第118話:先祖返り
『生まれてから誰かに仕えた、と言う感覚なら初代様と貴方だけなんだ。麗奈』
「仕えた……? 朝霧家に陰陽術を伝えて、栄えさせたのは青龍だよね?」
青龍は術式の為の陣を描きながら、簡単に説明をした。
名前を交換し、契約を交わすと言うのが青龍のやろうとしている事。それには麗奈の血が必要だと説明もした。
「………」
麗奈自身、どうしても頭から離れられないのは魔族のラーク。彼は1度だけ、血をすすっただけで豹変した。魔力の質も、麗奈を執拗に狙うのも……彼女にとっては悪いイメージになる。
青龍も、そうなってしまうのでは……と思わずにはいられない。龍神の子供とされる彼は、本来なら神様だ。こうして誰かに仕える、と言うのを本当なら許されないのかも知れない。
『俺は生まれ落ちて、感情を知った。それまでは苦しい事しかなかったんだ』
そう言いながら青龍の両手が麗奈の手を握る。その力強さに、大丈夫だと言われているような気がした。知らない内に緊張していたのだろうと思い、ほっと落ち着く事が出来た。
そんな麗奈の変化を感じ取ったのか、青龍再び話を始める。
『大丈夫だ。俺に魔性の血の力は通用しない』
「……本当?」
『あぁ。むしろ俺の方が謝らなければならない。そこまで苦しめているのは……俺の血を混ぜているからだ』
話を聞くと青龍の血を極限まで薄めて、術として組んだ時に凄まじい勢いで怨霊が群がってきたのだと言う。それらを少しでも抑える為に、当主の血と青龍のと混ぜ合わせて作られた術。それが──血染めの結界。
適性が高い、と言う事は初代と同じだけの霊力が備わっているのを意味する。同時に青龍を扱うと言う事に関して、他よりも負担が少ないと説明を受けた。
『俺を扱うのには血染めの結界の適性が高い事が条件になる。低ければそのまま、俺と言う存在を確認するまでもなく死ぬ』
「………い、今までの当主達もそうなの?」
『あぁ。……初代がこの世界に来て、亡くなってから俺は時々麗奈の世界を見ていた。俺は既にこの世界に留まった存在だけど、俺の目が特殊なのは知っているだろう?』
それに力強く頷く麗奈。
遠くを見る時に彼の目は金色に変わり、蛇の様な瞳になり遠くを見る。恐らくはそれが別世界での状況を見るのにも適しているのだと自然と思った。
話によれば、青龍の話していた通りの何代目かの当主は血染めの結界を扱うが為に多くの禁術に手を染めてきた狂人だと言う。血を血で洗うと言うのも当たり前であり、最後には同じ家の者同士での殺し合いにまで発展させながら互いに胸を一突きに刺し殺し、暫くはその結界の研究を止める事になったのだと話した。
『主の母親の代でようやく息を吹き返し、娘の貴方に掛かる期待は凄いものだった。他家の陰陽師からの再三の縁談、それを母親も父親も跳ね返していた。母親と同様に適性が高いのもあるが………先祖返りと言うのは自覚していたか?』
「………お爺ちゃんから、聞いていたし夢の中で何度か優菜さんにも会った事があるの」
『そうか………』
それを聞いてから少しだけ青龍は押し黙る。
麗奈の霊力の高さは初代の霊力がそのまま自身の力となっている事の、先祖返りと言う特殊な生まれをしていたからだ。分家のハルヒの扱う破軍の時と同じように、主としてまた力を扱うのに適している人物の前には夢として時々現れる。
時間や年齢は関係なく、ふとした瞬間に急に夢の中で出会うのだ。
麗奈は幼い時に多く接触していたが、大きく成長していくなかでその回数が格段に減っていきつい最近になって会ったのはユリウスの呪いを解こうと動いた時だけ。
また、あれ以来彼女からの接触はない。自分から何度も呼びかけようとも、家宝の首飾りを握りしめて願っても変化はない。本当に突然に現れて、突然消える不思議な存在と言うのが麗奈の優菜に対する印象だ。
「……じゃあ、魔性の血として地位を確立していた朝霧家は同時にその血で幾重にも何かを犠牲にしてきたんだね。じゃあ、時々龍神としての繋がりがあるって言う日記みたいなものは青龍の事を指していたんだね」
朝霧家の家宝は首飾り以外に、歴史書としての資料がある。
それは祖父の離れの物置に置いてあり、自分の家の家系について細かく描かれていた。しかし、幼い麗奈にそれを理解している訳もないが、彼女が好きな部分があったのだ。
龍神と初代の出会いの絵。
龍神の声を聞き、預言として伝えたり怒りを鎮める為に自ら生贄として捧げてきた事が絵本の様に描かれている。生贄として捧げられる幼い幼女、または少女の事を嘆き苦しんだ龍神は人間を知る為に子供としてこの世に生を受けた。
人間の生活を知り、学ぼうとするのを傍に居て教えている者が居た。それが、朝霧家と言う名を作り青龍と共に様々な術を後世として残してきた偉業を残してきた初代、朝霧 優菜の出会いの物語。
「私、その絵本での龍神の事が何だか可愛く思えて何度も読み直していたんだ。初めて見聞きする事とか多いし、何でも興味を持ってるのにいざ怨霊との戦いになると凄まじい戦い方をして、人間を怨霊から守ってくれる龍神の子供」
それが青龍の事を指していたのだと知り、麗奈は嬉しそうにしていた。まさか、その青龍を自分が使役する立場になろうとは思わず驚いた。そして、逞しく頼りになる彼に自然と身を任せている自分にも、ちょっと驚いていたのだ。
そんな麗奈の様子が嬉しいのか、青龍の尾はずっとパタパタと振らしちょっとだけ顔が赤い様子にも見える。そう言ってくれると嬉しい、と言い話を再開させた。
『元は俺の血を薄めて、術として残したが……扱い方次第で簡単に狂う。現にそれで共倒れをしかけていたのだ。初代と共に俺がここに残ったのは間違いであったかと思いながらも居なくて良かったんだと思う。居たら、さらに激化し最悪の場合……朝霧家は無くなっていたかもしれないからな』
こうして会えて本当に良かったと言い、だからこそと彼は真剣な眼差しで麗奈に告げる。今から行う契約は、麗奈個人に行う為のものであり式神として使役できるようにさせるものだと。
「式神として?」
『別に今までと変わらない。霊力の供給を柱から出来るように設定をし直すだけだ。同時に俺は今後、神力を使う際には主として契約している麗奈を通して扱う』
今までは自身で補って来たが、麗奈を通す形でなら力のセーブが出来ると言う。強すぎる力をコントロールするのは、難しく青龍には仲介役が必要なのだと。
ちょっと力を込めたら岩を砕く。龍の腕を振るうだけで、カマイタチを作り出すなど、何かと不便だとシュンとした表情で訴えてくる。
「でも、私が抱き上げた時とか抱き締め返した時には全然痛くなかったよ?」
『必死で抑えていた。人間は脆いが、心は強い存在だ。……麗奈には壊れて欲しくない』
「………」
プイッ、と拗ねた様子。顔もちょっと赤く染まっており、思わず笑ってしまった。頭を優しく撫でれば、ビクリと体を震わせた。やがて気持ちが良いのか、ふにゃりと顔を綻ばせ嬉しさのあまり尾をパタパタと揺らす。
「今後は力加減を課題にするけど、私にも扱えそうな術とか修正出来るものがあれば教えてくれる?」
『麗奈が望むならなんでもやる。救われた恩を幾らでも返す』
「ありがとう、青龍」
自身の指を風で軽く傷付ける。ポタリと血を数滴落とし、青龍の貼られた札に血が染みこんでいく。ジワジワと広がる中で、全ての札が赤く染め上げられていくのを最後に麗奈は意識を手放した。
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「れいちゃん!!!」
ペチペチと軽く叩かれる。意識では呼ばれてるのも理解はしているが、頭がはっきりしない。うっすらと目を開ける。その間もハルヒからの呼び掛けは続いている。
「れいちゃん!!!」
「ハル……ちゃん」
やっと声を出した時、ハルヒは顔を歪めた。心配したと、何度も言われ「ごめん」と謝れば許さないと言われてしまった。
「れいちゃんは何でも無茶し過ぎで、放って置いたらすぐに何処かに消えちゃう。その癖、心配させた自覚がないからまた心配掛けさせる……アイツも仕事熱心だけど」
「……ごめん」
『それ以上は言うな。主の性分だ』
グイッとハルヒは麗奈から離される。簡単に離されたのは単に力の差であり少し宙ぶらりんになる。
「元に戻ったんだ」
『お蔭様でな』
さっきまで小さな子供になっていたが、今はいつも通りの青年の姿だ。頼りなく見えた龍の腕は立派になり、片側の頬にあった鱗のような肌質ではなく、自分達と同じ肌質で顔色もいい。
「ボクの事を追い越したのは別に良いとして……何で結界を幾つも張って行くの?」
「え……」
話に寄れば追い越されたから、自分も急ごうと走っていると見えない壁とぶつかる。薄い青色の立方体は結界特有の形。自分達の世界では透明に近く、結界の形は四方での方が力が安定するし強度が違う。
麗奈は青龍に慌てて連れて行かれたから、結界を張りながらハルヒの妨害をするのは不可能と考えた。自然と青龍がやったものとみなして話をした。
『主と話したい事が多くあったんだ。許せ』
「そこで開き直るの!?」
最悪だ!! と、言いつつ暴れるハルヒ。麗奈が青龍を止めようと動くも、破軍から止めるようにと言われてしまい……結局、柱の調整をするのに夕方まで掛かる事になった。
ラーグルング国の柱の調整をするのを日課としていた誠一は、自然にニチリの柱にも様子を見る為に向かえば……そこにはいつまでも青龍とハルヒの言い争う声が聞こえてくる。
不思議に思い、九尾と共に様子を見ればいつまでも話が終わらない様子。麗奈は視線を彷徨い、止めれる筈の破軍は既にそれを放棄している。
それに怒りを覚えた誠一の行動は決まって説教だった。
九尾は尾を使って、麗奈にヨシヨシとここぞとばかりに触れ合ったが……そこにも雷が落ちたのは言うまでも無かった。




