第105話:ニチリの変化⓶~海の脅威~
「だああ~………いねぇな」
「そうだね」
舌打ちするザジにサスティスは仕方ないよ、と言いながらも見る風景の変わらない海を見る。死神の仕事が魂の回収だが、最も回収率が低いのは決まって海だ。
陸地は魔物の魂や病気や疫病で死んでいく者達がいる。災害、盗賊、魔法の暴発等で無くなる人達も彼等の回収する仕事に繋がる。しかし、と海に行く前に言っていたディーオの言葉を思い出す。
「あそこは魔の海域なのか、どうにも回収率が少なくてね……原因探れるのなら探ってね?」
探ったのならそのまま回収よろしく♪、と言いたげな視線をしていたので一発殴りそのままザジと共に海へと向かう。着いた時には驚いた。ザジは海を見るのが初めてなのか、妙にキラキラと目を輝かせており「本物かぁ……スゲー広い」と感動していた様子だった。
「……海なんて珍しくも無いけど」
「うっせー。俺は初めてなんだよ……直になんて触れないし、テレビで見てて気にはなってたがな」
「……テレビ?」
そう言えばザジは「何だ、知らねーの」と逆に聞かれた。試しにテレビとはどんなものなのかと聞き、ザジも説明は難しいがそれなりに身振り手振りと必死で教えた。
ザジ曰くテレビとは、箱の様な形の中に綺麗な映像が流れて来るものだとか。それだけなら魔道隊が使っている通信手段の様なものかとも思ったが、彼が言うにはチャンネルと呼ばれる映像を切り替えられる物があるらしく……それで一日中過ごせると言う。
なんせ画面に映るもの全てが全部違うものだからだ、と。
一方では風景のみだったり、その一方ではドラマと呼ばれる物語の中で恋愛や殺人ものを扱ったりと種類が豊富であり、24時間全てに違うものが流れている。
「まぁ、俺もそんなに詳しくはないだがな」
「それも君の居た世界での技術なんだ」
「あぁ」
「……なら魔法に代わるものが、そのテレビとか言う技術なんだ」
「多分な……」
その辺は俺も知らねーと頭をガシガシとかく。これ以上の事を聞けばザジの不機嫌さがどんどん表に現れるだろうから、とサスティスは質問をするのを止めた。
ザジは自分が死んだ時の事を思い出し、守るべき対象を思い出した。そのお陰か元いた世界での記憶も戻り、今のように魔法とは異なる技術の科学技術と呼ばれるものがある世界だと知り興味深いと思った。
だが、自分はその世界へとは渡れないだろうし一時の興味よりも今は隣に居るザジと彼が守ると決めた対象を優先すると考える。
(……まさか死んでから楽しいなんて、気持ちが出て来るなんてね)
ふふっと笑ったサスティスに、ザジは嫌な表情を浮かべ「気持ちわるい」と言われ思わず目が点になる。
「……」
「ヘラヘラすんな。イライラするから」
「えー」
そんなこと言われてもーと嘆くサスティスを無視してザジは広がる海を見る。感動し浮かれてしまったがここには仕事で来ていると身を引き締め、海の色が青から黒く変化している事に気付く。
「おい……海って黒くなるのか」
「んー……なるじゃないかな」
「突然、変色するのもか」
そう言われ変わらない風景の海を見る。ザジの指摘通りに、いつも見ている海の色が黒くなりそこから魔力が感じ取れた。
「何だ……あれ」
思わず出た本音。
ズズズッ、と海面から姿を現したのは白くて太いもの。それが幾つも這い上がるようにしてバタつかせている。その度に、水面が揺れるのと同時に水柱が次々と迸っていく。
「………イカっぽいな」
噛んだら味出るかな、と言っているザジに思わず引いた。思わずキョトンとなるザジだったが、途端に顔を赤くし「聞くな!!!」と理不尽を事を言っていく。そんなやり取りをしている間にも、水柱が途端に収まる中央付近から巨大な白い体が飛び出してきた。
この海に生息している魚は麗奈達の居る世界と同じなのか、漁をし生活をする上では良好とされている。ザジの言うようにそのイカのような体を持った魔物は完全に海面から出ており死神の存在を感知したのかギロリと睨んできた。
「おい、アイツ俺達が見えるのか」
「そんなバカな事はないだろ。あの子だけにしてよ例外は」
しかし、現れた魔物はザジとサスティスをしっかりと見据えていた。
暫くにらみ合いが続くも、興味を無くしたように向きを変え再び海の底へと沈んでいく。たったそれだけの動作で海は荒れ、潜った地点からは津波が起きていた。
「まさか……」
サスティスはその魔物を見て、驚愕に目を見開き魔物が向いた方向を見てザジに告げる。
「奴は……ニチリに向かった感じだ。私達に何か訴えかけてたから死にたいのかな」
「だが、フォンテールのように闇に染まってなかったぞ?」
「……闇に染まる以外に何か特別な事をしたのかもね。あと、あの精霊の場合は完全に染まり切る前だからね? 間違えないでよ」
ディルバーレル国での精霊を狩ったのも悪影響が出る前に処理をしただけ。神の力の一部を与えられた執行者である死神は、人間、魔物の魂を狩れば良いと言う訳はない。
この世界に存在する全ての者が対象に入る。
精霊、魔族、魔王。この世界に生まれてきた者全てが対象に入る。創造主のディーオから力を与えられているのだから、当たり前と言えば当たり前になる。しかし、精霊はこの世界の循環に関わる存在である為に、そんな簡単には狩れない存在だ。
大精霊アシュプとブルームから作り出された精霊達は、監視者として時は人間の味方になり自由に暮らす存在。大小様々な精霊達が居ればそれだけで魔力量が多くなる。
自然とラーグルング国とディルバーレル国が集中するのは仕方ない。なんせ、精霊を作り出し世に放った父親も同然の大精霊が居る土地だからだ。
「………そう言えば、ドラゴンを見なくなったな」
「ドラゴン?」
なんだ、それ。とザジが質問してくる。この世界の知識を今まで持たなかったのは彼の興味が無いに等しいからだ。それらのサポートもサスティスが行うので自然と説明役に徹する。
「……大精霊ブルームを基にして出来た精霊だよ。ほら彼、ゴツゴツした体つきで羽があったでしょ?」
そう言えば「んー。会ったのか?」と聞いてきてガクリと肩を落とす。思わず会ったことあるじゃんと言えば考え込まれる。
「………いつだ」
「あの陛下の魔王の呪いを解いてやろうかとか、言ってたじゃんか」
そこまで言い「あぁ……アイツが」と思い出した様子で安心した。良かった、そこまで記憶が長続きしない訳じゃないんだんだ、と嬉しくなったが言えば怒ってくるので止めようと考えた。
「えっと、あの黒い体の奴がブルームで……それを元にしてるのがドラゴン?」
「そう。ただ体の色は属性ごとに違うと聞いた。……ブルームが起きて来たからなんか兆しがあると思ったけど……ないのか」
「いるとなんかいいことあんの?」
「んー。私も聞いた話ぐらいだし、真実かどうかは分からないんだけど」
厄災を払う力があるらしいよ、と。
思わずザジは海に潜った魔物を思い出す。あれが厄災クラス物なら危険が訪れる言う事になる。サスティスが言ったニチリと呼ばれる国に出向くのだろうかとふと考えた。
「………俺にはかんけーねか」
自分が守るのはただ1人の少女だけ。
優先するのはただ1人の為だと心に決めたのだから。
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この状況が上手く表現できない、と心底思ったのはディルベルトだけではない。警備隊の者達が一斉にそう思い、全員その場に立ち尽くしていた。
彼等の目の前では海は少し荒れた様子で波が立ちながらも、空から来る魔物も海に潜んでいた魔物も今では全てリーグ達に手によって掃除し終えている状態。
それが、彼等にとっては信じられないような光景として目に映り思わず戦慄させた。
(あれだけの力を持っても……魔王には届かないのか)
思わず口に手を当てた。魔法国家と評し、何処の国よりも優れた魔法の力を持つ国でさえ魔王と戦うのには足りないのかと思ったからだ。
「貴方、さっきのあれ出来るならもっと早くしてよ」
「君、慣れてないなら言ってよ……合わせたのに」
文句を言っているのはハルヒでありキールは肩を落とした。彼も今では気持ち悪さの症状からは完全に回復しており、キールに文句を言うまでに回復している。その後ろではベールとフィルが次の魔物の大軍が来ないかと海を見ており、2人の会話は完全に無視を決め込んでいる。
その隣ではリーグは座りチラリと言い争う2人を見るも、すぐに興味を無くし海を見る。
「流石、リーグ団長の元副団長。息がピッタリですね」
「ありがとう、フィルお姉さん。お陰で助かったよ」
「気にしないで。リーグ団長も成長期だからすぐに行動を起こすのは分かってたし、伊達に副団長を務めてないよ」
「………無視ですか」
ホロリ、と泣く仕草をするベールにゆきが声を掛けようとするも、すぐにフィルが「嘘泣き、ほっといていい」とピシャリと言われ思わず「はい」と言ってしまったのは条件反射なのだろうと思った。
まるで先生に注意をされているような気分であり、イーナスもそう言った部分を含んでいる為に逆らう気は無いのに、逆らってはいけないような雰囲気を醸し出していた。思わず遠い目をしたゆきは、後ろで続く口論よりもディルベルト達の呆然とした様子が気になっていた。
「恐らく彼等は魔法がここまでの力を生む、魔力を目の当たりにしたことが無かったんでしょう」
いつの間に復活したのか、ベールは小声でゆきに説明をする。土地により魔力量の差があるのは知っていたが、それは精霊の数の問題だと思っていたがベールは首を振った。
「確かにそれもありますけど、微々たるものです。私達の居る国とディルバーレル国だけが例外なだけですよ」
普通、全ての精霊を統べるような存在が居るとは誰も思わない。と言うのが一般的ですしねと付け加える。リーグも不思議そうにその会話を聞いているとフィルが言葉を重ねる。
「この土地の大精霊は2体。恐らく風と水の大精霊が居るんだと思う。精霊が居る所は国が栄えると言うけれど、数よりも魔力が土地に留まりやすいか否かの問題よ」
「留まるか、そうじゃないか……ですか?」
空気のように全てが平等に行き届いていると思っていたゆきは、フィルの説明に思わずキョトンと返した。恐らくニチリでは元から魔力がこの土地に対しては、相性の点で合わないか麗奈達の扱う陰陽術に馴染み過ぎた所為で魔力そのものを感知しずらいのではと言う考えを提示した。
「精霊は存在しているだけで魔力を散布するから、魔力が留まらなくてもある程度は補填できる。だけど大精霊が居ても、彼等を感知できる召喚士が居ない場合はそれも難しい」
大昔には今よりも召喚士が沢山居た。
精霊と契約し使役出来るだけでなく、彼等は精霊の魔力と自分達の魔力とを融合させ土地に馴染むように調整されると言う。大精霊は召喚するのにリスクを伴うが、精霊として力の影響がさほど出ないものなら土地に魔力を馴染ませるだけでも効果はあると言う。
監視者たる彼等の役目は世界の循環。
その循環をしやすいように、環境を整える手段として召喚士と契約する事はその手段を最も簡単に確実にする方法だと告げる。精霊と契約する恩恵を受ける形で使役できると言った。
「あ、ワクナリさんの髪が変わるのは……」
「そう。彼女の髪の色が変わるのはハーフエルフの特徴を隠す為。契約した精霊が彼女の事情を汲み取って、髪と特徴のある耳を他人からは見えないようにしていたんだと思う」
「恩恵の形は精霊によって様々ですからね」
ピクッとリーグが立ちあがり遠くを見つめる。
その様子にベールが「何か、来ますか」と大剣に手を起きフィルも攻撃に備える。言い争いを終えたのはハルヒはゆきの傍に駆け寄り念の為にと結界を張る。
「何か進展でもあったの?」
「……なんか、海の様子が違うんだ」
睨み付けるリーグにベールは、遠くの方で魔法が使われているのかと魔力を探る。
《シイ………グルジイ………グルジイ!!!》
ゾクリとゆきは背筋が凍った。足がすくむようにガクガクとなり、寒くもないのに体を温めようと腕を擦る。その様子にハルヒは密かに結界の強度を上げようと霊力を込めようとした――その瞬間、目の前に吸盤がついた白いものが自分達に叩き落とそうと囲う。
「っ!!!」
フィルが防御魔法を使い攻撃を弾き返す。しかし、それも一瞬の事ですぐにその魔法を突き抜ける様にして襲い掛かって来た。
「お姉さん!!!」
ベールとリーグが剣を交えるよりも早くそれは3人だけを払うような動作で、横殴りに殴られる。シュルリと、ハルヒの足にいつの間にか絡みつき気付いた時には海へと引きずり込まれていた。
「ハルヒ!!!」
ゆきは手を伸ばすそうとするもグイッと行く手を阻むように、彼女の手足にも絡みつき同様に海へと引きずり込もうとしている。キールが雷で痺れさそうとするも、直撃はせずに弾かれてしまう。
(魔法が、弾かれた……!!!)
キメラは魔法を無効にするがそれも、上級の魔法には効かないはずのもの。この魔物には魔法の類は効かないのかと思い、すぐに精霊を呼び出す。
「2人を―――」
助け出せ、と命令を下すのと自分達に津波が迫っていたのはほぼ同時。声を上げる間もなく、彼等は津波にさらわれ全てを飲み込んだ。
そんな時、ドクンッ、ドクンッと脈を打つような音がアウラが祈りを捧げ持っていた宝石から聞こえてきた。存在を主張するように、その音は確かにアウラの耳へと響かせた。




