第136話:鮮血の月
空が紅い。
自分の目がおかしいわけでもなく、幻でもない。グラつく体を必死で立ち上がろうと意識をさいていた時、体が急激に軽くなった。
のしかかるような重さもなく、いつもと同じような普段の体調。
その変化に戸惑いの表情を浮かべるのは4騎士の騎士団長の1人、セクトだ。
「なん、なんだ……」
体の軽さは治ったが、頭がスッキリしない。何が起きたのかと周りを見る。
ラーグルング国の北の柱を守る様にして、自身の騎士団達を配置し襲撃に備えていた。
南の柱はヤクルの兄、フーリエが。
東の柱にはベールとフィルが。
西の柱にはリーグとリーナがそれぞれ守っていた。
大賢者キールはラウルと共に上空を警戒するように守護につく形になった。これらは宰相のイーナスの配置と前任者の騎士団長達の案だ。
「お、おい。平気か!?」
自分以外にも交代で騎士達が備えていた。
しかし、その全てが地面に伏していた。さっきまでの自分と同じように、苦し気にしていたのだ。慌てて抱き上げればセクトと同じようにしている人物を見て、驚いて声を荒げた。
「な、なんで居るんだよ!?」
「居たら悪いんですか?」
「悪いだろ!!!」
思わずそう言ってしまった。
それもその筈だ。ここには居ない人物が当然のように居て、自然に自分と同じ行動をしていたのだから。
ただ、いつも見る親友の姿とは違っていた。
深緑の髪は今は金色に輝き、瞳の色ももっと深い緑に変わっていた。エルフ時のベールだ。
「フィルに任せて来ましたし、何だか嫌な予感がしたのでこっちにお邪魔しました」
「そうかい……」
睨んでもいつものように笑顔でかわす親友に、何も言う気がなくなる。それでもどうにか吐き出したくて、代わりに溜め息を吐けばどうしたのかと聞かれた。
無論、それを無視して作業に入る。
倒れているのは、自分達と同じ魔法を扱える騎士達だ。意識は朦朧としていたり、ぐったりと意識を失っていたりと様々だ。
「ベールは……何ともないのか?」
「あるからこの姿なんですが……」
エルフにならないといけない事態。
今、普通にしているがその姿だけでも異常事態なのは理解した。そして2人して突如現れた城を見て互いに確認をする。
「どう見てもウィンセル国の城だよな」
「えぇ。……城と言うよりは要塞に近い形で、尚且つ魔力で様々な仕掛けが施された特別製。恐らく乗っ取られたまま、こっちに来たんでしょう」
「じゃあ、あそこに嬢ちゃん達が居るんだな。ってか、なんだあの不気味な空と月は」
エルフなら知ってるかと思って、ベールを見れば彼が笑顔で「知らない」と言い放つ。
自分達はたった20年ちょっとしか生きていないから、この現象を知らない。知っている可能性があるなら自分達の父親か母親だと言い、セクト自身もそうかと納得した。
(あー、そう言えばそうだよな。俺と生きてる時間は同じなんだよな)
違うのは見た目だけ。
チラッと見ればエルフの特徴である尖った耳と深緑の瞳に金髪。だけど見た目は自分達と同じでも、生きていく時間が違うのだと実感させられる。
「セクトは気分悪くないんですか? 私はこの状態でないとキツいんですが」
「えっ……。あれ、そう言えば何で急に軽く」
そう思っているとズボンのポケットに入れていたネックレスが光っている事に気付く。ベールも身に付けていたガラス玉のネックレスに、光が灯っているのを確認した。
そこで2人は「あっ」と同時に言い、ある事に気付く。
2人が手にしたのは麗奈から今までのお礼だと言って渡された魔道具。その共通している事はどちらも虹色に輝いていた事だった。
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「「鮮血の、月……?」」
ユリウスとイーナスはランセからの説明に思わず聞き返した。ブルームとガロウが領域を展開した時と同時に、この世界にいた全ての精霊達が本能的に領域を発動させていた。
鮮血の月。
まだこの世界に人間が村として集団の生活に慣れて来た時代で起きた事。突如として月が紅く怪しく光った。いつも見る光に、色がついた事で珍しがりセクト達のように不気味だと感じなかったが変化はすぐに起きた。
体が動かなくなり、呼吸が苦しくなる。次第に意識が薄れ倒れていくのは人間だけで、他の種族達には少しの変化しかなかった。それでも体力が奪われていくのは分かり、何とか意識を保とうとしていた。
変化がなかったのは魔族だけ。
しかも下級、上級に関わらず全ての魔族が力を増した。その影響で魔物が生み出され、徘徊するようになり人間を襲うようになっていく。それでも、効果があるのは月が紅く染まる時だけ。だから、ドワーフ達の間ではそれを恐れ血のような月明りから鮮血の月と呼ばれた。
「原因は分からないが、あれは魔族に強化される仕様のもの。疑似的にやっているなら、それを破壊するか精霊達の領域で止めるしかない」
「領域で止める?」
ランセの言葉を繰り返し、ユリウスは思わずイーナスに求めるような視線を送った。彼の方も少し考えランセの説明とブルーム達が危険視した理由を考え、ランセにある質問をした。
「待って…。ユリウスに効かないのは精霊と契約しているからだよね。私が平気な理由が思い当たらないが、もしかして麗奈ちゃんから貰った魔道具なのか」
「そうだよ。麗奈さんから貰った人はこの月の力は効かない。大精霊の魔力で作られた特別製だからね」
《小僧。城中の人間達が倒れているが、全員死んでいる訳じゃない。だが体力は徐々に奪われてる。長期戦は危険だ》
「体力が、奪われて……」
さっと顔色が悪くなるのはユリウスとイーナスだ。
ランセも2人が何で青くなっているのかの想像がついた。体力が奪われれば意識がなくなる。気絶していてもそれが続けられるのなら……いずれ衰弱死する。
「2人共、構えろ。大軍の魔物が押し寄せて来るぞ」
息を飲む間もなく高速に近付いてくる物体。
武器を構える前にランセが即座に蹴り飛ばす。急激な方向転換をした後、爆発にも似た音が地面へと叩き込まれた。
「雑魚が邪魔だ!!!」
言葉と共に黒い雷が飛来する魔物に当たり、影から槍の如く伸ばされて貫いていく。次に握られていたのは大鎌だ。
血の色にも似た不気味な色の大鎌を振るえば、その動作だけで近付いて来た魔物達は消し飛ばされる。
ランセの攻撃と同時に上空で強い魔力が感知された。巨大な竜巻を発生させたそれ。思わず空を見たユリウスとイーナスは同時に誰が実行したのかを理解した。
「「キール!!!」」
「流石だね」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるランセ。
大きな竜巻と同時に巨大な氷の柱が、形成されていき途端に砕ける。魔物達の攻撃にではなく、自ら砕けたそれはバラバラになってく砕けていく。
だが、それが地面に落ちる事はなくピタリと止まった。
意思を持つように止まり、先が次々と尖り始め作り出されたのは槍だ。
幾重にも作り出された槍と竜巻とが魔物達へと向けて放たれる。
炸裂する力が大戦の開始を表わす、合図のようにして周囲に知らしめたのだった。




