第137話:餌の宝庫
それは突然の事だった。
ユリウスがヤクルと別れてすぐの事。ランセと何やら話しているのを横目で見ながら、ユリウスは未だに頭の上に、乗っかている白いドラゴンの方に集中している。
《ウキュー……フキュ》
バランスが良いのか器用に頭の上に乗って、寝ているドラゴンに小さく溜息を吐いた。自分にしか見えていない様子で、試しにとアウラと契約しているウンディーネ、ディルベルトと契約したシルフにそれとなく聞いてみたが。
《ごめんなさいね、陛下さん。分からないわね》
《だが気配は俺等と同じだ。……妙だな、存在はあるのに姿が見えないなんて。他の人間達に見えてなくて、陛下に見えてるって事は……》
《お父様達の感じと同じよ。特にブルーム様は人間を遠ざけてたけど、逆にアシュプ様は積極的に関わった。隠れ方がブルーム様そっくり》
「……やっぱりドラゴン、だよな」
《フキュキュ》
コクリと頷くから言葉は分かる。だけど、ユリウスにしかその姿をはっきりと見えないのは同じ。精霊でさえ、4大精霊か大精霊クラスのものでないと感知できない事から下手に触るなと言われてしまった。
《乱暴だが親父が戻るまでは我慢だな。悪いなら速攻で倒れてるよ》
《もうっ!!! シルフは乱暴すぎるのよ》
喧嘩を始める2人を見ながら、害がないのを確認できただけでも良かったと思いお礼を言えばユリウス自身は平気なのかと聞かれた。
「……俺、ですか?」
《そうよ。精神的に一番堪えてるのは……誰よりも貴方よ》
《フェンリルと同じになるがな。ギリギリまで居て何も出来なかったのは事実だ。妙な気配を感じたのに何でか近付けねぇんだからな》
「誠一さんが言うには結界が張られてたんです。魔族のユウキっていう人物は、麗奈達と同じ世界から、来た人間ですけど向こうで死んでるって話だし」
《転生か……。よっぽどここに恨みがあるのか、死んでも死にきれない位の強い気持ちがあるのかもな》
「強い、気持ち……」
そう言えば、とユリウスは思い出した。
ディルバーレル国でハルヒと麗奈が魔族に連れ去られ、ハルヒだけが鎖に繋がっていた事を。あの時に傷付けた人物がユウキだとすれば、執拗に傷を付けていた感じが恐ろしと感じた。
まるで、恨みをぶつけるみたいな感じ。
(まさか……陰陽師に恨みがある?)
それが分かっただけでも違うかと考え、誠一に知らせるだけはしようと思った。麗奈の力を封じた上、ハルヒに何かしらの恨みがあるのなら、同じ陰陽師である誠一達にも注意を必要だと考えたからだ。
「俺は平気です。悩んでる暇もないし、出来る事をします。……どんな結果になっても後悔しません」
《そう。これは貴方の問題だから、私達が言えるものではないけど……失う様な真似はしちゃダメよ》
《あんな子、他には居ないからな。また会いたいんだから、死なすんじゃねーよ》
「ありがとうございます」
どうにかそれを言うのが限界だった。
別れを告げニチリのベルスナントとも別れを挨拶をし、アウラ達にも互いに元気でやるようにと言う。そうした挨拶が終わり、ニチリの柱で待っているとランセがすぐに姿を確認する。
「彼にはちょっとしたアイテムを渡したから、当分は平気だよ。そっちはもう平気?」
「はい。リーグ達も先に戻ってますし、俺だけここに残る訳にもいきませんから……ランセさんにはまた防衛を頼むしかないんですけど」
「良いよ。イーナスからそうなるように聞いているし、私の方は心配しなくていい」
揃った所でニチリの柱の結界とラーグルング国との結界を繋げ、光が満たされる。光が止み目を開ければ、見慣れた風景が広がっている。
ラーグルング国の城下町で、いつもなら人が賑わう場所。中央に位置するこの柱は他の柱と違って、誰でも見える仕様。魔法協会に避難させて既に数日は経つ。
協会の理事でもあり、ラーグルン国所属のセルティル。彼女はキールの母親にして、空間を操る魔法を扱う。彼女の使う魔法で一時的に預かっていたが、今はディルバーレル国で一手に預かっている。負担も減った事でセルティルも魔法師達と連携し、大戦へと備える準備をしている最中だとイーナスからは連絡を受けている。
「そう言えば、キールの母親はもう居るんだったね」
「あー居た居た。戻ってそうそう悪いけど、会議やるよ」
ランセの呟きにキールが見つけたとばかりに、2人をずるずると連れて行く。何だと思って不機嫌な表情を隠さないまま連れて来られたのは、イーナス達が居る大広間だ。
ベール達の父親もおり、今まで対策を練られるようにと意見を出し合っていたのだと言う。ただ、全員が微妙な表情をしていた理由が分からずにいた。
こういう場合、確率的にキールの発言だと思った2人は見れば彼は笑って同じ事を言った。
「今のラーグルング国って、餌の宝庫だよね♪」
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「キールさん!!!」
突如、ラーグルング国の上空に出現した大きな城。
同盟を組んでいたウィンゼル国のものであり、そこから大軍とも呼べる魔物の数が押し寄せてくる。
空からの奇襲を警戒し、空が飛べる精霊を契約していたキールはラウルと共に見回りをし早々に当たりを引いてしまった。その運を喜ぶべきか、悲しむべきか。
「奇襲は警戒してたけど、城ごと来るとは思わなかったな」
《呑気な事言わない。ほら、もう来てるから!!!》
キールを背に乗せた黒い一角獣のエミナスは、魔物の攻撃を避けつつ魔法の発動を促す。それはラウルを乗せたインファルも同様であり、剣に魔力が集中しているのが見えた。
「グラセ・ピック」
瞬時に氷の塊がラウルの頭上だけでなく、その周囲にも作り出されていく。それらが突如として割れていく。魔物達の突撃でなく、ラウルが意図してワザと割れるように指令を送る。
ピキ、パキ、パキンと氷が割れ始め小さな塊がラウルの周囲から広がり半径5メートル程にまで広がっていく。ただ広がるだけでなく、形を形成し先端を鋭く尖らせて生まれたのが槍。
「クアトロ・テンペスト」
続けてキールが生み出していくのは嵐のようなうねりを生む竜巻。それを瞬時に4つを形成しラーグルング国だけでなく、自分達に向かって来る魔物達へと一気に放つ。
「この国に来た事、大事な者を奪った君等に――後悔させる!!!」
氷と風。
大き過ぎるその力は魔物達を簡単に飲み込んだ。4つ作り出した竜巻の1つを氷と共にぶつけ、残り3つはバラバラに動いた魔物達の後を追うようにして放たれる。
「テンペスト・エタンセル」
パチン、と指を鳴らして合図を送る。
魔物達を追ったその竜巻は突如として大爆発を起こした。魔法に指令を下したのだ。その場で破裂しろ、と。
その音で各地に配備していた人間達は動くのと同時に、襲撃して来たと音で知らせる事が出来る。これでひとまずは合図を送れたとほっとするキールは、赤く染まる月を見て舌打ちする。
「一種の結界だね。……私達を魔物、魔族の処理をやらせる為に実行してるなんて面倒な事をさせる」
《気を付けてよ、キール。あの状態で動ける人間が激減してる。あの子から魔道具を貰った人間達なら平気なんだけど、他は期待しない方がいいわよ。抵抗出来てもいずれ動けなくなるんだから》
「それって短期戦しろって言うのものでしょ」
そんな会話をしていると巨大な炎がキールへと迫る。それをエミナスが防壁を張る事で防ぐ。手にしたナイフに魔力を込め、高速で向かって来る人物とぶつかる。
「ほぅ。大賢者は魔法だけが取り柄だと思ったが」
魔力を込めたナイフは折れる事なく、魔族の攻撃を受けきる。モノクルをし感心したように目を細めたのは、以前にも戦った事がある魔族であると認識した。
名前は確か、リート……だったか。
「なんの偏見なの、それ。魔法だけしか極めないって誰が決めたのさ」
「それもそうか。……あぁ、直前にお前さんが大事にしてる女と居たぞ」
「……」
すっ、と冷めた気持ちでリートを睨む。そうでないと怒りで全部を壊しそうになるから。そんな気持ちを必死で抑え、平常通りに魔法をいくつも作り出す。
「必死だな大賢者。いずれあの女は魔王となる。そうなったら先にお前から潰す様に言っておいてやる」
「……ん、だと……」
「基盤になるこの国を潰せば、魔法はなくなり抵抗も出来なくなる。歯向かえる連中はいない」
一方のラウルはキール程、冷静になっていなかった。現れた魔族が、自分にとって願ってもない相手であったからだ。同時に、自分に対する怒りも込み上げてくる。
「なーんだ。また君と会うんだ」
「ラーク……!!!」
ダリューセクで魔族と対峙した時に聞いた幹部の名前。その中で姿と名前が一致していた人物が、今、ラウルの目の前にいる。剣を握る手が震える。インファルが気遣う様に声を掛けて来るが、それに返答する余裕も残っていない。
「返してもらうぞ」
「なにを、返して欲しいのさ」
「……麗奈を、返せ!!!」
瞬時に氷を剣に纏わせ、縦に一閃する。避けるラークと違い、ラーグルング国へと向かっていた魔物に当たり次々と氷へと変化させていく。
その中で、ラークはニヤリと笑みを零した。
「そう。あの子、麗奈って言うんだ。やっと、やっと名前を知れたよ!!! 彼女は何も言わないし、対峙する連中は揃って言わないから寂しかったんだよね」
ゾワッと気持ち悪い気配がラークを包む。
それに負けじとラウルは睨み付ける。今度こそ、決着をつけるベく自分にある魔力を練り上げる。
「彼女を魔王になんかにさせない!!!」
それはキールも同じ事をしていた。
精霊の魔力と自身の魔力とを合わさるようにして、練り上げたそれらにリートとラークははっと目を見開く。
「「領域展開!!!」」
時が止まる様に、今居る場所が一気に変わる。
飛んでいる様は変わらない。見える風景は銀世界と荒れた大地。それらが半分ずつあるような混ざった空間。
精霊独自の力である領域。
それを認識する間もなく、キールとラウルは因縁のある相手へと魔法を放った。




