第117話:ニチリの柱
翌日、麗奈はフワフワとした気分で起き上がった。寝ぼけてはいるが、ここまでラウルにより運ばれていた事と布団に入れさせてくれた所まではしっかりと覚えている。
目をこすると、隣でモゾモゾと動く何か。ゆきが潜り込んだろうと思い「起きて──」と言って思い切り布団をはぎ取った。
「き、きゃああああっ!!!!」
思わず全速力で下がりながら掛け布団を投げ付けた。その際に頭を壁に打ち付けようともそんな意味よりもまずはこの状況だ。あわあわと自分のとんでもない声に驚きつつも、もう一度確認の為にとガタガタと震える自身の手を抑える。
ゴクリ、と唾を飲み込みゆっくりと掛け布団を持ち上げる。
そこには少し浴衣がはだけた状態のユリウスが居た。とても気持ち良さそうに、寝ているのが分かる。叫んだ声が聞こえないのでは、と思う程に彼の寝顔はあどけない。
(待って、待って!!! ゆきが潜り込んだんじゃなくて、ユリィなの!? なんでユリィなの!?)
頭の中では大パニックが起き、冷静な判断を下せていない。
その場を右往左往と無駄に動き、ラウルが運んできてくれたのだからここは自分の使うであろう部屋だが……もしかして、ユリウスが使う筈のものではないか。
では、ラウルは間違って自分をここに運んだ?
いやいや、彼がそんな初歩的なミスはしないであろうと言うのが麗奈の思っていた事。
ラウルは献身的に麗奈を支えると言っていた。自分を、好きでいてくれる……好意を抱いているのだとはっきりと言った。しかし、麗奈はユリウスの事が好きである事はキールにより城に、国中に知られると言うとんでもなく恥ずかしい思いをさせられている。
それが原因であると言う事はない。
周りの目があろうとも、恐らく麗奈はユリウスの事が好きであると今でも言える。が、昨日の咲の質問である事を思い出す。
「2人はいつから互いを想う様になったんです?」
質問され赤面するがいつから……と、言われると返答に困ると言うのが答えだった。
ラーグルング国に麗奈とゆきの2人が来てから、それなりにユリウスは補助をしてきたのを宰相のイーナスからは聞いている。いつの間にか、麗奈は彼に惹かれており……それは彼の方も同じかも知れないと思いたい。
恋、と言うものを麗奈は知らない。
それは自分には来ないものだと思っていた事。周りがどんなにイチャイチャしていても、憧れを持っていても……自分には叶わないものだと、そう……思っていた。
「………いつ、から………好きになっていたんだろう………」
寝ているユリウスにそれを聞いても、答えられる筈もなく。そしてその答えは自分には分からない。と、そこで麗奈の肩をチョンチョンと軽く叩く黄龍と目が合う。
彼は素敵な笑顔で『良い気分の所、悪いんだけど良いの? 主のお父さん、来るけど』と言う言葉で一気に覚醒してすぐに入れないように結界を張った。
『クスクス………あんな声上げるから、ビックリして勝手に出て来ちゃったよ』
『いや、アンタ思い切り楽しんでんじゃない』
『んふふ~~~。主ちゃんが女の子みたいな反応で可愛い♪』
「……………」
そこには何故か、黄龍以外にも具現化を果たしているのが2人も居た。麗奈の背中に張り付くようにして『おはよう~。主』と白虎と風魔が居るから既に大人数がこの現場を目撃している事実に青ざめる麗奈。
すると、誰かが服を引っ張るので視線を下へと向ける。そこには、短髪の蒼い髪に金の瞳をした小さな男の子が居た。しかし、その右手は人の手ではなく龍を思わせる鱗を持つ腕。服も青い着物を着ているがその風貌はまさしく――。
「………青、龍?」
『…………』
答えない代わりにコクリと何度も首を縦に振ってくる。気まずそうに顔を逸らしながらも、チラチラと麗奈の事を見ているのは間違いなく青龍である事を示している。
「あ、あああっ………!!!」
『!!!』
嬉しい衝動のまま小さくなった青龍をそのまま抱きしめた。力一杯に、離れたくなくて……そう示した行動にただ困惑の表情でなすがままの青龍は、困ったようにお尻から伸びた尾を左右に揺さぶる。
「良かった……。良かった………無事、なんだね……」
『………。』
呪いを自分へと移しそのまま消滅しようと行動を起こしたのは青龍自身だ。自分で決め行動を起こした。その事に、後悔はないはずなのに……何だか物凄く悪い事をしてしまった気分になりしょんぼりとした。
『……ごめん、なさい……』
だから服をギュっと握りしめる。心配かけてごめんなさいと、これからも迷惑を掛けるかも知れないけれど……と、そう意味を込めて抱きしめ返す。すると、麗奈はフワリと青龍に向けて微笑み涙を流しながらも答えくれた。
「これからも、よろしくね青龍」
麗奈の後ろから覗いている白虎と風魔。自分に視線を注ぐ黄龍と朱雀、玄武を順番に見ていく青龍は『よろ、しく……皆』と耳も顔も真っ赤になりながら改めて口にする。
それに驚くのは白虎と朱雀であり、玄武は微笑んでおり黄龍は納得したような表情でいた。風魔だけは『うん。よろしくね~』とパタパタと尻尾を振って答えるのみだ。そこに、ドタドタと慌ただしく部屋に入って来たのは麗奈の父親の誠一だ。
「な、何があった……!!!」
「お父さん!!! 青龍が、青龍が戻って来たんだよ!!!」
「………は?」
普段、娘から聞かないような叫び声に思わず駆け付けてみれば当の本人は抱き抱え見せて来たのは少年姿の誰かと、背中には白虎と風魔が『主のお父さん、おはよう~~』と気の抜けるような声を掛けられる始末。
麗奈の後ろを見れば微笑むだけの大人が3人。黄龍へと視線を向けると彼は普通にスルーをしてくる。
(……なんなんだ、まったく………)
虫でも出た様な叫び声に誠一は肩を落とした。しかし、と考え始める。麗奈は虫が嫌いと言う反応はしない。虫が出て大げさな反応をするのは、むしろ親友のゆきの方だと思い何があったんだと部屋の中に入り……ピキリと固まる。
ギョッとしたのは黄龍と朱雀であり、玄武は『あらあら~』と既に見守る姿勢に入っている。風魔と白虎もそれに気付いたのか、早く麗奈に知らせようと小声で話しかけるもその本人は青龍の事をこれでもかと言う程にぎゅうぎゅうに抱きしめている。
≪フォフォフォ!!! おは……いや、ちと間違えたか。がふっ!!!≫
そこに飛び込んできたのは麗奈が契約をしているウォームであり、誠一が見つめる視線には寝ているユリウスを見付け即座に逃げようとするも「待って下さい」とガッチリと誠一の手により掴まれてしまう。
「これはどういう事、ですか?」
≪え、あ、いや……そのぉ。ワシ、知らんのだけど………≫
「結」
『『わうっ!!!』』
こそっと逃げようとした白虎と風魔はワザとらしく、声を上げるも麗奈がそれに気付いた時には、鬼のような形相の誠一。ダラダラと汗を流す麗奈に『ぷはっ』と苦しさからやっと思いで抜け出た青龍はキョトンと2人を見る。
「ん………あ、れ……麗奈? ん。何で黄龍さん達も全員揃って」
「ユリウス君」
「………はい」
すっとユリウスは正座をする。状況は分からないが、誠一から発せられる怒りのオーラの前で「分かりません」は通じないと悟っての行動。黄龍達も慌てて『あの、お父さん? 単に、部屋を間違えただけかと……』と、必死で場を治めようとしている様子なのが見える。
「麗奈。何で部屋に、結界なんてものを張る必要があるんだ?」
「そ、それは………」
口ごもる麗奈にさらに誠一は睨みを効かせる。麗奈も正座でおり、青龍はユリウスと麗奈の事を交互に見て誠一に説明を始めた。
『主のお父さん。陛下……ユリウスは、寝ぼけて主の部屋に入ってそのまま寝たんだ。やましい事など決してないぞ。俺が証明出来るぞ』
『ばっ……!!!』
青龍の自信たっぷりの答えに誠一はさらにピキリと顔に青筋を立て、ユリウスは眠気が一気に吹き飛び「えっ……」とすぐに周囲を見渡す。黄龍は頭に手を置き『バカ……』と言いユリウスを憐れんだ目で見ている。
麗奈は内心でほっとしたが、この状況は説教だなと既に諦めた表情をした。
「俺の目が黒い内に何かしてみろ………。国の王だろうが許さんからな!!!!」
「ハイ………どうも、すみませんでした」
「ごめん、なさい………」
既に部屋の前ではゆきとセクトが「あちゃ~」と小声で言っており、ヤクルは「何をしてんだ、アイツは」と親友の行動に戸惑いの声を上げる。ベールは「ふふっ、飽きませんね毎日」と楽しげに言いそれを妹のフィルはジト目で見ている。
少し離れた所では眠そうに目をこするリーグに、リーナは「ささっ、部屋を片付けましょうか」と何も見ていないアピールをして逃げていく。それをイールとランセは「若いね」と楽しむようにして見ていた。
つまりは全員集合のような形でおり、知らないのはこの場に居ないラウルだけだ。
彼は全身を赤い布で全身を覆った女性達――ニチリの侍女の人達と共に朝食の準備をしていたのだった。
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『すまない、主……』
シュン、と子犬がいじけるかのような仕草。そんな青龍に麗奈は「ううん、平気だよ」とバツが悪そうにしながらも答える。
その隣ではハルヒが未だに「青龍って、あの青龍……?」と自らの式神である破軍に答えを求めている。
『随分と小さくなったね。じゃあ、成長したらあの彼の風貌になるのか』
「力をギリギリまで削った影響って、黄龍は言ってたよ」
ハルヒと2人で来たのはニチリの灯台が見える海岸。麗奈がクラーケンにさらわれた場所でもあり、その影響か周りに人は居ない状態だ。
ハルヒは小さくなった青龍を持ち上げて頭を撫でながら「成長したらあんな性格なのに、ねぇ」と言うとギロッと睨み付けてくる。
『主、挑発しないでよ』
「だってあまりにも性格が違い過ぎるでしょ」
「ハルちゃん。青龍の事、悪く言わないの」
「れいちゃん。甘いよ、それ………。だから、朝みたいなことが起きるんだよ」
「あ、朝は関係ないでしょ!?」
真っ赤に染まる麗奈の反応に、クスリと反応を楽しめば青龍の尾がぺちっとハルヒの頭を叩く。
数秒後には睨み合いをはじめ、殴り合いが始まりそうな所を破軍が青龍を抱えて麗奈に返し場を治めた。
『黄龍から聞いたよ。大変だったんだって?』
「黄龍……口軽すぎ」
『いやいや。彼、昔からあんな感じだよ? 主が君であっても変わらないから安心しててよ』
「………止められる方法なんて」
手にバッテン印を作り『無理ね』と答えを導き出す。そんな麗奈の様子にハルヒは「色々ありがとう。僕も魔法を扱えるのは君のお陰」と言って、手の甲にキスを落とした。
「な、ななんっ、ななな」
『お前……』
「これ位は許してくんないと。現に、君を助けたのはれいちゃんだよ?」
『………』
反論できないのは自覚している証拠であり、青龍はむっとしたままハルヒを睨む事で済ましている。破軍はそれを見守りつつ、ニチリの防衛の要である柱へと目を向ける。
『そう言えば、お父さんが強化したんだよね。………主、試しに行ってみない? お世話になっているのに一回も来てないで私に任せきりだったよね?』
「そうだね。様子を見てみようか」
そう言って破軍がパチンと扇子を閉じる音を響かせるようにワザと大きく閉じた。すると、一瞬にして風景が変わった。
海風を感じていたが、今はその風も無ければ目の前に海は広がっていない。
大きな赤い鳥居があり、その先は暗闇だ。下に向かうんだと、説明した破軍。一瞬で何処かに飛ぶと言う感覚は魔法では知っていたが陰陽術で行うとは思わずポカンとなる。
「いつの間に………」
『あぁ、言ってなかったね。私は空間制御が得意な術式使いなんだよ。だから、陛下さんの呪いの時にも無理に通ったんだよ』
あ、と破軍の言葉を聞いて思い出す。
ユリウスが呪い所為で命の危機に晒された時、ウォームが作り出した国を丸ごと領域へと作り出した虹のオーロラが広がる不思議な世界の事。
その空間を破軍は無理に通ったと言うが、隙をつくだけで簡単に行くのだろうかともつい見てしまう。
『ふふ♪ これでも土御門家の当主だった人間だ。簡易的な瞬間移動の術も、結界を空間に固定させたりとかは私が編み出したんだよ? 後世の為に残して置いて良かったよ。主達の助けになったのなら、私が行った事は誇らしい事だと胸を張って言えるね』
そこに、少しだけ悲しみを含む言い方だったが、破軍は麗奈に笑みを零す。ハルヒはうんざりしたように彼を蹴り飛ばす。このまま調子に乗られると、色々と嫌なんだと言うのだ。
「破軍さんの事、イジメたらダメだよ。凄く頼りになる人なんだから」
『そうだそうだ。年上を蹴るのなんか楽しくないだろうに!!』
「調子に乗るなって。れいんちゃんもコイツに味方しないの。基本的に、頭がお花畑なんだから」
『確かに……』
ボソッと言った青龍の言葉に、破軍は笑みを浮かべながら『彼は何を言っているのかな?』とギリギリと頭を掴む手に力を込める。別段、痛そうにしない青龍に内心ウザいと思いつつも緩めようとは思わなかった。
「ハルヒ様!? それにこちらの方は……。失礼しました、国を助けて頂いた恩人ですね」
そこに全身を白装束に身を包んだ声色的に男性が3人程近付いて来た。ハルヒは「ご苦労様」と言い、麗奈の事をそんなにかしこまった言い方はしないようにと頼んでいた。
ついでに自分の事も「様」と呼ぶのを止めて欲しいと言うも彼等は頑なに拒否をした。
「い、いえ。気にしないで下さい」
「……結界の様子を見たいから、入っていいよね?」
「はっ!! 構いません」
一斉に礼をとられ戸惑う麗奈を余所に、ハルヒは気にせずに奥へと進む。破軍からも背中を押され慌てて付いていく。
石段を下へと降り、どんどん下へと進んでいく。両サイドには、松明があり暗すぎて転ぶ事はない。やがて階段が終わり下ではハルヒが待っており「この先にあるって」と、指を指した先は道が見えない真っ暗な闇。
『ここ。ここなら大丈夫だ』
「青龍……?」
『付いてきてくれ、主』
麗奈に降ろして貰い、ペタペタと自身の足と石の床の感触を確かめた後で真っ直ぐに進む。ハルヒにも言おうとしたが、無視していくみたいにスピードが上がった事もありどんどん突き進んでいく。
「わっ……」
暗闇に慣れてきたと思ったら、急な光に思わず声が出る。徐々に目が慣れてきて、広がる光景に思わず「綺麗……」と零れる声。ラーグルング国の柱は一定の距離を保っており、その間隔はかなり遠かった。
ニチリの柱は3メートル間隔に配置されており大きさも圧倒的。なにより天井がなく日の光をそのまま受ける形な為かキラキラと輝きを放つ水晶。
ラーグルング国のと同じ全長40メートル程の巨大な物。青龍を探していると彼は既に柱の近くでペタッと札を張る作業に入っていた。
「青龍。何を、しているの……?」
『契約をする為の術を組んでいた。……主。ここで俺と契約を結んで欲しい。……構わないか?』
青龍の目は真剣そのもの。詳しい説明は作業をしながらになるが、と言う彼に対し麗奈は気にした様子もなく隣にしゃがむ。それだけで、彼女がどんな答えになるかなど青龍は分かっていた。
しかし、やはり隣に誰かが居てくれるのは良いものだと感じ……主である麗奈に心の中で感謝をした。




