第112.5話∶大精霊の力
流れは変わった。
そう思うではなく既に見ている。何故なら創造主ディーオは、今までの流れを見てきた。クラーケンの動向、式神の青龍の異変、ユリウス達の防衛戦。その全てを彼はいつものように水晶から見ている。
モニターのようなそれらは次々と場面が切り替わる。
未だに状況が分からないまま、崩れ落ちる麗奈。それを悔し気にしながら、自分の視線を感じ取ったのか睨み付けて来るザジ。サスティスも自由に動いているがこれも全ては魔王サスクールを倒す為のもの。
「……どうする、麗奈ちゃん。このまま行くと、本当に青龍は……いや、神の子供は呪いにより完全に消え失せる」
それで良いのか、とショックを受けている麗奈へと問いかける。当然、返答なんてものはない。が、彼女が立ち上がり前を見る。
「っ、やだ……青龍は、彼は私の大事な仲間なんだ!!!」
だから取り返す。そうしないといけないのだと言う麗奈に、ディーオは目を見張る。彼女のように果敢に立ち向かう人間が少しでもいれば、未来は変われるし変えられる。
「………君自身、とんでもない爆弾を抱えているんだけどねぇ」
それを教える立場にはない。そして、知った時彼女はどのような反応をするのだろうか。ザジはこちらを見限り殺しに掛かるかも知れないが……。
「いや、ないか。彼もそうしたくても出来ない理由がある。まぁ、手伝いはしようか……」
ザジには絶望を、彼女にはさらなる絶望を与えなくてはならない。
いずれ知った時、彼女は立ち向かえるのか。それとも終わるのか……。
「君も早くしないとね……」
そう呟くディーオの前には、魔物の大軍を大精霊ブルームとで蹴散らすユリウスの姿が映し出されていた。
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何故、その時に願いを叶えたのかは分からない。
ただ、巫女として神の声を聞きやすい一族があったのは事実だった。でも、声を聞けるようになった時には生贄にと娘が1人、また1人と湖の底へと沈んでいく。
どの人物も心からそうであるのが当然の様だと言わんばかりの表情をしていた。それが何故なのか、と理解しようにも出来なかった。
自分は水神。その中で龍と形作ったのは力の強い証明でり、雨を降らせ土地に恵みを与えるものだと知っていたから。その力が段々と強まり、龍神として力を強め人間を理解したと言う欲求に駆られた。
何故、生贄に選ばれるのは皆、女性なのか。
何故、死を恐れずに湖へと飛び込めるのか。
何故、神の声を聞くと言う特別な力に誇りを持っているのか。
何故、何故、何故、何故。と思っていたほどに自分は知りたいのだと気持が素直なようだ。
「………もう、いい………」
ここまで力が上がるのは、やはり生贄に選ばれた女性が特別なのかまた巫女と言う特殊な力だからなのか、とそう思わずにはいられなかった。
「もう、止めてくれ………」
力は上がった。だけどそれ以上に苦しかった。自分の力を上げたのは、生贄の者達によるもの。感情を知った、人間と言う生き物が居るのを知った。生きるのには生活をしなければいけないのだと知った。
「やだ……死にたく……ないよ……」
そして、本当は死にたくないと言う願いも声も聞いてしまった。
聞こえてしまった。
「もう、よせ………」
それ以上は聞きたくない。こんな苦しいものなら、神なんてものは嫌なものだ。何故、こんな苦行を耐えなければならない。何故、自分は龍神として存在しているのか。
「いやだ。いやだ……もう、いやだ!!!」
そう思い必死で這い上がった。無様に意地汚く、みっともなくあがいた。そして、そのあがいた先には確かに――光があった。
「こ、んにちは……えっと、貴方は……」
「………?」
ザブン、と水の中から這い上がった自分。そして、大きな黒い瞳、同じ色の艶のある黒い髪の少女がいた。
「名前、分かる?」
「………」
フルフル、と首を振る。首? と思い、水面を見て見る。自身の姿に目を見開いた。確かに自分は少女と同じような風貌をしていた。しかし、片腕は人のものとは違う水色の鱗に鋭い爪。明らかなに人間と呼べる風貌ではない自身に、驚き言葉を発し様には分からない。
「私、朝霧 優菜。朝霧家って言う家の当主なんだよ。これでもね」
よろしくね!! と明るい笑顔と自然に出された手。それが……のちに青龍と呼ばれる龍神の子供と人間との出会い。自分を慕う彼女を助けたい。
そんなささやかな願いから始まった交流。やがて神の子供と言われる由縁が、奇跡が優菜の元にやってくる。
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随分と懐かしいものを思い出したと、青龍は思い辺りを見渡す。見えるものは変わらずの暗闇。しかし、青龍の目には邪気を放っている鏡が見える。
そこまで辿り着くのに時間は掛からなかった。妨害を警戒したが、拍子抜けのように何もなかった。
『まだ意識はあるか。クラーケン』
《ダ……レ……ダ》
くぐもった声は低く、発する度にとても苦しそうにしていた。
あまり長居は出来ないと判断した青龍は、クラーケンを相手に他愛ないの話をしようと話し掛ける。
『驚いた。長い間、呪いに侵されているから意識はないと思っていた』
《ナ……ツカ……シ……イ、チカラ……ヲ、カンジ、タ》
『懐かしい……? そうか、ここには親が2人も一緒に居るんだったな』
精霊を生み出した原初の大精霊アシュプと天空の大精霊と喚ばれしブルーム。人と関わりながらも気配を感じさせない彼等は、麗奈と言う異世界から来た人間と関わった。
傍観を貫き、手助けをする時はあれど、ここまで本格的に介入はしなかった。アシュプは契約した麗奈の為、ブルームは自分を消し去ろうとした魔王サスクールを倒す為。
『くくっ、主は凄いな。何かに引き寄せられている、もしくは引き寄せている、か。……クラーケン、元に戻りたくはないか?』
《ナ、ニ……》
その反応は単純な疑問だ。
呪いにより意識も殆どなく、人を襲い、魔物を喰らい、大きな都、国を葬ってきた。だから今、この場で死ねるならば頼もうとしていた。
なのに、元に戻りたくはないか? と確かに聞いてきた。今さら、生きて何をしようと言うのか……。
クラーケンは今、思案する間を貰えている。今までではなかった事。ただ、体が軋むように痛く何度も苦しいと叫んだ。
その声に反応するものなど、居ないはずなのに……。居た事を思い出して、自身が飲み込んだ事を思い出した。
『お前は今まで葬ってきた者達の嘆きを知れ。そして悔いているのなら死んで償うと言う考えは寄せ。お前を扱える奴は近くにいる』
《ダレ、ダ……ソレハ……》
『会えば分かる』
青龍はそう言って鏡に封じられていたクラーケンを、引きずり出して溜め込まれた呪いを一手に引き受けた。
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「っ、なんだ……」
《よそ見をするな、小僧!!!》
海が全体的に何かに覆われたような感覚に、ユリウスは思わず麗奈達が居る方向を見る。しかし、背に乗せて魔物を蹴散らしていたブルームからは怒鳴り声と共に雷が落とされる。
「ちょっ……!!!」
ユリウスのいる防衛で空中戦を行えるのはブルームしか居ない。そして、力の加減は出来ないと告げてきたブルームの微調整をウォームが行い、ユリウスの肩にしがみついている。
《馬鹿もん!!! 陛下ごと突き落すつもりか、お前は》
《アシュプが盾になれば良いだろう》
《何でそうなる!?》
言い争いながらも魔物達を蹴散らすブルーム。通った後には竜巻が起き、水の渦が発生したり、轟く雷が起きたりと魔物と対峙しているのか自然と対峙しているのかが分からなくなっている。
実際、ブルームの力が強すぎでニチリの宰相で魔法を扱えるリッケルはその光景に手も足も出ない状態だ。
(あれが、大精霊……)
ニチリに生まれ住んできた彼はこの国に住まう様にして守る大精霊の存在を知っている。魔法を扱えると言う事は彼等の魔力も少なからず感じ取れる。日々、感じ取れていた物の大きさは理解してきた。それが2つもあると言う状況は、とてつもなく大きな力なのだと分かっていた、はずなのだ。
(全ての精霊の頂点に立つ存在……アシュプとブルーム)
今も炎を起こしながら、七色の光で魔物達を一瞬の内に消し飛ばすドラゴン。その背に乗るユリウスは飛翔してくる魔物を切り裂きながらも、何とかバランスを取れている状況。
大精霊とは一線を引いた戦力。
それを異世界の少女とラーグルング国の陛下が契約を果たしたと言う事実。彼等に契約者はおらず、初めての契約者だと言うのに妙に馴染んでいると思うのは気のせいなのだろうか、とふと考える。
(………何か、あるのかあの2人には)
精霊に気に入られたからと言って、契約まで持ち込めるものなのだろうか。そして人よりも精霊に気に入られやすい少女は、ハルヒと同じ異世界から来た人間だ。
この世界の者よりも多くの魔力を保有する異世界人。
しかし、何故彼等だけが……異世界から来たというだけでこの破格の待遇。それにはきっと裏があるのだと思わずにはいられない。
「ブルーム!!!」
《うるさい、分かっているからいちいち言うな!!!》
ユリウスの双剣からは虹の光が纏う様にして輝きだし、同時にブルームも自身を含めて球体を7つ程空中に留め魔力を溜めていく。
「セラス・クロイツ!!!」
《カタストロフィ!!!》
空へと放たれる十字とブルームの見える海の全域へと放たれる極大魔法。あまりの輝きに目を閉じざる負えないリッケル達。やがて目が開けられるまでに回復し、目の前で起きた事に目を見開いた。
城には多くに国民達が避難してきている。だから、魔物達も人がいる方向へと襲い掛かる。それをユリウス達が防衛しているが、今まで空を埋め尽くすほどの大軍は今の2撃により綺麗さっぱり消え失せていたのだ。
戦闘での名残で広がる海の色は綺麗とは言えないが、蒸発してなくなると言う事もなくいつもの静かな風景が広がっていた。
「おわっ、た……のか」
「ほ、殆どあの青年が1人で対処してたけど……」
「陛下!!!」
ザワザワと騒ぐのは警備隊の者達だ。それはリッケルも同様であり、戦闘に参加していたのはほんの数分だけだ。同じ国から来ていたイールがユリウスへと駆け寄る。
地に足をつけた途端、ガクリと体が倒れ込む。地面にぶつかる前にイールによって支えられ何とか踏みとどまる。
「今、回復魔法を行います」
「うぅ、悪い……」
《情けないぞ、小僧》
「うる、さい……」
音を立てずに静かに降りて来ていたブルームは、羽を折り畳み上手くまるまっている。本当なら睨みたいのだろが、その体力もないからかユリウスは素直に治療を受ける。
そんな彼の目の前にはウォームは立ち≪ワシからもな≫と言って、額に手を当てて同様の治療を開始する。
《おい、休むな。まだ全部終わってないんだろが》
《休ませろ、ブルーム。人は我々みたいに魔力の貯蔵量は多くない。合わせろと何度言わせれば……》
《知るか。では、我は異界の女の方へと行くぞ。魔王の方はもうじき終わるだろうし、別の方面ではスライムの大軍が来ているからな》
《伝言きたぜ~》
ユリウスの影からのんびりとした声が聞こえ、それが人の形をしていく。ランセの契約しているガロウであり、今は風魔と同じ人間の形態でユリウスの前へと現れた。
《こっちはもうすぐ終わるから、何処に行くのか聞いて欲しいんだって。凄かったぜ? ランセが炎と闇だけで一掃させたから跡形も無いけどね》
魔王こえー、と言いながらもユリウスの頭をポンポンと撫でるガロウ。思わずギロリと睨むが《力でねーのか。ご苦労さん》と余計に撫でられる始末。しかし、途端に真剣な表情になり《麗奈はクラーケンの中らしい》と呟く。
「!?」
《待て。まだやられてねーから。他にも人は居るから下手にクラーケンを殺そうとすると中に居る者も巻き込まれる》
「………クラーケン以外を無力化した方が良いか」
「そうなるとスライムの対処、と言う事ですか?」
「かも知れない。……ランセさんにはその対応を任せようと思う。そう伝えてくれるかガロウ」
《はいはい。んじゃ、もう少し休めよ~》
そのまま影に飛び込み吸い寄せられるようにして消えていき完全に気配がなくなる。ガロウからもたらせた情報はユリウスにとって信じがたい内容だった。
麗奈以外にもクラーケンに飲み込まれた人物が居ると聞き、真っ先に浮かんだのはゆきとハルヒの2人だ。すぐにでも駆け付けたいが、体は正直なのか動こうとはしない挙句イールには止めるようにと注意を受けてしまう。
「………」
《焦るな、陛下。お嬢さんは強いから平気じゃ》
「すみません。麗奈の方に行きたいのに……こっちで」
《いやいや気にするな。ブルームの奴が力加減も出来ない半人前で、こちらとしても悪いと思っている》
《どういうつもりだ、アシュプ》
グルルル、と睨み付けて威嚇するブルームにウォームはふんっと顔を逸らす。舌打ちが聞こえたかと思えば凄い突風が襲いかかる。
《面倒だ。我は女の方に行く》
「へっ」
《食い止めてやる、と言っているんだ。素直に待てしておけ》
理解する前に既にブルームの姿は消えていた。それと同時に雨雲が全て、クラーケンの居る方へと集中しとてつもない雷の嵐が降り注いだ。それは何かの幕開けのような、そんな予感の轟音がニチリに響き渡った。




