その1:意地
「クポーー!!!」
ドンドン!!
岩の手が扉を叩く。かなり激しくなってきたが、誠一と九尾には見慣れた光景だ。
アルベルトが自分から、ドワーフの戦士の子供であると教えてくれた。
今まで黙っていてごめんなさいと。
麗奈を守れなくてごめんなさいと誠一に謝った。
「アルベルト……。君には君の事情がある。私達だって異世界人だと言うのを話していなかったんだ」
「ク、ポポォ……」
『そうそう。主人だって何でもかんでも怒ってばっかりだと疲れるもんな』
「余計だ、九尾」
『あいてっ』
バシッ、と空中に浮ていた九尾を叩く。
その後も2人して言い合いが始まり、さっさと行くぞと誠一が怒れば九尾はアルベルトに『ほらな。怒ってばっかりだろ?』と言って来る。
場を少しでも和ませようとした九尾。
気を落としていたアルベルトには、それで少しだけ気持ちを上げようとした。協力と言ったらからには、絶対に味方になって貰おう、と。
そう自身の胸に誓った。
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(……やっぱり私が居るからか)
誠一はアルベルトが懸命に叩く姿を見てそう思った。
既にあれから2日は経っていた。麗奈が攫われて3日経ち、アルベルトの転送魔法ですぐに家の近くに着いた。
最初は普通に叩いていたアルベルトも日が経つにつれてどんどん過激になっていった。普通に叩いていたのが砂の手で乱暴に叩き、それでも応答がないからとついには岩で作った手でパンチを繰り出した。
かなり派手な音が響くがビクともしない扉。
『向こうが拒否してんのか?』
「私達になら、な。……もっと離れるべきだったか?」
『アルベルトが要らないって言うからやったら怒るぞ』
「………そうだな。にしても、普通の家の大きさなんだな」
『あ、それ俺も思った』
ドワーフの、アルベルトの家に着いたからてっきり彼の大きさのでの家の大きさを想像していた。
アルベルトが案内した場所は深い森林。
道を知っているからか歩きながら、食べられる木の実を教えて貰いつつ雨風を凌げる洞窟に辿り着いた。
彼が言うにはこの洞窟が自分の家だと言った。
中は薄暗かったが誠一が札に霊力を込め、照明代わりに辺りを照らす。九尾は何が何でも出てくるなと言いくるめて、そのまま姿を消してもらった。
『何で俺は出ちゃいけない』
「余計な争いになるからだ」
『ちっ。獣人ってのと間違われるからか』
「その獣人も今、交流している所は少ないと聞いた。俺が良いって言うまで待ってくれ」
『……話し合いをまとめるなら、余計な混乱招きたくねぇしな。分かった。なら外にいる。魔物が来たら面倒だろ』
ふんっと自分が話に混ざれないからと怒った様子。現に尻尾がイライラを示すように、無駄に激しく振られていた。洞窟の外で待つと決めてから動く事をしなくなり、1日経つごとに中の様子を話していた。
『ほらよっ。食べれる物だ』
「悪いな」
尻尾から投げられた黄色い木の実をキャッチして、そのままカリッと食べる。奥ではアルベルトが諦めずに扉を叩く音が響く。そんな中、九尾は話しかけた。
このまま居るのか、と。
「もう少し様子をみる」
『あのエルフのフィナントって奴から連絡があった。ヤクルはまだ起きていない。次に狙うのはラーグルング国だろうが、こっちは気にするな。アルベルトの方を付き合え、だとよ』
「あの人も律儀だな」
『父親があれで息子がダラダラとか……反面教師か? まっ、妹の方がまだマシだ』
アルベルトが家に案内する前に寄る所があると言って、向かった場所はフィナントがいる屋敷。突然の訪問だが、彼は分かっていたようにアルベルト達を迎え入れた。
「この魔道具を持つと良い。魔力はあるのだから使えるだろう」
そう言って誠一に渡したのは2つの銀色のリング。九尾と誠一にと渡された。
通信と居場所を感知する魔道具。
何か言いたげなフィナントだったが、誠一がその視線に気付いた途端に何でもないように振る舞われた。
時間がないからとそのままアルベルトの家に向かった。次に会えば良いかと思った誠一は、お礼を言う暇もなく来てしまった。
扉を叩く音で、今までの事を思い出し気が抜けていた。
はっとし、九尾は今日も見張りをしているのだと気付く。あまり寝ていない事に、気付き仮眠を取ろうとアルベルトに伝えようとした時。
ザリッと言う足音が聞こえ誠一は振り返った。
「っ……!!!」
気付いた時には取り押さえられ、頭を地面に叩きつけられる。
その音に気付いたアルベルトはすぐ様、金槌で抑えている人物に向けて振り下ろす。が、寸前の所で急激に方向転換し着地したかと思えば離れるように声を荒げていた。
「クポポ!!! クポ、クポポポ!!!!」
「なんだ、アルベルト。見ない間に随分と人間臭くなったものだな」
「ク、クポポォ……」
怒りを表わすように金槌で地面を叩く。
途端に茶色の魔法陣が新たに浮かび上がり、誠一の所にも浮かんできた。
「むっ」
「クポーーー!!!」
押さえていた人物に挿み込むようにして岩の手が合わされる。
ドカン、と音を立ててペシャンコにしたと同時に誠一は自分の元へと転送した。
未だに怒りが抑えられないアルベルトに誠一は慌てて止めに入った。
「ま、待て!!! アルベルト、ここに来た目的を忘れたのか」
「………グポポ!!! クポ、クポクポ」
「私は平気だ。頭を軽く打ったが、それだけだ。怪我をする程の傷は負っていないから」
ピタリとアルベルトの動きが止まる。
クルリと向き直り、定位置の様に誠一の肩に乗り頬をポンポンと撫でる。
労わる様な手付きに誠一は「ありがとう」とお礼を言った。バキバキと挟まれていたであろう相手は簡単に壊した。
ズシン、ズシン、と自分達の迫る足音に誠一は札を取り出して様子を見る。
「……お前……」
声の主は誠一の格好と自分の隣で光る札を見て立ち止まる。
少ししてから木の扉を開け、中に入れと促してきた。
「………」
「なんだ。入らんのか」
「あ、いや……。い、いえ……お邪魔します」
急な態度の変化に誠一は追い付けずにおり、アルベルトはずっと腹を立てているのかプイッと顔を逸らしていた。
中に入った途端、急な光に思わず目を閉じた。
少ししてから段々と瞼を開けて、中の様子が分かるようになってきた。
洞窟のジメジメした感じはなくむしろ快適な空間だった。
周りを固めている壁を触ればコンクリートのように固く、見た目は砂だと言うのに不思議なものだと触って気付く。
入ってすぐの右側にはトマトが植えられていた。光は何処から取り入れられているのかと見渡せば、吹き抜けになっている所から光が漏れている。
(家庭菜園か……トマト以外に育てているのがナスやピーマン。アルベルトは土の魔法を使うから肥料を自分達で作れるのか……)
ラーグルング国で見る野菜も綺麗だったが、ここの野菜はもっと艶がある。感心して見ているとアルベルトにペチンと叩かれる。
「おーい、皆。アルベルトが帰って来たぞ。ついで人間もいるぞ」
野太い声は誠一を押さえ込んだ者の声が、そう言った時一気に気配を感じ取った。
入った時に幾つかの小さな穴があったなと思った。その時、穴からアルベルトと同じ大きさのドワーフ達が次々と湧いて出て来たのだ。
そして、続けざまに小さな体が大きくなっていき、天井ギリギリの大きさの大男にまでなった。
(……180はあるな。ベール君よりも大きく感じるな)
騎士団長の中でベールが高身長だったと記憶していた誠一は、いきなりの大きさに言葉を失っていた。すぐにアルベルトが手を出すなと騒ぎ立てて、誠一と彼等の間に土の壁がどんと現れる。
「クポポ、クポーーーー!!!」
「グハッ。グハハハハ!!!! 久々に会ったと思ったら人間に手を出すな? 彼は友達だと? バカかお前は」
1人のドワーフからそんな事を言われ、周りも共感するように頷いている。魔王であるランセや精霊達から話は聞いていた。
ドワーフが人間嫌いで、その溝を深めてしまったのも人間だと。
(………そう見られても仕方ないな)
アルベルトを降ろした彼は、自身の名前を言った。
朝霧 誠一と。
言った途端に空気は冷え、出て来たドワーフ達が誠一を睨み、または殺気を滲みだしていた。
「あさぎり………お前さん。その名前がどういう意味を表わしているのか、分かっているのか? いや、その前にアルベルトの言葉を理解して……まさか……」
アルベルトは必死で説明した。
彼は異世界人だけど自分と仲良くしている事。娘が魔王に攫われてピンチである事。
人間に協力をしているけど、優しいから平気だと。
懸命に説明し、誠一はその必死な姿を見て自分も補足をし始めた。
朝霧の名前がどういう意味なのか、彼等にとってはどんなものかを理解しているのだと。
「………ほう、では先祖の子孫。血縁関係者か」
「はい」
「それで? 娘が魔王に攫われて器にされるから、助けて欲しいだと?」
「………貴方方の仲間も、そこに居るんです」
「なんだと?」
ザワリ、とまた空気が重たくなった。
ズシンと後ろから来たドワーフは、そのままアルベルトをはね除け無防備な誠一に向け鋭くパンチを繰り出した。
「ぐあっ……!!!」
壁に叩き付けられ背中に痛みが走る。
コンクリートのような固さの壁に、結界を張らずにいた上に寝不足も重なってまともに反応が出来なかった。
その時、九尾が慌てた様子で彼等の前に姿を現した。
『やばいぞ、主人……って、おいその怪我』
「今はほっとけ!! 何があった」
頭から血を流している状態でとも思ったが、誠一から命令されれば従うのが霊獣だ。そう自分に言い聞かし、この周辺に魔物の大群が来ているのだと言った。
近くに村や街があるかと問われた九尾は、村があったと言えば向かうと言った誠一を止めた。
『ばっ……主人、自分の怪我を押してる場合かよ!!』
「力のある人間は責任が伴う。……それに麗奈や由香里なら、絶対に守りに行く」
『で、でも』
「悪いな、アルベルト。話し合いはまた今度だ」
「クポ!!」
自分も行くと言い、先に行くようにと言い、誠一はすぐに出て行く。九尾はその前にとドワーフ達を睨み『アンタ等、あとで覚えておけ』と脅しながら出て行った。
アルベルトは誠一を殴った自分の父親に向けて言ったのだ。人の命も、ドワーフも一緒だ、と。
だから、自分はドワーフと人がまた繋がれると信じて行動すると言い、誠一を追って行った。そんな息子に、殴った方の父親は自分の手を見ながら言った。
──もう、あの頃のようには戻らない。アルベルトが見ているのは夢物語なのだから、諦めろ。




