第112話:彼の本音
自分の身体が何か温かい光に包まれているのを感じ取った。それが魔法によるものだと気付くのに、時間は掛かったがなんとか理解出来た。うっすらと目を開ければ自分を心配する2人の人物。
ゆきとハルヒ。そう気付いた途端、2人にのしかかられるようにして抱きしめられる。
「よかっ、良かったよぉ!!!」
「心配したよ、れいちゃん」
「………ゆき。……ハルちゃん……」
探していたのは2人なんだけど、と言いたいが何か違うかと思いそのまま黙っている。そうしていたら2人からは非難が飛んできた。
「なに笑ってるの!!!」
「人の気も知らないで……!!!」
「ご、ごめん………」
まさか探していた2人に怒られるとは……と思いながらも、無事でいた事で麗奈は自然と笑みを零していた。それがいけないのだと散々言われていると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
ん? 思って振り向くと大人の女性が空中に浮かんでいた。足を組みこちらを楽し気に見ており、フワフワとした雰囲気が親友のゆきのようだと思っている。
≪お父様の契約者様、初めまして。私はルネシー、主であるゆきと契約をした水の大精霊……と、言いたいところだけどまだ駆け出しよ≫
「駆け出し……?」
聞きなれない言葉に麗奈はコテンと首を傾げた。ゆきにちょんちょんと肩を叩かれ自分達も聞いたんだけど理解出来ないと小声で言って来た。改めて麗奈がルネシーから話を聞く。
駆け出しと言われる由縁。
彼女を生み出したのは麗奈が契約をしているアシュプである事。本来、親から生まれた精霊は一定の年月が経つと自然と世の中へと足を向け親の元を離れる。
水なら湖や泉、海などの関連した場所。炎の精霊なら火山、風の精霊なら山や空など自分の属性と合う土地へと赴く。そうして長く自分の合った土地に長く住み力が上がるようになれば、その中で突発的に力の強い精霊が生まれる。
それが大精霊と呼ばれるようになった理由。
通常の精霊との違いは圧倒的な魔力保有する量の大きさと土地と属性に左右されずらいと言う特別性を持つ。
≪だから同じ土地で育ったフェンリルとツヴァイがいい例でしょ?≫
コクコクと麗奈が反応を示す。
氷の大精霊であるフェンリルは、泉の精霊のフォンテールと同じディルバーレル国に生まれ育った。その国にはラーグルング国と同様にアシュプと同じように、黒い鱗を持った大きなドラゴンのブルームが地を治めている。
「フェンリルさんとツヴァイは今も仲が良いし、フェンリルさんが大精霊になった時も喜んで送り出してくれたって聞いたよ」
≪今もその関係性は変わっていないようだけどね……≫
本来なら力の強い筈のフェンリル。しかし、長く共に暮らしてきた事もあるからかフォンテール――今は転生をし新たに名前を麗奈から貰ったツヴァイに色々と弱い。
力関係的に姉がツヴァイ、弟がフェンリルと言う関係性になっているのだと麗奈から聞きルネシーは思わず≪大精霊も、大変ね……≫とボソッと言った。
「じゃあ、ルネシーさんはウォームさんの力で生まれたけど力は大精霊並みに強いから駆け出し……って事?」
≪えぇ、そう言う解釈で平気よ。魔力量は精霊よりも多いけど、クラーケンを相手に出来るかと言われると自信はないわね≫
領域を展開し続けているから、戦う為の力がね……と困ったと言う。そう言えば、と麗奈は思い出す。ツヴァイも言っていたではないか。領域を展開し続けるのにはかなりの魔力を必要とする。そして、そんなに何回も展開できるだけの力も持っていないのだと。
(ウォームさんとブルームさんなら……クラーケンを閉じ込める事、出来るのかな)
ふと、上を見る。クラーケンに飲み込まれた麗奈達が今、何処に居るのかと思う。海の底なのか、それともまだニチリの土地に体ごと出しているのかは分からない……。
別の場所ではユリウス達が魔物の大軍を相手にしながら、このクラーケンの相手もしないといけない。いくら魔王であるランセが協力関係であっても不安は残る。
「………」
「れいちゃん、どうしたの?」
「陛下達の事、心配?」
ゆきの質問にコクリと素直に頷く。傷を治して貰っても未だに秘術を使った反動で体が動きずらい。起き上がろうにも足に力が入らず、倒れかけるのをハルヒに助けて貰う位に情けない。
「うぅ、ごめん」
「れいちゃん………何があったの?」
「えっ」
抱えられるも、ハルヒは表情を読ませないのか笑顔だ。なのに、その笑顔は凄く寒気を覚え知らず知らずの内に体が震え思わずゆきに助けを求める。思わずひしっとしがみつきたいのに、許さないとばかりに引き寄せられる。
「れいちゃん?」
「ひっ、べっ、べっ、べつに!?」
「………れいちゃん、言わないつもり?」
「え、あ、う………」
既に涙目の麗奈にハルヒは容赦なく聞いてくる。ゆきの方に助けを求めるも、彼女はさっと視線をそらしてしまう。……それで逃げられないと言う絶望を味わう事になり、ルネシーにも助けを求める視線を送るが――
≪ごめんね、ゆきが手伝えないのなら私には無理だわ≫
当然のように拒否をした。
あー、そうですよねー、と麗奈は知らない間に汗をかいていた。無論、ハルヒの視線から逃れられないのとか色々と……。諦めた時、ひょいとハルヒから奪い麗奈は浮遊感の襲われた。
『主をイジメるとはいい度胸だね』
「そんなことないよ。今の今まで何処に消えてたんだか……式神のくせに」
『ガキに言われたくないなぁ~』
ピキリ、と怒りを滲ませる黄龍に麗奈は不味いと思うもハルヒも負けずに言い返す。チラッと黄龍を見れば分かったように返事をされ、ここに来るまでの経緯を話した。
クラーケンが飲み込んだのは、街や都だけでなく人間や精霊をも飲み込んだ。その中で死んだ者達が恨みを晴らそうとするも、麗奈達のように生きた人間はなかなか居ない。
居たとしても、魔物に襲われて自分達の恨みは晴らす事は出来ない。そうして、また自分達と同じように怨みを晴らそうとする負の連鎖が続く。
『でも、今回は飲み込まれても生きている人間が多くいるだろ? しかも、ここにエルフである騎士も居るんだ。格好の的、もしくは餌になるでしょ?』
「エルフ……?」
『深緑の髪に眼鏡の青年だったけど?』
「ベールさん、の事……?」
『そうそう。彼と妹さん、エルフなのを長年隠してたんだよ。まぁ、お父さんが居るっぽいし理由を聞きたいのなら聞いてみればどう?』
「………」
ゆきは思い出す。自分に古代魔法の適性があり、尚且つ身近間だけど教えてくれた人の事を……。
キールが試しにとゆきに目をつけ、エルフの中でも扱える者が少ない古代魔法。魔族に対抗する魔法に特化し、聖属性の魔法も扱う者よりもさらに強力な魔法。
事実、父親であるフィナントから教わらなければ魔法協会での魔族との戦闘では危うく死ぬ可能性を含んでいた。少なからず、ゆきにとっては命の恩人であり魔法の師匠の1人だ。
ただ、とゆきは思う。
彼は元から難しい表情が多く、怒っているのか不機嫌なのかを見極めるのが難しいのだと。以前、お礼にと彼の屋敷に出向き自分で作ったお菓子を持って行った。あの時は、お菓子作りが得意な麗奈にも手伝って貰った。
詳しい経緯は聞かないでくれたが、ゆきがお菓子作りを自分から聞きに来ることは少ない。殆どを家庭料理につぎ込んできた家事スキル。
料理が出来るのなら当然、お菓子作りも出来るのだろう。が、相手は自分よりも年上の大人に渡すもの。緊張のしすぎで普段はしないミスも多々やってしまったのだと……。いつの間にかトラウマになり、そうなると自然とフィナントに対しても少しだけ、少なからず苦手意識を持ってしまうのも事実だった。
「が、がんばる……」
何とか絞り出した言葉はとてもありふれたもの。だが、ゆきにとってはこれが限界なのだ。時々、会う度にビクリと反射的になるのもそれらが原因だ。
そんな状態のゆきを知らぬまま、ハルヒはルネシーからこの世界でのエルフの特徴を教わっていた。深緑の瞳の同じ髪の持ち主。皆、美形であり魅了されるのだと。
≪戦えるエルフは殆どを弓で扱うのだけれど、彼は珍しいよ。騎士と言う接近戦での戦闘と中距離での魔法を得意としているんだから≫
と、説明をしている中でバリバリと何かが突き破られる音が聞こえてきた。すぐに警戒を示し、魔物かと身構えるハルヒは途端に「げっ」と明らかなに不満の声を漏らす。
「つぅ……な、なんか色々と疲れました………」
≪情けないわね!!! それでも男なの!? フェンリルはもっと頑張ってたわよ≫
「大精霊とただのエルフとを同じにしないで、下さい………」
『主か!!!』
『うわ、もう来るの……』
普通に黄龍から奪い取り、主である麗奈の無事を確認する青龍。ルネシーは再び領域の展開をし直し、頭上にあったと思われるヒビがなくなっている。落ちてきたのは話で話題になっていたベールだ。
麗奈を見付けたツヴァイは喜びを表現するかのように、彼女にひっつきしまいには泣く始末。
≪バカバカバカ!!! 麗奈、いつもどこかに行くのは何なの!? 意地悪なの、癖なの、一体何なのよ!!!≫
「わ、分かりません………」
≪バカーーーーー!!!!≫
ポスポス、と麗奈の頬を叩くツヴァイ。無事である事が嬉しくてそのままでいると、ベールからすぐに抗議が上がる。自分は何もせずに、ベールにばかり魔物退治をするのだと。
「大変でしたね、ベールさん」
「大人が情けないですね。エルフって言う種族なんでしょ?」
「だからエルフもいろんなのが居るんですよ。当たり前のように言わないで下さい」
やれやれ、と既に疲れた様子のベールだがゆきとハルヒが居る事に安堵の表情を浮かべる。そして乱暴に頭を撫でまわり「皆さん、かなり心配してますから」とニコリと言った。
「ごめん、なさい……」
「すみません……れいちゃんも、無茶させた要因はやっぱり僕等か」
「そうだね」
まさに予想通りの展開になり2人は反省をする。ベールと合流し、追って来た魔物の排除も粗方出来たがクラーケンからどう脱出するかと言う問題に直面する。
「ですが、まずは休みたいです。……いくら魔物や魔族に強い聖属性の魔法でも、こうも立て続けになると、疲れます……」
「わわっ、ベールさん!?」
倒れるベールをゆきが咄嗟に支えようとして、目の前に別の人物が割り込みそのまま肩に担がれる。青緑色の短髪の髪に同じ色の瞳を持つ青龍が『無理だろ』と言ってきた。
『主のように華奢な君では、どうみても無理だ。土御門も、随分と小さくて華奢だな。……本当に男か?』
「ケンカ売ってくるとは思わなかった。なんなら、華奢じゃないって証明しようか?」
『ちょっ、ま、待て主。青龍は乱暴だが力が強いのはマジだって』
ケンカ腰のハルヒを止めるのは、彼の最上位の式神である破軍。土御門 幸彦、本人だ。彼はハルヒのように、陰陽師用の戦闘服ではあるが、腰に刀を差している。いつも扇子で余裕の表情をみせる事が多いが、相手は龍神の子供であり朝霧家に陰陽道を伝え残した。
東の守護、青龍。
東西南北の位置に座する守護神の名前。ラーグルング国にある4つの柱があるのは力の安定が良いから。ニチリにある柱も、陰陽道の習いに配置しているが、力のバランスはラーグルングよりも数段劣る。
青龍と言う仮の名であっても、彼は朝霧家を陰陽師として確立させた陰の立て役者。朝霧家がある限り彼は、朝霧家に仕え続け主と認めた者のみに力を使う。
だからこそ──
「青龍、ハルちゃんとケンカしないの。ベールさんを少し離れた場所で寝かせようと思うんだ。私が倒れたみたいな感じで横になって貰おうと思うんだ」
良いよね? と、青龍の服を引っ張りながら聞く。自分に話し掛けてきたのは誰がどうみても分かりきっている。だから青龍は、嬉しくてふと笑みを浮かべた。
『……』
「青龍、どうしたの?」
『承知した、主』
ハルヒの方には振り向かず麗奈の所へと颯爽と行きベールを休ませる。態度が突然変わった青龍に、ハルヒは驚いたように固まる。先程までのやりとりはなんだったのか、と思いたくなる程に青龍の変わり様は凄かった。
「ビ、ビックリだね。青龍さん、麗奈ちゃんの隣に立つと雰囲気変わるんだね」
ほら、また笑ってる。とゆきはハルヒに教える。破軍も一緒になって見れば、先程のケンカ腰から一変して優しげな雰囲気を纏う青龍。すると後ろから黄龍が『真っすぐな奴だから気にしないで』と、パタパタと風を送りながら2人に言う。
『青龍は生まれて間もない子供だから、さ。見た目は成長してても中身は子供とそう変わらない。現にアイツは主にしか態度を崩さない』
そう説明していたら、青龍から『領域から出て行くがすぐに戻る』と一方的に言われそのまま麗奈と共に姿を消した。
「一筋って言うより……独占欲の塊じゃない」
『え、君がそれを言うの? 主に振られてのに』
「………へぇ」
「ま、待って!! ハルヒ、抑えて。暴れないでよ!!!」
「ごめん、無理。破軍、止めないよね?」
『あーはいはい。黄龍を相手に出来る訳ないっての』
「破軍さん!? ハルヒの事、止めない気でいるの!?」
ゆき達の行動を止めないでいるルネシーはツヴァイと共に観賞中。しかし、ツヴァイは何故青龍が領域を出て行ったのかを知っている。死神がいるからか、と予想をつけたがそれを言うつもりはない。
戻ってくるのを待ちながら、未だに暴れ回るハルヒ達を楽し気に見つめるのだった。
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『それで。どういう用件で俺を呼んだんだ、主』
「前に白虎から聞いたんだけど……青龍の目って遠くを見渡せるって聞いたんだけど、どの範囲まで見えるの?」
『……そうだな』
辺りは未だに暗い中、青龍と麗奈は周囲に火の玉を浮かして照明代わりに使っている。ザジの青い炎でも思ったが、クラーケンの中は何でこうも暗いのかと麗奈は不思議に思っていた。
『………』
青龍の黒い目が金へと変わる。それは龍の目のような、人間の目でない綺麗なもの。思わずそれをじっとして見ていると、やがてその目で自身が映りこむ。
『かなり奥の方に黒い鏡があるな。……ここからだとギリギリではあるが、邪気を感じる。ラーグルング国の黄龍達に掛けられた呪いの類だとみて良い』
「ラーグルング国と……同じ」
『手段はある。俺に呪いが移せばいい。そうすればクラーケンは一時的にでも正気に戻る。元が大精霊なら誰かが契約者になり、精霊としての機能を正常に戻す筈だ』
「……えっ」
青龍は傍に来ていたサスティスとザジに視線を向け『そう言う事だろ、死神』と言って確認する。しかし、麗奈はそれよりも青龍の言葉が気になり腕を掴む。
「まって、なにを……青龍、何を言っているの……」
『俺の神力は無限ではない。ラーグルング国の呪いは効かないと言ったが、事実は違う。自身の神力で跳ね返したに過ぎない。………こうしているのも、俺にとっては既に限界なんだ』
だから……、と麗奈を突き放して離れる。ザジがすぐに受け止めたが、麗奈の身体が震えている事に気付いた。サスティスと青龍の視線が合い、これで良いんだろと言いたげな表情でふっと笑う。
『貴方が主で良かった。朝霧麗奈、初代と同じ優しい貴方に会えて良かった』
「っ、青龍ーーー!!!」
手を伸ばしても届くことはなく、式神の青龍は泡のように消え去った。あとに残ったのは泣き叫ぶ麗奈の声だけだった。




