第11話:逃亡
話は場面を変え、麗奈とゆきが消えてから約2週間。卒業式が終わり街の異常が起きても誰もその記憶はない。土御門家の強大な結界と忘却術により街の住人全てがあの出来事をなかったことのように普通に送っていた。
『あーくそっ、やっぱり土御門は嫌な陰陽師だ。チっ、胸糞悪い』
『こっちに言うな。処分される時期を早めたいの?』
暗い地下牢に鎖で結ばれるのは霊獣の九尾と清。元々の力は強くても契約を交わした相手から引き離されパスは無い状態。スマホのように、あとは内蔵している霊力でこの世に留まっている状態だ。あの後、清は武彦、裕二と共に必死で探した。
死体でもなんでもいい。
とにかく姿がないのは不安しかない。
なにより、卒業式と言う輝かしく終わるものが一転命のやり取りをさせられたのだ。大蛇の封印ではなく完全に倒した麗奈の功績は凄く、次期当主としてまた土御門に嫁ぐ者としての評価は凄いものだった。
それでも生きていれば、の話だ。
死んでいるのかも分からない状態に、協会は冷たく死んだ者とし死亡届まで出されている始末。行方不明者として出せば、警察からの介入がありそれを省く処理として先回りした結果だ。
父親の誠一は弟の成明を倒した後で娘と親友の事を知り、愕然となるも自分が行くように行ったのだからとすれば、次に来たのは九尾との契約を解除するように、土御門の連中に言われた事だ。
「……剥奪させる為に霊獣との契約を絶てと?」
「本来それだけで終わるのは幸運。貴方の家の者が起こした事は重罪だ。大蛇の封印解除、街への異常事態を引き起こした責任……陰陽師として仕事が出来るだけでも良いと割り切りなさい。井波家はこの一件で協会から抹消するように言われています。
あと、浄化師の高橋裕二。彼は我々土御門が使わせて頂きます。最年少での浄化師の称号に大蛇の封印の補助……良い弟子が居ますね」
「お前の様に人を人も思わない連中に言われたくないな」
「まぁ、良いでしょう。それと、この家もこちらに渡して貰いますよ。貴方方にはもう必要ないでしょうからね」
「出て行けとはっきり言えばいいだろう」
話は分かったとばかりに背を向ける。
急いで揃えて出ていく準備を始める為と、武彦の様子を見に行く為だ。家にある秘伝書と竹刀、銀行のカードと通帳、日用品を揃えて武彦の居る離れに向かう。
彼は大蛇との戦闘で足に怪我を負わされていた。それに加え目の前で孫と家族のように育てたゆきを奪われたのだ。自分よりも精神が安定していない、加えて清との会話も出来なくなった。無理にでも契約を解除しに掛かる土御門家に九尾が嫌悪していたのがなんとなくわかる。
「アイツの言葉を借りるなら胸糞悪い、だな。まったく」
離れに着き驚いたのは武彦の姿だ。体操を行いこれから何処に向かうのかと、質問すれば襲撃すると言う一言。はい?と思わず呆ける誠一に武彦はそのまま続ける。
「霊獣との契約解除、無理だな。私は娘も居なくなり、孫も居ない身だ。老い先短い私に霊獣の清まで取られたら……娘の様に接した彼女まで居なくなったら、死んだも同然だよ」
「………あの、もしかして」
「あぁ、土御門家に殴り込むよ。丁度、当主のハルヒは長期遠征でこの街には居ない。居るのは自分の力に過信した馬鹿どものみ」
「霊獣の清が断ったらどうします」
「断ろうが何だろうが、私は構わない。娘を居なくなるくらいなら私から先に
居なくなってからだ。若い者が先に逝くなどあってはならんよ」
「………はぁ、分かりました。付き合います。丁度、ストレスを発散したいので」
「娘に感化されて嫌な物が自分で切り開く方になったか」
「えぇ、お陰様でね。貴方も由佳里も実力行使で黙らせてきましたしね。もう、どうにでもなれです」
諦めた誠一は覚悟を決めた。霊獣の解放と自分達の逃亡生活……生半可な覚悟ではこの先を生きられないな、と息を整え霊力を整える。と、集中する中でボヤ騒ぎが起きたのか消防車がサイレンを鳴らしていた。
その向かう方向はまさに自分達が向かおうとしていた方角と同じだった。妙な胸騒ぎを覚えた2人は急ぐ。今まで、霊獣に頼った分自分の足がこんなにも重いとは思わなかった、などと文句を言うのは後だと考える。
ボヤ騒ぎの正体。それは裕二が離れの屋敷や土御門家が使われている訓練場などを中心に雷を落とした結果だ。霊獣の契約解除、それを聞かされた訳でもないが自分の勘は良く当たる、と麗奈から褒められていたなと嬉しくも思うも気を引き締めて辺りを探る。
(霊気は………くっ、やっぱり分からないか。感知だけでもちゃんと学ぶべきだったな)
浄化師は陰陽師と同じ霊力を扱う。その力の方向性の違いの為、扱う人数の差が開くのが現状だ。陰陽師は見えない敵を見る目と龍脈を見る気の流れ、それらを感覚で捉える為に霊力を割くのに対して、浄化師はその霊力を他人に譲渡など流し込む為に霊力を割くとの違いがある。
そして裕二は浄化師としての地位はあるが、もう1つ誠一から急に教えられた事がある。浄化に扱う霊力の中に、雷の気が混じってるなと何故かそう言われた。妙な胸騒ぎを覚えた彼は、逃走したにも関わらず九尾により捕らえられそこから陰陽師としての修行もさせられた。
娘の麗奈はその事を知らず内緒で行う事に凄い罪悪感が起き嫌だと答えるも、今では陰陽師も浄化師の人数も減少傾向だ、と変な理屈を言われそのまま修行させられた、と今では苦い思い出もあるが実際きちんと学ばなかったつけがここでもあの時でも起きたのだ。もう、後悔はしたくない……と強く思った裕二は慌てふためく土御門家の様子をじっと観察した。
(居た。見張りが2人、それに微弱だけど九尾さんと清さんの霊気も感じる。間違いない………)
大きな屋敷に離れが多くある土御門家。このボヤ騒ぎでも自身の持ち場を離れないようにしているのが2人。その部屋は黒い術札が貼られており、力を封じる札は黒と誠一から教えられていた為、何かを封じなければいけない『何か』があるとすれば……特殊な霊気を持つ霊獣しか居ないと確信できる。
ポン、と誰かに肩を叩かれ反射的に反撃するも逆に押さえつけられる。それでも反撃しようとする裕二に「おい」と呆れにも近い声で掛けられた。
「せ、誠一さん………」
「反撃するのは良いが武術もろくに身に付けていない奴が、俺に歯向かえるとは………随分と安く見られたな」
「な、んで……」
「何ではこちらの台詞だ。裕二君、君……土御門家での仕事があるのに、これでは裏切り行為じゃないか」
「た、武彦さっ……」
大声を上げそうになる裕二を口を塞ぐ事で黙らせる誠一。やれやれ、と息子を見るような優しい目をする武彦は「良いのか?」と最終確認をして来る。自分達のしている事は協会にとっては裏切りに等しく、殺されてもおかしくない事をしているのだと、確認をする。
「平穏より麗奈さんや由佳里さんが居ないこの世界に、未練なんてありませんよ。浄化師としてここまでやって来られたのは、武彦様達のお陰なんです。あの家で過ごした事は自分にとって嬉しくて、息子の様に育ててくれたお二人に感謝してるんです。
だから、家族を奪うような連中となんて働きたくないです」
「では行くぞ、とっとと逃げてこれからを考えないとな」
武彦に話している内に、一瞬で持ってきていた竹刀で見張りを気絶させる誠一に素早さに開いた口が閉じるのを忘れてしまう。それを武彦は笑いながら中へと入っていく、改めて自分はこの2人には一生勝てそうにないな、と思いながらも助っ人が来た事に嬉しく思う。
『っ、主人!!』
「うるさい黙れ。今出してやるから大人しくしろ」
『ちょっ!!!待て待て、こんなことしたら普通に陰陽師として生きていけないだろ何考えて』
「なら俺より裕二に怒れ。裕二の我がままで来てるんだからな」
「えっ!!」
『おい、どういうつもりだ』
助けに来たのに、何故、自分が睨まれないといけないのか。と思えば清には笑われる始末。封印を解除し、囚われの霊獣を開放する。フワリと自分を触る手はいつになく優しく、調子が狂うなと九尾は嬉しいのか尻尾が良く振れている。
『主様!!』
「すまんな、清。助けに行くのが遅れて」
『ううん、ううん!!!全然良い、良いの!!!裕二もありがとう♪』
「うわっ………」
突然の清から抱きしめられどうしていいか、分からず手をバタバタとさせる。彼女は自分が嫌いなのだと思っていたので、こんな行動に顔を赤くすれば清は妖艶に笑う。
『なんだ裕二。妾に惚れたのか?』
「ッ、そ、そんなことは………」
『気を付けろ裕二。その女狐は男を手玉にするのが得意だ。骨抜きにされるなよ』
『あら~文句言う元気があるならお前から燃やしても平気よね?』
「止めろ。出る時間がもったいない、急いで出ていくぞ」
『はいはいっと』
暗い所に居るのが元々苦手な九尾が意気揚々と力を発して一時天候を操る。呼ぶのは自分の力を高める雷雲を次々と表し、成明と戦った時と同じように周囲に落雷を落としていく。清も狐の姿に変化し裕二、武彦を乗せて空へと向かう。あとから来た誠一と九尾は、自分達を妨害していく人型の式神を燃やし尽くしあとから来た陰陽師達に電撃を与えていく。
「それで、これから何処に行く気だ。裕二、そこまで考えているんだろう?」
「そ、それは………」
「誠一、大蛇の封印場所に行こうと思う。あそにはまだ何かある気がする」
「分かりました」
同じ人型の式神を使い、妨害と結界で行く手を阻む。追手のは同じ陰陽師だが、当主に任せきりなのが良く分かりこの事態に対処できる者が少ない。その隙を付くように九尾に霊気を送れば、彼はここで落雷と雨を降らしていく。
雨で視界を悪くし尚且つ、自分達が落雷で燃やした離れや家もこれで多少は被害を抑えられるだろうと、考えていると九尾から「マジか」と驚かれる。
『主人の事だからもっと徹底的にやると思った』
「それはさっきやったから良い。助けに来たのに被害増大では由佳里に申し訳ないからな。それこそ娘にも怒られるからやらんよ」
『………意外に嬢ちゃんのこと好きだよな』
「あとで覚えておけよ九尾」
余計な地雷を踏んだな、と後悔しつつもいつもの調子の誠一に嬉しくもあり自分にとってもこの空気は大事だなと思わされた九尾。清から急ぐように言われ慌てて付いていけば、向かった先は大蛇が封印されていた場所だ。封印されからも辺りに森があったような跡があり、動物が住んでいるような様子もない。
麗奈が戦った跡がそのままあり、ここだけ時が進んでいない印象にも受ける。武彦は地面に手を置き、龍脈を感じ取ろうと神経を尖らせる。大蛇の行った破壊力は実際に見ていない誠一だが、ここで娘が必死て戦い守ったのを思うとやっぱり自慢の娘だなと笑みを深める。
と、そこで懐かしい女性を見た。ショートカットの黒髪にハッキリと分かる瞳の大きさ。フワリ、とした雰囲気に見間違えるはずもない妻の姿を誠一ははっきりと見た。
「娘の事、お願いね?」
「由佳里………何故!!」
声も聞こえた。はっきりと……それに九尾、清、裕二が驚いたように見れば急に辺りが変化した。空、と分かったのは自分達が下に向かって落ちているからと認識したからだ。
慌てて九尾と清の背にそれぞれ跨り、辺りを見る。
自分達が居たのは枯れ果てた土地と高層ビルやマンションが見えていたはずだ。枯れた土地に倒れている人が多く居るのか何かあったのかと降り立てば全員気絶させられているのが分かる。
(……これは、剣か。向こうの人は槍を持って………一体何が)
「ははっ、驚いたな。まさか空から人が降ってくるなんて♪」
楽しそうに言う声に気配がなかったことに驚いた誠一は思わず、持ってきた竹刀を構える。その様子に相手は面白そうに眼を細めた。
宝石と見間違えるような程の葵の瞳、その瞳と同じ色のショートの髪。人形のような白い美しい肌を持つ男か女かも分からない人物。
格好も自分達のと違い、ダボダボな黒いズボンに付いているのは人の血なのか汚れが目立つ。黒いローブに白い羽の刺繍が施された物を着る人物は構える誠一と後ろに控えている武彦達を交互に見て「ふぅん」と呟き持っていた本をパタリと閉じ音もなく姿を消す。
「っ……」
咄嗟に左に振れば簡単に折られる竹刀。
それもそのはず、相手はナイフを構えてこちらを襲いに掛かった。だが、誠一はナイフよりも風に切られたような見えない力に瞬時に離れる。一瞬の事に事態に付いていけない裕二は、武彦が待てと静止を掛けられ清は睨むように炎を展開、九尾は間に入れば止められないと感じ静観する。
「成程、反応が早いですね。うん、うん………良かった、ここの人達同様に気絶させなくて良いなら結構。すみません、簡単に実力を見たかったのでつい……あ、来てしまいましたね」
1人で話を進み解決していく様に流石の誠一も緊張していた糸をほぐす。と、ズシンと大きな音を立てて2人の間に入ってきたものに再び目を見開いた。
それは大きな熊にも似た生き物だ。警戒するのはその巨体だが、手に付いている血はポタポタと垂れ落ち地面を濡らしていく。
何かを殺してここに来た。と認識するのとそれが吹き飛ばされたのは同時だ。隣を見れば手を前に突き出して何かを唱えている人物。先程まで閉じていた本をパラパラとめくり何かを探すようにして見ている。
「あったあった。えっと、ランク的には良いのか………これでお金は当分平気そうだな。よしっ、良いものを見せてくれたお礼です。代わりに魔法をお見せしますね、異界の方」
「なっ……に」
魔法、異界の方。と確かに目の前の人物は言い放った。
次の瞬間、黒い球体が現れその人物の周りを囲うようにして浮いている。と、何かを命令したのは勝手に動いたそれは熊にも似た生き物にピタリとくっつくようにして動きを封じていく。
「インフィニティ・バースト」
指を鳴らして合図を送れば、同時に起きたのは爆発と自分達に降り注ぐ血の雨。血に濡れる事はなく、見えない壁で防がれているのか武彦達の方を見れ場同じようにそこだけを避けるようにして雨が降り注ぐ。ボトン、と落ちてきたのはさっきの熊にも似た生き物の首だ。
それに情けない声を出した裕二はそのまま気絶し、武彦と誠一は状況に付いていけずに引き起こした人物を見る。清はおーい、と何度も裕二を軽く叩き九尾は訳の分からない状況に『なにこれ………』と思わず呟いた。
「ありゃりゃ、お連れの方が気絶しましたよ。心配しなくて良いんですか?」
「……普通、首落ちたら誰でもあの反応だ」
「ですが、貴方方お二人は気絶してませんよね。慣れてるんですか」
「慣れてはいない………似たような事はしているが」
今思えば自分達も怨霊を退治する時は大体酷い事をしているなと思い出す。視界を奪う為に首を飛ばしたりしてる、と娘には見せられないなと頭を抱えれば落とされた倒された首がフワリと浮かぶ。
「さてと、ギルドに依頼達成の報告と彼等の回収要請。それと………貴方達の服の調達ですね、それでは悪目立ちになりますから」
服、と言われ自分達のを見る。ここと違い全員仕事着の着物、袴、水干の一式。色は白と黒といったシンプルな物、それを不思議そうに見ていた人物はあ、と手をポンと叩く。
「申し遅れました。私の名前はキールです。キール・レグネスと言いますのでよろしくお願いします。あ、すみませんがレグネスと呼ぶ。のは人が居る前では止めて下さいね?それと私はよく間違われますがれっきとした男性です」
と、釘を刺された。恐らく似たような体験をしたのかイライラとした雰囲気を醸し出していたので了承するしかない。
「わ、分かりました。朝霧、誠一です」
「朝霧武彦と言います。助けていただきありがとうございます」
「………朝霧。珍しいですね」
それぞれ握手をかわし首が浮いていると言う不可思議な事が無ければな………と次々と起こる状況に休憩をしたいと同時に思うもキールと名乗った男性は本をめくりながら歩いて行ってしまう。
ここに取り残されてしまうと完全に迷子だ。成人を過ぎて迷子などと誰が言えようか……急いで後を追う彼等は知らずにいた。
離れた場所ではあるが、ここに自分の娘と親友が居る事を。その同時刻、娘の麗奈は生きるか死ぬかを試されているなどと言う状況を誠一達が知るのはもっと後の事。
再会するのに困難な道のりが待っているなどと、この時は誰も知る由もなかった。




