第138話:ラウルの賭け
閉ざされた異空間。さっきまで自分達がいたのはラーグルング国の上空だった筈。精霊が使う領域は魔族にとっても未知の体験。
だからこそ、キールはそこをつくのだとラウルに説明していた。
「今のこの国は、魔族と魔王サスクールにとって最高の餌場だ」
ピリッとした空気が漂うのはフィナントが睨んでいるからだ。リーグはこの雰囲気が怖くてずっとリーナの後ろに隠れ、そっとキールを覗く。
リーグとキールの2人が従兄弟だと知ったのは、ごく最近。それこそ麗奈とゆきが来てから、国の外に出るようになってきてから。それまでリーグにとっての世界とはラーグルング国、ただ1つだけ。
他に興味も感心さえない。
リーグの目的の手伝いもしつつ、世話をする。
そうユリウスが言ってから随分と時が経った。今のリーグには復讐する気持ちは抜け落ちている。と、言うよりも守りたい人を助けたいと言う気持ちが強い。
だから、死ねないし生きる。
生きて復讐心が本当にないのなら、ラーグルング国に根を下ろしても良いのかも知れない。最近のリーグの心境はこんな感じだ。
「フィナントさん。あんまり睨まないで下さいよ、リーグが怖がるから」
ねっ、とウィンクするキールにフィナントは心底嫌そうな顔をした。リーグはそれだけでも雰囲気が軽くなったと思うのだから、助かったと言う気持ちが強い。
「それで? まさかとは思うんだけど、私に囮でもしろって言いたいの君は」
「そうだよ。他に魔王の使い道なんてあると思う?」
「……へぇ。面白いこと言うね」
目を細め引き攣った顔でキールを睨むのはランセだ。
ユリウスはキールを小突きながら「冗談言ってないんで、目的を言え」と、目で訴える。言葉に出さずとも伝わるのは、ユリウスよりも年上と言うのもあるし察してくれると思ったからだ。
「だって、稀にみる餌が多いんだよ? エルフのフィナントさん達、虹の精霊と契約したユリウス、精剣の眷族と契約したラウル。そして、魔王であるランセに大賢者としている私だよ? 向こうにとっては自分を高める材料が、こんなにも居るんだよ。狙わない理由はないよ」
「……高めるって、具体的にはどんな風になるんだ」
「セクト。その質問の前に1発殴りたいので、黙ってくれません」
ベールが珍しく殴り掛かろうとするのを、セクトとレーグの2人で慌てて止める。イーナスは静かにため息を吐き「そう言う事か」と納得した表情。
魔族の力が高める方法として、共喰いと魔力量が多い人物を喰らうと言う2つの方法がある事がランセの口から聞かされる。
「共喰いをする魔族はそういない。仲間意識が低いけど、だからってワザワザ負担を強いるような方法をとらないからね」
「……何かリスクがあるんですか?」
ラウルの質問に頷くランセは続ける。
確かに力はあがるが、魔族の自我が食べた側を侵食する可能性を告げる。
我が強い魔族同士の共喰いで、最初は強い力を得られるが時間が経てばその強い自我同士で暴走するのだと言う。
「共食いは得られる力も大きいが、デメリットも大きい。長い時間を生きてきた魔族は、それだけ自我が強いって事」
「自我が強い、ですか」
「共喰いは喰らった分だけの力を得られるが、それだけ喰らった人格を背負うって事。魔族だって万能じゃない。綻びは出るのは時間の問題だ」
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(だから攻めるなら――今なんだ!!!)
自身の魔力を極限まで高め、それ等を身体強化へと移行する。ラウルの傍に控えている精霊は、自身が張った領域へと力を注いでいる最中だ。
以前では立ち向かえなかった重力の魔法もラウルには効かない。
レーグが扱う魔法も重力魔法。だから、最初にやられた時にすぐに彼の所に向かい対策を立てた。
魔法のぶつかり合いは保有する量で決まる。
同じ量の魔力同士なら、威力が強くても相殺し全ての攻撃は届かない。今のラウルは自分自身に魔法をかけているのと、領域と言う特殊な空間でやっとラークの保有する魔力に追いついている状態。
(ラークがさらに力を上げてしまえば、すぐにバランスは崩れる。だから、ここで攻め切らないと!!!)
「チッ、動きがいちいち鈍る。変な小細工をしてんじゃない!!!」
「!?」
ゾクリとした嫌な感じにラウルはすぐ下がる。あのまま斬り合いをしたらマズイ、そう思わせる何かがラークから感じられた。
「なんだ、あれ……」
ラークの背後から現れたのは黒い腕だ。
それが1つ、2つに収まらない位に溢れている。同時に嫌な気分にさせられた正体が、あの蠢く黒い腕だと分かり距離を離す。
その判断が間違いだと知らずに。
「!?」
ガクンと自分の意思とは関係なく片膝が地面につく。力が抜かれたような感覚に、自分の足元を見て即座に剣を振るう。
しかしその刃が届く事はない。
全てすり抜けていく。
「ぐうっ……」
≪ガウ!!!≫
バシュ。
精霊が足にまとわりついたそれらを取り払う。触れた先から体のダルさもなくなっていくのが分かる。
少し安心したが、魔力を持っていかれた感じに焦りを覚える。
「やっぱり出る前に血を飲んでおけば良かったな。魔力を食べるのよりも、効率がいい」
「……そんなに腹が、減っているのか」
「彼女の血を飲んでから渇きが一向に消えない。離れたらその分、全部欲しくて、欲しくて……同族を喰らった」
でも、渇きは消えない。
ポツリと言った言葉に、ラウルは1つの賭けに出る。
「なら、今から存分に喰らえばいい」
「なに、っ……!!」
グサッ、と自分の胸の部分にラウルの剣が突き刺さる。完全に突き抜けたそこから、新たな魔力が練られていくのが分かりラークは驚きで目を見張る。
「お、まえっ……」
「今からありったけの魔力を、注いでやる!!!」
急激な冷えが辺りを包む。
刺された所から、氷の枝が伸びる。そのまま体を、腕を這うようして伸びラークの動きを封じる。
しかし、それはラークも同じ事。氷を上塗りするように、黒く染まった腕が伸び同じように動き互いに牽制している。
「正気か!? この空間を作ってるのはお前だろ。作ったお前の魔力がなくなればここは保てなくなる」
「わか、ってる」
「大体、それだけの価値があるのか? 違う世界から来たってだけで、そんな守り方をする理由が――」
「ある」
「……なに?」
「理由、なら……ある!!!」
淡く輝く色は水色の光。
それがラウルが付けてきたビアスの光が、剣に伝うように伸びていき――黒い力をはね除ける。
「!?」
「お前に、わかって、貰おう、だなんて……思わないっ」
確かに最初はラークの言うように、別の世界から来たからだと思っていた。過ごす内、麗奈とゆきと話す内に自分の何かが変えられていく感覚があった。
「俺、は……麗奈の騎士だ。あの時に、彼女に誓った、んだ!!!」
ユリウスと同い年の少女を守ろうとしたのは、イーナスから言われた監視をする意味もあった。魔族のラークに襲われ、それまで魔物を相手にしてきた麗奈の様子が変わった。
いつも笑顔なのにどこか影を差したような、微妙な表情。周りは普通として見ていたが原因を知ったラウルは、それ以降彼女に無理をしないようにと言った。
辛ければ頼れば良い。
みんなの前でが嫌なのなら、自分が盾になるから、と。
そう言えば驚いた様子だった麗奈は、お礼をいいきゅっとラウルの服を掴む。
「……ラウルさんには甘えてばかり、ですね」
泣きそうになりながらも戦う意思を失わない、彼女の表情が浮かぶ。
原因を作った、魔族を……ラークを許す筈がない。
許せる、はずがない……!!!
「俺の全てを使ってでも、お前だけは――倒す!!!」
ずっと思っていた事、ずっと抱いていた事。
倒すと言いつつ何度も逃がし、あと一歩が届かなかった。
そんな思いを受け取るかのように、ピアスと剣は同時に強い光を発する。敵を倒そうと、全ての魔力を持って行くように。
「コイツっ……!!!」
「喰らえええぇぇ!!!!!」
ピキンと。
何かが砕ける音が、確かに――ラウルには聞こえた。それに構う事なく魔力を注ぎ続け爆発が起きた。




