第104話:ニチリの変化①
周りを海で囲まれた島国の名はニチリ。
最初、ウォームに頼んで来た時。まるで日本の様な感じだと思い立ち尽くした。最初に感じたのは海風。磯の香りがフワリと鼻をくすぐり灯台が見えた。
転送された先は半壊された木造の船がある港のような所。船を止めるための道具、漁での道具などは海に放り投げたされたように海に散らばっている。
しかもどれも、何かに叩き付けられたのか、船同様に壊されている。他にも同じような壊れ方をしているので戦闘が合ったと推測する。歩きながらも人の気配がない事に不安になったが──
《シルフに聞いたら避難されたようだよ》
ウォームが現れそう言った。
アルベルトよりは大きい30センチほどの白いローブを羽織る長い髭の小さな老人に見える大精霊。彼は麗奈の不安を察知し知らせてくれたのが声色から分かる。
聞けばニチリに居る大精霊は風の大精霊シルフ、水の大精霊ウンディーネの2体が守護についておりすぐにウォームへと報告された。
戦闘は激しいものであった事、シルフを扱える者がニチリで現れた事、ウンディーネは未だ力を完全には引き出せていない事。
ゆきとハルヒの身に起きた事、様々な出来事をウォームに告げシルフは契約者の元へと戻りウンディーネもまた眠りについていった。
「クポポポポ」
ウォームから話を聞いている間、アルベルトは海辺の砂ではやしゃいでいる。ぴょーん、ぴょーん、と嬉しそうにしては時々ワザと転がり落ちる。
「アルベルトさん、海は初めてですか?」
ウォームから聞かされた事は信じたくはない事ばかりでありだからなのか、と現実逃避をするようにアルベルトに質問する。
「フポーー♪」
肯定するようにジャンプの回数が多い。麗奈の所に歩いて行けば全身が砂だらけになりながら、「クポクポ」とあとから自分の姿に気付いたのか払い落とそうと短い手足をバタつかせる。
「……こんな時にすみません。私、この世界の住人じゃないんです」
「……」
砂を払うのを止め、麗奈の言葉をじっと聞く。なんせ彼等ドワーフの言葉を完全に理解出来るのは、異世界人と精霊だけの様子だった。
長く生きているランセも多少の理解は出来ても、麗奈達のように完全ではない。その差からアルベルトは早い段階で麗奈達が、この世界の人間でないと気付いていた。
しかし、それを言ってしまえばこの楽しい関係性が崩れるかも知れないと恐れていたアルベルトは言わずにいたのだ。
「ゆきとハルちゃんは……大事な人、なんです」
何故、今言ったのか。言うタイミングならいつでも合ったはずなのにと思う。アルベルトは再会してからは麗奈の傍にずっと居たのに。
「アルベルトさんが……仲間を、探してるって聞いて……手伝うって、言った……のに。なのに……なのに」
言いながら視界がぼやける。涙でアルベルトが見えなくても「クポ、クポ」と場所を教えてくれるみたいに何度も声を掛けてくれる。
しゃがみ込んで何とかアルベルトをすくい上げる。我慢していたのに、彼が凄く大人しく自分の話を聞いてくれるのが嬉しくて──だから気付いていたら泣いていた。
みっともなく、大声をあげて泣いていた。
「うっ、うあっ、うあああああああ」
子供の時以来だと思った。
母が亡くなった時にも泣いたが、ゆきが傍に居たから我慢した。でも、九尾と2人きりの時には今みたいに泣いた。自分と関わったら、大事な人が居なくなるのではと不安に思う度、九尾は《違う》と言っていた。
自分の所為じゃない。
自分を責めるな、と繰り返し麗奈に伝え続けた。
「でも、やっぱり……やっぱり私は、疫病神だ……お母さんもいなくなって、ゆきも……ハルちゃんも……!!!」
『嬢ちゃん!!!』
視界が反転する。
目の前には赤茶色の髪に茶色の瞳の男性がいた。その人が麗奈を押し倒していたが、その目はとても悲しそうにしていた。
「ぐすっ……うぅ……九尾ぃ………」
『嬢ちゃん、責めんなよ』
自分を責めるな、と優しく言いそのまま抱きしめられた。ポン、ポンと子供をあやすようにされ少しずつ落ち着いて来た。悔しい時、悲しい時、嬉しい時、九尾には全部言っていたし彼は自分以上に嬉しがり悲しがり、そして共に悔しがった。
「貴方が、麗奈さんで……合っていますね」
「フポッ!!」
第三者の声にアルベルトは武器を手に麗奈と九尾の前へと滑り込ませる。声を掛けてきた相手は息を切らしていた様子であり、アルベルトが警戒していると『ニチリの人間だ』と九尾が教えてくれた。
「申し遅れました。自分はディルベルトと言います。そちらの九尾が言うように、先程まで起きていた戦闘を鎮静化した者です」
自分と同じ黒髪、違う点は空色の瞳を宿したディルベルトは言った。
警戒していたアルベルトもすぐに緊張を解き「フポポ」と武器をしまい、定位置の麗奈の肩へと移動していた。
「……貴方には話さないといけません。ここで何が起きたのかを」
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麗奈達がダリューセクで戦闘を行っていた時、ニチリも既に戦闘準備が終わりを告げていた。王のベルスナントがすぐに国民達を石造りの城へと誘導させるために警備隊を3つのグループに分けていく。
魔物討伐、国民への誘導、海側の守りの強化。
そして、魔物討伐での前線指揮をディルベルトに頼んだのは彼が元暗殺者だと言う点を除いても、経験豊富で知識もあるからだと言う点。
ニチリの周りは海で占められ、陸と違い海に生息する魔物も存在している。同時に空からの襲い掛かる魔物の対処も含むので、守りの強化の指揮をするのは国の宰相であり、自身も魔法を扱えるリッケルが行う事となった。
同盟国としてラーグルング国からは、大賢者のキール、暴風の騎士ベール団長と妹のフィル副団長。風の騎士リーグ団長の3名に加え魔道隊の一団とゆきと誠一を連れ話が進んでいく。
「キュア」
「ヒール」
フィルとゆきが手当てをしていたのは港に住む人々達だ。皆、共通して火傷を負ったように肌が赤く、同時にとても苦しそうに蹲っていた様子でまともに動けないようだった。聞けばニチリは魔法の技術が他よりも遅れており、戦闘も守りも魔道具による戦い方を強いられているとの事。
薬草で傷を軽くし、あとは自己治癒に任せるしかないと言う。治癒を扱える魔法師自体が珍しい部類になり、ゆきやフィルの行った治癒魔法に周りは驚くばかりだった。
「お、おぉ……」
「いたいの、なおってる……!!!」
「す、すごい……」
さっきまで痛かったのが嘘のように、皮膚が赤くなったまま以外は全て治っていた。フィルはその様子に疑問を感じ、似た様な症状をした人達を治していくがやはり共通して傷が治っていく中で、赤くなった皮膚だけけ治癒の力が及ばないと言う結果を得る事になった。
その後、体力の回復もある程度しかのか港の人達はお礼を言い、すぐに避難場所の石造りの城へと向かった。
「………」
ゆきや自分の魔法におかしな点はない。しかし、皮膚の部分だけが完全に治らずにいるのがフィルにとっては不気味な感覚だと思わせた。
(海の国特有の症状と言う訳でもない。……フリーゲさんを連れて来れば何かしら分かったかも知れないけれど危険よね)
薬師長のフリーゲも、父親のリーファーが戻った事で仕事に掛かる負担が抑えられた様子。相変わらずキールに振り回され、疲れ果てる日々なのは変わらないのだが……。
そして、ここで護衛する人数を増やすにはフィル自身も良くないと分かっており、イーナスの言われている事を思い出す。
――麗奈ちゃんはユリウスが追ってるし、ランセも向かった。だから、ゆきちゃんの場合はキールと君達で守って欲しいんだ。ー
未だ魔王サスクールの目的すら分からない状態。
相手も情報を探られないようにしているのか、ユリウスの呪いを解いてから怒涛の日々を送っている。麗奈は呪いを解いた代償として、ディルバーレル国へと転送されそのままその国での厄介事に巻き込まれたと言う。
詳しくは聞けていないが、兄のベールが笑顔で報告してくれた。空気が冷え切り、とてもではないが共には働いていた騎士達からがビクリと体を震わせたのだ。魔物との戦闘で頼もしいのに……それ位、兄のベールから発せられる声と殺気を感じ取ったと言う事になる。
「フィルさん、なんとかなりましたね」
「そうね」
「皮膚が赤いのが引っ掛かりましたけど、痛そうにはしてなかったんですよね。……海に関係してるのかな」
「海……」
ゆきの意見にふと海を眺める。
そう言えば、とある事を思い出す。父から聞いた話、海には恐ろしい魔物クラーケンが居るのだと。
「クラーケン……どんな姿の魔物なんですか?」
「姿形は分からない。なにせ、生き残った人は居ないって話しだし」
「……」
途端に青ざめるゆき。
フィルも黙って頷いた。恐ろしい魔物の名前はクラーケンだが、その魔物の特徴は一切残されていない。ただ、前兆はいくつかあるらしいのだとか。
吹き荒れる嵐、大津波、地を這うようなうめき声。
しかし、その前兆が分かったが最後。全ては飲み込まれ、無に帰す。そのクラーケンが通ったとされる所にはニチリ以外の島国があり、海の上に都市があったとされていたがその記録はない。
それらの記録ごと、何もかもクラーケンにより蹂躙され生き残りは居ないと言う。
「……その魔物、こっちに来たりしない、ですよね?」
「言っていると来るから止めなさい」
「はい………」
しゅん、と大人しくなるゆき。しかし、とフィルは考える。彼女の言う事も一理ある上に、絶対に来ないと言う保証もない。魔物の殆どは理性がない事から、闇属性を主体に操る魔族や魔王の意思に従いやすい。
上級クラスは意思を持ち、自ら行動するものもいる。
海を触り、冷たさを感じるはずものが違うと告げる。肌に刺さる冷たさと温かさも同時に感じたからだ。
「……ゆき。すぐにキール師団長の所に行って――来るわ」
「えっ」
「ギャアアアアア!!!!」
海の中からウツボのような魔物が飛び出してきた。数匹が雄叫びを上げながら鉄砲の如く2人に襲いかかる。が、狙いを定めたのは咄嗟の判断に遅れたゆきだ。それに気付くもフィルの振るう細剣が捉え切り裂く。
「ネメシス・クルス」
「グ、グガアアアア!!!」
魔物の真下から光りが漏れ空から雷が同時に放たれる。苦しむ魔物を他所にフィルは剣を右手で振るいながら、左手で魔法を放つ。
ゆきは言われたようにすぐに転送魔法を使い、話の途中であろうキールの元へと急いだ。慌ていたからか、着地に失敗し地面から思い切り顔をぶつけてしまった。
「ゆきちゃん!?」
「っ、うぅ………」
それにいち早く反応したキールは抱き起こし、ぶつけて赤くなった顔を治癒魔法を当てて痛みを引く作業に入る。恥ずかしさと情けなさで、ローブなりマントなりで身を隠したいがフィルの言われた事を守らなければとキールに視線を向ける。
「痛かったら言ってよ。無理はダメなんだから……君まで主ちゃんみたいな無茶は許さないから」
良いね? と、優しい声色なのにどうして笑顔が怖いのだろうかという疑問に追いやられる。自分では着地が失敗した位の認識だったが、その音に扉の前で待機していたハルヒが慌てた様子で飛び込んできた。
「ちょっ、凄い音が………ゆき、君の仕業?」
コクリ、と頷き分かりやすく溜息をするハルヒ。
高校3年間、周りを騙す為だったとはいえ恋人役をしていた経験からか考えを見抜かれている為に目を逸らす。しかし、それすらもハルヒは分かっていたように「外で何かあった?」と質問してきた。
「君は慌てる様子なのは事態に追いつかない時と、指示を出された時。何かあったって質問したけど、その様子だと既に起きているって事だよね?」
「……流石だよ、ハルヒ」
「伊達に恋人を偽ってないから。……君とれいちゃんは分かりやすすぎなだけね」
「はい………」
もっともな言い方にゆきは頭が上がらず、キールは2人が居たとされる港に目を向ける。途端に、瞳の色が蒼から水色に変わり緑へと変化される。
(水の魔法、風の魔法……聖の魔法か)
魔物の対処をしているのはフィルだと言い、既に兄のベールが消えていたので向かっていると考えた。ニチリでの避難は粗方終わり、残っているとすれば港町の方だと言った。
「で、でも、今向かったと思います。私とフィルさんとで治しましたから」
「治癒の魔法か」
「は、はい……」
リッケルの質問にゆきはすぐに答えた。イーナスと同じ有無を言わさない雰囲気を感じ取ったから、反射的に答えキールがクスリと笑った。
「イーナスじゃないんだから、慌てないでよ」
「ご、ごめんなさい……つい」
「………」
押し黙ったリッケルに、肩に手を置いたディルスナントは「平気です。私は慣れました」と言えばその手を払う。ハルヒも同意を示すように頷くので、後で説教が必要かと考える。
「今すぐディルベルトと共に防衛に向かってくれ。いいか、失敗するなよ」
「了解です、リッケル」
「ゆきちゃん、ハルヒ君、手を出して」
「は、はい!!」
キールの手を取るゆきにハルヒは、困惑気味になりながら言う通りに手を出した──その瞬間、グルリと体が回転したような気持ち悪さに襲われた。
「!?」
しかしそれも一瞬だけであり、さっきまでいた場所とは違う所だと気付く。
「っ………」
「ハルヒ!?」
違うと分かった安堵からか、途端に吐き気を覚えた。ゆきが慌てて背をさすっている間に、ディルベルトと警備隊の者達が続々と現れる。
「っ、うく。気持ち悪っ」
「いきなり風景が、変わるのは慣れん……」
「転送系の魔道具より、体感的にきっつ……うっ」
魔道具での転送は使う時に淡く光リ出す事から、心の準備が出来るがキールの魔法での場合は彼が認識したその時にから移動が開始されている。
魔法での移動に慣れていないニチリの面々からすれば、未知の体験であり船酔いをしないのにそれらと似た症状になる。もしくはもっと酷い状態かも知れない。
(慣れていないとは思ったが、これ程とはね……)
一方でキールはこの状況にある程度の予想は付いていた様子だった。だが、彼の予想を超えてニチリの魔法の適応能力の低さに正直マズいなとも思った。
(チッ、次はもっと遅く発動させる必要があるか………)
目を細めたのは、ニチリが魔法とは違う力を有した戦い方をしている事。この国で魔法を扱える者は数える程度にしかおらず、転送魔法や空間系統魔法に慣れてないのはこの様子を見れば分かる事だ。
いつもより転送するタイミングをずらしたが結果として、未だにふら付いている様子の警備隊の面々に、静かにため息を漏らすと彼等に向けて白い膜を纏わせる。
「これで少しは楽になると思いますよ。症状が辛い者はその場での待機をお勧めします」
パチン、と指を慣らせば四方から襲い掛かる魔物に向けて放たれる魔法の数々。炎、水、雷が同時に魔物の体を貫き続けざまにベールの大剣がキールへと投げ付けられた。
「うわー」
途端にげんなりしながらも風で軌道を変えての一刀両断。大剣はヒュンヒュンと音を立てながら落ちていくのをベールが拾い、何食わぬ顔でキールの隣に降り立つ。
「流石です、師団長」
「気持ち悪いから普通で良いよ。寒気する」
「はぁ、何故そんな事を言うんですか……キール、性格悪いですね」
「君もね♪」
「……セクトが入ればイジリ倒せるんですけど、貴方だと相手にして貰えないですし」
「当たり前でしょ」
呆れたようにジト目で睨むキールにベールは、気にした様子もなく大剣を縦に振るう。剣に纏わせた風が放たれ、海を割るようにして一瞬で道が出来る。その衝撃で海に潜んでいた魔物達の姿が見えるようになった。
「いたーーーーー!!!」
そこにリーグの声が響く。
風の魔法が彼の右手に集約され、小さな竜巻を生んでいた。それが彼の声と呼応するようにして段々と大きくなっていく。
「フィルお姉さん!!!」
「了解」
彼の号令にフィルは待っていたとばかりに笑みを浮かべ、足元から緑色と白い魔方陣が同時に展開される。
「ルフト・バースト!!!」
フィルが展開したのは光と風との複合魔法であり、魔物を囲う為の檻。見えない壁に阻まれながらも、暴れる魔物達に向けて放たれたリーグの風の魔法。竜巻が収束され、小さなボールのように留まる。それを投下し炸裂する暴風とも取れる衝撃が周囲を襲い、その見えない壁ごとキールにより別の方向へと移され遠くで聞こえる爆発音。
≪……イ。………グル……ジイィ……≫
キールが衝撃を逃がす為にと移動させた先。その深い、暗い海は光を通さないように周りが暗い。その中でうめき声が上がる。
苦しい、苦しい、と嘆く声は誰に向けられたものなのか。魔物を倒していくキール達を他所に新たな脅威が迫ろうとしていた。




