第111話:怨霊と陰陽師
この世界に来て、怨霊が魔物と似ているような存在だと言うのはなんとなく分かっていた。怨霊と魔物は存在が違くとも、気配はどこか似ている。それでも麗奈は札を作る為に要らない紙を使い手書きで札を欠かさない様にしていた。
イーナスにも使わない紙を譲り受け、それ等の紙を使って札を作る位に補充していた。それ位、怨霊との戦いには札が大量に使う。数が多ければ多い程に札を使う量も比例して多くなる。
「ア……ア……アアー」
『はっ!!!』
呻き声が合唱のように響く中、黄龍は手にした武器で一閃する。何度繰り返しても聞きなれない声に、黄龍にしては珍しく涼しい表情から苦し気な表情へと変わっていく。
『あぁ、何でこう嫌な声なんだか……』
「水牙!!」
札が水色に代わり、水の刃となって怨霊達に攻撃をしていく。麗奈の方も少し苦し気にしているのは、久々の怨霊の戦闘と事であるのと怨霊が居ると言う状況が整理できていないからだ。
「黄龍。とにかく距離を……」
ドクンッと、麗奈の中で警鐘が鳴り響く。
同時に麗奈の目の前に大きな口を開けたドクロが現れそのまま飲み込まれる。その時に、クラーケンによって住処を奪われた精霊や暮らしていた人達の記憶が麗奈に流れ込み、追体験の様な凄まじさが襲って来る。
「た、たすけっ……!!!」
「津波が、もう」
≪何故、だ。なんで貴方が!!!≫
死んだ恨み、何で死ぬのかと言う疑問。そう言った感情がやがて、生きている人達に対して怨みを持つ。自分は死んだのに、何でお前達は生きているのか……と。
「つぅ……!!!」
理解していた筈だ。
怨霊は死んだ者の魂が恨みによって固められた悪い魂。浄化しないと土地に悪影響を及ぼし、生者に対して自分と同じ苦しみを与えようと動く。もしくは自分が死んだ状況と同じように作り、仲間を作ろうと怪奇現象が人々を襲う。
それを霊感が強くて、封じる力を持っている自分達である陰陽師が全てを負うのだと。死んだ者の魂を浄化し、苦しみを理解していかなければいけないと。
怨霊を退治する側の陰陽師が、逆に怨霊によって道を狂わされたと言う事例は珍しくない。そうなった事が何度がある。そうなれば、人間同士での争いが繰り広げられ、さらなる恨みが怨霊達を増やし膨大な力を生んでしまう。
「飲まれるな!!!」
ザジが麗奈を引っ張り出し「しっかりしろ!!!」と呼びかける。
ぼんやりとした視界でザジを見つめる麗奈。なんだか、猫に怒られているような気がして起きなければと……力を込める。
『邪魔!!!』
怨霊を切り裂きながら、ザジと麗奈の前に滑り込む黄龍。照明代わりの青い炎を多めに増やしたザジは大鎌で真後ろにいた怨霊を斬る。
「悪いがコイツには手出しさせねぇぞ」
『死神!! 別の場所に出る手立てはないのか!?』
「う、うぅ……」
普段なら怨霊の気に触れても平気だった筈だが、ここは異世界。精霊が死んだ時の記憶は人間の倍以上の情報が刷り込まれる。
頭痛にも似た痛さに何故だか体まで本当に痛がるような感覚。自分の身体が蝕まれるような感覚に、麗奈は必死で抗いなんとか起き上がる。
「待て、無理は」
「怨霊は……私達、陰陽師の、力で止める……!!!」
複数の札に同時に霊力を注ぎ込み、術の展開を進める。背後から来た魔物をザジの扱っていた大鎌に一撃で沈む。怨霊だけで済めば良かったが、魔物があちらこちらから現れ始める。
(ちっ、面倒なものが面倒なものを持って来やがって)
この場に居ないサスティスに思わず舌打ちをする。そう思いながらも慣れたように鎌で切り裂き術を構成する麗奈の邪魔にならないようにと動く。黄龍は青龍へと連絡をとる。
『なんだ、黄龍。こっちは迫りくる壁を必死で逃げているんだが?』
焦っている様子の無い青龍の回答に黄龍は思わず脱力しかける。魔物と怨霊を倒しながら経緯を話せば『無理だ、駆け付けるのには時間が掛かる』と言い理由を聞く。
『黄龍達が居る場所は空間が歪められている。飛んで駆け付けられても、その場所へと行くのには時間が掛かる。魔法での転移も同様だ。それに』
走っている最中なのか、後ろで大きな爆発音が頭の中で響く。思わずなんだと思いながらも青龍からの答えを待つ。
『悪い。こっちにも魔物が襲ってきているんだ。……魔物も飲み込んでいたからか変に進化して処理が大変だ』
『上級か?』
『あぁ、エルフが頑張って排除している』
おぉ、可哀想に……と思わずにはいられない。エルフと言いすぐにベールを指しているのだと気付き、麗奈の親友が居ないのかと確認をとるも『人間は見てないな』とすぐに返された。
『そっちは頼む。主は必ず守るから』
『当たり前だ。守れなかったと言ったらぶっ飛ばす』
内心で、なかなか口の悪い神の子供だなと思いつつチラリと見れば主である麗奈の術の完成が見てきた。札の色が赤と緑へと変化していき炎と風が怨霊に向けて放たれる。
竜巻を起こしたようなそれは周囲に居た魔物ごと焼き尽くし、巻き上げられて破壊していく。消滅する寸前、悪あがきのように放たれたカマイタチにより麗奈の肩がざっくりとやられる。
「おいっ」
「へ、いき……。向こうではこれが普通、だもの」
「っ……」
ギリっと悔しそうに顔を歪ませるザジ。そうしながらも振り向きざまに魔物と怨霊を青い炎で葬り去る。続けざまに麗奈は自身の血を使って秘術を発動させる。
「血染めの結界・五月雨!!!」
以前はただ術を発動させるのに必死だった。しかし、それではダメだと言ったのは傍で戦う黄龍達だ。術も魔法も、明確なイメージを持って攻撃する意思を示し形にする。
それらを瞬時に行えば攻撃の手段の幅も広がる。魔法も属性毎に相性の良しあしがありそれは陰陽術も同じ事。明確な攻撃の意思を麗奈は乗せていなかった。彼女は怨霊を退治する時、ただ術を発動させる事のみに集中し形など気にしていなかったのだ。
彼女の周囲には血の色の刃がクナイのような形を保ち怨霊へと放たれる。攻撃が入ったと同時に、花のように散りゆく怨霊。その余波は魔物へと広がり一気に半数を消していく。手が相手とばかりにザジが麗奈の傍へと寄れば、彼女は凄く苦しそうにしていた。
「はあっ、はあっ……っ、くぅ」
「おいっ!!!」
慌てて抱き留めれば顔色が悪い様子の麗奈。倒れ込む様子の麗奈にザジは傍に来た黄龍を見る。
『そんなに殺気立つな。主は適性が高いけど、あの術は霊力と一緒に体力も奪うデメリットもある』
「んなもん、何で術として使う必要がある」
『それが朝霧家だからだ。土御門と違って、私達の場合は竜神の力を受けての陰陽師家だ。この秘術は門外不出で、継承の方法も先代のみしか知らないものだ。そういう特別性がないと、陰陽師家を今の時代まで残し続けるって事は出来ないんだよ』
「知るか、そんなもの。くだらない事でコイツを巻き込むな」
『それ分かるけど、もうここは主の居た世界じゃない。家のゴタゴタに巻き込まれるような事はないから安心して良い』
「………消えたな、あの怨霊も魔物達も」
抱き抱えれば、さっきまで騒がしく自分達を襲ってきた敵が居なくなっている。隠れたかと思ったが『完全に倒したから平気』と黄龍に言われてしまう。傷の手当は出来ないのかと聞いたが、自分達にそんな能力はないと言われてしまいザジにないのかと聞くも、彼もそんな能力はないと返って来た。
「『………』」
気まずい空気になり辺りを見渡す。何処を見渡しても見えるのは暗い空間が広がる場所。立っているのか浮いているのかも分からない何とも言えない気持ち悪さ。歩いて良いのかと思ったが、既に戦闘をしている時に幾らか動いていたなと頭の片隅で考えた。
なんとなしに歩けばザジが慌てて「おまっ、何処に……」と付いていく。と、トンッと黄龍にぶつかり恨めしそうに睨む。
「なんで、急に止まるんだよ」
『ここ。なんか空間が違うね………んー、魔法かな?』
なんか見える? とザジに促し「はあ?」と訳が分からない表情をする。が、確かに目の前には妙な空間が形成されていると思った。
『君等、神の執行者なら影響無視できるんじゃない?』
「便利屋みたいに言うなっての……」
仕方ないとばかりに、見えない壁に対して手をかざせばパンっ!! と何かが破裂する音が聞こえてきた。互いに顔を見合わせた後で『まっ、入るか』と勝手に飛び込む黄龍にザジは呆れながらも付いていく。
「えっ、黄龍さん!?」
「れいちゃん!?」
「ぐあっ……!!!」
麗奈を抱えていた筈だが、黄龍が無理に引き剥がして突き飛ばされる。頭がグワングワンと揺れると思い何が起きたのかと状況を見る。
麗奈と同じ日本人の顔立ち。茶色の髪に同色の瞳の少女と、金髪と青い瞳の青年が慌てて麗奈の周りに集まっている。青年の方は麗奈と同じ陰陽師としての恰好をしており、誰か思い出したザジは明らかに嫌な表情をした。
「げっ、何でアイツがここに……」
はっとなり慌てて口を覆うが、すぐに間違いだと気付く。自分は死神だ。本来なら姿形、声も触れる事すら出来ない存在の魂を回収する便利屋。麗奈が今まで気にした様子もないままだったが、本来なら自分の存在は誰の目にも触れられないのだと改めて溝を感じた。
(ちっ。何を考えていやがる……俺は、俺が行動を揺るがすのは不味いだろうが……)
「誰か、居るの?」
『何でそう思うんだよ、土御門』
「うるさい。なんか居るのかなって思っただけだ」
そんな事よりも、とゆきは麗奈の治療を開始した。淡い光が麗奈に当てられ、傷口が徐々に修復するようにして治っていく。魔法の力だと感じたザジは自分にも出来るのかと、思わず自分の手を見つめる。
「なーに、見つめてんの」
「うっせー。遅いわ、バカ」
音もなく姿を現したのはサスティスだ。クスクスと笑みを浮かべ麗奈の他に集まる様子を見て「どうしたの?」とコテンと首を傾げて聞いて来た。
「何でもねーよ。んで、お前はどうなんだよ」
「私はまぁ……大方準備できたかな」
「そもそも、何処に行ってたんだ。俺がこのクラーケンの中に入って怨霊退治と魂を回収しているってのに……」
ブツブツと文句を言い始めたザジにサスティスは内心で(相当、イラついてる……)と表情には出さずに聞き流す。自分達を見る視線に気付き、そこに視線を合わせて向ければ黄龍が『あっ、来たの』と小声で話しかけてきた。
見れば足元には小さな丸い体を持つ、一つ目がポコポコと生み出されて周りを囲んでいるようにも見える。
「えっと、これは………」
『結界の補助って言う偽装だよ。この式神達には君等の姿は見えなくても、力の感知は出来るからワラワラと来るのは数を増やして壁の補強をする為だよ』
ほら、と扇子の指す方向に視線を合わせればヒビが入った所にのりかかり、その上に新たに別の式神は乗りかかり、徐々に壁と同化していく様を見る。黄龍によればこのまま偽物作りをすれば、君等と話しててもバレないよと話した。思わず用意周到だな、と思わずにはいられない。
「君の主は平気なの?」
一旦外へと移動すれば、見えるものは先程の暗い空間が広がるだけだ。黄龍が連れ出し死神である2人には不満はなかった。『んで?』と会話の先を続ける様にとせかす黄龍に「ん?」ととぼけた様子のサスティス。
「イライラすんだろ。良いよ、殴って」
『そうしようかなぁ』
「ちょっ、何でそうなるの!?」
『悪い悪い。冗談だけど、彼の言うようにあんまり伸ばされると手、出るからね』
スゥと目を細めた黄龍に本気を悟ったサスティスは「はいはい」と言って肩をすくませた。
「クラーケンが飲み込んだ物の処理をしたんだよ。主に精霊を狩ってたんだ」
海と言う広いフィールドにいる精霊は支配領域を広げている大精霊には力の関係上覆せない。クラーケンが居る限り、この海に精霊を住まう為の環境が整えられない。魔物となった事で、海は荒れに荒れ狂い海を横断できるのは同じ大精霊しかいないと説明された。
『じゃあ、ニチリが所有している風の大精霊シルフのお陰で彼等はラーグルング国に辿り着けた訳なんだ』
「あ、そんな事あったの?」
『うん。私達の呪いを解く時にちょっと、ね』
ニチリがクラーケンに襲われない理由に納得できた。大精霊同士なら力は均等になり、他の小国のように津波で飲み込もうとするのは出来ないのだろう。風で方向を変えられるだけの力を有するのが力の強い大精霊。
何らかの理由で水の大精霊のウンディーネを封じた事から、襲えるのは今だと思い実行に移したかと考える黄龍。そろそろ麗奈の治療も終わろうかと言う時、サスティスからある提案をされた。
「私達が魂を回収している間……君等、このクラーケンを元に戻しといてくれない?」
不適に笑うサスティスに黄龍はあからさまに嫌な表情をし、ザジはげんなりとしたのは言うまでもなかった。




