その4:ワクナリの涙
「クポポ!!!」
それはアルベルトが警戒心を抱くような声を荒げた。
それをハルヒは不思議そうにして振り向けば、こちらにやって来た人物達に思わず目を見開いた。
180センチ程の大男達が歩いている。
男達が持っているのは斧、くわと言った畑仕事や伐採に使われるような道具だった。そしてアルベルトと似た様な髭や髪型が多く、最近魔力を感知する事が出来た彼はその全員が魔力を秘めている事に気付く。
(……アルベルトを大きくしたら、あんな感じなのかな)
ふと、自分の手の平でずっと叫んでいるアルベルトを見る。
まるで今居る彼をそのまま大きくしたら、彼等と肩を並べてもおかしくない。すると、そのリーダー格と思われる男がハルヒを見て「精霊の契約者か?」と聞いて来た。
野太い声とあまりの身長差に返答が遅れる。
ポン、と肩に手を置かれる方へと見ると誠一が黙って頷いた。
「そう、です……」
「……名を聞いても平気か」
《前はクラーケン。今は主殿から新しい名を授けて貰い、ポセイドンと名乗っている》
ウヨウヨと自身の手を揺らし、ハルヒに危害を加える気なら容赦しない。同時にアルベルトも睨んでおり、バチバチと両者の間で火花が散っているような錯覚さえ覚えた。
「それを連れていると言う事は、異世界人だな」
その言葉にハーフエルフ達からはどよめきが起きた。
ワクナリはすぐに誤解だと言い、彼等は私達を助けた恩人ではないかと訴える。
ルーベンも話しには聞いていた。
この世界とは別の世界から来た者達を総称してそう呼ばれていると。しかし、彼等を快く思う者と思わない者の差がここまではっきりしているのだと分かる。
帝国では異世界人は、希少な存在として知られ王族並みの待遇を受けている。しかし、ここ何年かはその存在が聞かれなくなった。そうした時間があまりにも長いと人々はその存在を忘れる。
(そう言えば、魔力が高いんだったか?)
特徴として挙げられているのが魔力量の高さ。
それがどの程度のものなのかは分からない。攻撃でも防御でも、その力は他国からすれば喉から手が欲しい存在。
ラーグルング国は異世界人である彼等を保護する形で秘匿している。余計な争いを生まない為に、彼等に今まで通り暮らせるようにと環境を整えている。魔力の暴走がないようにと訓練をするのは、自分の身を守る為でもあるからであって国の利益として産む為ではない。
宰相のイーナスからは聞いていた。
彼等は亡国してきたルーベンとワクナリにも他では見られない待遇をされてきた。こうして、ワクナリの育った場所へと行かせてくれた事にも、寛大と言うにはあまりにも器が大きい。
「と、とにかく立ち話もなんでしょうから中に入って頂いて」
「それには及ばん」
そう言って1人の男が大きな金槌を地面に叩きつける。
土が意思を持って動き、即席ではあるが小屋を作り出した。あまりに早業に全員がポカンと呆け、リーダー格の大男が入り他の者達を修理作業させたり魔物の死骸を片付けたりと指示を出していく。
そして、誠一とハルヒ、アルベルトを見た後でこの村の村長を呼びワクナリとルーベンも中に入る様にと言われてしまった。
彼は何で自分がと疑問に思いながらも、即席の小屋へと入り話を聞くことにした。その間に壊された家や焼かれた場所など、ハーフエルフ達と共にドワーフ達は協力していった。
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リーダー格の男は名をシグルドと言った。
アルベルトの父親。そして、戦士ドワーフの1人だと。
村長はその存在を聞いており、もしかして魔物を倒したりこの周辺の警護をしていたのは貴方かと聞いたが上手くはぐらかされた。そうした話をしていく中で青い色の鳥がすんなりと中へと入って来る。
「これは……」
「あ、良かった。ようやく補足できたよ」
そう言って青い鳥から声が発せられたのはイーナスの声だ。
聞けばキールを使って今まで2人を探していたのだと言う。この場所にフィナントを送りたいと話し、伝えたい事が多くあるからと転送魔法を使って良いかを聞いて来た。
「お、お願いします。フィナント様はエルフですが、既に里を離れた身です。それに私に故郷を戻る様に言ったのも彼なんです。……彼は、今までのエルフとは違います」
「……」
戻って来た同胞の言葉をすぐには肯定出来なかった。
自分達が忌み嫌われた存在として、エルフからも人間からも逃げるような形でこの森の奥深くへと来た。
やっと掴めた日常。
例え小さな日常でも壊されるのは耐えらない。しかし、今は魔物に襲われ危うい所を彼等に助けて貰ったのも事実。
だから、決断した。
フィナントと言う人物をこの場所に呼んでも良いだろうと。正し、他のハーフエルフに会うのはダメだと伝えればすぐにその足元が光り輝く。
「突然の訪問で申し訳ないです。フィナント・ラグレスと言います」
青い鳥が居た所には美しい男性が立っていた。
緑色のマントに、薄緑色の騎士服とキラリと光る眼鏡を掛けたエルフ。その証明である金髪ではなく瞳と同じ色の髪へと変えている。
綺麗なお辞儀に村長は少し圧倒されたが、ワクナリの言う様にこの人は他のエルフと違うのだと分かった。
まず自分達を殺そうとする殺意がない。それだけでも彼の話を聞くのは良いだろうと思った。
「私が使っている剣です。話が終わるまでどうぞ預かって下さい」
細身の剣には黒い鞘に納められていた。
自分から武器を預けて来る者に、村長は自分の勘が働いて良かったのだと思う。密かにワクナリが頷いているのが分かる。ふっと笑みを浮かべたフィナントは、次の瞬間には真剣な表情で誠一とハルヒにある事を告げた。
彼等がニチリを離れて、何が起きたのかを……。
「そんな事に、なっていたなんて……」
ルーベンは聞かされた内容に思わずそう言っていた。
3日程前に、麗奈が魔王の手に落ちた事。その魔王がユリウスの兄で会った事。
親友のゆきがその後に、別の魔族に連れ去られ今も行方が分かっていない。精霊の暴走でヤクルが危険な状況が今も続いていたが、落ち着きを取り戻してきた事も含め全てを話した。
「ポセイドン。サラマンダーってそんなに危険なの?」
《四大精霊であるイフリートの弟だ。同じ炎でもあの2体の力は別格。煉獄と呼ばれる上級属性の炎だ。水で消化出来るのは同じ四大精霊のウンディーネだけだ》
「もし、ぶつかれって言ったら?」
《力の差があり過ぎる。主殿には悪いが、足止めすら叶わないだろうな》
「ヤクルが無事でいたのはアシュプ様と契約した少女と聖属性を扱える少女のお陰だ。虹の精霊を契約した経緯で魔道具を作った事で魔力量は前よりかなり増えたんだからな」
通常では覚めないサラマンダーが起きたのがその例だと言う。
それだけ虹の精霊の力は強く、全ての精霊達の頂点に立っている存在だとも言える。
規格外の使い手が現れたのに、既にその2人は魔族側に捕らえられている。これからどうするのかとルーベンが聞けば、フィナントは戦の準備を進めていると言った。
「次に襲われるのはラーグルング国だ。イーナスもこれは確定だろうと言って、色々と進めている。他の国でも魔物の大軍で被害を受けているとも聞いている。帝国もしばらくは動けないだろう」
「……」
帝国からの追手が無いのは嬉しい事だが、素直に喜べない。
空気が重い中、シグルドは口を開く。
勝算はあるのかと。
「ギリギリ、と言った所だろな。同じ虹の精霊を陛下が契約を交わしている。同盟として名を上げて来たのはニチリとダリューセクの2国だ」
「……そうか」
では、とシグルドは誠一に言った。同胞を探すのに協力はすると。それ驚きの声を上げたのは息子のアルベルトだ。現に文句を言いつつ、父親をバシバシと叩き時には蹴っているのだから。
「悪いがお前さんの娘を助ける為だとは言わん。同胞を探し続けて、魔族に捕まったという噂を信じるのならば魔王の元に集められているかも知れんからな。……戦争なら武器が必要だ。その武器製造に同胞が攫われたとみて良い」
元々、その同胞を探し共に暮らせるように集めていた。
散り散りになった者を探したが、何処に行っても何者かに襲われたような跡があり死んだのだと思い、せめて生き残った者達だけでもと探し続けていた。
可能性があるのなら、その魔王の居る場所。
話を聞く限り一番の可能性を秘めているのは、誠一の娘である麗奈と言う少女。崩壊の引き金を持つ彼女を――。
「麗奈は誰にも渡さん。親のけじめとして俺が手を下す」
『なっ!? 主人、それは』
「口を出すな。お前、もし間に合わなかった場合を考えれば普通だ。ユリウス君にもやらせないし、ハルヒ君にもやらせない。……父親としてな」
「そんなの、そんなのって……」
涙ながらに訴えるのはワクナリだ。親が子を殺すなんてことはしてはいけないと思い、強く訴えるが誠一の考えは変わらない。
そんな彼女に誠一は言った。今ある世界の崩壊とたった1人の犠牲で助かるのなら、どちらを選ぶのかと。
「っ、でも。それでもっ……」
言葉に詰まった。
世界が無くなるとは暮らしてきた故郷がなくなると言う事。それを防ぐのに1人の少女の犠牲で、済むのなら……。言いたくはなかったのに、それしか答えが見つからない現実にワクナリは打ちのめされた。
「ワクナリさんはルーベンさんと仲が良いんですよね? 絶対に幸せになって下さいよ」
故郷に向かうからと出て行く時に、麗奈から言われた言葉を思い出す。
彼等のお陰で自分達は生きていく選択をした。幸せになっても良いのだと思っていた。応援してくれた彼女を失うような選択をしないといけない事実に、ワクナリは静かに泣いた。




