第127話:纏う者
それはヤクルが10歳の時、父親のワームから聞かされた事がある。自分達の国は特殊な立ち位置であり、また特別なものだ。だから、この国に生まれた事を誇りとしろと言っていた。
屋敷で話すならまだ分かる。
しかし、聞かされたのは日が照りつける中。しかも屋敷から少し離れた庭園の中で、だ。
「……」
「ヤクル。聞いているのか?」
「はい、父上……」
半分以上は聞いていないがと心の中で呟く。
屋敷の中ではなくわざわざ外で話す意味が分からない。内容的にかなり大事そうだと思いながらも、ヤクルは暑さに耐える事に頭を働かせていたのだ。
長い話、早く終われと願わずにはいられなかった。
自分が幼いとか、貴族だからとかそう言う問題ではないのだ。こんな熱い中で、花の手入れをするのが貴族なのか。庭師のように、城の庭園までやる始末。
自分の父親は貴族であり、騎士であるはずだ。
そこにプラスして庭師まで入るのか。そんな嫌々オーラをワームはすぐに感じ取り「休憩するか」と屋敷へと戻っていく。
「昔からこの国には精霊達が溢れている。今や召喚士はキールだけだがな」
「何故、数が減ったのですか」
「精霊を正しく認識出来る人間がいないから、だろうな」
「……正しく、ですか?」
思わず首を捻った。
この国には数多くの精霊が、大なり小なり存在しているのは聞かれているから知っている。その恩恵の為に、自分の持っている魔力量が高いのも昔から住んでいる者なら誰ても知っている事。
その中で、召喚士としてこの国に存在しているのはキールのみ。
他国でも召喚士は特に貴重な存在だ。その分、利用される事も多い為に表向きは召喚士とは言わず魔法師と言うのが普通だ。
キールの場合、魔法も使いこなせる大賢者だった為に彼は普通に魔法師と名乗る事が出来る。そう言えば、とヤクルは思い出す。彼も言っていたのだ。召喚士の数が少ないのは正しく精霊を見ていないからだと。
「綺麗な心の持ち主でなければ見れない。妖精は特殊な存在な為に、昔は酷い事にも利用されている。それを隠したのがアシュプ様だ。それがきっかけで精霊も契約をする際に相手を見るようにしている」
相手の心の内を見て、大丈夫だと判断して初めて契約の石を渡される。
人の心は酷く醜い部分もある。その中でも、綺麗に保っていられる人物は少ないと言う。
精霊にも悪い部分と良い部分があるのだと理解するようにと言われた。
「精霊の扱う魔法の殆どは魔力を多く使う。保有する魔力量が少ないと自分も危ないからな」
やっと涼しい場所だと喜んだのも束の間。
ワームからの話は終わらなかった。
精霊の話からこの国の成り立ちについても聞かされた。
ラーグルング国を治めていた最初の王は、新天地と土地を探していた。その際に1人の少女と話をしたと言う。同じ黒い髪と言う共通な点と、自分達の服装とは違った不思議な雰囲気。
土地を探す際、彼女は不思議な術で土地はここが良いと助言をした。
魔法とは違う力。魔物を倒し必ず祈りを捧げると言う。その時、彼女と共に協力して様々な種族の者と友好条約を結ぶ事が出来た。
エルフ、ドワーフ、獣人、魔族。
人間である自分達と合わせて5つの種族での友好。ラーグルング国と言う名前もその時に居た族長達と話し合いで決めたのだ。その証として、この国の騎士団長と副騎士団長が扱う武器があると説明をした。
「他の武器と違い、魔力で加工された武器は朽ちる事はなく長持ちし刃こぼれもしない。しかし、それだけの技術の物を他に出したらどうなる?」
「………争いの種になります」
「そう。そのきっかけを生む事になるのは避けなければならない。だから、私達は他の国とは極力関わらず最低限の範囲でしか外での発信をしないと決めたのだ」
「それは、神霊の国と呼ばれるニチリ……と同様に?」
「よく知っているな」
「ユリウスと機密場所に行きましたから……あっ」
言っていてしまったと思った。
ユリウスと行く場所は大体決まっている。王族でしか入れない場所だが、ヤクルは親友だからと特別待遇で中に入り時間の許す限り本を読み漁った。兄には程々にと一応は内緒にしてくれたのに、と申し訳ない気持ちで一杯になった。
「……」
現にワームの開いた口が塞がっていない。
話してはいけない内容なのはすぐに分かり、次に怒られるのを覚悟した。しかし、いつまでたってもその怒号は来ずに恐る恐る目を開ける。
見れば溜め息を吐きながらも「まぁ、彼が言うなら……」と何処かしょうがないと言った表情の父親。
「今のは聞かなかった事とする」
「はい……」
何事も無かったの様に話を始める。
団長と副騎士団長のみと言うのには理由がある。魔力のコントロールが優れていると言う証としてまた正しく扱える為の物として託すのだと。
「ダリューセクにある精剣。それを元にしているのはこの国の武器だ」
「えっ!?」
「機密事項と言いたいが、言っても信じないから気にするな」
「は、はぁ……」
そう言う問題なのだろうか?
原型を作ったのが自分の国だと言う真実に驚かずにはいられないが、その分気を付けろとも言われた。
「良いか、ヤクル。団長として武器を扱うなら、その武器の力に飲まれるな。力を調整することに心を費やせ。何故なら――」
炎の騎士の扱う武器には強力な精霊が居るからだ。
4大精霊の1つであるイフリート。その弟であるサラマンダーが付与されているからだ、と。
父の言葉を思い出したのは皮肉にも、魔族との戦いの中での事。
衝突した魔力同士の中で、走馬灯の様な流れで思い出していきそして一瞬の内に暗闇へと誘われた。
========
面白い、面白い、面白い!!!!!
目の前の出来事にティーラは歓喜した。
通常、人間が精霊を扱えるのは召喚士でありまた契約した精霊だけ。だが、今起きている事はそれらをぶち壊していた。
ヤクルの握られている剣は炎が渦巻かれている。
蛇のように絡みつき、地面を溶かしマグマの様な煮えたぎるような炎。オレンジ色の炎に、光が交じった不思議な炎。
炎の上位属性、煉獄。
大精霊と評される炎の精霊の殆どは煉獄からなる炎を操る。
魔族は光属性と聖属性に弱い。上位属性の中で、炎は唯一光の力を取り入れた異質な力。今まで、煉獄を扱えた人間は居たのかも知れないが、ティーラにとっては初めての事。
だからこそ、彼は笑っていた。自分の知らない事が、まだこの世界には存在しまだある事に。そして、喜んだ。戦いが彼を喜ばせる要素はここにあるのだ。長く生きていても知らない事がある事と、それが戦闘に関する事なら例え死ぬ事になろうとも彼にとっては本望なのだから。
(あの剣に精霊が宿っている。一定の魔力で発動するものか、勝手に出てきたかは分からない)
そんな事よりもと。自身の魔力を強く、また激しく練り上げ天へと打ち付ける。打ち上がったそれは雨雲を呼び寄せ、雨が降らない代わりに黒い雷を無差別に落としていった。
「まだなんかあるなら、もっと見せてみろ!!! 出し惜しみしてたら死ぬぜ。あの女もろともな!!!」
炎の制御に必死だったヤクルは、その言葉にさらに怒りを募らせた。
襲われ狙われたゆきの姿がすぐに過ぎった。
「さ、せるか!!!」
炎は意思を持つように蠢き、ヤクルの腕へと絡み付く。ドクンと一気に魔力を奪われた感覚を感じながらも、意識は相手へと向け倒す事だけを考える。
《ヨ……セ!! ヨコセ、オマエノ、ゼンブ!!! ゼンブ!!!!!》
「ぐ、ぐうっ……!!!」
頭が焼けるように熱い。
体が燃えるように、高温を帯び体の中を発散させていく。それはユリウスの呪いを解くときに対峙した朱雀以上のもの。
(意識、を、持って行かれる………)
調整に気を取られていると、ティーラからの蹴りが来る。ガードが出来ないと思った矢先、炎が阻んで幾らかの衝撃を柔らかくさせる。しかし、その度に自分の魔力がごっそりと取られる感覚。
これを繰り返されると自分を保っていられなくなるのが分かる。どうにかして止めないといけないのに、それ等を無視して炎はさらに力を増していく。
「ヤクル!!!!!」
膨れ上がる炎を抑えるように白く光る鎖がヤクルを縛る。
急激に炎が沈静化し、意識がはっきりとしてくる。自分の腰辺りに目を向ければ、ゆきがしがみついているのが見えた。
「ゆ、き………」
「精霊さん。ヤクルの事を苦しめないで!! 殺そうとしないで!!!」
ヤクルはその時に見えた。
ティーラの槍がゆきを捉えている所を。帯電させた槍の殺傷能力を瞬時に想像し、守る為にゆきを引き寄せ自身をも含めて魔力を最大限に解放させた。
ぶつかり合った魔力が反発するようにして周囲に爆発を起こす。木々を薙ぎ払い周辺一帯を焼け野原にしながら、火柱が所々上がる。
「っ、ぐぅ……」
呻き声を上げドサリと倒れるのはヤクル。
睨み付けた先には気を失ったゆきを抱えているティーラ。ニヤリと口角を上げ「面白いもん見せて貰った」と言って立ち去ろうとする。
「ま、てっ………」
「安心しろ。女を殺すよう言われているが、俺が死なない限りは衣食住の保証をしといてやる。取り返したいならさっさと治せよ。連絡はこっちから入れてやるからなぁ。半精霊化したから体中のあちこちが反動で激痛が来るだろうから、頑張って生きろ」
それまで生き延びろ、と吐き捨てブウンと空間が開けられていく。ヤクルを見ながらそのまま飛び込み閉じられる。
必死で伸ばした腕が空を切る。伸ばしたくとも、追いかけたくとも今のヤクルにはその力も気力もない。
ただ、奪われたという事と守る事が出来なかった事実。ユリウスと同じ苦しみを自分が味わう事になった。薄れゆく意識の中、やけにティーラの言葉が頭の中に繰り返されていく。
その後、ヤクルが目を覚ましたのはそれから5日後の事だった。




