第122話:引き裂くもの
「あれー。何処か出かけるの?」
のんびりとした声が掛かる。声を掛けられた方は「そうだ」と簡潔に言っている。しかし、その態度は何だか楽しそうだなと思いつつ何処に行くのかと聞いた。
「あぁ。色々と考えたんだけど……仕掛けるのも仕向けるのも難しいなと思って」
「はい?」
「面倒だから直接行く」
「え、はい? え、待ってよ。それ、行く。と言うか絶対に行きたい!!!」
「お留守番」
「ひどっ!!!」
そんな楽しい事自分だけズルい、と言った感じに地団駄を踏む。それを呆れたように振り返り「我慢しろ」と言われるが嫌だと答える。
「来たら絶対にダメだし。ちゃんと待っててくれたら、最初に会わすから」
「……むーー」
「血を多少飲んでも良いから。死なせるなよ?」
赤い目がギロリと睨む。
そんな視線を受けても言われた側は「まぁ、それなら……」と妙にゴニョゴニョと何かを言っている。
「え、でも1人で?」
「平気だ。2人程連れて行くし、既に声は掛けてきた」
「えーーーー。やっぱりズルいじゃんか」
でも、良いかと言った。
約束を守ってくれるのならば、と。そうと決まればと行動を起こすのは早かった。失敗するとは思っていないからか、彼はそのまま城の奥へと進み消えていく。
「さて……」
城を出て空を見上げる。
丁度、夜になるかならないかの時間。守りが強固になる前に行くのなら今かと思い口角が上がる。
上手く行けば、鉢合わせる。
そうなれば……その時は加減を無くせるかも知れないと、クスリと思わず笑みを浮かべた。
「すぐに行く。……準備は整えた。待っていろ」
行く先を定めていると、気配を2つ感じ振り返る。
声を掛けてきた者が来た事で笑みを浮かべ「じゃあ行くよ」と行って、一気に空を駆け抜ける。
目的の地はニチリ。
彼が求める目的のものはそこに居るのだから……。
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《じゃあね。2度と関わるな》
《ひでーーー》
出て行けとシルフを蹴り飛ばすノーム。
ウンディーネとフェンリルは麗奈に《またね》と話しかける。互いの心境報告もなく、殆どシルフとノームのじゃれ合いにしか見えない時間を過ごした。
麗奈はふと自分の手の平にスヤスヤと眠るアルベルトを見る。
ちょん、ちょん。
手でつつくと、彼はくすぐったそうに嫌々と手で跳ねのけコロンと寝返りを打つ。それを繰り返していると見ていたウンディーネがクスクスと笑っていた。
「ご、めんなさい……」
《ふふっ。別に良いわよ……でも、そうね。ノームが出てくるのも分かるわ。貴方、本当に精霊に好かれているもの》
「……そんなに?」
思わずフェンリルに視線を向けると彼はコクコクと反応を示してくれた。
《前に風呂場で話した通りだ。麗奈、君は今までの人間達よりも確実に精霊との仲を深めるのが早い》
《ちょっと待って、風呂場ってどういう事?》
《あっ……》
マズい、とフェンリルは視線をさっと逸らした。
麗奈も慌ててウンディーネに説明をしようとして、何故だかフェンリルはそのまま彼女に連れて行かれる。
《どういうつもり? 女性の裸を見た訳!?》
《なんだ、フェンリルがとうとう変態になったのか》
《貴様と同じにするな!!!》
《フェンリル?》
うぐぐ、とフェンリルはシュンと大きな体を縮こませる。
それにシフルは大爆笑し、ノームは憐れむ様な目で見ていた。その後、麗奈が慌ててウンディーネに説明しに向かう。
その後、何故だか麗奈も一緒に怒られる羽目になりフェンリルと共にシュンとなった。
《もうっ、女の子は簡単に男の肌を見せたらダメなの》
「フェンリルさんは、男じゃなくて狼なのに」
《何か言った?》
「いえ……何でもないです」
ボソッ、と言った麗奈の言葉にウンディーネは軽く睨む。その光景をシルフはいつまでもケラケラとお腹を抱え《親父殿の契約者は面白いな!!!》と過呼吸になりそうな程に笑い続けた。
《ヒィ、ヒィ……もう、勘弁してくれ。こんな面白い奴は初めてだ》
「あんまり嬉しくないです」
《ノーム。貴方、この子の事を変な目で見たら速攻で叩きに行くわよ》
《まだ何もしてないのに酷いな》
まだ? と睨まれ慌てて《何でもない》と白旗を振っている。
そうしている内、ノームが《良いから帰れ》とシルフ達を追い出していく。
《じゃ、戻るよ》
パチン、とノームが指を鳴らす。
風景が一気に変わり、ニチリの灯台付近へと戻っていた。思わずキョロキョロと辺りを見渡し、領域から出たのを確認して今度こそ落ち着いたように静かに息を吐いた。
《色々と悪かった。でも、私の言いたいことは伝えた。悪いが、このままアルベルトの事をよろしく頼む》
「会わないんですか?」
《言ったろ? 彼は私と言う存在を認めていない。ドワーフに味方をしておいて、人間との共存を示す事をしなかったんだ……。でも、そうだね》
ちゃんと向きあうよ、と麗奈に微笑みかける。
その笑みで麗奈も笑う。仲良く出来るように協力しますよ、と言えばありがとうとお礼を言われる。
その時、ノームははっとなり麗奈を突き飛ばす。
瞬間、麗奈が居た場所を目掛けて雷が落とされる。咄嗟に結界を張った麗奈は衝撃を受けながらも直撃は免れる。
「っ、うぐ……な、にが……」
雷が近くに落ちた事での影響か、耳が酷く聞こえにくい。
パラパラと土煙が周囲を包む中で、見えてきた光景に麗奈は固まった。
「ノームさん!!!」
思わず走った。
何故ならノームは黒い刃に貫かれていたのだ。ノームを攻撃したと思われる人物は黒い髪を有し、チラリと麗奈の方へと視線を向けた。
(えっ……)
足が、ピタリと止まる。
向けられた目に、その瞳の色は見覚えがあるからだ。黒い髪に赤い瞳、自分と雰囲気が似た風貌、その姿は……幼い自分に、何かを残した人物と酷く被る。
「う、くぅ……」
ズキン、ズキン、と頭が割れるような痛みを覚える。
頭を抱え膝を折り何かを必死で思い出そうとしている。だけど、同時に思い出してはダメだと言う不明な力に押しつぶされそうな感じ。
酷く、眩暈を覚えた。グラグラなり、熱を帯びた様に頭が熱くなる。
(な、に……。私、知ってるの?)
見覚えがない筈、だと思うのに何故だか拒否をする。
ノームを襲っている人物に見覚えはない筈なのに、と必死で押し込め札を掲げる。
「今、すぐ……ノームさんから離れなさい!!!!!」
投げ付けて霊力を込めた。閉じ込めるよりも動きを封じようとした。札から鎖が飛びだし、体に巻き付いたまま楔が打たれる。
「良いよ。遊んであげる」
相手はそう言うが、同時に頭上からランセが襲い掛かる。
黒い力の波動が周囲に衝撃波となってぶつかりあった。
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ユリウスは空を見上げた。同時に、とてつもなく嫌な予感を覚えた。
こんな不安にさせられるのは、身に覚えがなかった。だけど、だからこそ……凄く嫌な予感に駆られた。
「ブルーム!!!!!」
自分が契約した大精霊の名を呼ぶ。
ヤクルが慌てて名前を呼ぶが、それを気にする暇もなく彼はブルームの背に乗り空高く飛び上がる。
目的の地は一瞬だけ感じた力。ランセの魔力と何者かの魔力。
《小僧、急ぐぞ》
「当たり前だ!!!」
ブルームはバサリと大きな翼を広げる。
すぐに向かった先、夜になるかならないかの空を見上げていたら風景がガラリと変わった。
「!?」
夜になるにはまだ早い。なのに、自分とブルームは暗闇の中にいた。すぐに剣を構えていると「遅いよ」と声を掛けられる。
《っ、貴方は……》
「悪いね。随分と遅いから勝手に呼んじゃったよ」
ブルームが酷く怯えたように相手を見る。
そんな反応を今まで知らなかったユリウスは、相手の特徴を見ようとする。 白髪の長髪、黒と虹色の瞳。酷く綺麗なその色は何故だかユリウスには恐ろしいとさえ感じた。
「初めまして、ユリウス・アクリス。そしてもう1つ告げるね。君は絶対に間に合わない」
今、彼女の所に行こうとしているんでしょ?
そう言って浮かばせた水晶に映るのは麗奈の姿だ。でも、彼女以外に居た人物に大きく目を見開く。
「な、んで………何が、どうなって」
信じられないような光景を見せられ、ユリウスは剣を落とす。カラン、と落ちた音にすら気付く様子もなく彼は見せられた光景に目が離せないでいた。
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「が、はっ………」
ズリュ、と引き抜かれた腕。ランセの胸元へと貫かれた腕が深く刺さり、抜かれた事で多くの血が流れていく。片膝をつきながも、ランセは目の前の人物に対して信じられないような目で見ていた。
「ランセさん!!!」
ノームは投げ飛ばされた時に、姿を消してしまった。恐らくは回復しに領域を展開したのだと分かる。しかし、ランセは違う。早く治療しないといけないと思い駆け寄る。
バチッ、と麗奈が駆けだそうとした地点を四方に置かれるように4枚の黒い札が貼られた。
「きゃあああっ!!!!!」
雷が麗奈を襲い、そのまま結界に閉じ込められる。霊力を吸い取られるような感覚と同時に、体力を奪う2重の仕組み。思わず隣に来ていた人物を睨み付けた。
「ユ……ウト……」
そこに居たのはディルバーレル国で逃がした魔族のユウトの姿があった。彼の周りは既に黒い札が何枚か浮かんでおり「前のような反撃は喰らいたくないからな」と事前に準備してきた様子。
悔しそうに顔を歪め、その準備がどういったものか大体の想像がついた。
怨霊を退治する時に、自分達は一般の人達に被害が及ばないように結界を張る。範囲の広さは仕掛けた者の力量で決まる。
(破軍さんの事を知っている時点で、相当の使い手。黄龍もユウトの事は嫌っていた)
『ユウト!!!』
そこにユウト目掛けて突進してきたのは黄龍だ。
ただいつもなら具現化を果たしている筈の黄龍が、今は既に半透明の状態であり刀での攻撃自体も上手く通らない。
霊力の不足だと原因が分かっても、注ぐ為の霊力は黒い札の力により完全に遮断されている。
「遅かったな。そこで主が奪われるのを黙って見ていろ」
『っ、この!!!』
体力と霊力を徐々に奪われていく麗奈は、既に立てるだけの力も残されていない。力を入れようとすれば、その分に奪われるスピードも早くなる。
(考えさせない、ようにしている……)
それなら、とせめて麗奈は魔力を使う。
傷付いているランセに使おうとして、バチッと、力を引き出すのを拒否された。それと同時に、麗奈の手首には小さな黒い鎖が巻かれる。
それに負けじと続ければ当然、反発も強くなる。黄龍からは止めるようにと叫ばれるが彼女は止めなかった。
(ごめん……ユリィ)
浮かぶのはユリウスの事。
共に戦えなくてごめん、と謝り遠くで落雷が落ちるのが見えた。それが結界ごと破壊し、自分に向かって来る青龍だと理解した。
(ごめんね。青龍……ダメな主でごめん……)
『麗奈!!!』
青龍が自分の名前を叫ぶ。
名前を覚えてくれていた事に、彼女は今更ながらに嬉しく思った。あとは無我夢中で、今ある魔力を込めた。
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「嘘……」
ガシャン、とゆきは持っていた食器を落とした。パリンと音を立てればヤクルが慌てて、彼女の元へと駆け寄る。
しかし、同時に彼にも分かってしまった。今まで感じていたものが、突然感じ取れなくなった。
存在が消えたかのような、喪失感。
「やだ、やだ……麗奈、ちゃん……」
倒れるゆきをヤクルは抱き止める。
その手は震えていた。体もなにもかも。
麗奈の魔力も、霊力も感知出来なくなった。それが何を意味しているのかを、関わった者達は理解した。
信じたくない気持ちに蓋は出来ないように、残酷に知らされてしまったのだった。




