第128話:サラマンダー
気が付くと見慣れた天井だった。
ふと、いつも居るであろう人物が居る位置には違う人が居た。
自分と同じ赤い髪に整えられた顔立ち。
兄のフーリエはヤクルが目を覚まし、ほっとした表情をした後に軽く頭を撫でた。
「兄、様……」
「平気か、ヤクル」
「………」
それはどっちかと聞きたくなったのを飲み込んだ。ゆきが居ない事なのか、話す度に体が悲鳴を上げるように痛む事なのか。
恐らくはどっちもだろうな、と思うがヤクルはそのままふっと視線を外した。
「まぁ。少しずつ回復するだろうから、無理はするな」
「……はい。ありがとう、ございます……」
後半は殆ど消えかけてはしていたが、それすらも汲み取ったフーリエは何も言わなかった。
フーリエがニチリに行くように言われたのは、ヤクルが倒れてすぐの事。船で向かうしか手段のないニチリだったが、ラーグルング国との柱の力を繋げた事で、互いに転送出来るようにした。
ディルバーレル国、ニチリ、ラーグルング国は互いに転送し合えるように。その仕様をしたのは、今は居ない麗奈と父親の誠一、ハルヒの3人。
ニチリとの調整を行うのに、叔父の武彦が繋げ裕二と父親のワームと共に駆け付けた。そう説明をしたがヤクルはぼんやりとしたままだ。
「全身に熱を帯びて、脱水症状まで出ていた。何があったんだ」
「……」
「包帯をしている部分は火傷だ。ニチリの人も手伝ったが原因が分からないから、フリーゲさんにも来て貰ったんだ」
彼がコレクションしていた霊薬で、今のヤクルは落ち着いていると話した時に裕二、ワームとキールが訪ねてきた。起きた事を聞き裕二の使う聖属性の魔法で治療する為だ。
「無事で良かったよ。精霊と同化して生き残ってるんだ。……本当に危うかったんだよ?」
「……ゆきが……。ゆきが元に戻したんです。裕二さんと同じ魔法で」
はっした裕二は気まずそうにしたが治療に集中した。
キールとフーリエも何も言わずに黙ったままだったが、その沈黙を破ったのはヤクルだ。
ポツリと少しずつ話した。自分の武器に、サラマンダーが宿っていた事。自分を飲み込む勢いで意識を持って行かれる時に、ゆきが守って正気に戻した事。
そして麗奈と同様に連れて行かれた事。
ゆきが使った古代魔法が原因で狙われたとも説明をした。今まで黙っていたワームは、部屋を退出しようかと提案し同意したキールはすぐに行動に移した。
「裕二君。一旦、出ようか。また来るしね」
「はい……」
3人は部屋を黙って出て行く。それを見送り自分の非力さに涙が出た。
「っ。くぅ……」
結局、彼女達に助けられた。
目が覚めるまで、サラマンダー本人から聞いた。自分を呼び覚ましたのは他でない自分と父様の魔力を感じ取ったからなのだと。
(麗奈から貰った、ブレスレット……。あれが、あの魔道具がきっかけで出てきたんだ)
自分の状態がこれで済んだのはゆきのお陰だ。
制御出来ずに自覚を無くしかけて、助け出したのは他でもないゆきだ。
異世界人である彼女達に助けられ、結局はどちらも守れなかった。
「ぐっ、うぅ……」
流れる涙は止まらない。
ユリウスも同じように、苦しんだのだろうか。苦しんだ結果、自分の兄と麗奈を手に掛ける所まで想像したのか。
それは自分には耐えられない。
体の痛みが訴えても、我慢してヤクルは泣いた。
「ヤクル。私ね……好きだよ。ヤクルの事」
前に言われた唐突な言葉。
自分に向けられたと理解するまで時間が掛かり、思わずリーナに視線を向ける。居たはず彼はいつの間にか居なくなっており、2人きりにさせられたのを思い出す。
「俺、は……」
何も言えなかった。
この世界に来た時、自分がゆきに向けた行動を思い起こす。
剣先を向け、ゆきの頬に脅すためとは言えかすり傷を負わせた。麗奈がそれにキレて反撃してきた事。今、思えばリーグの突拍子もない行動で助かったのだ。
そうでなければ、あの場での彼女達の処遇やヤクルも軽くでは済まなかった可能性だってあった。
「……お、俺、なのか?」
「うん。ヤクルだよ。……ダメ?」
ダメかと言われれば微妙だ。
きっかけは最悪な出会い。
自分の行動の非を認め、今では麗奈とゆきとは普通に話せる。自分とは違う世界に興味をそそられ、話に聞き入った。
それは好きだから?いや、ただの興味だ。
そこから、ゆきが麗奈と違って料理が得意な事。麗奈が趣味で作ったお菓子を食べ、その味にリーグも含めて「美味い!!」と絶賛した。
ユリウスに勧めて、彼も好みの味だと分かり時間があれば麗奈の作ったお菓子をつまみつつ、探しに来たイーナスに怒られると言う一連流れ。
「………」
その時のゆきの笑顔は忘れられない。
子供っぽいだろうと思いつつ、チラリと見たら視線が合って微笑まれた。
ドクン、ドクンと。
普段とは違った心音。ゆきにも、ユリウス達にも聞こえてしまうのではと思う位に、自分の鼓動が酷くうるさかったのを思い出す。
叶うなら、隣で笑っていて欲しいと思うようになったのはいつからだったのか。
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《こちらに来たな》
気付いたら火が迫っていた。
ヤクルのすぐ横に迫っている炎は不思議と熱くない。むしろ体を動かす度に痛みが走る方が辛いとさえ思った。
あぁ、精霊が自分を呼んだのかと理解した。
ラウルがフェンリルと話した空間。それがサラマンダーの場合はマグマの中だ。
「サラマンダー……だな?」
迫る火はヤクルの問いに答えるように、形を変えて応えていく。
自分の腕に絡みつき、魔力を奪った蛇に変化していくのだと思っていた。しかし、ヤクルの予想は裏切られていき、目の前に現れたのは炎を纏ったトカゲだ。
《あぁ。この姿では初めまして、だ》
「………蛇、なんだと思ったぞ」
《ん? あぁ。確かに俺は蛇を眷族として扱えるぞ。水の大精霊、ウンディーネがスライムを眷族として扱っているのと同じだ》
そういうものか、とぼんやりとした頭ではあったが何となくは理解した。
サラマンダーはそれ以降、話題を振るような事はせずにじっとヤクルを見つめている。ヤクルもどう返して良いのか分からずに、そのまま見つめ合いが始まって数分後。
《………すまなかった》
沈黙を破ったのはサラマンダーの方だ。
ヤクルは謝られた事に驚き、目を見開いている間に話し始めた。
サラマンダーは今までにも扱える者を自身の炎で燃やし尽くす程の暴走をしてきたという事。本来、サラマンダー単体では扱う事が出来ない程の力を持っている。それは兄のイフリートの影響だと言う。
《兄……イフリートは火山奥深くに眠っているんだ。距離が離れればその分、俺の扱う炎は荒ぶり術者を殺していく》
「そこまで距離が離れているのか」
《まあな。イフリートと離れるのは寂しい気はするが、それも仕方のない事だ。単体で操るだけの人間なりエルフが居ないと俺達の存在は、ただの災害になってしまう》
「………そう、か」
災害になる程の巨大過ぎる力。
流石、大精霊だと言うべき所だが、何故サラマンダーが武器に封じられていたのかと言う問いに答えてくれた。
自分達の武器はエルフ、ドワーフ、獣人との協力で作り出したその時代における最高傑作もの。今、その武器を商人なりに売り渡せば富を十分すぎる程に得られるのだと言う。
《そんな欲の眩んだ者をエルフ達がどうぞと言って渡しはしない。その時の王が必ず悪い事に使わないと言う約束と、武器自体にある仕組みをした》
その仕組みとは魔力が高くないと武器自体が重みを増すと言う事。ヤクル自身も気付かなかった事だが、魔力がない者が触れば武器は反発するように弾き返される。
反発を無視し続ければ、体に負荷を負わせようと重みを増す仕組みをしている為に盗賊などに奪われないようにしている。
もし、魔法を使う者が狙ったとしても一定以上の魔力量が無ければ同じように弾き返されると説明をする。
思わず自分に託された剣を取り出し、マジマジと観察をした。
《細かい仕組みをしたのはドワーフだ。彼等は、魔力を使っての仕組みや爆弾なんかを作るのが上手いからな。そして、俺は本来であれば干渉しない筈だった》
「………」
その原因も分かっている。
麗奈とユリウスは虹の魔法を使う大精霊であり、その精霊達からはお父様と言われている存在を契約している。その2人だけは精霊と同様に、初めての虹の魔法を扱える。
そして、麗奈はその魔力を知らず知らずの内に魔道具に宿しユリウス達に渡した。サラマンダーが言ったお父様の力を感じたのは、麗奈から貰ったブレスレットの魔道具。
本来なら会う事すら出来なかった筈の大精霊。
自分の父親が言っていた武器に飲まれるなと言うのはサラマンダーの影響だからだと分かり、全ての原因が分かった。ヤクルはほっとしながらもやはり彼女達に助けられたという事を感じてしまう。
(結局、助けられてばかりだな………)
ふっと何だか力が抜けたような感じになり、サラマンダーは思わず《恨まないのか》と気付いた時には言っていた。ヤクルはそれに関して恨むことはないとはっきりと答えた。
本来なら出会わない筈の奇跡。
ならば、とヤクルは逆にサラマンダーに問うた。自分と契約を交わすことが出来るのかと。
《……つい少し前、死にかけていたんだぞ? 君は、俺の炎の恐ろしさを知っている筈だ》
「あぁ。それでも、だ」
大事な人を取り返したい。
そう述ベルヤクルはサラマンダーとの契約を頼むようにして頭を下げた。本来であれば召喚士が行える事だが、精霊側が契約の石を渡しても良いと判断した者ならばその必要性もなくなる。
現にラウルと精剣のフェンリルがその例に当たる。
彼の力を分けた別個体の子供の狼が彼と共に居ると言う形で、フェンリルの力の一部を扱える。しかも、麗奈の魔道具を介しての契約だからと言う前例を聞いていた為にヤクルも行えるだろうかと聞いてみた。
それにサラマンダーは可能だと答えた。
そして、それ程に大事な者を助けたいのかと、殺しかけた俺が怖くないのかと聞かれればヤクルは怖くないと答えた。
「俺は……俺自身は弱い。麗奈とゆきに助けて貰ってばかりで何も彼女達に返せていない。でも、それでも……俺はゆきを助けたい。ユリウスが行おうとしている事を止めたいし、麗奈を助けたい」
2人にはまだまだこの世界の事を知って欲しい。その為には2人が居ないと意味がない。その為になら死にかけた位で丁度いいのだと言い切った。
自分では到達できない場所に2人が行ったのなら、その隣に居たいと言うのなら危険は承知だと言う。
その言葉を聞いたサラマンダーはヤクルに近付く。
頭に触れて欲しいと頼み、ヤクルが触れた途端。赤い光が形を成す様に結晶化していく。麗奈とゆきから見せて貰ったような、直径4センチ程の宝石のような欠片が浮かんでいた。
「これ、は……」
《君が俺に触れた瞬間、記憶を全て覗かせて貰った。異世界人の2人の為、そして君の大事な者の為に俺を扱うのと言うのなら構わない》
麗奈から貰った魔道具を介してなら御しすることは可能だと。
あの時はヤクルの怒りがきっかけと魔道具の力でサラマンダーが出て来たから、今度は心を正常に保つ様にと警告をした。
《その魔道具が壊れない限りなら、調整をすることは可能だ。その契約の石は君の手に握られる。それを武器に取り込めば、扱う炎は自然と俺の物となる》
これで契約は成立した。
そう聞こえたのを最後にヤクルは暗闇から目を覚ました。覗き込んできたのは兄のフーリエ、キール、裕二、父親のワームだ。部屋を出て暫く経った時に様子を見に来たのだと言った。
心配させたと自覚をしながらも、ヤクルは確かな感触を感じ取れた。自分の手にはサラマンダーから言われていた欠片がある。
それが自分が今まで何処に居たのかを鮮明に思い出させる事となり、同時にその欠片を強く握りしめて誓った。
今度は、俺がゆきを助ける番だ。
そう思ったヤクルはキール達が止めるのも聞かずに、ユリウスの元へと向かった。彼には言いたいことがある。自分の中に、サラマンダーの魔力が流れ込んでいるのを感じ精霊が身近に感じるはこういうことなのだと実感した。
(これから、よろしく頼むぞ。サラマンダー)
そうしたら、ヤクルの頭の中で《分かっている》という声が響きふっと笑みを零した。強い力が流れて来るのを感じならユリウスの元へと急ぐ。その足取りは不思議と軽いもので自分でも驚いたものになった。




