第110話:ニチリの変化⑦~死神の協力~
≪平気かしら麗奈は》
「えぇ。貴方が提供してくれたお陰で早く魔力も回復すると思います」
チラッとツヴァイは眠っている麗奈を見る。ベールは笑顔を崩さず、密かに魔力を周囲に集めて自身の魔力を回復へと務めていた。
≪そう。それはいいわ。……貴方、良く傍に居る気になったわね》
「居ないと陛下に怒られます。本当なら自分が、と言いたい所ですが……偏り過ぎると防衛も出来ませんしね」
≪……ふぅん。本音は?≫
「私が麗奈さんの傍にいたいからですかね。ほら、寝顔……可愛いじゃないですか」
笑顔で言い切るベールにツヴァイは乾いた笑いをした。本音はそっちか、と言いたげな表情をして少しだけ寝ている麗奈の所へと飛んでいく。領域を展開し、魔力を奪われた麗奈を休ませる為に横になっていた。
ベールはその間に、ツヴァイがここに来た経緯を聞いていた。
彼女曰く、自分は麗奈のピンチに現れただけだと。
ディルバーレル国で彼女と契約を交わしてから、彼女の傍でサポートする気でいたのをドーネルの元でのサポートを頼まれてしまい、そのまま仕方なく居たと言う。しかし、それでは召喚士と契約した意味がないと嘆いていた時にドーネルが言ったそうだ。
「こっちの準備も整えられたし、イーナスに連絡を取るよ。君、麗奈ちゃんの精霊なんでしょ?」
だったら、行ってきなよ。あとは上手くやるしね
そう言われ、ツヴァイは頷いた。自分が契約したのは彼女を助ける為だ、彼女の力になりたくて契約したのだから向かうのは当然の事。同時に彼女はニチリがある海を支配しているのは大精霊の中でも水の支配力に長けているクラーケン。
そのクラーケンが魔物へと堕ちたと言う事は既にニチリに向かった先で知り読み取った。ツヴァイに限らず水の精霊はその土地で起きた情報を知る事が出来る。同じ属性であればその量も多い。
彼女はこの土地でクラーケンが魔物に堕ちた理由を知った。
魔族との戦闘で、死ぬ直前に精霊にかけた呪いにより変わってしまった事。日が経つにつれて呪いの効力は、クラーケンを確実に蝕み狂わせていく。自分も似た経験をしているからよく分かる。
体が変化する痛みは……あんなのは2度も味わいたくない。
それがツヴァイの思った事。自分の体なのに、自分の意思に反したように暴れ回り自我を無くし気付いた時には戻れない所まで堕ちていた。だから、ここは自分が対処するのがいいと考えた。助けられなくても、せめて自分の手で引導を渡す必要があると、そう考えたのだ。
「……では貴方は罪滅ぼしの為に?」
≪どう思われても良いわ。けど、私は麗奈のお陰で助けられたの。それにクラーケンは異世界人狙いだし……この子の親友とお友達が居るのなら助ける事に意味はあるでしょ?≫
「う、うぅ……ん……」
「あ、麗奈さっ……!!!」
≪麗奈ーーー!!!≫
目が覚める気配を感じ、ベールが駆け寄ろうとしたその時だ。ツヴァイから水で足止めと同時に腹に一発殴られてうずくまったのだ。その間に、彼女は笑顔で麗奈の所へと飛び込み自分が説明した事をそのまま伝えて言っている。
(このっ……)
自分も麗奈相手で態度は帰るが、精霊にも適用していようとは思わずにツヴァイを睨み付ける。彼女の方はそれを理解しているのか、ふふん♪ と勝ち誇った様な表情をしている。
それがベールにはムカつくし、麗奈を取られたような気分になり嫌な気持ちにさせられるんだ。
≪大丈夫? 急に動くとこの中だと気分悪くなるから≫
「この、中……?」
「あぁ……やっぱり」
ベールは納得した様子で周囲の集まる魔力の量の多さから、外ではないと感じ取り自分がそんな目に合うとは思わなかったのでショックを受けている。麗奈はまだキョトンしながらも、自身にある筈の魔力が殆どゼロに近い事に気付く。
「……ウォームさんやツヴァイは、姿を保ってられるの?」
≪契約者の魔力がない場合は自前で行くから平気よ≫
「ですが、その場合魔法を扱うのに時間が掛かるのでは?」
≪……≫
「あぁ。そうですか……領域も展開しながらだと、全然役に立ちませんね」
≪なん、ですって……!!≫
雰囲気が悪くなるが頭がボーっとするのでこの状況を止められない。彼女の隣に黄龍が現れ『どうしたの、これ』と、呆れたように言って来るも、麗奈も麗奈でどう説明をして良いのか分からない。
青龍が全てを見ていたと言う事で、黄龍に説明しその間でもベールとツヴァイの喧嘩は続いている。黄龍は『どうでも良いよ、そんなの』と言いつつ麗奈に抱き着き霊力の回復を行う。
「……貴方、さっさと麗奈さんから離れてくれません?」
『エルフに言われたくないよ。この世界は魔力での回復は自然なんだろうけどね。霊力はそうもいかないの』
『ツヴァイ。ここはクラーケンの中だと言うが、他に気配は読めないのか』
≪魔物はいないとは言えないわね。無造作に飲み込んでいる訳だから、都とか船とかを巻き込んでいるし……今までニチリ以外の国は消えてるから、人を飲み込んだとしても不思議ではないわね≫
領域の展開を止め、ベールはもう一度この洞窟のような土の壁を見る。少し触ればその肌触りが違う。石、砂、藻、和紙と言った様々な壁が入り混じった様な空間。クラーケンが飲み込んだと同時に合わさり、不思議な壁となっており全ては暗くなっている。
それをベールの光の魔法により照らし周辺を確認していく。黄龍から霊力を受け取り段々と回復していった麗奈も手伝おうとするもツヴァイにより止められてしまう。
「……あの、魔物は居ないってはなしでしたよね」
≪なによ。あくまで可能性……≫
そう言って、すぐに方向転換し逆へと走る。麗奈は「え」と間抜けな声を上げるも、それよりも逃げなければいけない理由がある。黄龍に抱えられ、ベールは逃げながら風の魔法をぶつけるも、跳ね返され思わず舌打ちをした。
「っ、ムカつきますね」
≪そんな事言ってないで、どうにかして止めなさいよ!?≫
麗奈は頑張って黄龍にお姫様抱っこされているのを、よじ登り背中越しでも良いので何が起きているのかを見ようする。ツヴァイはただ可能性を言っていただけだ。
魔物は居るかもしれない、と。
そして国ごとを飲み込み人間が居たとしたら生きてはいないだろうとも言っていた。人がここに居る訳がない……何故なら、様々な材質の壁であったものが意思を持ったように迫って来たのだ。
ズズズッ、と轟かせるような音と共に壁が後ろから迫り麗奈達を飲み込もうとして迫るのだ。青龍が転がっていた石を蹴り上げ、飲み込まれていく様を見る。
バクンッ、と言うような音と共に石は飲み込まれていく。それを見て『魔法が跳ね返るより飲み込んだか……』と冷静に分析し、ツヴァイにどうでも良いと注意を受ける。
「とにかく、休める場所はここにないのならやっぱり領域でないと休めないって事ですよね!?」
≪そう何度も展開できる訳ないでしょ!? お父様みたいに膨大な魔力を持っていればホイホイ出来るんだろうけど普通は無理よ!!!≫
「黄龍っ!!!」
と、麗奈の声が下へと聞こえる。えっ、とベールとツヴァイは隣に居るであろう黄龍と麗奈が突然開けられた穴へと堕ちて行くのがスローモーションのように見えていく。
ベールが手を伸ばすよりも青龍の雷に阻まれる。何故、と言う疑問と共に黄龍が居たとされる地点は壁により飲み込まれ見えなくなっていく。
「っ、離された」
≪分かってるわよ!!! でも、平気よ。私達以外にも居るんだから≫
「ゆきさん達、ですか」
≪そ、そうね!! その人達よ!!!≫
それを嘘が下手だな、と言いたげな表情である青龍を睨む。ベールはそれに気付く事もなく、まずは自分達の安全確保が先だと思い固い地面だったものが次にはフニャフニャの走りずらい地面となって動きを鈍らせる。走るのが不利だと悟り、風で体を浮かせそのままジェット噴射のように駆け抜ける。
「とにかく下に降りれるような場所を探さないと……!!!」
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突然、下に落ちていく感覚を黄龍と感じた麗奈は思わず目を瞑った。何も起きないことに不思議に思いながら目を開けるも、見えるものは暗転しかなく音が響くしか情報がない。
『ごめん。あんなに綺麗に落ちるなんて……』
「ううん。私もよく分からなかったから……」
「ん、何でここに居るんだ」
「『えっ……』」
自分達しか居ないと思っていたので第3者の声が聞こえ驚いた。途端に自分達を囲うようにして青い炎が証明代わりに照らし出され、声を掛けてきた人物が姿を現す。
「ザジ!!!」
「おぅ。なんだ、こんな所まで来て」
黒髪の黒い瞳、もう片方には朱色の瞳の男性。黒いフード付きのトレーナに黒いズボンと黒ずくめの服装を好む死神がそこには居た。ニッ、と歯を見せる様な笑い方をするザジだ。
麗奈はどうしているのかと、自分達の状況も含めて知らせる。黄龍はもう1人は?と聞けば、ザジは「別行動だ」と普通に答えた。そのあまりにも自然な行動に、以前の敵意を向けてきたザジと違い思わず疑うも……死神の偽物自体あり得ないか、と言う考えに至った。
「……相変わらず巻き込まれんな、アンタは」
「ちょっ、ふぁにふむむっ」
頭を乱暴に撫でた後、すぐに顔を引っ張る。モチモチとした弾力を、楽しむようにしているザジは抗議を上げる麗奈を見てふっと笑う。
「悪い悪い。つい、な……アンタ、面白いから」
「むっ、どういう意味よ」
「そのまんまの意味だ。まぁ、良い。クラーケンの中から出たいのなら手伝ってやるよ」
「え……」
「気分良いしな。ついでだ、アンタの仲間もろとも脱出するのを手伝うさ。まっ、これが済めばな」
突如、青い炎の1つが消える。
ピリッとした肌を刺す様な空気に黄龍も麗奈も札を構える。ザジはいつものように大鎌を構え「来るぞ」と促す。
(え、この感じ……)
気配を感知して麗奈は思わず疑問が出ていた。この気配はここでは味わう筈のないもの。でも、久々に感じる寒気とポタッ、ポタッと垂れた汗が全てを拒否し肯定である事を示してくる。
『成程……私達の領分も含む訳だ』
黄龍は札から刀へと武器を変える。
相手は麗奈達の世界では当たり前に出て来ていた怨霊達。死んだ魂達の嘆き、悲しみ、憎しみ、苦しみが彼女達に狙いを定め襲い掛かって来た。




