第116話:類は友を呼ぶ?
「ふぅ~~~。お風呂、気持ちいね」
「クッポ、クポポポ」
お風呂に入ろうと誘った麗奈にアルベルトは快く了承し、今は広い浴槽のお風呂で体を伸ばす。麗奈にとっては5日ぶりであり、本当ならもっと早くに入りたかったのだ。
しかし、ユリウスが麗奈に付きっきりであり、つい先ほどまで自分で作ったと言ったお粥を食べさせて貰ったばかりだ。親友のゆきに助けを求めようとしたら彼女はヤクルとリーグの3人とで出て行ってしまい、自然と2人きりにさせられた。
ラウルのやり方を見て覚えたのか、かなり丁寧だっただけに麗奈には心臓が悪すぎだのだ。いつもより近い距離に慣れずに赤くなる顔も、ユリウスは気にしない様子で振る舞う分……恥ずかしさが増すばかりだ。
(………心配を掛けたのは自覚できるんだけど、ユリィがすっごく近い)
たらいの中で泳ぐアルベルトを見ながらふと思う。
ハルヒとの協力のお陰で、不可能だと思っていたクラーケンの呪いも解く事が出来た上に青龍も何とか取り戻せた。そう言えば、この5日間彼はどうしたのかと思った。
お風呂に出てから考えようと思い、お湯に浸かっていると目の前をフサフサしたものが覆う。
「………?」
何だろうと、手を伸ばしてモフモフとした感触を確かめる。
「フェンリル、さん……?」
《む。麗奈、か……具合はどうなんだ》
すぐに体を小さくして、犬かきをしながら歩み寄るのはダリューセクの精剣であるフェンリル。どうにか近くにまで泳ぎ、麗奈が正面から抱き抱える。
「あの、お風呂入れるんですか……?」
頭を撫でても普段と変わらない感触。
フサフサなのに、氷のように冷たくて気持ちが良い。思わずニコニコしながら頭を撫で、尻尾を触るがフェンリルは微動だにしない。
《……貴方に撫でられるのは気分が良い》
「そう、なんですか?」
《ま、そういう事にしといてくれ》
アルベルトがフェンリルに気付いて、たらいを押しながら近寄って来る。そのままよじ登る様にして、フェンリルの頭の上に乗り落ち着くようにペタンと寝転がる。
「クポポポ」
「冷たくて気持ちが良いんだそうです」
《冷却機ではないんだがな………》
「………すっかり慣れているんですね」
そこに全身をタオルで巻いた咲が入って来た。髪を軽く結んでおり、麗奈とフェンリル、アルベルトと交互に見てガクリと肩を落とす。
「さ、咲さん………」
「同い年なのに……」
「すみません。癖……みたいなもので………」
「ゆきちゃんとは仲良しなのに」
「……ゆきは幼い頃から一緒だから、さん付けは……」
「では、私も!!!!!」
「それが狙いですね………」
さっと顔を逸らした後で「そうですよ」とふくれっ面になる。ブクブクと泡を立て不機嫌を表現しているのは誰の目にも明らかであり、アルベルトはじっと見つめておりフェンリルの方は何も見ていないと言う風な態度を示している。
「………聞きました。魔物と化した大精霊を元に戻した、と」
「私だけじゃ絶対に無理だったよ。……ハルちゃんが頑張ってくれたから出来た事だよ」
本当は死神であるサスティスとザジの力添えもあるが、麗奈がこの事に関して口にすることは無い。隣ではその死神を毛嫌いしているフェンリルが居るし、アルベルトにも話していない事だ。
この世界の住人や大精霊は死神の存在を嫌っている。
死ぬその直前にだけ姿を現し、文字通り魂を狩る存在。
フェンリルの場合、泉の精霊のフォンテールを目の前でやられた上に助ける事が出来なかった自身を責めていた。だから、麗奈はフェンリルの前で不用意に話をするのは避けようと考えた。
彼女と契約を交わした大精霊の長でもあるアシュプからも、用心しろと言われている事。でも、どんなに危険だと言われていても……彼女はあの2人を嫌いになる事はしない。
(何度も……助けてくれた。それに、ザジは………彼は何でか気になる)
麗奈だけが彼等と言葉も姿も見える事の不思議さ。それは彼女自身が痛感しているし、何かしらの理由があるのだろうとは思っている。しかし、それを相談しようとはどうしても思えなかった……。
この世界の住人が嫌うのなら、魔王であるランセも嫌っている筈だ。
彼は人間よりも長く生き、魔王サスクールにより家族も国も全てを失わされた。その仇を討つ為に協力している、その為だけの協力者だ。
魔王であるが、彼は人間の事を好きなのか戦いをする時には麗奈達を守ってくれる。何かと世話を焼いてくれるし、豊富な知識で助けられた場面もある。彼なら……死神の存在を知っている可能性もある。
(サスティスさんは……妙にランセさんと会うのを嫌っている時があるから、知り合い……なのかな)
不意にやって来ては話しかけて来るサスティスだが、ランセが麗奈の事を探していたり用がある時には、必ずと言って良い程に姿を完全に消している。死神の存在は、誰にも感知されない筈なのにだ。
ランセを避けているような行動から、麗奈は知り合い以上の何かを感じ取る。だから彼に質問したのだ。ランセとは知り合いなのか、と。
「うん、知り合いの風貌に似ているんだ。……だからどうにも、体が避けてしまってね」
おかしいよね、と笑うサスティスが自虐的にも見え麗奈はその話題を避けた。自分にしか見えないのなら、とことん付き合おう。例え、恐怖されている存在であっても……怖いとは思わなかった。それを覆すくらい、彼等には助けられているから恩を感じている。
「——それで、麗奈……ちゃんは、これからどうするの?」
「え……」
「………話し、聞いてた?」
ふと、考え事をしていたからか咲が話している内容まで気が回らなかった。あっ、と気付いた時には彼女は「聞いて、なかったね……」とまた肩を落とす。フェンリルが《上の空だったからな》とジト目で言われ、アルベルトからもそうだと言わんばかりの声が上がる。
「ご、ごめんなさい!!!」
「別に、いいです。………どうせ、私の話などつまらないのだから」
「あ、いや……。考え事していると、どうにも気が回らなくて」
《事実だ、咲。麗奈は考えながら転ぶし、よく壁やら床につまずく》
「なっ、何でフェンリルさんがそれを知っているんですか!?」
《ラウルから注意をされても、上の空だったからな》
「…………」
そう言えばそうだったな、と思い出す。
何も言えずに固まる麗奈に、咲は「本当に仲が良いんですね」とフワリと笑った。フェンリルから麗奈と行動を起こしていたのは、聞いていたしその理由も知っている。
しかし、大精霊のしかもダリューセクの精剣の核となるフェンリルの事を崇めはするがここまでフレンドリーになれる人は居ないと言われてしまう。麗奈は視線を彷徨わせチラッとフェンリルを見る。
彼の方は既にお風呂から上がっており、アルベルトと何やら話をしている様子。彼の手が器用にアルベルトの身体を洗おうとしているが既に泡だらけであり姿が分からなくなっている。
《………》
数秒黙った彼は、そのまま泡だらけのたらいに新たな湯を入れていく。泡を全て洗い流そうとしてるのだろうと言う行動に、思わず麗奈と咲はそのまま食い入るように見守る。
新たに湯を入れて、最後にはたらいをひっくり返すと言う乱暴さにより終了。
そこにアルベルトに姿はなかったが直後に、「クポーーー!!!」とフェンリルを飛び膝蹴りをする。体格差もあり、フェンリル自身には蚊に刺されたようなダメージな為に《なんだ……?》と辺りをキョロキョロと見渡す。
「クポオオオオオオ!!!!!」
「……怒っていますね」
「そう、だね。何でちゃんと洗ってくれないのか、いきなりお湯をぶっかけるから溺れかけたって……。アルベルトさん、何で頼んだのかな」
その後も、ポカポカと殴り続けるアルベルトにフェンリルは最後までその意味と行動に理解出来ずにキョトンとしていた。ニチリの服は上から下までゆったりとした裾の長い物が多い。
寝巻としても、外に出るにしても、大体がその服装であり、上から重ね着しているのが女性の場合。男性の場合は、黒か灰色のズボンを履いての格好となり日本の浴衣にも似たような感じだと咲は嬉しそうにしていた。
「ダリューセクではドレスに近い物が多かったので、こういう浴衣の様な服装の方が私には嬉しいんです。特に女性のは色が豊富にありますし」
そう言った彼女は淡い水色に水玉模様があしらわれた物の浴衣風を着ており、中には3枚ほど薄めの白い布地を重ね着している。麗奈も同様に重ね着をしており、緑色の一色に染め上げられた物を着ており一息つく。
「5日ぶりか………そんなに気絶していたなんて」
《魔力の使い過ぎだ。お父様と契約していても、無理は禁物だ》
「………いつも全力で申し訳ないです」
《本当にいつか倒れるぞ》
「すみません………」
ペコペコと謝る麗奈に注意をするフェンリルの姿を見て、咲は自分もいつかあのようになれるのだろうかという思う目で見つめる。
ダリューセクの王族の姫にして、剣の扱いにも慣れているセレーネからの要請に咲は正直ポカンと開いた口が塞がらなかった時の事を思い出す。
========
「あ、の………今、なんと?」
それは麗奈がニチリへと移動して暫くの事。既に外は夜になり、氷の制御が出来るまでにフェンリルはギリギリまで付き合っていた。上級属性の扱い方の共通点は巨大な魔力量と制御の難しさ。
フェンリルの扱える条件として、咲は氷を使用できるが、ラーグルング国の氷の騎士であるラウル程、上手くはない。
空間を固めると言う作業がどうにも苦手な咲は、空気中に散らばる水分を集めて氷を作ろうとする時に必ずと言って良い程に砕け散る。
《集中が足りないんじゃない。巨大な魔力の流れを読み取るのが大事だ。風の上位の力である雷も、炎の、上位の紅蓮も、まずは巨大な渦を制御するようなイメージをする》
ダリューセクでは水の魔法を扱う者が殆どの為に、その上の氷を扱える者は皆無。しかし、咲は戦いの中で見た。ラウルが操る氷の力を。フェンリルが以前、話していた相性の良い人物。
「巨大な、渦………」
《あぁ。こんな感じだ》
咲が居るのは精剣が収められている城の地下室。
石造りの壁に、タイルの様なピカピカの床。最初はひんやりとしていた筈だった。しかし、フェンリルが目覚めてからはそれもなく、寒くもなく暖か過ぎる訳でもない丁度いい適温の空間。
この寒すぎるような空間は、自分が眠っていたからこそのものだと。目覚めてからはそれもなくなり、随分と快適に過ごせるような空間に出来たであろう、と自慢げに言っていた。
《目が覚めてすぐに、麗奈と会ったからかも知れない。人と行動するのは本当に……久しぶりだったんだ》
優し気に語るその口に、嘘が交じる事はない。心からの大精霊の本心である事を自分が感じ取れるのが、咲には嬉しかったのだ。そして、彼から必ず名を聞く麗奈と言う名前の人物。
咲と同じ異世界人であり、自分と同じように国に保護された人。そして、このダリューセクを助けてくれた、命の恩人。
《詳しい話はあとだ。まずはこれを自分の魔力で抑えつけて貰おう》
咲の周囲に風が起きる。竜巻だと思っていたが、それがすぐに間違いだと気付く。自分の足が一瞬で氷漬けにされていき、空間が冷凍庫に入っているような寒さに変わる。
「っ………」
広がるのは雪に全てを覆わされた白い空間、銀世界。
自分が居たのは城の地下室ではあるが、いきなり外に放り出されるような感覚。これが、精霊が独自に持てる領域と呼ばれるものかと感じさせられた。
《どうした、咲。このまま何もしないのなら、本当に氷漬けになるだけだ。死にたくなければ、必死で制御し自分の方法で魔力を制御して見せろ》
「つっ、いき、なり………!!!」
ぶっ飛んだ課題だ。しかし、こんな荒療治でもしなければ、この先の事には対処できないと言いたげなものも分かる。ダリューセクはニチリ、ラーグルング国と同盟を結んだのだ。魔王サスクールを倒すと言う同盟に。
向こうはこちらを待ってはくれない。
実際、すぐにダリューセクを墜とそうと動き麗奈達が来なければ危うい状況だった。そして、すぐにニチリにまで行った事から危険が、その国にも迫っているのは咲にも分かっていた。
(助けてくれた恩を……返すと決めたからにはちゃんと返します!!!)
=======
「……死に物狂いでどうにか氷を制御して、フェンリルにも随分と無理をさせてしまいました。その時に、セレーネ様から救援要請があるとラーグルング国の宰相から受けたと聞きまして……何とか駆けつけたんです」
「そんな事が……」
2人はそのまま咲に通された部屋に来て、これまで経緯を話していた。その隣ではフェンリルは大人しく座っており、アルベルトは既に定位置であるかのように頭の上に乗っている状態だ。
部屋に入ってすぐにお茶を用意した咲は、麗奈と語らっていたのだ。こうして落ち着いて話せるのはダリューセクでは叶わなかった。親友であるゆきと言う同年代の子にも色々と話を聞いた。
「そう言えば、麗奈ちゃんは……ユリウス陛下の事、好きなんですよね?」
「っ………!!!」
「クポポ!!!」
いきなりの発言に、口に含んだお茶を無理に飲んだ。反応したアルベルトは麗奈の背中を、トントンと叩くもフェンリルから止めるように咥えられてしまう。
「な、何を……」
「親友のゆきちゃんから聞きました」
(余計な、事を………!!!)
笑顔で答える咲に、ゆきの口をどう塞ごうかと本気で考え始める。そして、咲の方は目をキラキラとさせており……嫌な予感がした麗奈は後ずさりをする。
「あのっ、実際の所……陛下とはどこまでいったんです?」
「はい!?」
「デートはどんな感じなんです? どうやって知り合ったんですか?」
「それ、私も知りたいです!!!」
「っ、アウラ様!?」
何処から聞いていたのか、と思う程に咲と同じように質問してきたのはニチリの姫であるアウラだ。彼女は淡いピンク色の浴衣を着ており、ほのかに香る柑橘系から自分達と同じようにお風呂に入ったのだと分かる。
が、そんな事よりも麗奈は逃げなければと思わずフェンリルに視線を向ける。訴えて来る視線にフェンリルは助けようとしたが、その隣では濃い青い髪の女性が笑顔で制してきた。
《………無理だ》
「そんな!!!」
大精霊ウンディーネの笑みに、フェンリルは大人しくすると言う選択をし麗奈は驚愕の表情。逃げられないのだと思うも、アルベルトは……と探すも彼はフェンリルの頭の上でコロンと寝てしまっている。
(早い!!!! アルベルトさん、早すぎるよ!!!)
その後、アウラを探しに来たディルベルトと麗奈を探しに来たラウルが見つけるまで麗奈は2人に散々質問攻めを受け……心身ともに疲れ果てた状態で見つかったのだ。
(お風呂に入ってスッキリしたはずなのに、いつも以上に疲れた………)
「大変、だったな。ほら、部屋までもうすぐだから頑張れ」
「すみ、ません………ラウルさんも忙しいのに」
その後はあまり覚えていないが、多分ラウルが布団まで連れて行ったのだろうと推測をつけ寝てしまった。なんだか、それに笑われたような気もしたがフワフワの気持ちのまま麗奈は眠りについた。




