第113話:異世界人の力
轟く雷はクラーケンの周囲から発生していた。魔物を襲い、防衛をしていたキール達にも襲い掛かるそれらは激しさを増して全てに敵意を向けていた。
「!!!」
セクトは空中で旋回しながら、その雷が自分へと落ちて来るのを見てしまった。光の速度に人間の反応は追い付かない。このままだと直撃を受けると思ったが、雷はそのままセクトを避けて砂場へと吸い込まれるようにして避けた。
「ご無事ですか、セクト団長!!!」
「っ、わるい………」
白いローブに金の羽の刺繍が施された魔法隊を示すもの。茶色髪に同じ瞳の色のレーグが問いかけ、その間にラウルに背負われて地に足をつける。
「わりぃ」
「ホントです」
「…………」
弟にすら心配させられない兄とは……。
そんな心情を知らないのかラウルは自身の団長へとすぐに駆け付け、同時に彼の肩にはドワーフのアルベルトがポカポカと叩いてくる。
「クポーーー、クポクポ」
「だ、だから俺は麗奈みたいに言葉は分からないって」
「クポーーー!!!」
ラウルに八つ当たりをするように顔をポカポカ殴り続ける。その間にもウツボの形をした魔物が水面から現れる。途端、鉄砲の如く次々と突撃していく。
「グラビティ」
レーグが重力の魔法を操る。
それぞれの方向へと向かっていた筈の魔物は、見えない壁に吸い寄せられるようにして集められていく。その頭上からキールから放たれる雷。
黒焦げになり消滅する魔物。黒い一角獣のエミナスと白い一角獣のインファル。その角にはそれぞれの魔力を練り上げ、小さい球体がバチバチと放電していく。
《アース・ド・グラビティ》
《ブラスト・カイダ》
瞬間、大精霊から放たれる魔法により集められた魔物とクラーケンの両サイドに展開していた魔物ごと消滅させていく。
《数が多い。……キール、消滅させないと次々と復活させられていくぞ》
「復活?」
インファルの背に乗っていたキールはその言葉に疑問を持った。しかし、その意味を知るのに時間は掛からなかった。砂場の方で地上戦を展開しているラウル達と対峙している魔物達。
炎に焼かれ、氷漬けにされていく中で切断されていく魔物も多い。しかし、それで絶命する筈の魔物に変化が起きていた。ズズッ、動かない筈の腕が宙を浮きそのままヤクルの首にめがけて飛んでいく。
「ぐっ……!!!」
いきなりの圧迫に呻き、膝をつきその正体に愕然となる。
無理に剥がせばそのまま出血多量だ。ラウルも気付くが、すぐに事態を把握し行動に迷いが出る。しかし、そんな隙を与えない為になのか空を旋回していた魔物が襲い掛かる。
すぐに対処に入るが、背後では団長のヤクルの状況が気になってしょうがない。ここにゆきかベールが居れば、聖属性と光属性の魔法でどうにかなるかも知れない、とそう思わずにはいられなかった。
「ヒーリング・テンペスト」
そこに凛とした声が聞こえた。それと同時に、ヤクルの首を圧迫していた魔物の腕は消滅していきラウルとセクトを含めた地上のメンバーの体力はすぐなからず回復していく。
この清涼感のある魔力、優しく包み込む様な風。それを実行した人物に全員が後ろを振り向く。
「遅くなり申し訳ありません。本来の防衛はアウラ姫とディルベルト様にお願いされ我々はこちらに合流するようにと言われました」
ベールの妹のフィル、リーグ、リーナの3人が駆け付けて合流する。彼女は兄と同じエルフ。いつものピンクの髪は今は金髪になり深緑の瞳には輝きが増していた。
すぐさま矢を3本空へと放ち、その矢には凝縮された魔力が展開される。
「サクロ・フレチャ」
3本の道がなるようにして放たれた光の矢。
クラーケンには当たらず、別方向から来た魔物の方へと向かって行く。魔物にその矢が触れたその瞬間、自身の身体は消滅して周りに広がる。瞬時に消す攻撃を放ち、セクトは少しだけ冷や汗をかいた。
女ってこえーー、とそう思わずにはいられなかった。
今の光景を見たキールはインファルの言う現象を考える。普通、魔法で攻撃されたり武器で魔物を切り裂けばそれで絶命する。腕が落ちても致命傷を受ければそのまま動かない。
しかし、体の一部とは言え腕だけでヤクルを絞め殺そうとした。インファルによれば魔物の性質を変える魔族か、死骸を操る魔族が居るのではとの事。すぐにその可能性を考え、セクトに告げて地上は任せると言って自身は空へと駆け上がる。
「インファル。とにかく魔族の気配を探らないと始まらない」
《クラーケンから離れるぞ。元は同じ大精霊で、魔法でしか干渉受けない。魔法を弾き返されるのも、同じ精霊を飲み込んだ副作用だと考えられる》
「分かった。その辺は君に任せる」
未だに轟くか雷の中、インファルは空高く駆け上がり雲を突き破る。
黒い雨雲よりも上空に駆け上がった事で、キールが居る場所は雲は多少あっても静かなものだ。この下でクラーケンと戦っているのが嘘のように静かな青空の世界。
「……いた」
その中で、魔族の気配を感じ取れた。
いつも魔王のランセと行動をしていた事で、知らず知らずの内に魔族の気配と言うものを感じ取れるようになった。だから、すぐに分かりその場所へとインファルを走らせる。
ようやくその魔族を見付けた時、インファルから先制攻撃とばかりに突撃し戦闘へと移行した。
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フィル達をキールの居る防衛の方へとアウラが行くように頼んだのには理由がある。ここにある人物が来るのが分かったからだ。
「フェンリル様、お願いします!!!」
《ラビーネ・ラファガ》
空気が急激に冷え凄まじい風がスライム達に襲い掛かる。瞬時に凍り周囲に居た魔物達にすら影響を与えて氷漬けになる。
「遅くなり申し訳ありません。セレーネ様からの要請で参加いたします、咲と言います」
《精剣のフェンリルだ。役に立てる様に務めさせてもらう》
水色の毛並みの巨大な狼のフェンリル。その背に乗るのは麗奈達と同じ異世界から来た長髪の黒髪に茶色の瞳、弓川 咲。彼女はダリューセクの師団の制服である白い法衣を身に纏いアウラとディルベルトに挨拶をかわした。
「こ、この姿では初めてですアウラ様」
「この姿?」
「えっと、その……色々ありまして」
咲はセレーネの姿でアウラと話した事があるが、その時の事情を話していない為アウラにとっては初めてであっても、咲にはこれで2度会った事になる。フェンリルからは《あとで事情を話す》と言われ、思わずコクリと反応を示すアウラ。
「あの、でも……ぜ、絶対に国は守りますから!!」
《咲。そう気張るな。あのスライム達は本来ならこちらの味方なんだ。事情は終わった後に話す。なので、魔物だけを集中攻撃して欲しい。スライムは俺が全て封じる》
そう言いながらスライム達を全て氷漬けにしていき、巨大な檻へと放り込んでいく。ディルベルトは懐から翠色の水晶を取り出し、そこに魔力を集中し解き放つ。
「大精霊シルフ。竜巻を操り魔物を葬り去れ!!!」
空高く水晶を投げる。ピキリ、と徐々に割れていき強い魔力がそこに流れ込む。現れたのは翠の羽を4枚持った男性だ。蝶の羽のように半透明であり翠色に淡く発光している。
閉じられていた目がゆっくりと開かれた。短髪の整った顔立ち、両耳にピアスを開けキリッとした風貌。浅黒い肌を持ち上半身裸でタトゥーを刻み、少しタボタボのズボンをはいている。
ニヤリ、と口角を上げ両の掌を空へと掲げる。その瞬間、竜巻が生み出され魔物だけを空へと打ち上げる。スライムは器用にフェンリルのみに集中するように誘導した。
《どういうつもりだ、シルフ!!!》
《今までの話は聞いている。お前は仕事をやっておけ》
《こんのっ……!!!》
咲をアウラとディルベルトの元へと降ろしたフェンリルは、シルフの行動に激怒を示す。しかし、シルフは笑いながら仕事を押し付け《とっとと終わらそうぜ!!!》と豪快に風を生んでは魔物へとぶつけていく。
「……仲、悪いんですかね」
「その、ようですね」
「精霊の相性など私達は知らないぞ……」
大精霊にも人間と同様に性格が良い悪いはあるだろう。しかし、それが誰と誰かまでなどは予想もつかない。自身の失敗に落ち込むディルベルトをよそにフェンリルとシルフは言い合いをしながらも、ニチリと言う国を防衛する形となった。
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「この感じ……呪いか」
一方のハルヒはクラーケンの中に感じ取った馴染みのある力。恨みや負の感情を抱いて人間に危害を加える存在である怨霊と似ている、と。その近くで青龍の霊力を感じ取ったものが、急に来てのを感じ同時にそれらが急に膨れ上がった。
《すま、ない………迷惑を、かけた……》
申し訳なさそうな声を確かに聞いた。それが誰のものであるかを分かったハルヒはルネシーの領域から出て行く。すぐに式神である破軍を呼び出し向かえと言った。
『向かえって、一体何処に!?』
「いいから!!! 魔力がどんなものかなんて分からないけど、とにかく霊力とは違う方へと進んで!!!」
『ああ、もう!!!』
式神使いが荒いな!!! と文句を言う破軍にハルヒは構わず向かう。暗く先の見えない道だとしても、この先に答えがあると信じて突き進む。
一方、出て行ったハルヒを追おうとしたゆきは、ベールと共に空へと投げ出された。
「えっ……」
「こちらに……」
唖然となったゆきは、次の瞬間にはベールの腕の中へと引き込まれていた。しかし、その表情はとても苦しそうにしていた。すぐにルネシーを呼ぼうとした時だった。
《そのまま動くな!!!》
低い声が聞こえた時には、ドサリと何か固い物に落ちた様な感触。ゆっくりと目を開けて見れば、黒い翼が見え自分が鱗のある背に乗っているのだと理解し始める。
《よくクラーケンから抜け出して来たな》
「へっ!?」
「分かりませんよ。急に放り出され……たんですよ」
休んでいた途中のベールはなんとか状況を把握し、自分達を助けた存在である大精霊のブルームへと話す。ゆきは必死で話さないようにと集中していた為に咄嗟に答える事が出来なかった。
《そうか。では破壊しても文句はないな》
「ダっ、ダメです!!!!!」
クラーケンの中にはまだハルヒと麗奈が居る。破壊と言う言葉にすぐに青ざめたゆきはすぐに中止するようにと声を掛ける。しかし、ブルームは《軽くだ》と言うが正直……軽くで済むとはゆきにはとても思えなかった。
「と、とにかくダメです!!!」
《小僧と同じように心配するな。足を何本か消すだけならいいな》
「ダ、ダメです!!!! どんな攻撃でもダメです!!!!」
普通に消すってなんだ、と心の中で思ったがブルームの声は冗談を言っているようには思えず本気だと悟るのは簡単だった。雷が無差別に襲い掛かる中、突然クラーケンの身体が黒く染め上げられる。
《アギオ・アミナ》
「サクロ・キクロス!!」
ブルームは自身の周囲に、フィルが異様な魔力を感じ取りすぐに防御魔法を自身とリーグ達へと白い膜を張る様に展開する。魔力の暴発かと思ったが、異様なエネルギーの爆発もなく染め上げられた体が徐々に白くなっていく。
巨大なクラーケンから光が発生し、その周囲に居た魔物達を一気に消滅させていく。ボロボロと消し炭のように魔物を消す現象に、次は何が起きるのだと構えるセクト達。
発光するクラーケンの足元。そう思われる場所から、青白い魔方陣が大きく描かれていき溢れ出す。
「あっ、あそこ!!!」
リーグが指を指す方向に思わず全員が見上げる。
そこには風魔と白虎の背に乗る麗奈とハルヒの姿が確認される。肩で息をし苦し気にしている麗奈と、汗を拭うハルヒは共にクラーケンを見てから互いに顔を見合わせて共に頷く。
「なん、とか……陣は組んだ。ツヴァイ!!!」
《了解よ、麗奈!!!》
すぐにツヴァイが魔方陣を固定する為に魔力を注ぎ込み、更なる魔力が力となってクラーケンを抑え込む。
《言った通りよハルヒ!!! さっさとしなさい。殆どの異世界人は召喚士の資格を得られる。だから――》
だから、君にも扱える筈だと断言するツヴァイ。2人の霊力は中での戦闘により殆ど尽き欠けている。風魔と白虎を同時に展開している麗奈の方にも限界が近くいつ倒れてもおかしくない。
ハルヒの近くに破軍の姿が見えない事から、彼が具現化できない程の霊力を削った事が示唆される。
時間は残り少なく、失敗したら終わりだと言うプレッシャー。今まで怨霊との戦闘で味わったプレッシャー以上のものをハルヒはヒシヒシと感じ、不安でしょうがなかった。
その時、パシッと麗奈がハルヒの手を握る。
「大丈夫、ハルちゃんなら出来るよ」
だって幼馴染なんだよ? と微笑む麗奈に、ふっと力が抜ける。深呼吸をし、今までの手順を頭の中で何度も復唱し覚悟を決める。
「魔物のクラーケン……いや、大精霊クラーケン!!!」
自分が身に付けていた魔道具を空高く投げ、魔石が輝くと虹の光がクラーケンを優しく包み込み魔方陣も水色から虹の色へと変化していく。
「クラーケンの名を捨て、新たな名前を与える。ポセイドン、僕に従え!!!」
さらに強い光がクラーケンを包む。その光は天へと伸び、その見た目は柱の様な形にも見える。その光が収束し、魔道具となってハルヒの手元に戻り出来た事の達成感で麗奈と共に笑顔になる。
それを最後に2人の意識は暗転へと誘われた。自分達を必死で呼ぶ親友の声を聞きながら………。
目を覚めたのはそれから5日後になった。




