その8:囚われの陰陽師
「最初は見張っているだけだったのよ。でも、いつしか一緒に居るようになって楽しく過ごして……。私と同じように過ごした事を思い出したんだと思うんだ」
久々の優菜との出会い。
いつものように鈴の音が鳴り、澄んだ音が良く聞こえる空間に麗奈は居た。
初めは謝罪から始まった。自分の所為で麗奈にまで迷惑を掛けてしまった事と呪いの件での事と合わせて、2度申し訳ないと。そこからこの世界に呼ばれてからの事を聞いたのだ。
虹の大精霊であり、原初の精霊とも呼ばれているアシュプ。
ノームが2度目の契約だと言ったのは麗奈の前に、優菜が契約していたのを知っていたからかと納得した。
「ノームさんから聞いたんです。ウォームさんは私が初めてって言ったのに疑問に思って」
「……そうね。彼には後味が悪いもの」
隠したというより言えなかったに近いと言う。
初めて異世界からの来訪者として、様々な種族と出会い魔物と戦い結界に近いものをこの世界にと扱えるようにと試行錯誤をした。
それが魔法障壁と呼ばれる防御方法。
無防備になりやすい魔法師の防御策、また相手を閉じ込める時に使う見えない壁。それは使う人物には見える仕様にしているのだと聞いた。
(結界と何処か似ている感じではあったけど……まさか優菜さん達が、作ったものだったんだなんて)
その経緯まで話し、長い旅でもあり元の世界では味わえない体験をしたのだと言った。そんな話をしている時の彼女は、凄く楽しそうでいて自分と重なる部分があるなと思った。
ふとそう思って、当たり前かと納得した。
自分と彼女は血の繋がりがある。優菜と麗奈は先祖と子孫の関係。
そして自分は先祖返りで幾つか特徴が、被るのも青龍から説明をされて理解している。
霊力の大きさと容姿。
自分の先祖の写真、もしくは絵があれば麗奈も幼い頃からイメージで来ていた。しかし、思い返すとそう言った物はなくあるのは幼い時の読んでいた絵本だけ。
「仕方ないよ。私、最初に呼ばれてから戻るまでに1年かかったの。そこから人の事、閉じ込めるようにして幽閉して。青龍と作った血染めの結界の成果を上げさせられたの」
彼女の話ではそれ以降、優菜が表舞台に出たという記録は少ない。2代目、3代目は自分の子供だが1度も会ってはくれなかった。
せめて子供だけはと思いながら、会えないなら姿を消しても一緒と考えた。
そうしている内。2度目の体験が彼女達を待っていた。
優菜を心配して来たのは分家の人達。そして、同じ陰陽師の中で力のある土御門家の当主もその中には居た。
「驚いたよ。まさか幸彦まで来るなんて……。私達はこの世界で死んだけど、彼は開発していた術が上手くいったみたい。破軍になって現れたんだから」
「今、ハルちゃんの……。分家の私の友達と行動しています」
「ホント!?」
破軍と言う術の詳細は聞いていたが、失敗すればそのまま死ぬ。
確かめる前に自分は死んだから、せめて彼がどうなったかを知りたいと思っていた。そんな優菜に麗奈から聞かされた情報はどれも驚くものばかり。
「そう……。彼、死んでもうろちょろしてるんだ。元気そうで良かった」
「あの、優菜さん」
「なに?」
優しく聞き返す声にドキリとなる。
改めて見ると自分が2人居るような不思議な感覚。髪の長さがショートかセミロングかの違い。それ以外の容姿は重なる様にしてほぼ同じ。だからか、麗奈は緊張した面持ちで彼女に聞いた。
何で死んだのか、と。
「サスクールに体を乗っ取られて、アシュプに止めを刺して貰ったの。それが私の最後」
「ウォームさん、が……」
自分と契約をした精霊の事を思う。
何も知らない麗奈を森へと誘い、知り合いと似ているからと間違ってお茶会をしていたあの日。
その知り合いが優菜なら彼が最初に目を見張ったのも、何か必死で麗奈を庇う姿も……。
「……ウォームさん。私の事、殺しちゃうの、かな……」
言っている時からポロポロと涙を流していた。
自然としゃがみ込んで、自分が優菜と同じ道を辿るかも知れない事実。そっと麗奈を抱きしめるのは優菜だ。彼女は言った。
自分も死ぬ時に同じ事を思い、それでも自分が思ったのは……この世界を失くしたくないという気持ちだと。
「本当は怖かった。日菜の事、置いて行く事に……。付いてきてくれた皆にも申し訳なくて、それに私と契約したアシュプにも謝りたいの。彼に悲しい思いを背負わせて……また同じような事をさせるのかもって、麗奈を見ていて思ったの」
大丈夫だと背中をさすって慰める。それだけでパニックになっていた頭が少しずつではあるが、落ち着きへと取り戻している。ほっとした麗奈に優菜は言った。
私とは違う味方が居るから、平気だと。
「……味方?」
「うん。私の時には居なかったし、感じ取る事も出来なかった存在。……その存在が、絶対に貴方を助けてくれる」
「助け、に……」
ぱっと浮かんだのはゆき達やユリウス達だ。
黄龍達は力が封じられているから助けには来られないのを知っている。だけど、他に誰か居るのだろうかとぼんやりとした頭で考える。
「……そろそろ時間ね。麗奈、気をしっかり持って。時間はまだあるから」
その言葉を聞いて麗奈はふっと目を覚ます。
天蓋付きベットに横たわるいつもの風景で、現実だと思い知らされる。囚われてから丁度1週間位経った。麗奈の右手首は、未だに黒い鎖が巻かれている。ユウトにより、霊力も魔力も引き出せない。
何度も自分で練れるようにと試したが、遂に成功する事はなかった。そんな溜め息をしつつ、窓から見える風景に目を向けた。
自分の居る離れの塔とお城とを繋げる通路。その出入口には見張りとして魔族が配置されていた。
赤黒い体に鬼のような顔つきの下級魔族。
力を封じられても逃げられないようにと厳重に警備されている。この状況も、来てから何も変わっていないのだと知り歯がゆさを感じた。
「……ランセさん、大丈夫だったかな」
ユウトの作った結界で力を封じられながら、最後の抵抗とばかりに麗奈はランセを傷を癒した。その所為でユリウスと同じペアリングの魔道具は壊れてしまったが。
結界を突き抜けて傷を癒す事には成功したと実感はしているが、それでもと思ってしまう。無事であるならその姿を人目でも見たい。
安心したいと言う気持ちがあり、はっとなる。
(……私、他の人ばかり気にしてる)
陰陽師としての性分なのか、また母親を失ったショックだからか人を優先するようになった。自分よりも他人が無事であるなら。ゆきとリーグからは自分を大事にするようにと言われているのに、と思って小さく笑う。
『主。大丈夫か』
「うん……。1人だとキツイけど、青龍とザジが居てくれる。今はそれだけでも嬉しいよ」
上手く笑えるだろうかと向けた先には青龍と死神のザジが居た。
青龍は黄龍の時と同じ半透明の姿だ。うっすらとした姿は黄龍の時と違い、本当にそこに居るのかと思う程に薄い。
青龍本人が言うには実体化すれば、すぐにユウキが気付くとの事。彼にバレないギリギリの姿を保つ為にと青龍が合せていたもの。ザジの方は悲し気に目を伏せて小さく「悪い」と麗奈に謝る。
「ザジが謝る理由なんてないよ」
そう言って彼の頭を撫でる。死神の姿は麗奈には実体化した状態で見える為に、青龍と違いちゃんと触れられる。未だにその謎は解けていないが、今の麗奈にはどうでも良いと思った。
誰かが傍に居てくれる。
たったそれだけで、不安だった事が少しでも薄れるのだ。撫でていた手をザジが握り返して麗奈の事を見つめる。
「どうしたの……っ!!」
手を握られていたと思った時に、目の前が真っ暗になった。
抱きしめられているのだと理解するのに、どれだけの時間を費やしたのか分からない。ただ、恥ずかしい気持ちがあった麗奈は身じろぐも、逃がさないようにと覆いかぶさるような抱擁に抵抗を止めた。
「ザ、ザジ……あの」
「今、居るのは俺達だけだ。見張りも来ないし、いつも来る奴が来るのにはまだ時間がある。……俺達だけだ。だから」
ザジがされていたような優しい手つきで、今度は麗奈を撫でた。
大切にするようなその手つきに麗奈は、ぐっと涙を堪えた。我慢しているのにポタポタと勝手に流れる涙が分からなくて、必死で手で拭おうとした。
それもザジに止められる。
これでは最初に来た時と変わらないとばかりに抵抗する。自分が無力だと思い知らされるような行為に、麗奈自身が耐えられないのだ。
「や、だよぉ。優しく、したら……我慢、出来ない」
弱い自分を見せたくない。
その一心で我慢しているのに、ザジと青龍はどこまでも優しく笑っている。ずっと押し殺していたら壊れるのは早い。ガス抜きと思って泣けば良いと言われ、今度こそ彼女は泣いた。
力を封じられている事がこんなにも苦しいと思わなかった。
誰の助けもないと分かる絶望が怖いと思わなかった。
泣き続ける麗奈をザジは優しく撫で続けた。彼女の世話をする魔族が来るのにはまだ時間がある。力になりたくても出来ない自分に歯がゆい気持ちを持っているのはザジも青龍も同じだ。
麗奈に気付かれないように、2人は悔しい気持ちを押し殺すように拳を作り握りしめた。今は、1人になった彼女を支える為に。
申し訳ないです。11日あげます!!!




