第121話:邪魔
「……驚いた。君が私の事を邪魔して来るなんて」
驚いた声を上げたのは創造主のディーオ。
いつものように水晶で様々な変化を見ていた。そうしたら、珍しい事が映し出された。
大精霊、ノーム。
彼はドワーフの味方をし、彼等と同様に人間に対して良い感情を持っていない。そんな彼が行動をなんとなしに見ていたら、人間嫌いだった筈の彼は麗奈の前に姿を現したのだ。
無論、アルベルトは気付かれないように。寝ているときに現れる、と言う徹底ぶり。
「へえ、あの人間嫌いが……凄いな、彼女は」
暫くはそのまま静観をしていた。
珍しいものを見る、また見られるのは彼にとっては嬉しい事。変化を生み出すのはいつだって、価値観が違う異世界人であり、彼等に関わったこの世界の人々だ。
《魔王、サスクールは──》
何を思ったのか、彼は麗奈に対して情報を提供しようとした。気を許さなかったノームに、どんな変化が起きたのかと思う。が、ディーオはそれを良しとしない。
「おしゃべりだよ、ノーム」
大人げないと思いつつ、彼に苦痛を与える。
精霊は魔法での攻撃は通るが、物理的なものは通らない。だが、ディーオは物理的に邪魔が出来る。
それが創造主として、アシュプやブルームを生み出した彼だけの特権。
水晶から映し出されるものをただ見ているだけではない。
変化を嬉しいと思う反面、行き過ぎた事にはそれとなく止める。今、ノームがしようとしたのはディーオにとっては、都合がかなり悪い。
『俺もアンタのシナリオでは消える運命、だったか?』
「何でそう思うのかな?」
振り向けばそこには、青龍がこちらを睨み付けながら言っていた。水晶にもう一度、視線を落とせば麗奈の頭を撫でている青龍がいる。
分身、か……。とディーオは納得した。
「ここと向こうの君、性格違わない?」
『主を一番に考えての行動だ。何ら変わりはしない』
「そう………何よりも優先されるのは彼女のみ、か」
その返答に何も返さないが、それが何よりも正解であるのは分かっている。流石に異世界の神の力を跳ね返せる力は、ディーオにはない。
彼はあくまで、自分が作った世界には強いというだけだ。
だから、青龍がこの世界に居ること自体がイレギュラーな事。しかし、既にこの世界に馴染んでしまっているのであれば、ディーオ自身拒否も出来ない。幸い、彼が力を貸したりするのは特定の人物にだけであり、多方面に広げようなどとは思っていない様子。
(まぁ、それなら良いか……)
ノームを襲ったのは事実。
彼は長生きだからこそ、今までの流れを見てきた希少な存在。彼の消滅で被害を被るのは同じ力を持った精霊達だけだ。
代わりを作るのに時間は掛からない。ディーオがその意気になれば、ノームと全く同じ姿の真っ新な状態のままの彼が出来上がる。
今まで培ってきた経験だけなない、真っ白なまま。
自分の思うままの人形にしようとすれば出来るが、そこは良くないと言うのも彼は知っている。
彼は……傍観者であって、支配者としている訳では無いのだ。
あくまで、この世界に住んでいる者達にはその者達で解決をして欲しいという気持ちはある。
『……答えられるかはそちらに任せる。俺が止めたのはあくまで、アンタの力を跳ね返しただけだ。異世界の神の力を跳ね返せる程、力を及ぼす訳にはいかないのだろう?』
「まぁね。あくまで自分の持っている世界に対しては強いというだけだよ」
『俺の力も魔法の力も似たようなものだ。思いや願いで左右されるんだからな。とは言え傍観者としてはあれはやり過ぎだ』
それに――。と青龍はギロリとディーオを睨みつける。
『主を使って何を起こそうとしている。死神と会わせたり助けたりして、何を目的に動いているんだ』
「………。」
主を第一に考えるからなのか、死神を使って彼女を庇ったのはやり過ぎたか……と反省する。そして青龍の言う死神とはザジを指しているのも彼は分かっている。
ザジと麗奈は、向こうの世界での繋がりだなとはっきりと言われた。思わずそこまで見破られているとは思わずに、口元がニヤリとなる。
「へぇ。そこまで分かるの?」
『分かると言うより、ザジの変化が明らかだ。初めは敵意を剥き出しだったのに、急に協力的になる。それは決まって主が関わっている時だけだ』
「あぁ……やっぱりね。彼、分かりやすいでしょ?」
『この世界で繋がったと言うよりも、元の世界での絆が関係しているとみるのが普通だ。そして、主はそれに関して微妙な反応をしているのは……ユリウスの兄が関係しているんだろ』
ふっ、と思わず笑った。
麗奈達の記憶が一部曖昧なのも、母親の時の事での微妙なズレも全て引き起こしているのはユリウスの兄であるヘルス・アクルス。
麗奈の母親がこの世界に来て、共に魔族を討った同志。
魔王の封印を代償に彼女は術により死亡し、ヘルスはそのまま彼女を元の世界へと大賢者を使って渡った。
その詳細は誰も知らない。
大賢者であるキールも送り出しはしたが、その後の消息が掴めずにいた。彼を探しながら、魔王のランセと過ごすようになりラーグルング国に戻るまで8年の時間を有した。
「君がそう思うのなら……そうなんじゃないかな」
『…………』
溜め息を吐く青龍は聞いた相手が間違いかと、言いすぐに出て行く。そんな彼にディーオはこれからの事を告げる。
「ここまで来た褒美として君に教えたあげるよ。麗奈ちゃんはね――」
せめて土産にとディーオはある事を告げる。
その内容に青龍は表情をサッと変えた。パチッ、と電流が流れる音がする。同時に、ディーオに向けて龍の腕が振り下ろされた。
その衝撃で周囲にあった水晶は砕け散るが、青龍はそれを気にする様子はない。対して攻撃されたディーオにもそんな素振りは見られなかった。
『どういうつもりだ、お前は!!!!』
======
青龍からの攻撃を晒されている時と同じ頃。
死神のサスティスはある場所へと辿り着いていた。
「………ここが、その場所だと良いんだけど」
不安な気持ちはあるが、ディーオを出し抜くのには必要な事だと思い魂達から聞いた事を頼りに来た場所。
「あら。こんな場所に誰か来るのかと思ったら………アンタ、死神じゃない」
「初めまして。冥界の王、エレキ様」
周りが暗く自分が前に進んでいるのか分からない程の広すぎる空間。
そんな中、いきなり目を瞑りたくなる程の光が現れた。その光が段々と人の形へと形成されていき、金髪に紅いワンピース型のドレスを身に纏ったものが現れる。
銀の粒子を周囲に散らばらせ、髪が揺れる度に同じように粒子も動く。
整えられた女性の顔。サスティスが知る中で、目の前に現れた彼女程美しくて妖艶溢れる者は見た事がない。
それ程、周囲の雰囲気が一気に引き締まるような引き込まれるような美貌を彼女は持っていた。
冥界を管理する、女神たる神――エレキ。
創造主であるディーオとは同期の様な存在であり、いつも冷めた様子の彼の事は気に喰わない様子。
「驚いた。久々に妹以外に誰か来るんだろうって思ってたけど、ディーオの手足の死神が来るなんてね……」
クスッと笑うエレキ。
それに圧倒されるのは、ディーオと同じ神だからなのか惑わす雰囲気を纏っているからなのかサスティスには分からない。
なるべく穏便に済ませたい彼は、怒らせないようにと一礼をする。
「ここで話すのも雰囲気が無いわね。良いわ、ちょっと待ってて」
パチン、と指を鳴らす。
その音で暗い場所から一気に明るい場所へと移された。
自分が立っているのは花畑だ。
色とりどりの花達が植えられ、自分と彼女が立つ場所をグルリと囲われている。その中には自分の世界の花も見た事があるものや、見た事のない花などもあり思わず珍しいとしゃがみ込む。
彼が見たのは花全体が発光している不思議な虹の花。
7つの花びらに茎も虹色に発光している。ラーグルング国にあった虹の薔薇と同種のものかと思う。
「ディーオは気に喰わないけど、虹の花には前々から素敵だと思ってね。複製品だけどなかなかいけるでしょ?」
「そう、ですね……」
機嫌を損ねたらマズいと思いながらも、正直な感想を述べた。するとエレキは自己紹介を始めた。その流れでサスティスも慌てて名前を述べた。互いの事も名乗りひと段落した所で彼女は「どうしたの?」と優しく聞いて来た。
「恐らく見て来ていると思いますが……」
「そうね。貴方がやっている行動は、見させてもらったの。魂達から聞いていたから」
随分と熱心に魂を集める不思議な奴がいる、と。
そこに興味を持ったと言うエレキ。そして彼女は言った。
「それで? 何か取引をしに来たんじゃないの?」
こんな所には来ないでしょ? と、含みのある言い方をしてくる相手。サスティスは流石だと思い……本題に入った。
「ふ、ふふっ。あはははははははっ!!!」
サスティスの言う内容にエレキは聞いた途端、大笑いを始めた。
お腹を抱えて笑い、相当苦しそうにしている。笑ったのは久々のようなそんな感じに圧倒されてしまい、キョトンと見つめてしまった。
「ふっ、うふふふ。良いわ!!! 良いわよそれ。良いじゃない。アイツを出し抜くなんて!!! そんな考えをしたの初めてよ」
面白い、と金の眼がサスティスを射貫く。
ガラリと雰囲気を変えられ、思わず身構えた。それ位、圧倒的な存在が自分の目の前に居ると言う事に今更ながら驚きを隠せなかった。
「協力してあげる。光栄に思いなさい、冥界の私が力を貸すんだから感謝しなさいよね!!!」
「お手柔らかに、お願いします……」
思わず引き攣ってしまったのはエレキに圧倒されたからだ。
そう思いながらも何とか計画通りに行けると心の中で安心する。これは自分の為ではない。奴の思い通りにはさせないと言うサスティスなりの抵抗だ。
ザジが麗奈の為にと動くように。
サスティスもまた彼女に為にと動くのだ。
麗奈を使ってディーオは何かをしようと、もしくはさせようとしているのが分かるから。
(絶対に、思い通りにはさせない……!!!)
死んだ自分に改めて見直され、ザジに感化されるように動くサスティス。
様々な影響を与えまたはそれによって変えられる。
そんな自分を変えられたのは間違いなく、彼女のお陰だと思う。だからこそ、死んだ自分でも何かを変えないといけないと思ったのだ。
自分を殺したサスクールと向き合う為に、と覚悟を決めたサスティス。彼は何食わぬ顔でザジの元へと向かう。
彼もきっと自分の想いには賛同してくれるだろうと思い、密かに笑みを浮かべたのだった。




