第120話:気まぐれ
「おかしい……何で、何でここで途切れている」
悔しそうに言葉を紡ぐのは魔王ランセ。
彼が来ている場所はキールが戦闘を行ったとされる場所。海が広がるだけで、変わった風景はないがランセはそれよりもおかしな点があるとずっと調べていた。
ここに、魔王サスクールの魔力が残留しているのだ。
ユリウスが1度体を乗っ取られた時には微弱であったが、ここのは明らかに違っていた。
密度が違う。
(ユリウスの時に感じたものは本当に少なかった。でも、ここにあるのははっきりと読み取れる位に奴の気配がある)
ここに居たという存在感。だと言うのに、既にその痕跡はここに居たという事実だけで忽然と消えた。
キールの魔力もギリギリの範囲ではあるが感知できる。
「どういう事だ、アシュプ!!!」
怒りの声が大気を震わし海を荒々しくさせる。ランセの瞳は既に紫ではなく青と赤い瞳に変化している。睨み付けたのは麗奈が契約を交わしている大精霊アシュプ。
彼はランセの前に現れたが、何をするでもなくその怒りを受け止めている。まるで言葉に発さずとも何を言いたいのかを分かるように……。
「確かにキールは自分勝手に動く大人だが、麗奈さんに誓いを立ててからはそれも少なくなった。行動全てが彼女の為だけに起こしているからだ。だから前の様な勝手に消えて居なくなるなんてことはない。……何を隠している」
思わず随分な言われようだなと思いつつ、ランセの質問にどう答えるべきかと悩む。ここで話せばランセにも知られるだろう。キールが隙を見せた本当の理由。
言えばスッキリできるが、それはランセだけに関わらず全てを巻き込む事になる。それに、まだ言うのは早い……とアシュプ自身がそう感じ取った。
《何も……大賢者は無事だとだけ言っておく》
「っ、怪我を負われたのか!?」
《あまり言うなよ。………お前さんを信用しているからこそ、だ》
そう言って彼はそのまま姿を消す。また何食わぬ顔で麗奈の所へと行っているのだと感じ、ランセは悔しくてどうしようもなくなった。
「結局……私は………」
何を守って来た。何を必死になっていた……。
ぐちゃぐちゃになりそうな位に、ランセの頭は混乱を招いていた。サスクールの居場所は未だに掴めずにいるのに、向こうはこちらの動きが分かったように翻弄してくる。
先行することを許さずにいる。
誰かに操られているような錯覚さえ覚える中、それでも……と手を強く握りしめる。
「絶対に、絶対に………お前だけは許さない、サスクール……!!!」
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「クポポポ?」
「アルベルトさん、どうしました?」
首を傾げた麗奈はふと、空を見上げるアルベルトに聞いてみる。昨日、ユリウスに無理矢理に寝かされて傍に居て、という誠一が聞いたらまた怒鳴られそうな事をしていた。
幸いだったのは、彼はあの日以来ディルスナント王と飲むようになったという点だ。
「お、誠一。良ければ今夜も」
「えぇ、付き合いますよ。飲み過ぎは注意なので適量でお願いします」
「……む」
「お・ね・が・い・し・ま・す!!!」
「わ、分かった。分かったから………」
宰相のリッケルはおそか、娘のアウラも周りの部下達も驚きのあまりキョトンとしてしまった。それ位に王が誰かと飲むと言う姿を見た事はない。そしてそれを実行させた誠一と言う人物は……と嫌でも注目を浴びるのだ。
無論、娘の麗奈の方にもそれは向いた。
朝起きたら周りから必ず一礼されると言う形で、ユリウス達と合流し彼等も不思議に思っていたのだ。アルベルトはそれをこそっと見ており、酔った時に自分も加わると言う事をしていたのだ。
既にクラーケンの件から1週間経つが、警備の補充やいきなり魔法を扱えるようになったりと戸惑う事が多くユリウス達は色々と忙しくしていた。
「クポポ♪」
しかし、麗奈は人に教えられる程上手くないのも自覚している為にアルベルトと約束したお出掛けを実行していた。
気付けばアルベルトはかなりの上機嫌。
鼻歌をしながら躍るし、麗奈と話す時にもいつも以上に嬉しそうにしているのだ。
《君のお父さんが凄い事したんだよ》
「えっ………」
ふわりと自分にしか聞こえない声。まるで麗奈が疑問に思っていた事を言い当てられたような、そんな感じの声。
気配は感じ取れる。すぐ、真後ろにいると分かる。
(ダリューセクの時の、精霊……?)
1度だけ、アルベルトの背後に現れたがフェンリルが口止めにあったのとアシュプ自体《あとで分かるよ》と言われてしまい、結局の所何も分からないまま姿を消した、大精霊。
「フポォ……」
「え、アルベルトさん!?」
コテン、とアルベルトは糸が切れたように倒れ慌て様子を見る。自身の手のひらに彼を乗せれば、聞こえてくるのは規則正しい寝息だ。
「ね、寝た……?」
《夜中にお酒飲むし、今までと比べたらのんびり出来たのかもね》
「わあっ……!!!」
ギクリと体を強張らせながらも、答えが返ってくるとは思わずに驚いた。思いの外、大きな声だったと気付き慌てて口を塞いで周りを見る。
《フフッ。平気だよ、ここは君しかいないからさ》
慌てん坊だね、と楽しげに言われてしまい反応に困る麗奈。休憩を目的にと、灯台から見える海を見ていた。
元々、人は居ないので神経質にならなくても良い。
例えここに人が居たとしても、今は、貴方と話がしたいからと領域を展開する気でいた。
そう説明され、キョトンと言われた事を理解するのに時間を有した。
「え、えっと……声、出しても不審がられないと言う事ですか?」
《そう受け取って貰って良いよ。あぁ、そうだ。自己紹介していなかったね》
ごめん、ごめん、と軽く謝りながら姿が見えなかった精霊が鮮明に見えて来る。茶色のローブに黒いトンガリ帽子。ショートカットの茶色の髪に、翡翠色の瞳を持った美しすぎる人物が現れた。
《こうしてはっきり見える時では初めてだね。私は四大精霊が1人、地属性のノーム。よろしく~》
手を振り笑顔が似合う好青年、と言うのが麗奈の印象だ。
見た目は自分達と変わらない。
フェンリルのように狼でもなく、ウンディーネのように水の身体を持ったものでもない。
あまりにも変わらないから、本当に精霊なのかと疑ってしまう程……ノームの見た目は人間そのものだった。
耳がエルフのように尖ってる。金色のピアスと木で出来たピアスの2つを、両方の耳に付けており魔力を感じ取れる。
(……あっ)
フワリと風が吹く。海風ではない、森林の中に居るような吹き抜ける風。息を飲んでいる内に自分の居た場所がどんどん変わっていく。
いつの間にか、木で作られた椅子に座っていた。
「あ、の……」
《お父様も近くに居ないからちょうど良かった。ゆっくり話しをしたかったんだ。彼が起きている時には難しくてね》
彼、と言うのが誰を指しているのか麗奈には分かった。今もスヤスヤと規則正しい寝息が聞こえるアルベルトだ。今も「ポ~………フポ」と寝言を言っている。
ダリューセクでの時も、アルベルトが起きてる時に彼はうっすらではあるが姿を現していた。それが麗奈にだけ見えていたのは、アシュプのお陰だと言う。
《私は姿を消したりするのは得意なんだけどねぇ。やっぱりお父様の前では無意味だったよ。凄いよね、お父様と契約を果たしたのは君で2人目なんだから》
「え」
今、なんと言った……?
自分と合わせて2人目と、彼はそう言った。
《召喚士に契約の手前などはないよ。魔力の高い低いに関わらず彼等は無条件で私達を見る。見るのはタダだが、契約となると話は変わって来る。だって私達の力を扱う、と言う事に繋がるからね》
昔に召喚士が多かったのは、力の調整をする前だとノームは言う。普段なら良かった。いずれは大精霊を扱える者が現れる、と誰もが思っていた。
しかし、時はそれを許さなかった。
魔王が人間に対して突然攻撃を始めた。
精霊達は人間の存亡を危ういと感じ、彼等に協力をし始めた。そこで精霊側にも召喚士側にも予期しない事が起こってしまった。
《互いに拒否反応が出てしまったんだ。ゆっくりと時間をかけて馴染むようにしていた循環が、いきなり急かされたんだ。出てしまうのは仕方ない。タイミングが悪すぎた》
「それで……どうなったんですか?」
《フェンリルから聞いていると思うけど》
「………。」
ダリューセクでのフェンリルとの会話を思い出す。
自分達の事を喚んで、触って触れ合えるのはとても気分がいいと。昔は喚んですぐに終わりだった。大精霊を喚びだして、使役出来る者は居ないと悲しげに言っていた。
《今でこそ召喚士と言う言葉は広まっているが、昔は大賢者と言う風にまとめられていたんだ。まぁ、名残はあるから大賢者は神格化してるけどね》
ちなみに召喚士って言葉を広げたのも、最初にアシュプとの契約を果たしたと言う人物の名を聞き麗奈は驚愕する。
その名前は、ウォームから聞いていた名前と被った。
《名前は朝霧 優菜。貴方にとっては、祖先のような人だよね?》
彼女を含めた7人が、最初にこの世界へと誘われたのだと。
朝霧家、最初の当主である朝霧 優菜。
彼女の幼馴染みであり分家の朝霧 日菜。
土御門家、最初の当主である破軍の土御門 幸彦。
優菜と心を通わせた、神の子供である青龍。
朝霧家の分家である朝霧 幸那、朝霧 ゆみ、朝霧 かなえ。
《幼くして力を見込まれた幸那さんは白虎へ、火の扱いに長けていた、ゆみさんは朱雀へ。水の扱いに長けていた、かなえさんは玄武へと自身を生け贄にして柱を作った》
ただあまりにも長い時間を柱として過ごした為に、彼等の記憶は殆ど朧気だと伝える。だから彼等に詳しく話を聞きたかったとしても、彼等も上手く話せないであろうとも言われた。
「………そう、ですか」
知らされた事実に戸惑いながらも、麗奈が口に出せたのはその言葉のみ。昔の事をあまり話さないのでなく、既に覚えていないに等しい事に気付く。
ただ、麗奈は優菜の先祖返りだ。
もしかしたら自分ではなく、優菜の事を懐かしんだ彼等がそのまま契約をしたに過ぎないのでは……。つい、そう思ってしまい気持ちが沈んでいく。
《ごめん、余計な事を話してしまったようだね》
沈む麗奈を気遣うようにノームは謝罪を述べる。本当なら何でもないと答えたい。しかし、思った以上にショックが大きいのかノームの言葉すら今の彼女には伝わっていない。
『主をいじめるな、大精霊』
《別にいじめていた訳では……》
そこに割り込んできたのは青龍。
麗奈の事を抱き締めながら、害を成したノームを睨み付ける。青龍の気配が分かっていたのか、ノームは変わらずニコニコと笑顔を浮かべていた。
《保護者が多すぎるよ。……死神も付いてるなんて。本当、君は彼女と違って色んな意味で規格外だね》
えっ……と、今度は麗奈がノームの方へと視線を合わせた。彼女と言うのは、祖先の優菜をさしているのだろう。規格外……? と不思議な表情を見せる。
ノームは言った。
ここまで精霊に好かれるのも、様々なものに惹かれているのも彼女には無かった事だと。だから、と彼は言葉を続けた。
《君になら、出来るかも知れない。……ドワーフと人間との架け橋に》
私が姿を現したのはその為だと、真剣みを帯びた声。今まで殆どの人間に対して可能性を示さなかったが、アルベルトと仲良く分け隔てなくしているのを見て──確信を持ったのだと言う。
《ついで四大精霊なのに、反応がかなり薄いからね。そこに興味を持ったよ》
面白いね、と笑みを浮かべるノームに青龍は警戒を強めた。
そんな状況の中アルベルトは呑気に「フポォ……フポォ……」と呑気に寝ているのだった。




