第124話:残酷な話
「クポポ」
「あぁ。悪いですが、ベルスナント王。これを」
突然の来訪者。
アルベルトのテレポートで、誠一は仕事中であるベルスナントの所に直接乗り込んで来たのだ。
「これは……」
渡されたのは手紙だ。
しかもユリウスからの話が終わった後に読んで欲しいと言うもの。
真剣味を帯び聞いた者からしたら、脅迫だと受け取られない位の。勝手に入って来て怒らないのは、アルベルトが夜中にここで談笑しながら飲んでいるのを許可したからだ。
ただし、誠一にしかアルベルトの言葉は分からずベルスナントからはずっと「クポ!! クポーー」という風にしか聞こえない。
自分の耳がおかしいのではない。
ドワーフの言葉はベルスナントだけでなくこの世界の人間なら、皆にそう聞こえる。
理解しているのは長く生きた一部の魔族、魔王。麗奈や誠一と言った異世界人。目に見えない存在の精霊達にしか、彼等の言葉を理解出来ないのだ。
「で、今から何処に行くんだ?」
「アルベルトが言うには、彼の父親は戦士ドワーフと言う戦闘に特化したドワーフです。協力出来るように、アルベルトと行きます」
「しかし……」
聞いた話ではドワーフと人間は不仲。
何百年も前に人間を守ろうとした行動が、人間達には信じられないような光景だった、と。
今は、体が手のひらサイズで収まっている。それがいきなり巨大化したらと思うと恐怖だ。
魔族からの攻撃を守ったが、そのタイミングが悪く人間はドワーフに対して化け物と叫んだ。
今まで言葉を交わしていたのに、全て聞こえなくなり代わりに「クポ」と言う鳴き声になった。
築き上げてきた信頼も、友情も全てゼロにさせられたのだ。
「人間との仲は精霊から聞いて知っています。……修復しようにも、その関わった者達は既に亡くなっている。代わりではないですが、私はアルベルトと会えた事が……嬉しいです」
「クポッ……!!」
誠一の肩に乗っていたアルベルトは、分かりやすく体を震わせた。その拍子に落ちそうになったのを、慌てて誠一が手で包み込む。
「アルベルトとはディルバーレル国で、麗奈と出掛けた時に会ったんです。なんだが初めて会ったような気がしなくて、また会えると思っていたんです」
「フポォ……」
「完全にとはいかないですが、俺はまたアルベルト達ドワーフが人と仲良く出来る未来を作りたいです」
自分と麗奈がそうであったように、今もこうして信頼関係を作れるのならきっと出来るはずだと言う。
ベルスナントは、今までのアルベルトとお酒を飲んた事を思い出す。彼はお酒が入るとかなり陽気なる。
元々そうなのかも知れないが、さらに陽気なるのだ。
歌って踊り出し、楽しそうにしているたけでこちらも気分がよくなりさらにお酒が入っていく。
「アルベルト。……彼を頼むぞ。私と同じ1人娘を持つ父親だからな」
「クポポ!!!」
ピシッと手を上げ力強く頷く。
すぐに金槌を取り出し、床に軽く叩く。茶色の魔方陣が一瞬だけ光ったと思った時には2人の姿はなかった。
「ベルスナント王!!」
入れ替わるようにしてドンドン!!と、扉を叩く音。
王が仕事をしている場所である為、また誠一とアルベルトの2人が来た事で護衛の者は外していた。
良い、と言うまでは誰も近付かせないでいた。
伝令係の慌てた声を聞けば、緊急な要件なのは分かっていた。
「今行くから待っていてくれ」
伝えられた内容は、ラーグルング国の宰相のイーナス。ディルバーレル国の王であるドーネル、宰相のギルティスが来ていると言うもの。
1人の異世界人が、魔王の手に落ちた。
事態は加速し、誰にも止められないまま悪化していく。
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「だから、さっきから言っているだろ!!!」
珍しい人物の怒声が聞こえ、案内をされていたイーナスとドーネルは思わず足を止めた。顔を見合わせ、自分達の予想通りならと思う気持ちと普段とかなり違うと言う点で信じられないと言う気持ちがせめぎ合っていた。
そこに2人を追い越してズカズカと追い抜く人物が居た。
イーナスが慌てて追いかけるのと、怒声を上げた人物が衝撃的な事を言ったのは同時だった。
「私の事を殺そうとしたのはヘルスだ!!! 奴は魔王になってたんだ!!!」
(なっ……に)
聞かされた内容に追いかけようとした足を止めた。
その場に縫い付けられたように、足が動かなくなり頭が考えがまとまらない。
「キール。どういう事か、きっちり説明しろ」
「うるさい!!! だ、れ……だ」
声を掛けてきたのは蒼い髪、キールと同じ瞳の女性だ。
ピッチりした黒いドレスを身に纏い、惜し気もなく突き出された体つきは男性を魅了するには十分なもの。現に、ニチリの警備隊の人達は彼女と目を合わせられない位に視線を逸らしており、外部から来た人間を対処しないといけないのにその仕事が出来ていない状態だった。
「お前、麗奈の事を守るとか言いながら出来ていないなんて……。全く、そんな腑抜けに育てた気はないんだがねぇ」
「なっ、なんで……。ここに……母さんが」
「「お母さん!?」」
同時に言ったのは咲とアウラ。
ゆきはセルティルの名前を小さく言い、呼ばれた側は軽く挨拶をした。そこに続けで入って来たのはユリウスだ。
セルティルとイディールが居る事にも驚いたが、イーナスとドーネル、ギルティスが来ていた事も内心では驚いていたが表情に出すのは留まった。
「……キール。怪我、は……もう」
「平気な訳ないでしょ。無理をして慌てて来たんだ……主ちゃんの魔力が、急に感じられなくなったから」
遅かった、と悔しそうに言いユリウスは「生きているなら、いい……」とそれ以上の事は言わないでおいた。
「………」
グルリと居るメンバーを見る。
ハルヒと誠一、アルベルト以外のメンバーが居るのを確認しアウラにベルスナント王も含めて話せる場所がないかと聞いて来た。
用意された場所は謁見の間。
連絡なく来たセルティルの事を説明し、リッケルは良い顔をしなかったがベルスナントからは平気だと言われてしまえば従うしかない。
渋々と言うのが誰の目から見ても明らかだったが、それについて深く聞く事はなく全員がユリウスへと集中していた。
「……まず、ハルヒと誠一さん、ドワーフのアルベルトさんは既にニチリを出て行っています」
「「えっ……」」
重なった声はゆきとアウラのもの。
麗奈の力が感じられなくなった後、ユリウスがその現場へと来た時に彼等も来ていた事。そして、その場所に彼女がしていた首飾りと自分とお揃いのリングが落ちていたのが何よりの証拠だと言って皆に見せてきた。
ゆきは麗奈からユリウスと同じリングを渡したのを聞いている。
そして、咲とアウラもついこの間、恋話として聞いたばかりだった為に驚きを隠せないでいた。
「何故、3人は出て行ったんだ」
ゆきを気遣いながらヤクルはユリウスに質問をした。
「ハルヒは麗奈の力を封じた魔族を殺すと言って出て行った。誠一さんとアルベルトさんは……多分、俺が言った事を阻止する為に別行動をしたんだと、思う」
その内容とはなんだ、と周りからの視線に晒されるもまずはとユリウスは話始めた。
自分も麗奈の所に行こうとした時に、この世界の創造主である者と邂逅したと言う話を語り始めた。
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「はあっ、はあっ、はあっ……く、そっ……」
双剣を持つ手が震える。
それは自分の攻撃が通じない相手だからなのか、先に見せてきた水晶での事が頭にちらつくからなのか分からない。しかし、攻撃をしようと魔力を込めても相手に通じないと分かっていても……彼は足を止める訳にはいかなかった。
このまま何もしなければ、麗奈をみすみす奪われる。
それが分かっているなら阻止する。例え、自分の兄である者が相手だったとしても、だ。
「無駄だよ。君をここに呼んだ時点で、何もかも通じない。あ、ブルーム。君も攻撃するならして良いよ? ただし――」
その時、君は消すんだけどね。と明るく言われた事実にユリウスと契約をしたブルームは動けなくなる。チラリと自分の横に居る人物を見て、動きたくても出来ないのだと言いたくなった。
死神のサスティスが黙ったまま、この光景を見ていたからだ。
自分の行動を制限させる為にいるのか、または別の目的でいるかは分からないが何も言わず、何も行動を示さない彼にブルームは恐怖を感じた。
「ど、け……そこをどけ!!!!!!」
もう一度、双剣に魔力を込める。
刃に黒い魔力が纏わりつき、黒い剣となって創造主と名乗ったディーオへと振り下ろされる。空間へと逃げる魔族に当てた攻撃。
空間を介するものでも、関係なく斬り裂く黒い刃。だが、斬った衝撃も魔力をぶつけた感覚も彼の前では全てが無意味だった。
振り降ろしたその瞬間に。なかったように、元の鋼の刃に戻される。
そして、決まって見えない壁に阻まれ弾き返されて体が吹き飛ぶ。ゴロゴロと転がる体は既に何十回と行われている。
痛みも、弾き返された衝撃もあるのに、疲れも感じるのにユリウスは続ける。続けなければ、大事な者が奪われると言う嫌な予感を沸々と思い知らされる。
(麗奈……麗奈、麗奈……!!!!!!)
焦る気持ちが彼の攻撃を続けさせる。
水晶には未だに麗奈が結界に囚われ、意識を保てなくなっているという最悪な場面を見せつけられている。
そして、ランセに攻撃をしている人物。彼の所為で、ユリウスはさらに混乱させた。
「諦めて現実を受け止めろ、ユリウス・アクルス。ずっと言ってるよね? 君は間に合わないし、彼女を助ける事も出来ないのだと」
「………さい、うるさい!!!!! いきなりなんだんだ。いきなり出て来て、奪われる? 兄様が魔王で、麗奈が……麗奈が……」
目の前がぼやけてくる。
涙なのか、汗なのか……もしくはその両方か。ずるりと自分の手から双剣が落ち、膝を折る。
突き付けられた事実、信じられないと言う気持ちを嫌でも違うのだと拒否をされる。攻撃をするという選択が無意味になり、ユリウスは絶望へと叩き落とされたのだ。
「君のお兄さんである、ヘルス・アクルスは今やサスクールの仮初めとして体を乗っ取られている。そして、彼女は魔王の器だ」
器は何かを入れる為のもの。
サスクールは既に本体としての身体はなく、魂だけの存在だと言った。
何度も何度も、そう言われそれを拒否してきたユリウス。そんな彼にディーオは再度、同じ言葉を彼に突き付けた。
「サスクールの魂を器へと上書きする。それは誰でも良いという訳じゃないんだよ。……最初にこの世界に呼んだ朝霧 優菜。彼女にとっては祖先、だったかな。彼女が最初に器に選ばれ世界を崩壊へと導いたんだ」
だから、麗奈に定着させたら世界が崩壊へと向かう。
また世界が壊れると残酷に告げた。それを止めたのは、麗奈が契約をしている仮の名はウォームでありアシュプだ。
「彼は契約者である彼女を殺す為に、契約したんだよ? 器として選ばれたら即座に殺せるように、ね。それで滅ぼしかけたこの世界は危機を脱却した」
でも、今回はうまくいかなかった。
サスクールが準備をし、それを予想して彼女とアシュプとの契約を無理矢理に引き剥がし力を使えなくした。
「だから、代わりに君が殺るんだ」
「っ……」
それで崩壊は止められる。
ディーオが告げた内容は、ユリウスをどん底に突き落とすには十分すぎるもの。呆然と水晶に映る麗奈を見る。
そこには自分の兄が麗奈を抱えて連れ出す姿が映し出されていた。ぐったりとした様子の麗奈に、海へと放り投げだされるランセが見え、ピシリと何かが壊れる音をユリウスは聞いた。
それは自分の心なのか、世界が壊れる音なのか……。今のユリウスにはその判断がつかなくなった。




