を生み出す。それは水色の光となって空へと一気に集まり、落雷となって城門の外に侵攻している魔物達へと放たれる。
同時に中に入って来た魔物達をも攻撃され、一気に数を減らしていく。
「うひょ~。あの子、凄い魔法の使い方」
「大賢者の1人だからね。あれくらい出来て当然」
「あれ、そうなの。……ってか、ラーグルング国に既に居るって言ってなかったか?」
「うん、言ったね。彼女、異世界人なのに大賢者に匹敵する魔力を持ってるし。あ、違うね……。大賢者2人居るわ」
「うわっ、ズルッ」
急にふてくされたフィーにディーオは構わずに水晶を見ている。
と、そこに別の気配を入り込んでいるのを感じで振り向く。うわっと思わず声を出してしまった相手。冥界の女帝とも言われているディーオ達と同じ創造主、エレキが軽く睨んでいた。
「なによ、うわって。そんなに見に来るのが間違ってるって?」
「いや……。私達は互いの世界を見聞きするのは構わないし、勝ってに来ても良いんだけど……君等、仕事してるの?」
「それ、アンタには言われたくないわ」
「エレキに同意だな。少なくともディーオよりはやる気あるぜ?」
振り向いた2人はエレキの後ろに、あるものに思わず動きを止める。
エレキの方も少し困った様子でいる。
彼女の後ろには小さな狼がいた。
水色の毛並みはフェンリルを思わせるもの。精剣の眷族、それはラウルが契約をしていたのと同じだ。
ディーオは固まった。
そこに居たのは傷付いたラウルだ。彼の周囲を守っているのはキラキラとした欠片。その欠片からは魔力を感じられ、彼はまさかと思った。
《前に無理に連れて来られたんだ。その責任は果たして欲しいな》
「うげっ、マジ?」
彼の頭に響いたのはフェンリルの声。
前にガロウとで巻き込んでディーオの居る所へと、無理に呼んだ記憶がある。エレキもそっぽを向いている辺り、あの時の事は悪かったのだと読み取れる。
(……あ、あの欠片は魔道具のか)
その欠片には虹色の光が膜を張る様にして光っている。
お礼にと渡した魔道具に、麗奈がどんな願いを込められたかは分からない。
ラウルが起こした魔力の暴走にも近い爆発。
あれをほぼゼロ距離で受けて無事でいるはずがないと思っていた。しかし、魔道具は砕け散っても持ち主を守った。傷は負っており、生きているのも不思議な位だ。
フェンリルからの要求にどう応えるか。
守られているラウルにディーオは仕方なく近付く。
「しょうがない。子供達に言われたらやるのが親の務めだよね」
ただし――とディーオはラウルに向けて手をかざす。
その光は欠片と同じ、虹の光を灯している。
「君の生きたいという意思が必要だ。もし、それを願うのなら最善を尽くそう」
そんな行動を起こすディーオを、まるで珍妙な生き物を見ているフィーとエレキ。
互いに顔を見合わせ、本当にディーオなのかと疑う位に。
「ホント、私までも動かすだなんて……」
チラリと彼が見た水晶には麗奈が映し出されていた。
まさか捕まっていながらも、魔族をも味方をつけ、麗奈自身が予期しない形で脱出をする流れになった。
(こんな予想外な行動、私だろうと読めないよ)
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そのディーオから見られているとは知らず、麗奈はブルトと行動を共にしていた。ドレスでは動きづらいからと着替えを提案し、今は別室にいる。
(よし、まだ追っ手らしい音も聞こえない。ここに居ても平気だね)
ほっとしたブルトは再び部屋の中に入ろうとした。が、すぐに向き直った。
まだ着替えている最中の麗奈が見えてしまった。ドレスを着るからとコルセットに四苦八苦した日を思い出す。
あの時も彼女は分からないからとブルトにやり方を教わった。1人で付け外しが出来ないのは分かっていたが、いきなり脱ぎ出した行動にブルトは慌てた。
羞恥心はないのだろうか。
ふとそう思い、今は(あれ?)と違う事を考える。
麗奈に好きな人だと恥ずかしげもなく告げた。勢いと言われてしまえば終わりだが、自分は確かに麗奈に向けて言った。
なのに、彼女は恥ずかしげもなく着替えている。
その事に少なからずショックを受けながらも、追手が来ないかと耳はしっかりと音を拾おうとしている。
そんなブルトを知ってか知らずか、麗奈は着替えが途中なのだ。彼女だって恥ずかしさが一杯だ。
なんせ青龍とザジがそっぽを向きながらも、チラチラと見ているからだ。ブルトからは見えていないが、麗奈には見えているという理不尽さ。
着替えの最中に敵が来ないとも限らない。
その敵の城の中に居るのだ。
警戒は怠らない。が、そうとはいえこの状況はマズイとも思っている。
(わ、分かってる。ここで余計な時間はかけたくないもんね)
幸いにも、連れ去られた時の服はそのままに洗濯がしてある。恐らくはブルトがしたのだろうと思い、麗奈は声をかける。
「ブルト君」
「は、はいッス!!」
「服、残してくれてありがとう」
「……良いッスよ。そんなんでいいなら、なんだってやるよ」
ブルトの顔は赤いかなと思いつつ、麗奈は着替えを再開した。そこで「フボッ!?」と聞き覚えのある声が聞こえる。
声がした方向はちょうど着替えているベッド下。ワナワナと体を震わしたドワーフのアルベルト。顔がかなり赤い様子で急にバタバタと暴れ出す。
「ア、アルベルト、さん……?」
「ポ!? クポ、クポポ!!!」
どうしたのだろうか、と思った時に自分にかかる影が大きくなった。不思議に思っていると、「どわっ!?」と言う大人数の声に麗奈は押し潰された。
「麗奈ちゃん!?」
その音に驚いたブルトが中に入ると「えっ」と思わず言ってしまった。
自分と麗奈だけと言う状況の筈だったのに、今はそれが覆されている。彼女と同じような年の青年、男性が2人、ついには赤毛の狐が伸びた状態でいる。
でも、ブルトが固まったのはその一瞬ですぐに行動に移す。
麗奈が下敷きにされているのだ。助け出すのが先、というのが彼の中で優先される。
「っ、れいちゃん!?」
上に居る人達をどかせてると青年からそんな声が上がる。思わずムスッとなるブルトだったが、(あっ…!!)と思ってすぐに顔を逸らした。
「っ~~~~!!!」
ふにっ、とした感触がハルヒの手に伝わる。
なんだか感触が良いなと思って、何度か揉んでしまう。前にも似たような経験があったと思い出してすぐに気付く。
麗奈に気付いたハルヒは見てしまった。
涙目で自分の事を睨んでおり、声を出したくとも我慢しているその姿に。瞬時に自分の手を見れば、着替え途中でありふにっとしたのは当然――。
「ご、ごめ――!!!」
ハルヒの謝罪に重なる様にして、バチン。と強烈なビンタの音が聞こえる。
思わず「いたっ」と自分が受けていないのに、ブルトはそう言ってしまった。
だけど、同時に心の中では仕方がないとも思っていた。
(ま、まぁ……胸を触ったんだから当たり前ッスよね)




