第135話:空は紅く染め上げる
場所は変わり、ラーグルング国の国境付近。
いつものように防衛していたランセはふと空を見た。夜空を彩り星々は綺麗だと思ったが、これがあと何回見れるのかは分からない。
そんな彼の元に黒い鎧を身に纏った人物が傍に立つ。
《ガロウとで見てきた。周辺の村々は酷い有様だ。今、ガロウが魔族を食べてながら戻ってる》
「ねぇ。いつも思うんだけど、ガロウってそんなに食べる? 呪いは闇の魔法から派生してるし、魔族も闇の魔法を使うからなんだけど……」
美味しい、の?
ランセの言わんとしている事が分かり、聞かれた側はピタリと動きを止め考える。そしてその答えは――。
《ただの八つ当たりだ》
「そう、なんだ……。麗奈さんの事、気に入ってるからだよね」
《それ以外の理由はない。……私も同じだ。ガロウは魔族を食べるというより、魔力を食っている。回復にもなるし、八つ当たりも出来る》
一石二鳥だろうと言われ、納得せざる負えなかった。
ふと、もう1体の精霊を見てランセはあることを打ち明けずにいた事を思い出した。
ガロウと共に現れるこの黒騎士。麗奈もユリウスも、そしてキールもガロウの一部と思っている。
ランセが契約をしたのはキールと同じ2体。
ガロウとは同じ闇の魔法を扱う事から契約したが、この黒騎士とはある条件で共に来ている。
その時がくるまでの限定付で。
「もうその姿にも慣れたね」
《皮肉な事だ。……あの子が離れて悲しいと思ったからな。ガロウは特にそれが出ている》
「……魔物と魔族を見つけ次第狩ってる。こちらとしては助かるが」
そう言った時に獣の咆哮と大きな爆発音が聞こえてくる。
それも1つではなく、3つ4つと立て続けて。ガロウが大暴れしているのは聞こえてくる音で分かる。
「ヤクルはティーラと会ったと思う?」
《その時点で、ガロウと同じく暴れる音が響くだろ》
「だよね」
乾いた笑いをしてしまい、思わず遠くを見て現実から逃れる。
暴れるのが好きなティーラとゆきを奪われたヤクル。ぶつかるのは目に見えているし、自分はティーラの居場所が分かる物を既に渡している。
止めない時点でランセも共犯だ。
自覚しているからこそ、イーナスに伝えた時に睨まれた。
珍しく報告書を届けに来たキールも聞いて、イーナスと同じ反応をしてしまうのも無理はなかった。
「ユリウスの様子はどう?」
《落ち込むよりも今、出来る事を自分なりにやっている。それに……精霊でも近付ける範囲が決まっている》
「何かに阻まれている?」
《そうだ》
その根源はブルームかと当たりをつけ、彼が何かしらの力を置いたのだと理解するのは早い。長年生きて来た中で、虹の精霊を契約したと聞いた事はない。
麗奈とユリウスの2人だけが出来た理由。
同時に契約者が現れたのはこれが初めてだと騒ぐのは、同じ精霊達だけだ。
「でも害するものではないならいい。それにこっちの準備も整いつつあるが、物量で来るのが向こうの手だ」
《戻ったぞぉー》
そこに呑気な声が割り込んでくる。
ランセの影が黒い狼を形成し、顔をのぞかせた。契約している大精霊のガロウ。
元は3匹からなる黒い狼だったが、これは力の調整が苦手だったからだそうだ。
《まぁ苦手だったが、風魔の奴を真似たらなんかできた》
「腹立たしいな。さっさと出来ておけって思うんだけど」
《さあ、どうだったかなぁ》
顔を背ける辺りガロウ自身、自覚があるのかないのか……。
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それは突然起きた。
とてつもない巨大な魔力がラーグルング国の上空へと感じ取った。
夜中に起きた事態にイーナスはすぐに目を覚まし、空へと視線を移す。
「っ、あれは……!!!」
浮かんでいたのは黒い城。
城を囲む城壁も含めて全てが黒で塗り潰されているように見えた。呆気にとられながらもすぐに指示を出していく。
「フリーゲさん達を魔法師部隊に案内して、そこから動かないようにって言って。魔法を扱えない騎士も同様だよ」
正体不明の城がラーグルング国に現れた。
この事実をすぐに同盟国へと連絡すれば、向こうも既に魔族が侵入してきている状況だと言う。
イーナスはその中でニチリとディルバーレル国へと通信を繋げていた。
「イーナス!? こっちに連絡してきて良いの」
「良くはないけど、言わないといけない事があるから」
「結界が繋がっている話か」
慌てた様子で返すのはドーネル王。落ち着いているのがニチリのベルスナント王の声だと判断した。流石と言うべきかベルスナントは、イーナスの言おうとしている内容を分かっている様子でもあった。
「それって前に、麗奈ちゃんとハルヒ君がやって貰った結界の事?」
「そう。悪いけどラーグルングが堕ちたら、張ってる結界はなくなる。ディルバーレルとニチリの結界が同時に消えれば、どうなるかなんて分かるだろ?」
「……」
押し黙るドーネルにベルスナントは当然だと言い切った。それらも込みで結界の補強を頼んだ、と。ラーグルングと繋ぐようにした時点で、メリットとデメリットがあるのは普通だとも言ってきた。
「理解が早くて助かります。ただ、結界の機能は失われていませんから。時間稼ぎには」
「それじゃ遅い!!!」
通信のやりとりにランセが割り込む。
耳鳴りに近い症状がイーナス達を襲うがそれに構わず、精霊達に領域を張るように言ってくる。
「急げ!!! 鮮血の月が擬似的に発動される!!!」
ランセらしくない、焦りの声。
どういう事かと聞こうとして、ゾワッと感じた悪寒。それと同時にガクリといつの間にか膝をついていた。
「な、んだ……」
急激な変化。
体力というより、自分達が使う魔力を吸われたような感覚。そこで思い出す、セクトからこれらと似た症状をディルバーレルの時に感じたのだと。
(これはっ、無効化の術式か……!!!)
倒れそうになるのを堪え、イーナスは急いで外へと向かう。この状態が特定の者を狙ったものか、もしくは全体へと広がっているのか。
外に出るまでにかなりの時間を有した。普段ならもっと早く移動できると言うのに、だ。
「くぅ。体力も同時に、奪っているの、か……」
だとしたらマズい。
魔物はどうにか剣術なりで対処で可能だが、魔族にはどうしたって魔法が有効になる。今はまだ奪われている感覚があるが、これを感じなくなったら魔力が尽き魔法として機能しないことになる。
反撃もする間もなく、準備をしてきても無駄になる。
ラーグルング国だけでなく、他にも同じような状況なのだとしたら……ともてではないが互いの連携なんて出来ない。出来る筈が、ない。
(それも込みでこれを、仕掛けてきたのだとしたら……)
「イーナス!!!」
突然、イーナスの視界が高くなる。
不思議に思っていると自分を心配そうに見ている人物がいる。麗奈とゆきと同じような黒い髪。覗かれる赤い瞳は見慣れた親友と呼べる色と同じだ。
「ユリ、ウス……」
黒のジャケットに茶色のズボン。その腰には彼の扱う双剣が見え、黒い鞘に金の飾りがあり柄の部分に小さな水晶が埋め込まれている。
「い、つの間に……そんな、水晶を」
「え、あ…。これ、魔法隊に頼んで加工して貰ったんだ」
聞けば麗奈が使って壊れた魔道具から取り出したものだと言う。魔道具は使えば自然と壊れるものや、一定の魔力が注がれるまでは壊れないものとがある。
ユリウスが見つけた時点で、壊れていた魔道具でもあるリングは効力を失っていた筈だった。しかし、それを大事に持っていた時に徐々にではあるが魔力が感じ取れるようになった。
「もしかしたら陛下と麗奈様が契約されている精霊に、関係があるのだと思います。お2人は虹の精霊との契約を成功されていますから」
ラーグルング国に戻った時に、より一層の強い魔力を感じ魔法隊へと見せればそう結論をしたのだと言う。だからその道具に宿った魔力を取り出し、自分の剣へと移動出来ないかと無理を言った。
そうして出来たのが彼の剣にある水晶だ。
「そう、か。悪い、そっちに構えなくて」
「良いよ。俺も色々と迷惑を掛けてるだし、お互い様だ」
「2人共、無事か!!!」
空から2人を見付け、駆け付けて来たのはさっきの通信に割り込んできたランセだ。イーナスが何であんな真似をしたのかと問いただそうとする前に、気分の悪さでその気力が失われる。
《チッ、面倒な事を!!!》
イラつきながら姿を現しすぐに、飛翔していったのはユリウスが契約している大精霊ブルーム。その隣にはランセが契約しているガロウが付き添う様にして姿を見せる。
《分かっているな、ガロウ》
《おうよ、父様。ったく、マジでイライラするやり方だな!!!》
イライラを示す様にいきなり飛んでいった精霊の行動に、困惑した様子で見守るユリウスとイーナス。精霊が領域を展開したのと同時に、空の色が変わっていく。
その日、夜空の色が変わった。
いつも見る星空が、月が、何もかも紅く染め上げられた。




