第123話:広がる波紋
「セルティル!!」
乱暴に扉を開けたのは、キールの父親であるイディール。魔法協会は、イディールを理事とした組織運営をしていた。キールの母親は魔女と呼ばれる希有な存在。
その存在を知っているのは、同じ魔女と共存しているエルフのみ。しかし、彼女は獣人の奴隷となった時期があるからと理事は元から辞退していた。
言いつけを破り妹と共に奴隷になったのを、族長である父は許さないだろう。手本になるようにと育てられ、周りの目があるのなら尚更言える訳もない。
彼女は助けられた。
ラーグルング国の国王であり、ユリウスの父親に。だからその恩を忘れないように、国の為にと様々な事を学んできた。
その過程で知り合ったのは前理事長のお陰でもある。だから、まずはこちらの恩を返すのが先だと思い、嫌がる夫に理事の仕事をさせている。
「分かってる。……あの子を守れなかったんだろう。魔王サスクールの手に落ちたのは分かったんだ」
「そんな……!!」
「あのバカ……。何やってるんだ」
息子のキールを思う。
麗奈を主として慕い、守って来たのにみすみす取られるなんて……と母親でもあるセルティルは「出る」と既に出掛ける準備をしていた。
「ど、何処に……」
突拍子もなく行動するのは、息子だけとは限らない。
むしろの彼女の子供だからこそ、とも言える。長年連れ添っていたから、そう言うのは慣れてきた。
たがら、分かってはいるが一応は聞こうと、思った。
「決まってる。神霊の国であるニチリだ」
予想できた。
そう口にしたら、倍に文句は言われる事は分かる。だが、イディールは行き先の不安よりも違う所を心配していた。
(麗奈ちゃん……)
妻のセルティルは、乱暴な物言いが多く誤解を招きやすい。そんな彼女が、面白半分で関わったのが麗奈だ。
協会に来る用事は、宰相のイーナスからの言伝が多い。それでも、セルティルの態度に怯まずに関わった彼女は凄いの一言に尽きる。
だから。
イディールは、麗奈の無事を祈る。セルティルから引っぱたかれ、怒られようとも……。
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「……麗奈……」
ガクリ、とユリウスは膝を降り遠くを見つめた。
その隣ではアルベルトが同じようになっていた。
(何で……なんでなんだ……)
右手に握ったのは麗奈からプレゼントされたペアリング。ユリウスはそれを紐を通してネックレスのように使っていた。左手には同じ赤いリングだが、既にヒビが入りいつ壊れてもおかしくない状態で首飾りと共に落ちていた。
首飾りは家の家宝だと聞いていた。そして、リングと一緒に落ちていると言う事は痕跡を追わせない為のものだと、なんとなくだが分かった。
「この首飾り、黄龍達との居場所が分かるようになってるんだって。私、ちょくちょく出かけちゃうからこれで迷う事がないね!!!」
大事そうにしていたから、家宝である事以外に何か理由があるのかと思って聞いたらそんな答えが返って来た。精霊の契約にも介していた優れもの。しかも、朝霧家の初代とウォームが作ったとされる事からすっごく大事なものとして、麗奈は大事にしていた。
(最後……ランセさんに使った治癒を、このリングに集めてた)
麗奈が感謝の気持ちとして皆に渡した魔道具。
その中でユリウスに渡したのだけはディルバーレル国で、麗奈が自分で見付けた物だと言っていた。
「ここに来て色んな人に助けて貰ったからそのお礼。でも、ユリィとのは……その、お揃いが良いなって、思ってて」
今でも、思い出せる。
ユリウスとはお揃いが良かった、と。ペアである事に、麗奈は意味を見いだしていた。
初めて恋をして、少しの時間でも共にいられるのが良いからと。魔王に狙われてはいるが、皆となら大丈夫だと……そう、言っていた。
「ユリィが、私が良いって……。そう、言ってくれた、から……。ユリィの1番に、私はなりたいなって」
互いに好きだと、それを形で残したいと言っていた。
贈り物も、兄以外では初めてだった。
好きな人から貰えると言うのはこんなにも、嬉しいのだとユリウスは初めて思った。
前はそっと抱き寄せると、逃げ出す癖があったが徐々に慣れてきたのか、ピクリと体が反応するだけ。慣れるのにも時間が掛かるのだとユリウスは思い知らされた。
自分も、好きな人が出来るとは思ってもいなかったから。
だから、大事にしたくて……。でも、と思いとは裏腹に体が勝手に麗奈を求めてる。
抱き寄せる事も多くなったし、気付いたらくっついている時もある。ヤクル達には呆れられ、リーグも一緒になってくっつくから良しとした。
「……俺、ちゃんと説得する。誠一さんに……麗奈と付き合うの」
「え、認めてないの?」
「……嫌な表情、してる時がある」
「お父さん。ダメなら最初から止めてると、思う……」
結界で通さないのでは、と告げる麗奈にユリウスはやりかねないと納得してしまった。でも、そう言った行動はされていない。睨まれることが多くなった、と言うのは止めようとも思った。
「全部終わったら、麗奈にもう1度告白する」
「もう1度……?」
何で? と首を傾げながら聞く仕草が、可愛すぎると思いつつユリウスは「内緒」と意地悪く言った。
そう。
全部片付いたら、と思っていた。
強く握ったのはヒビ割れたリングの方。そこにそっと、別の手が制した。
「誠一、さん……」
「血が出ている。止めなさい……」
黙って手をほぐしている間、誠一の肩に乗って来たアルベルトが見守る。あ、とユリウスは「平気、だったんですか」と聞くと誠一が結界で守られていたから大丈夫だった、と告げる。
「麗奈は……私や武彦さんよりも、強い結界を作り出すからな。大型の怨霊相手でも、ビクともしない……。だが、相手が悪いんだろう。術式を組まれた気配がある」
「え」
「捕らえる為に準備をしてきたとみていい。この世界に陰陽術を扱えるのは、俺達だけた。魔力がこの世界の基盤なんだろ」
『やったのは土御門ユウト。彼がれいちゃんを捕らえたんだ』
そこに現れたのは破軍だ。
いつもの笑みは無く、冷めた目で事実を告げに来た。ユリウスと誠一の後ろから「何があったの」と、明らかに不機嫌な様子のハルヒが歩いてくる。
前のように、自分に殴って来るのかと身構えそうになった。しかし、ハルヒはそれに気にとめるような事も無く2人の元へと辿り着く。
「安心してよ。あの時は君の行動が気に入らなかったから、思い切り殴っただけ」
そう言って1枚の札を空中へと張る。
重量に逆らって、札は留まり段々と黒く染め上げられていく。完全に染まったと思った時に4つに札が破ける。
一定の間隔に破けた札の形。結界を作るイメージで用いられる正方形であるのを見た破軍は『やっぱり』と静かに言った。
『黒い札はね。強すぎる怨霊の霊力を削る効果を生むんだ。……元を改良して、扱いやすくしたのが主達が使っているしね』
「元を改良……っ、まさか」
ユリウスは先程の破軍の言葉を思い出す。
土御門ユウトがやった。彼ははっきりそう言った事に気付き、麗奈とランセが対峙したにも関わらず誰も気付けなかった事実。
『そう。陛下さんが想像した通りだよ。ユウトは黒い札の発案者であり、改良しなければいけない位に彼のは強力』
彼の作った札は、本来なら吸い取る力がある。
また吸い取った霊力がそのまま、中に閉じ込めた相手の力を跳ね返す仕様のもの。遮断の効果も付与させているから、彼女達の戦いに誰も気付けなかったんだと続ける。
『陰陽術には陰陽術で対応する。魔法とは相性が悪いから、突き破ったとしたら相当ダメージを負ってるよ』
「ダメージ……」
それがどれ位の傷なのか確かめる術がなく、ユリウスは苦し気に顔を歪める。その間にもハルヒは身支度を整えているのか「じゃ」とニチリを出て行くと言ってきた。
「えっ……な、何で」
「え、ユウトを倒すからに決まってるでしょ。れいちゃんの力は奴の力で封じられてるのがこれで分かった。だったら術者を討つのが普通だよ?」
違う? と首を傾げながら聞かれユリウスは「そう、だな」と答えるのが精一杯だった。
黒いズボンに水色のジャケット、その上に灰色のローブを着ておりひょこりと顔を覗かせてきた白い三角の頭。
「えっと……ポセイドン、だったか?」
《あぁ。よろしく頼む、お父様の契約者》
フヨフヨ、と空中を浮かびながら来るがどうにもグラグラとしているように見える。慌てて両手で包み込むようにして受け取れば《すまない》とペコリと謝られる。
《状況は把握している。彼女の、力が感じ取れないのが我々精霊にも通じている。ツヴァイが落ち込んでウンディーネが様子を見ている最中だ》
「あ……」
ディルバーレル国で麗奈とツヴァイは契約を結んでいたらしく、ユリウスが合流する前に既に終わっていた。彼女は麗奈の事を親友として接している。その悲しみは計り知れないと感じた。
「ツヴァイって……あぁ、あの時の小さな妖精さんか。まぁ、彼女は彼女でどうにかしてくれないと困るけど。それじゃあ、行くね。ボクが見つけ出して倒せば、それだけれいちゃんが逃げられる時間を与えられる筈だ」
れいちゃんが大人しく囚われていると思う? と言う風に見られ、想像をしたが確かに大人しく……は難しいかと首を捻った。隣で誠一が頷いでいるのを見たユリウスは「多分」と無難に答える。
「君もウジウジ悩んでないで決められる事は決めておきな」
「……待って、くれ」
パシッ、と思わずハルヒの腕を掴む。
止められた事に驚いていると、ユリウスから告げられた内容にその場に居た者達は驚愕の表情で聞いていた。
そして、ユリウスが起こそうとしている事も含めて彼等に伝えた。
「……君、本気なの?」
「あぁ」
「そう。じゃあ、本当にそうなったら――僕、君の事殺すね?」
そう言う事だよね? と睨まれる瞳にユリウスは負けじと頷く。そこに掴みかかるのは誠一だった。ユリウスの胸倉を掴みながらもその手は震えている。
「っ、どうしても……それでないといけないのか」
「……創造主が直々に伝えてきたんです。まず、間違いないかと……」
「何故だ!!! 何故、君がそんな事をしないと――」
「守れませんでしたから」
麗奈の事を守ると言って守れなかった罰だと言い、ここまで巻き込んだ事への謝罪もされた。ギリッと奥歯を噛み、震える手でユリウスを殴ろうとしたが……彼はそれが出来なかった。
「……僕はそうならないように動く。君の言ったバカな内容は聞かなかった事にしておく」
そう言うと、ポセイドンを使ってハルヒは姿を消した。海を越えてラーグルング国の近くに向かったのだとブルームから言われてどうにか返事をする。
「……すみません。この事は、皆に言ってきます。でも、絶対に……絶対に麗奈だけは助けますから」
「君は、君はそれで良いのか」
「……良くはないです。でも……それが俺の罰なら、受けます」
失礼します、とユリウスは誠一に別れを告げた。
得られた情報をゆき達と共有する為に、ニチリに戻る中で誠一はずっと苦し気に歩くユリウスを見送った。
「クポ、クポポ」
「アルベルト……」
そこにアルベルトがジャンプをしながら意見を言う。
彼もまたユリウスの行動に対して良しとは考えていない。止められるなら止めたいし、絶対にやってはダメだと言う意味で彼は誠一にある事を告げる。
味方になれる者を探すのを手伝って欲しい、と。
心強く頼りになれるからと話したのだ。彼が誠一に告げたのは、戦士ドワーフの存在。
「君は……その戦士の、息子?」
「クポポポ!!!」
ポン、と胸を叩き任せて欲しいとジャンプをしながら答えるアルベルト。小さな彼はこんなにも必死で止めようとしているのだ。
自分にもまだ何か出来る事があるのでは……。
そう思った誠一はアルベルトと共に、戦士ドワーフを探す準備を始めた。




