第130話:死神とランセ
「また本を読んでいるのか」
そう言いながら読んでいた本を取り上げられる。
そんな相手はこれから外で遊びに行かないかと誘われる。しかし、聞かれた側の答えは決まっている。
「嫌です」
お決まりの言葉。そう言って本を奪い返して再び読もうとしてまたも奪われる。そんな攻防が続き、いつの間にか奪い合いが激しくなっていく。
魔法での攻防なんかは普通に行われ、気付けば辺りが焦土と化していた。あっ、と2人して気付いた時に部下から泣きながら止めるようにとも言われてしまい気まずくなった。
「ごほっ……ごほっ、ごほっ」
突然の場面転換。
ハッとして気付かされる。自分が海の中に居る事、そして今見ていたのは懐かしい昔の出来事。
「あっ……息、出来ている、のか」
ーあぁ。起きるのがいつも遅いよね、君はー
聞こえた声に思わず目を見張る。
自分の体が海の底にあり、息が出来ている不思議な事が起きているがそれよりもとランセは体を何とか立ち上がれるようにと態勢を整えた。
今の声は昔、自分に色々な事を教えてくれた人物のものである事。
同じ魔王として、魔族の今後を話し戦闘を教えてきた人物――サスティスの声だと。
「な、んで……」
ーいつもいつも遅すぎるんだよ。寝ている間に状況は変わっていくー
そう言ってランセの前に現れたのは見覚えのあるエメラルドグリーンの髪、同じ色瞳の筈の両眼は片目だけで、もう片側は朱色の瞳をしていた。その変わらない姿。20代前半の姿の男性は間違いなくサスティスであり、あの姿のままだった。
ー彼女が居なくなって既に5日は経った。なのに、君はいつまでいじけてこの暗くて深い海に潜り続けている気だい?ー
「なに、を……」
ー忘れたとは言わせない。いや、君は言えないだろう。……君は目の前で、大事にしていた人を奪われた。これで3度目だったか?ー
3度目という言葉。
その言葉がズシリと自分に圧し掛かる。
沈んでいた体が更に沈む様な、自分を許さないとばかりに下へと引きずる。下を見れば底が見えない暗い海の筈。なのに人の手が幾重にも折り重なって見えた。
全てが半透明であるのにも関わらずランセが見えるのは、腕の輪郭を残すようにして紫色の光が纏っていたからだ。長い腕が自分に纏わりつき、急激に息を吐くのが苦しくなった。
「がっ、ぐあっ……」
ーあぁ。やっと症状が出たの。……早くしないと、生きたまま君は死ぬよ? 良いのかな、それでー
「なにっ……」
死ぬ? 自分が、ここで……?
《ランセ!!!》
薄れそうな意識が無理矢理に拒否を示した。
ランセが契約した精霊ガロウの声が名を叫ぶ。纏わりついていた腕が途端にズルズルと暗い海へと戻っていき、そして黒い狼のガロウがランセを支え相手を睨み付けた。
《てめぇ……!! 死神が何の用だ!!!》
ー君が肝心な時に何も出来ていないのが問題だろ?ー
《ぐっ、このっ……》
ギリっと心を抉ってくる言葉を吐かれ、ガロウが舌打ちしたい衝動を抑えた。しかしランセも思っていた疑問だった為に思わずじっと見てしまう。その視線に耐えかねたガロウはその経緯を話した。
ランセが割り込んだ時、自分も出て行こうとした時に急に体が動かなくなったという。何度も実行しても動けず、そのままランセがやられる場面も麗奈が攫われると言う嫌な場面を全部見てきたのだと言った。
ーちっ……ー
そう話していた矢先。目の前の人物は隠す事もなく舌打ちをし、見るからに不機嫌になっていくのが分かる。しかも彼の周りをフヨフヨと浮いている紫に輝く小さな光が慌てた様に回り出した。
落ち着かせているようにも見えたが睨まれ、縮こまる様にしてそのまま消滅する。
ーそう。君は行きたくても行けない状況にさせられた、と。……なら悪い、代わりに私が謝るよ。悪かったー
《お、おう……》
何だか拍子抜けにも似た感じでガロウはサスティスを見る。思わず《ん?》とある事に気付く。彼の風貌はランセと契約した時に見た記憶と重なる。魔王サスクールに居場所も、仲間も、領地も、何もかもを奪われたあの時。
その彼には色々と教えてくれた先輩とも呼べる人物がいた。それが、今目の前にいる彼であると気付いた途端に大声を上げていた。
《あーーーーーっ!!!!!》
ーどうしたの?ー
思わずランセを見て、どう見ても知り合いだろと言いたげな視線を送る。
《何で死んだ奴がそのまま死神になってるんだよ!! お前、記憶を消された訳でもない。いや、まさかとは思うが保持したままなのか!?》
ーん? あぁ、そう言う事。君、属性が闇だから他の精霊よりも私達の事を知っているんだー
その言い方にどういう事だとガロウを見る。
途端に言いずらそうにしてそのまま姿を消した彼の代わりにサスティスは答えた。
闇属性は魔族との適性が良い。そうなるように作っているんだと説明し、すぐに創造主だからだと言えば驚いたように目を見開かれる。
ーあぁ。精霊が言う分には構わないのか……。そうそうこの世界は創造主の意のまま。私達は作られた存在だー
「別にそれでも構わない。だが私は奴を殺す」
ー知り合いに手を出さなかった君がかい?ー
ギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
彼の言う通り。サスクールがヘルスの体を乗っ取った状態で自分の前へと姿を見せた。
何がゲームだ。
何が楽しもう、だ。
ランセは今まで姿を現さずに暗躍していた意味を知る。
奴は最初からランセが苦しむ様を見るが為に起こしている。8年前に対峙し、同盟を結んでいた国を魔族の脅威から守る為。
それも、魔法を失くさせる為の行動だと知る。
1度目はランセの抵抗で被害は少なく済み、同時に麗奈の母親の由佳里がこの世界に呼ばれた。
2度目の時は、彼女がこの世界に暮らして2年経った時。
元の世界での事もあるのに、彼女は助けてくれた人達の為に戦い、そして禁術に手を出した。命を使った術でサスクールと共に居た魔王を封印する事に成功したのだ。
ヘルスはその責を彼女が、最後に娘と夫に会いたいと言う願いを叶える為にキールに頼んで異界送りをした。ランセもその場に居たからよく覚えている。
異界送りは自分達の居る世界とは違う場所へ行く事。
大量の魔力を消費する上、行く為又は向かう為にはその世界でのイメージが必要だ。成功した者は居ない。違う世界へ渡ろうとしたのが原因で魔力を根こそぎ奪われ、2度と魔法が扱えない状態が後遺症として残った事例が多い。
その事もあり、異界送りを知っている者は少ない。
ラーグルング国にその資料が残っていたのは奇跡的だった。
キールの家は国の成り立ちに関わった事から、昔から王族との関係がよく他では見れない資料や王族のみに見れるものを特別に見る事が出来た。
「キールは大賢者だ。魔力的には申し分ないし、精霊を介しての異界送りなら自分への負担もそれなりに減る可能性はあった」
ー時期が悪かったね。異界送りが出来たのなら歴史を新たに塗り替えられたんだから。もう1つそれが出来た理由を教えようかー
イメージを固める事が出来ないのに出来た理由。
媒介になるものがあったからだと言った。ヘルスは死にかけていた由佳里の事を抱き抱えていた。命を代償とした術は魔法にはなく、治癒をどれだけかけても治るものではなかった。
寿命を縮める力を元に戻すことは出来ない。魔法は万能ではないのだとこの時のキールは思い知らされ、大賢者だと言われていた自分に腹が立ったのだと言った。
「仲間を助けられなくて、何が……何が大賢者だ!!!」
ヘルスは無情にも助けるなと言った。
それでは彼女のやりたいことが出来ない、と。由佳里のした事、最後に頼んだ事は……娘に会いたい、夫に会いたい事だと言ったのだ。
ー彼女と繋がりのある人物が行く世界への道しるべ。だから異界送りは出来たんだー
(それが……麗奈さんだったと言う訳か)
母親は娘の無事を祈る様に娘も無事であるのを祈るのは普通だ。
ヘルスが由佳里を死なせてしまった事実にショックを隠せないでいた。本当ならこの戦いが終わった後で元の世界に戻す方法を探す予定だった。
それが出来なくなること。これから会うであろう娘に、それを話す責任がある。彼でなくても重圧がかなりのものだ。
(まさか。その時にサスクールに目を付けられた……?)
麗奈が自分の器として機能していると言う事は何処かで縁を結んでいた事になる。母親と入れ替わりで娘の麗奈と巻き込まれたゆきがこの世界に呼ばれたのだと……そう思っていた。
ー分かった? つまりはそう言う事。サスクールは最初からあの子に目を付けていた。奴が今まで動くのに時間が掛かったのは、陛下さんのお兄さんのお陰だし今も抵抗を続けているー
「……えっ」
思わず聞き返した。
体を乗っ取られ死んだのではないのだと言う。今も、と言う事はそのお陰でサスクール自体に行動を制限していると言う事に繋がっている。
ー奴自身、自分で行動を起こしていたのならもっと早い段階で彼女を奪われている。なのに動かないまま部下に任せて来たのは、動きたくても出来なかった。お兄さんは彼女の事を大事にしているんだろうねー
通常なら乗っ取られた時点で自我を保つ事は出来ない。
アリサのように同じ闇の魔法を扱うと言う共通点が無ければ、魔族が人間の体を乗っ取ると中の人間は死ぬが確定だからだ。
そして、アリサもヘルスも同じ闇の魔法を扱うと言う共通点。加えてヘルスには、対極の力である光の魔法を扱える希少な使い手。光があるからこそ魔王に乗っ取られても抵抗し、少しでも遅らせようとしていたのだと聞き自然と手に力が籠る。
ーふふっ。良い顔付になった。怪我は彼女が治したんだからお礼を言うなら彼女にね。君は私と違って2人を見てきたんだから、最後まで見届けろー
先輩からのお願い。
ウィンクする彼は生きていた時と変わらずの姿であり、とても死神とは思えない程の気さくさ。それがなんだか昔を思い出す。懐かしんでいると自分の手に魔力を集中させ、闇の力で生成した剣を握る。
そこである違和感を覚えた。
闇の力以外に別の力を感じた。そしてすぐ目の前で紫色に輝く魂達を視認し思わず目を閉じた。
死者を見る事が出来るのは、死神に狩られると言うサインだと誰かが言っていた。だがサスティスはその行動を見ておかしそうに笑った。
ーちょっと……今、私と話している時点で君死んでる事になるよ。そんな迷信を魔王が信じるとはねー
「それも、そうか……」
確かに、と思った。
死神に会ったら必ず死ぬと言うのは遠からず当たっているのかも知れない。が、向こうにも選ぶ権利があるのだろうなと思う事で考えるのを止めた。
ー私からのプレゼントだ。それと今見えているのはサスクールに殺された者達だ。無論、人間も居るし精霊もいる。エルフもドワーフも……私以外に無残に殺された者達の嘆きだー
それでも彼を殺したいのだと言う。
自分達に出来ないのなら、誰かにやってもらうしかない。その誰かにランセは死神によって選ばれたのだ。
闇の力の力で作った剣に赤黒い血のような魔力が纏わりつく。刃を覆う様に蠢き、ここから南東の方角へと刃がカタカタと勝手に示す。
ーここから南東は何があった?ー
「っ。ラーグルング国か」
ー奴は器を手に入れた。ディルバーレル国でブルームを亡き者に出来なかったから、もう1つの守護地であるラーグルング国を滅ぼしにかかる。そして魔法を失くす。完全に抵抗せれる力を削ぐのが目的だ。……あとは任せるよー
頑張れと言ったのを最後にサスティスはそのまま消えていった。
見えていた魂達はその赤黒い魔力に飲み込まれ、同じく姿を消した。だけど自分に渦巻いた魔力は未だに南東へと向けられ急かされる。
(ぐっ。意識をしっかりしないと、このまま引っ張られるな……)
サスクールを殺そうとしている魂達は、早く実行して欲しいとばかりにランセに急がせる。それも、ピタリと止まった。気付けば剣を生成していたのに、大鎌へと武器が変化していた。
「参ったな」
自分に道を教えてくれた人物は何処までもお人好しで、死んだ今でも心配している。自分に力を預けた訳を考えた。今までの情報が一気に流れ込んでくる。
ユリウスの言った事。ヤクルがサラマンダーと契約した事。
自分がもたもたしている間に状況はどんどん変わっている。
ニチリは既に防衛組と魔王軍との迎撃部隊を整えている。ディルバーレル国もラーグルング国と連携し、迎撃部隊をリストアップしていた。
騎士国家のダリューセクも、聖騎士をリーダーとした魔王軍専用の迎撃部隊を整えラーグルング国へと向かう準備を整えていたのだ。
「私だけ出遅れたな……」
それはダメだなと思い、すぐに地上へと上がる。
自分の魔力以外にサスティスから託された魔力もあるのだと感じ、クスリと笑ってしまう。その後、急いで海から上がればユリウスとヤクルが武器を構えているのが見えた。
どうやら敵と間違われたなと思った。それ等の説明を含めて2人に武器を収めるように言った。何だかすぐ近くでサスティスが笑っているような声が聞こえた、ような気がした。
決戦の日が近い事を意味し、ランセは新たに気を引き締める。
今度こそ、自分が大事にしている人達を護る為に。もう仲間を失うのはこりごりだと言うように行動を起こした。




