第115話:誤算
ふと意識が戻る。随分と長い眠りをしていたと言う自覚があり、ゆっくりと起き上がる。誰かの手が自分の手を握られ、思わずそちらに視線を移した。
「………」
長い黒髪。肌の白さが目立つが、日焼けをしていない分の白さだと思い思わずぼーっとした頭で寝ている人物を見る。
名前はアウラ。ニチリの現王であるベルスナントの1人娘であり、神子と言う特殊な立場の自分と同じ歳の女性。
「……あれ、から……どれぐらいの時間が………」
《5日間、寝ていたんだ》
ポウッと腕輪が淡く光り、そこから5センチ程のイカがちょこんと出て来た。大精霊クラーケンであり、ハルヒが名前を変えてポセイドンとなった。
姿はそのままだであり、ポセイドン自身に変化はないように思える。召喚士は精霊に触れられると聞いてたので、試しに頭の部分である三角に尖った部分を触る。
「………不思議な、感触……」
生物のイカを触ったことがあるからと、きっとブニブニとした感触なのだろうだと思っていただけに、触り心地がよくいつまでも触っていたいと思わせる程の好感触。
つい顔が緩んでしまう。
一方のポセイドンはそんなハルヒの変化が分からずに、戸惑った様子で頭を触られていた。別に気持ち悪くもないからとそのままにしていたら、寝ていた筈のアウラがうっすらと目を開きこちらを見ていた。
「…………」
《……なんだろうか?》
キョトンと答えるポセイドン。次の瞬間には、アウラに引き込まれてそのまま抱かれてしまう。どうも不思議な感触がお気に召したのか彼女はそのままゴロンと、ハルヒの寝ているベットへと体を滑り込ませてしまった。
《ど、どうすればいい》
「僕はこの状況をどうにかしないと……」
非常にマズい状況だと悟るが、ポセイドンは《な、なんだ。一体、何をすれば……》と慌てており足をバタバタと動かす。体が小さい分、その足を動かしているのが慌てている様子には見えず、ハルヒは楽しそうにしているのだと考えた。
「アウラ。ハルヒはどうなって………」
そこに側近としてまた義兄のディルスナントが入ってくる。
思わず(げっ……)となるも、彼はハルヒが起きている事よりもアウラがベットに入り込んでいると言う現場を気まずそうにして……目を逸らした。
「タイミングが……悪くて、申し訳ないです……」
「いやっ、誤解です!!! これには――」
話をしようとして、リッケルが無理に入って来た。
無論、この状況を見てピキリと青筋を立てて「ほぅ………覚悟しろ」と目が笑っておらず、殺気が込められた攻撃がハルヒを襲う。
「ちょっ!!! だから、誤解なんですっ!!!」
ハルヒの居た部屋がそのままリッケルの魔法により、半壊状態になりその騒音でやっと起きたアウラ。ハルヒが起きた事が嬉しくて抱き着いて、またも状況を悪化させるなど知らずに………。
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ハルヒが起きたと同時に、麗奈も意識が戻り目を覚ます。最初に見えたのは心配そうに見つめるゆきとユリウスだ。そちらに視線を向ければ、それに気付いた2人は嬉しさのあまり抱き着いて来た。
「うぅ、良かったよぉ~」
「本当に……良かった。麗奈、気分は悪くないか?」
「……だい、じょうぶ……」
今も麗奈を抱きしめて加減が出来ていないゆき以外は、と言う意味で言ったのだが分からずにキョトンとされてしまう。そうしたらヤクルから「首が締まっているんだろう」と言ってゆきを引き剥がす。
「ご、ごめっ……!!!」
「麗奈が心配なんだから気にしないだろ。5日ぶりだな」
「5日……? そ、んなに……寝ていたの?」
驚いている麗奈にユリウスは説明をした。
クラーケンがハルヒによって契約を成立させ、魔道具の中へと収めた時。アウラが契約をしたウンディーネが姿を現し、海を操って国中に来ていた魔物達を巻き込んだ。
そこにシルフとの風が加わり、大きな竜巻となって次々と魔物達が巻き上げられていきそのまま倒されていく。そこに眷族として力を取り戻したスライム達が怪我を負っていた者達に纏わりつき、怪我を治していくと言う目まぐるしく動く状況によりニチリと言う国は守られたのだと話した。
「今はベルスナント王が様々な処理をしている。警備達の人手不足もあるけど、眷族のスライムのお陰で怪我の治りが早いんだって」
「ビックリしたよ。襲ってきたスライムがそのまま怪我を治しに、右へ左へと動くからね」
「リーグ君……」
いつの間に居たのか、麗奈の傍にはリーグは来ており話に出て来たスライムも連れて来ていた。濃い水色の身体を有し、プヨプヨとした弾力がありそうな見た目。
何処から見ているのかと思いじっと見る麗奈に、スライムはハテナマークを作って疑問を示す。
「あ、ごめんなさい。その……目とか耳とか何処にあるのかなって」
その後、ビックリマークを作りポンっと短い腕を形成しキョロキョロとするように体全体で見渡してすぐに形成を始めた。出て来たのは麗奈には馴染みのある1つ目の式神だ。
ピコピコと短い手足を動かし、トテトテと麗奈の方へと歩み寄り見上げる。これで良いのかな、と聞かれているようで思わず噴き出した。
「何だかごめんなさい。私が質問したから、ワザワザ形を成してくれたんだね」
そう言っていると、白い体を有した式神がちょこんと隣におり、スライムともめ出した。勝手に自分と同じ体をするなと言っているような感じで、それ等を微笑ましくユリウス達と見ている。
ほどなくして麗奈が起きた事を知りすぐに駆け付けてきたラウル、リーナ、ベールが部屋に入り安堵した表情をしている。
「良かった。ハルヒも今、起きたしあとで異常がないかを調べてくれるって」
ラウルの説明にこれから行われる事を聞いて、安心していると……姿が見えないメンバーはどうしているのかと聞く。
ベールの妹のフィルとランセの妹のイールは、今も怪我を負った人達の治療の為に走り回っている。兄であるセクトも治癒が行える為に、いつもならしない筈の治療も無理に行かされているとの事。
ランセはラーグルング国と同様に、防衛の為にと見回りを強化している。ふと、キールの名前を聞かなかった事でユリウスに聞くと5日前に魔族と対峙してから用が出来たらしくそのまま別行動を起こしていると言う。
「キールが独立で動くのは今に始まった事じゃないし、そんなに心配しなくても平気だよ」
「そう、だよね……」
逆に魔法隊を仕切るレーグから言わせれば、居なくて逆に良かったらしい。思わずどう反応をしていいのか分からず、麗奈が困りつつも少しだけ不安が拭えなかった。
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それはハルヒと麗奈がクラーケンと契約をしている最中の事。上空で魔族と対峙していたキールは魔法を展開し牽制を続けていた。
(魔物の性質を変えた魔族、か………)
本来なら水を苦手とするゴブリンが、何故か水の都として名高いダリューセクに現れたのか。生活の為に水を飲む程度、水に軽く触れる事は出来ても水の魔法に当てられればすぐに弱まり戦意を失うと言うのが魔法隊の中で知っている常識だ。
そして実際にダリューセクに現れたゴブリン達に、水の魔法を当てた際に弱まった傾向があった。しかし、それは一瞬の事でありすぐに何事もなかったように攻撃を始めた。
(水に弱い性質を持つ筈のゴブリン達が、恐れる事無く突撃した事。そしてその性質すらも変える力を持つ魔族……)
インファルは既にその魔族を囲うようにして魔法を展開し逃げ場を失わせていた。キールも魔族から来る魔法を警戒して自分だけでなく、大精霊のインファルにも守りの魔法を施した。
安心はせず目の前の敵に警戒していた時に魔族の姿が消え、ズンッと何かに貫かれた音が聞こた。それは自分のお腹を貫かれた音だと気付くのに時間は掛からなかった。
「ぐああっ……!!!」
インファルが異変に気付くのと自身が海に叩き落とされたのは同時だ。口から血を流したキールが自分を攻撃した相手を見ようと後ろを振り向いて、驚きに目を見張る。
「な、んで……き、み……」
「死ね」
腕から発せられた闇の力がキールにぶつけられる直前、貫かれた腕ごと斬り裂きそのまま下へと落下する。舌打ちするも、すぐに巨大な魔法を展開し黒い雷となって落ちる。
その巨大な魔法が発動すれば誰もが気付くが、この時もう1つ別の魔法が展開していた為に気付けなかった。ハルヒがクラーケンとの契約を果たす為に、麗奈が虹の魔法で補助を行った。その力と同じだけの力を発動していた為に、キールの危険を誰も気付く事が出来なかった。
現に魔法を展開した魔族は、クラーケンの居た方に目を向けニヤリとした。
「周りを崩すのが難しくなった、か……。やはり、仲間相手には無意識で加減するか」
下を見れば海には穴が開き、元に戻ろうとして大きな渦が幾つも生まれている。大精霊を海に叩き落とし、大賢者も下に落としたのなら生きてはいまいと判断しすぐに退散した。
例え生きていたとしても、腹部に深い傷を残してきたし仕掛けも施した。完全に動けるようになったとしても、それは全てが終わった時だ。
「くくくっ。まぁ、生きていようといまいとどうでもいい………大賢者を重症に追い込んだ。それだけでも良しとするか」
一方で、魔族の腕を斬り落とし黒い雷を防ぎ切った人物がいた。死神のサスティスと大精霊のウォーム。キールはウォームの形成する虹色の光に包まれて空中に留まっている。
《どういうつもりだ、死神》
「別に。あの子が悲しむから、防いだだけ」
《なに……?》
サスティスが言うあの子とは、麗奈以外のなにものでもない。ウォームは訝し気に見るも、先にキールの治療が先だとすぐに治療を行う。しかし、いつもなら治る筈なのだがそのスピードが遅い。
《ちっ。奴め、呪いを付与させてきたか……!!!》
大精霊であっても呪いに勝てるものは限られており、闇の力が強ければその分呪いの力も巨大だ。キールを襲った魔族は明らかに上級クラスの者だと判断する。
《父様っ……!!!》
《安心せい。契約者を失わせるような事はせん。呪いが付与されていて治療が遅いだけだ。呪いを解除すればこんな傷》
サスティスがパチンと指を鳴らせば、呪いで阻害されていた魔法が効くようになった。思わず彼を見つめると言葉は発さずに微笑んでいるだけだ。
《………借りを作った気か》
「そんなんじゃないよ。私自身、奴には用があったし顔を覚えた。……ザジには彼女の傍から離れない様に言ってあるから安心してよ。寝ている時に襲おうとするなら排除するよ、彼は」
適任でしょ? と言いたげな表情をするサスティスに、ウォームは感謝しつつクラーケンの変化を感じ取り思わず居る方向を見つめる。呪いに精霊が負けるは今までも起きていた事だ。
しかし、呪いを破った精霊はいない。
対抗出来るのは光の属性の精霊だけであり、他の属性の精霊達は例外なく呪いによってこの世を去った事もある。
しかし、それを破り元に戻した例は今まで1度もない事から不可能だと思っていた。
《………とんでもない事を、したな………》
例外を塗り替えただけでも驚きだが、クラーケンの魔力がいつもの落ち着いたものへと変わっていく様を感じ取り異世界人の力だからかと思わずにはいられない。
「ねぇ。彼の治療を優先してよ……あの子の事は私もあとで様子を見るから心配しないでよ」
《……そう、だな》
ウォームはキールを自身の作る領域へと招き入れ、前に麗奈が大怪我を負わされた時と同じ要領で行った。呪いを排除したが、それでも治癒魔法を掛け続け血を止める所までは成功しインファルに安心するように言った。
《ちょっと!!! あの子に何が……っ、お父様!?》
そこにエミナスも加わった。契約者のキールの危機を感じ取り、様子を見に行けばインファルが居るだけでなくウォームが居た事。少し離れた所に知らない男性が居た事で一気に警戒を強めた。
《アンタがやったの!?》
「違うよ……。私は死神だ。彼に触れる事は出来ない存在だよ」
《!? な、死神って……何でアンタみたいなのがここに》
《………どうも、気に入った子が居るみたいだよ》
《は?》
インファルがエミナスを連れて事情を話す。ここでうっかり麗奈の名を言われてしまえば、彼女は否応なく死ぬことを意味する。死神の傍に居ると言う事の危険性を説いたインファルはエミナスに、名は言わないまま我慢するようにと言われてしまう。
《………あの子、とんでもない連中に目をつけられたわね》
「ふふっ、お陰で私は楽しいよ。久々に話し相手が出来たんだ。簡単には手放さないよ♪」
《お嬢さんにある程度は近付いても良いが、危険な目に合わすな》
「無理なお願いだね、それ」
軽い口論をしたが、ウォームの提案によりこのまま集中治療を行いつつキールは別行動を起こして姿が見えないと言う風にすると言う形になった。ラーグルング国のイーナスにも事情を言わず、ウォームとエミナスの治癒魔法で徐々に回復させる方針で決まった。
《どれだけの時間が掛かるかは分からないが、今はこれで行くしかない》
《でも……あの子、きっと気にするわよ》
《ワシからウソを言っておく。お前さん達はこのまま治療を続けおくのだ》
了承したと言う意味で頭を下げたインファルに、エミナスも慌てて頭を下げる。サスティスはウォームと共にニチリの付近にまで戻り、これからの事を話しだす。
「私はザジの迎えに行くよ。まぁ、彼はあの子が目を覚まさない状態のまま来たりはしないけど」
《ワシはこのままお嬢さんの傍に居るフリをして治療を続けとる》
「何か手伝うかい。薬草とか霊薬のある場所とか探しておこうか?」
《要らん。死神に借りは作りたくないしな》
「そう。じゃ、彼女の事は任せておいて」
そう言って姿を消したサスティス。ウォームは溜息を吐きつつ、キールを襲った魔族が誰であるかをある程度定めていた。そんな不安な気持ちを持ちつつ、キールの治療と麗奈が目を覚ますまで、自身の領域と眠ったままの麗奈とを行き来する5日間となった。
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「ウォームさん? 何処に居ますか、ウォームさん。ウォーームーーさーーん!!!」
「クポポポ!!!」
「アルベルトさんが来ちゃった……」
嬉しそうに麗奈の元へと駆け寄り、彼女の肩に乗ったアルベルト。頬をスリスリとしているので、かなり心配させてしまったのだと思い謝る。
すると、今度何処か出かけて欲しいと言うアルベルトのお願いに、麗奈は笑顔で頷き「好きな物、欲しいなら買いますから」と言えばハートを飛ばして嬉しそうにしていた。
《おー、どうしたんだ》
「あ、ウォームさん」
「クポ、クポポ」
話しているとウォームが現れて内容を聞く。アルベルトと出掛ける事、好きな物を買う約束をしたと言い嬉しそうに報告してきた。
《あまり迷惑をかけるなよ》
「クポ!!」
「ウォームさん。キールさんの事、聞いてます?」
《うむ。聞いているよ》
「そうですか……。キールさん、1人で動くなら誰かに伝言を伝えると思っていたからちょっと心配で……」
《そうじゃな》
実際、今のキールは危険な状況なのは変わらない。
インファルとエミナスの双方で治療をしているが、ウォームの時のように治りが遅い。どうにかお腹の傷は塞ぐ事は出来たが、動いてもいい状態ではない。
意識も取り戻していないキールの現状を伝える事は、ウォームには抵抗があった。
「ウォームさん」
考え事をしていた彼に、麗奈は手で優しく包み込む。アルベルトも心配そうに見つめている。
「……何か、ありましたか?」
《いや、大丈夫だ。……これからの事を考えていた》
なんとか誤魔化したが、麗奈は少し納得いかない表情をしていたが深くは聞かなかった。後ろで見ているサスティスの視線が気になり、目を合わせるとニコリと笑顔を向けられた。
「クポ、クポ?」
「ん、ごめんなさい。私も考え事をしてて」
「ポポ、クポーポ」
「うん。無理はしないよ。……じゃあ、お風呂入る?」
アルベルトに聞いたら、彼は高速で頷き浴場へと案内しようと麗奈の服を引っ張る。ウォームはむすっとしながらも、共に行こうとしてサスティスに捕まる。
「貴方には少し話がある」
《お嬢さんとの時間を邪魔するな》
「はいはい。あとでね」
暴れるも、今の彼は片手で持ち運びが出来る。逃げられなくするのは簡単であった。サスティスがそのままウォームを連れて空へと上がるのをじっと見ていたザジは呆れたように言った。
「なにしたいんだ、あのじいさんは……」




