第134話:食事会
ブルトは悩んでいた。
これからサスクールとの食事の為に、麗奈に着せるドレスを。魔力で電気などが付くこの城は、保存状態が良かった。
厨房、各部屋、浴室などなど。自分達が使う時には魔力を通せばいいのだからと、綺麗好きな魔族はクローゼットを使って自身の服を整理する者もいる。
服は少し色落ちしていたが着れなくもない。下着類も悪いとは思いつつ、物色し麗奈とゆきにある場所を告げた。
顔が赤いのを自覚しながら。
「……派手には元からしないけど、麗奈ちゃんに似合う色はっと」
黒髪に肌色。
自分とは違う色を有しているし、黒髪が綺麗に映えるからか艶っぽい感じもあるのに顔は少し幼い。そう言った差が好まれるのもあるし、と考えてすぐに首を振った。
「……何の目的で呼んだんだ」
攫った時を除けば、麗奈と接触するのはこれが初めて。
それまでずっとほっといていたのにと不思議と首を傾げた。
着いて早々にラークに襲われたのだから、麗奈が怖がるのは分かる。現に熱を出した翌朝にはすっかり怯えており、軽いパニック状態だった。
「だ、大丈夫っス!!! 僕、味方だから」
「……味、方?」
咄嗟に味方だと言って後悔はしていない。
何度も「味方」と頭の中で繰り返し、落ち着かせる為に自分が母親にされたように頭を撫でた。
安心したのか熱がある事に自覚したのか、麗奈はふっと力を抜き気を失った。
「あの。さっきは……ありがとう、ございました。……お母さんの事、思い出して安心してしまって」
恥ずかしそうにしながら、チラチラとブルトの様子を伺った。それがなんだが可愛くて、目を離したらいけないと言う気にさせた。
「あれからもう1週間か。……経つの早いっス」
今までの事を思い出して笑った。
まさか自分がこんな風に変われるなんて、と。
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「ほぅ……似合うな。まっ、ずっとドレスを着て慣れてきたんだから当たり前か」
「ありがとうございます」
ティーラが出てきた麗奈を見てそう告げた。
化粧は肌に合う合わないがあるからとせず、髪をアップにして口紅などもしなかった。
形式なんて関係はないだろうが、今、体を乗っ取られている人物は王族。ドレスを着ているだけでも良いだろうとティーラは思った。
うす緑色のドレスは派手な色を好まない麗奈に、似合っておりブルトが自慢げに胸を張っていた。が、それを綺麗に無視してティーラは歩きだす。
「下級と中級がいないから、今が良いと思ったんだろ。どこも出払ってるからな」
何も言わずに付いていく。
今、こうしている間にも村や町は襲われ人が死んでいっている。その現状で何も出来ないのが歯がゆくて、今の自分にはなんの力もないのだと自覚させられる。
「ティーラさん、意地悪っスね。好きで連れてこられた訳じゃないのに」
「うっさい。事実を言っただけだ。俺もやりたいようにやるだけだ。お前の友達を連れて来たのだって、俺が楽しみたいからだ」
「うわ、最低っス」
「着飾るよりはマシだ、バカ」
そんな言い合いをしている内、目的地まで辿り着いていた。
重厚な扉は夜と言う事もあり、更に黒くて禍々しく見えた。ティーラが無遠慮に扉を開けズカズカと中へと入っていく。
「ドレス姿が様になったね」
「っ……!?」
ラークの言葉に身構える体勢になる麗奈。隣で見ていたティーラが睨むが、構わず話を続ける。彼はいつもの服ではなく、タキシードを着ていたからか上機嫌だった。
「安心してよ。ここで前みたいな事はしないから」
「……」
小声でそう言われても安心は出来ない。
そう示すようにジリジリと後退し、席に座ろうとして腕を引っ張られる。
「お前はサスクール様の傍だ」
「え、ちょっ……」
強引に近くにと座らせ、戸惑う様にしてると赤い瞳に見られ自然と体が硬くなる。手を強引に引いた男は銀色の髪に紫色の瞳の、見るからに不機嫌な表情をした男性。
いつも鎧に似たものを着ていたが、サスクールの誘いがあったからだろうかタキシードを着ていた。
「暴れ馬を呼んだ記憶はないが?」
「別に減るもんじゃねぇし、構わないだろう」
「ふんっ。貴様と居るとイライラが増す」
「へいへい。悪かったな、魔王様」
(魔王……?)
ランセ以外にも居たのかと、思って席についた時に見れば目が合ってしまう。
「なんだ」
「い、いえ……」
「ランセと俺以外にも居た事に驚いたんだろう。気を悪くするなバルディル」
「はっ。サスクール様がそう言うなら、別に私はなにもないです」
そのやりとりを見ながら始まった食事会。
出された食事はパーティーで出るような豪華なもの。魔族の中でこんな風に作る者がいるのかと思っていると、サスクールが先に答えを言った。
「作ったのは人間の料理を真似る奴でね。今日は盛大にやって貰った。口に合う?」
「はい……」
「君等は食事も大事だからね。この体も不便なもんだけど時期に解消される。……君が居るからね」
細められた赤い目。
ゾクリと背中に悪寒が走り、震えそうになる体を必死で抑えた。
逃げ出したい気持ちを押し殺し、麗奈は質問をした。
その体の持ち主はどうなるのかと。
「君には関係ないと思うけど、あの時一緒にいたね。気になるのは仕方ない。――殺すよ」
「っ!?」
「当たり前だろ、ただの緊急用だ。アシュプにも余計な事をさせない為の人質だし、この体も同様だ」
「ウォームさんに何をさせる気ですか!?」
ガタン、と麗奈が立ち上がろうと動くと別の影が割り込んでくる。
「危ない!!!」
ブルトが咄嗟に後ろへと引き寄せられ倒れ込む。それと同時に麗奈が居た場所にはティーラがいた。
自身のよく使う矛を持って。
「食事時くらい大人しく出来ないのかよ、バルディル」
バルディルが持つ魔力で編み上げた剣とティーラの武器とがぶつかっている。ティーラの扱う雷と魔力とが衝突して、麗奈の居た場所は小さなクレーターが出来上がっていた。
「器ごときが……。本来ならとっくに殺しているものを……!!!」
睨み付けるバルディルとは対照的にティーラはいつものように、へらっと笑みを浮かべながら攻撃を受け止めていた。この騒動にラークは気にした様子もなく食事を勧めている上に、麗奈と目が合えばヒラヒラと手を振っている。
向かい合わせに座っていたリートは資料を読む方に集中しており、気した様子もない。
「止めな、バルディル」
そこに声が掛かる。
単純な注意なのに従わざる負えない気持ちにさせられる。この感じを麗奈はランセの時に感じ取った事がある。だけど、ランセの場合はすぐに収まったし本人も「怖がられたくないし」と留めていた部分もあった。
だからだろうか。
自分に向けられていなくても、それを恐怖と感じてしまうのは。
「せっかくの食事が台無しだ。ティーラとの喧嘩もそれ位にしておけ」
「……分かり、ました」
渋々と言った感じでバルディルから下がる。
ティーラも同様に下れば「そろそろか」と言った途端、ラークとリートが行動に出た。
「んじゃ、これから国とか落とさないとね」
「尻ぬぐいはごめんだ。さっさと持ち場にでも戻れ」
「ラーグルング国を優先的に滅ぼせ。連中の力は侮れないからな」
「実際、痛い目にみたから分かってるって」
痛い所を突かれたからかラークはげんなりした様子で言って、すぐに姿を消した。リートもそれを追う形で姿を消していき、バルディルが南門の警備に当たると言い残して消える。
残ったのは麗奈達だけだ。
麗奈はふと思った。さっきの攻撃が麗奈に直撃すれば死んでいた可能性が高いと。
そう思ったら自然と、心を許しているブルトの方へと身を寄せるようにしており食事もまともに通る事はなかった。
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「えっ。今、なんて……」
ブルトは告げられた言葉に衝撃を受けていた。
今まで世話係として麗奈の傍についていたのに、今日になっていきなり役目がなくなった。
理由としては儀式が近いから。
乗り換える為の儀式であると同時にサスクールの本来の力を、扱えるであろう器の存在との調整。
その為に麗奈は今までいた塔からは離れ、サスクールの傍にいる事になった。
儀式が完了する、その時まで――。
(そんな……。それじゃあ間に合わない!!!)
ティーラはこれからヤクルと言う騎士と決着をつけに、城を出て行くのだと聞いている。ブルトは焦った。
ここまで来て麗奈が居ないのはダメだと。
ドワーフの言葉を理解出来るのは彼女以外には、ゆきと言う者のみ。だけど、ゆきもティーラと共に出て行ってしまう為にそれは叶わない。
通訳がいないとドワーフ達をまとめられない。
自分ではどんなに一緒に居ても分かる事もなかったし、彼等との信頼関係が築けていたのかすらも分からない。
「……そう、か。バカだ、僕。今になって気付くなんて……」
ぐっと強く手を握る。
やっと自分で気付けた。本当ならもっと早い段階から気付くべきだったのを。
その日の夜。
ブルトはティーラに教わった武器を手に取り、向かった先は別室に居る麗奈の所。彼女の護衛をする魔族達が来たら、接触は出来なくなる。だから、そうなる前に決意した。
「僕は最初に言った!!! 君の味方だって。だからここから逃げるよ!!!」
そう言って有無を言わさずに連れ去った。
事態に気付かれるのは時間の問題だと思いながらも、隠し通路を駆使して追手から逃れる。
その間に戦争が起こっているとも知らずに…。




