第102話:心境の変化
アリエルは7つ上の兄がいる。
妹と同じ水色の髪を有しながら、その色は淡く儚げな雰囲気を思わせるも彼は騎士として国の為に尽くしている。そんな兄が誇らしくてアリエルも助けになれればと魔法をしっかりと学んだ。
水属性は攻撃に転じる力もあるが、その殆どは補助や治癒の為の力が強い。しかし、このダリューセクで水を扱う者は騎士を含み攻撃用へと強化している認識が強い。
その中でアリエルは治癒力が高く、後方支援をする上では貴重な人材でもあった。実際、自分の父を治した時もガラスの破片や打撲も含めての処置も判断も早い。その後の騎士の治療も進み、ユリウスと風魔が離れてから早い段階で騎士達が動けたのも彼女の力が大きい。
騎士として働く兄と、商会の手伝いをしながらも治癒力が高い妹。父親も母親も愛情たっぷりに注いでくれ、自分も家の格を保つ為にと努力した。そんな妹のアリエルは赤茶色の髪の凛々しい侍女のエアリエル、母親と共に父親の見舞いにと病室を訪ねた。
「アリエルの処置が早かったからこれで済んだんだ。ありがとうな」
「いえ……。本当に無事で良かったです」
今も涙を堪えるアリエルにエアリアルは微笑ましく見つめ、母親のラートリーも安心したようにほっとした様子だった。
「君も大変だったと聞くよ。城に魔物が入って来たんだろ?」
「えぇ。でも、ラーグルング国だったかしら……その騎士が来てから沈静化も早かったのよ」
魔法師も傍で居たらしいと告げる淡い水色の髪の美しい女性。妹のアリエルの髪質は母親に、父親の髪質は兄へとしっかりと受け継がれ兄にも妹にも縁談が絶えない。
それは今の両親と同じく、2人も縁談が凄く互いに困り果てた所での出会いなのだから人生は何があるか分からないものだ。
「ラーグルング国……」
父親のラグ・フィスタリアは小さく呟く。セレーネが同盟をすると言った魔法国家。魔力量も魔法も他を寄せ付けない力を持ちながらも、侵略と言った方法を取らずに同盟と言う形で他国との交流を行っている。
(魔物の大軍すらも相手に出来る……流石は魔法国家と言う所か)
「アリエル様も危うい所を助けていただいたと聞きます。どのような方なのですか?」
「えっと……素敵な方ですよ」
頬を赤く染め、はにかむアリエル。それにラートリー、エアリアル、ラグは暫し瞬きをし嬉しそうに微笑んでいた。聞けば魔物を撃退しただけでなく、ラグが危うい所も助けられた青年の名はユリウスと名乗った。
彼はそのまま城へと向かった事から、城内に出てきた魔物の退治に関わった可能性もある。傭兵と言うには気品と育ちが良いらしく、不思議な風格と言う事でアリエルは命の恩人について饒舌に興奮気味に語っていた。
その後、兄の様子を見に行くと言うアリエルに侍女であり護衛の役目を担うエアリアスの2人が出て行き久々の夫婦のみとなる。自分達の子供が無事な姿を見れて良かったと安堵しながら、妻のラートリーは不安げな表情のままだ。
「……フェンリル様のお力が効かないのかしら」
「神官様達も言っていただろ。目覚めたのは最近だ。その間もない時間の中、被害があの程度なら安い物だろう」
国の外はフェンリルの守りのお陰で魔物達が入って来れない状況になり、内部へと入り込むには今回の様な空間を操る魔族か魔物を用いなければいけない。空間ごと斬ったユリウスやラウルが異例であり、通常であれば騎士達は手も足も出ない状況になっていた。
あの程度、と表現したのはもっと被害が大きい所を知っている事からだ。魔物に襲われそのまま街や村が無くなるのも珍しくない。商会をまとめる立場になる前にラグはそれらの被害を目の当たりにしている。それらの被害と比べれば今回の魔物の襲撃での被害が最小限であるのはラグも含め騎士団達の認識でもある。
「……国民に負傷者がいないもの奇跡的だな」
娘達が来るに伝令役の騎士から報告は聞いていた。
セレーネが2人居た事に関して、貴族一同に説明をするのが夜だと聞いておりラグも含まれている。包帯はしているが歩けない程ではないので参加は出来る。
「ラーグルング国と言う名前、私は聞いた事なかったのですが……貴方は聞いた事があったんですね」
ラグの表情1つでそこまで読み取ったラートリーに、内心で驚き妻は凄いなと褒めそうになるのを我慢する。親バカ、愛妻家と言うのが認識されておりその熱々ぶりに娘からは止めるように言われ、兄から冷めた目で「大人なんですから気を付けて下さい」と全うな注意をされてしまった。
「すまんな」
「いえ。夫を支えるのは私の務め。私達を巻き込まさせない為に色々とやってくれているのでしょう。兄のナタールも仕事での話はしませんし、アリエルと居る時は優しいですから」
そう言えば最近、ナタールは家に戻りませんねと心配するもラグは「仕事が忙しいんだよ」と言うもすぐに違うと言う。
「あれは恋してる顔ですよ。ふふっ、ナタールに春が来たんですよ」
「……そう、なのか?」
女の感は当たりますよ、と自信満々に言うラートリーに首を傾げてしまう。兄のナタールは優秀で近衛騎士に自ら進んだと言っていた。
(4年程前にそう報告があったが、何かあったのか)
未だに首を傾げ考えるラグを他所にラートリーは「ナタールが好きな方ってどんな人かしら」と既に興奮気味になっている。その異様な光景に報告しに来た騎士は戸惑いながらもラグに声を掛けるが考え事をしている彼はそれに気付くのはかなり掛かる。
(……どうしようか)
困る様子の騎士に気付き、ラグは話を進める様にと告げる。その後ろでは興奮が冷めないラートリーが居るが「すまない、こっちに集中してくれ」とラグに言われ気を引き締めて姫殿下からの伝令を伝える騎士だった。
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「答えて下さい。貴方は……お兄様の、お兄様の恋人ではありませんよね」
「止めろアリエル。咲が困っているから」
むっとなるアリエルに咲と呼ばれた子は言葉に困り、アリエルの傍に控えていたエアリアルは静かに見守っていた。
「あの、ナタールから聞いています。妹のアリエル……ちゃんですよね。私、お兄さんに色々とお世話になって、頼りきりですけど」
丁寧な物言いにアリエルは兄のナタールを見る。彼も怪我をしていると聞き、様子を見に行けば兄が居るのは病室ではなく騎士団の控室だと言う。怪我の程度が軽いもので済んでいると言う事からすぐにでも仕事に行けると言う話を聞きまずは無事な姿をと、ノックもせずにナタールの居る場所へと入る。
そしたら、知らない女の人と仲良く話をしている場面に出くわし思わず言ってしまったのだ「兄様の、兄様の恋人なのですか!!!」と。
それにナタールは溜め息交じりに「私が近衛騎士をしている仲間だ」と言うも、とてもそのような雰囲気は感じられず疑いの目を向ける。
「………」
じっ、と品定めをするようにサキと呼ばれた子を見る。
ここでは見ない黒髪。それが肩まで伸びており小さく1つに結ばれており、白い肌に良く映えている。服装も騎士と言うよりは神官の恰好に近く水色の法衣を身に付けている事から、騎士と言うのが嘘であるのが分かる。
(……ず、随分と豊満な……兄様の好みってあの位なのかしら)
思わず自分のと比べる様にして比べてしまう。
とぼけた表情をしながらも、体つきが女性特有でアリエルから見ても羨ましい事この上なく思わずキッと睨み付けてしまう。それにビクリとし、オロオロとする姿がなんとも庇護欲を掻き立てるような仕草だと感じられた。
あれで何人もの男を落としたに違いないと思ったアリエルは何としても兄には近付けさせないようにと必死で考える。
しかし、そんな考える暇もなくナタールの居る騎士団の控室に次のトラブルが舞い込んでくる。
「咲!!! ご無事で……」
水色の髪に緑色の瞳を持った人にアリエルは目を見開き「セ、セレーネ様!?」と驚愕の声を上げる。少し遅れてイクネルが着けば「……修羅場かな?」と呑気に言い抱えられている麗奈は状況に付いていけずに固まる。
(あっ、あの人……)
咲はイクネルに抱き抱えられている麗奈を見付けた。麗奈は顔を手で覆い視線を送っている咲には気付いてはいない様子だった。セレーネが「ナタールどういう事」と説明もしていないのに、状況から犯人がナタールだと決め込み聞いてくる。
「えっと、ですね……」
なんてタイミング来るんだと思わずセレーネを睨みそうになるのを抑え、言われた質問に答えていく。全ての事情を聞いた後、アリエルにセレーネは告げた。これから話す事は他言無用、守れないなら出て行くようにと。
兄は仕事に関して家に持ち込む事はしない。しかし、この頃家に帰らない日々がある原因がその仕事に関してなら、とアリエルは聞く覚悟と人に離さないと言う絶対的な約束を侍女のエアリアルと共に誓った。
そして、麗奈も会話に入る事となり思わず良いのかと視線を彷徨わせていたら「恐らく貴方にも関係がありますから」とイクネルから聞かれ、大人しく話を聞こうとなった。
そこでセレーネは話し始めた。咲がこことは違う世界から来た異世界人である事。4年前に自身が襲われ植物状態でいつ目が覚めるかも分からない状況で、咲が自ら身代わりを申し出た事。
その場で発動させた魔法で、セレーネそっくりになった事から今の今まで姫殿下として活動していた事。兄のナタールは副団長から咲を守る近衛騎士に抜擢し、周囲にその事を隠し続けていた事。
セレーネが目を覚ましてこうも活動が出来るのも、咲と同じ異世界人の麗奈のお陰であると説明をした。咲を庇ってナタールが怪我を負っていたのを治したのも麗奈と咲だと言い、この場に無事な姿で居られるのも人のお陰である、と。
「………」
全てを話終えたセレーネは息を吐き、イクネルが用意した水を一気に飲み干す。チラリ、と咲と麗奈を見るアリエル。
同じ黒髪、白い肌。
この世界の人間でないと言う共通点。
どれもすぐに信じる事が出来ない筈なのに、異世界人が来ると言うのはアリエルは伝承と言う形で知っている。魔法を学ぶ中で伝説的に語られる英雄のような存在。
その方が2人も……自分のすぐ近くに居る。
自分の思考の許容範囲を明らかに超えているが、兄を見ればそうだと肯定されてアリエルの中で覚悟が決まった。
「その秘密を言ったと言う事は、これから彼女はどうするのでしょう。聞くと言ったのは私ですから、自己責任としてこの事は墓場まで持って行きます。……代わりに私も兄と同じようにサキさんのお世話係として参加します。出来ないのなら侍女のエアリアルにお願いしますけど」
「アリエル!!!」
慌てたように止めに入るナタールにセレーネは少し考えて「それも1つの手か……」と言うのが聞こえギクリと体を強張らせる。
「いえ。元々、商会のまとめ役であるフィスタリア家には頼もうと思っていた事があるのですが……」
「では、私が関わるのをフィスタリア家の恩賞として頂きたいです。公式で言うには場が荒れますし、秘密裏に貰ったと言われても同じような影口を叩かれてします。兄がいつも一緒と言う訳にもいかないですし、フィスタリアの後ろ盾と言う名目であればサキさんの行動に文句を出そう貴族はいないはずです」
フィスタリア家は王政に関わる貴族の1つとして長年仕えている。当主が優秀な事もあり、またその家で生まれる子供も優秀な遺伝子を持って国に貢献してきた家でもある。
そう言った意味でフィスタリア家に重要な仕事を頼んだりまとめ役をお願いする事が多い事からライバル視される貴族の家も多く、アリエルに対しても嫌がらせをして来る事も少なくない。
縁談に来るのも少しでもフィスタリア家の恩恵を貰おうとする下心ある貴族の思惑もあり、それが分かっているから兄妹は無視し続け母も父も拒否をしている。
「それが恩賞で良いんですか?」
「地位に文句はないですし、私もそれに誇りを持っています。本音を言うなら伝承に伝えられた方々と関わりたいと言う私の欲求です!!!」
ガッツポーズをし、力説するアリエルにナタールは頭を抱えセレーネは笑って「では共犯者ですね!!!」と仲良く握手を交わしている。咲も麗奈もイクネルに説明を求める視線を送る。
「アリエルちゃんもこっちに関わるって事ですよ。守り手は多い方が良いですし、咲も同姓がセレーネ姫殿下だけでは嫌でしょう?」
「その言い方は悪意がありますよ、イクネル」
「失礼しました」
反省しないイクネルにセレーネは怒りを露わにする。咲は急にアリエルに手を握られ「これからよろしくお願いします!!!」と、さっきと違う態度の戸惑いの表情をする。
「では麗奈様はアシュプ様の契約者様なんですね!!! 凄いです、今まで虹の魔法を扱えた人は誰も居ないのに!!!」
「……ウォームさん、呼びましょうか?」
「良いんですか!? 精霊を見た事が無くてもう見ないんだと思ってたので……お願いして良いですか」
興奮し前のめりで聞いてくるアリエルに麗奈は微笑みながらウォームを呼ぶ。咲も麗奈と話をする中で隣町の高校である事、今度時間がある時に一緒にお菓子作りをする約束を取り付けてからはニコニコ顔で2人の事を見ている。
少ししたら虹色の魔方陣が空中に一瞬だけ浮かび上がりすぐに消える。そこから白いローブの小さな老人が現れた。髭が長いのが特徴であり、麗奈の肩にストンと落ちる。
≪どうしたかの、お嬢さん。緊急でもないのにワシを呼んで≫
髭を触りながらチラッと麗奈を見るウォーム。大事そうに手で抱えてアリエルの前に差し出し「精霊に会った事がないと言ってたので呼んだんです」と答えるも既に答えだなと苦笑するのは精霊の方だ。
キラキラとした目で自分を見るアリエルと視線が絡む。≪君の名前は?≫と聞いてみれば慌てて「ア、アリエル!!!」とつい大声で言ってしまう。その後、自分の失態に気付き恥ずかしがるもウォームは気にした様子はない。
≪フォフォフォ。元気で良いじゃないか……さて、こんな老人見てもつまらんだろうからフェンリルを呼ぶか?≫
「アリエルちゃんはウォームさんに会いたがったんですけど」
≪むっ、そうなのか!? 物好きな子じゃな……≫
「さ、触っても大丈夫でしょうか!?」
「平気だよ。あんまり強く握らなければだからね」
「は、はい!!!」
そこから恐る恐るニギニギするアリエルにウォームは≪何か質問はないのかな?≫と聞きそれに慌てたアリエルは「え、っと……」と困りながらも考え込む。微笑ましい状況にセレーネはずっと笑顔で見ており、イクネルも同じように楽しそうにしていて兄のナタールは疲れ切ったような表情をそれぞれしていた。
「ありがとうございました!!! こんないい経験は2度とないって感じ位に嬉しい限りですし……あぁもうこんなに興奮したのは初めてです!!!」
あらん限りの力で麗奈にお礼を言うアリエルに≪元気な子だな≫と言う。その後も、ユリウスが迎えに来るまでに話は盛り上がり続け麗奈にもゆき以外に友達が出来た事を嬉しく思われるなど知る由も無かった。
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ダリューセクを蹂躙する事は叶わず、同じく上級魔族との気配も途絶えた事から倒されたのが分かる。バネッサがその事に気付いたのはフェンリルの攻撃を続けていた時の事。
そして、今は―――。
「ぐっ、ぐああああああっ!!!」
片腕を取られ、片足を貫かれる激痛。痛覚を無くす魔族もいるらしいが、それでは自身が2度死んでいると言う自覚すら分からない為に実行しようとは思わない。
「うっ、ぐああっ、な、何故………何故………何故、何故、何故!!!」
貫かれている痛みよりも今自分が襲われている事実に驚きを隠せていない。それもその筈だ。何故ならそれを実行している相手は同族であり、今も自分を追っている。
「あーあー、つまらねぇー。つまんねーな、おい」
「っ、ティーラ!!!」
バネッサの走る先には槍を気だるそうに掲げるティーラ。槍先には雷が留まっており頭上から新たな雷を引き込む。バネッサの居る付近も含めてとてつもない破壊の嵐が生まれ、あとを追って来た魔物もろとも消えていく。
「おー、おー。どうよ、大精霊に傷を負わせる仕事も国を破壊する仕事も出来てねーよな」
クツクツといい気味だと言わんばかりの笑み。槍を振り回し投げ付けられるのと後ろから来た腹を貫かれる痛みが同時に襲う。槍は右腕を貫き、自身に貫かれている腕を見る。
「お、まえ、はっ……」
「失せろ」
「だとよ!!!」
炎と雷がバネッサを包み跡形もなく消え失せる。血を舐めとり途端に嫌な表情をしたランセにティーラは不思議そうな視線を向ける。
「どうしたんです」
「いや……ティーラ。君、血が美味しいって思った事ある?」
「はい?」
思わず間抜けな表情をしてしまった。ランセは舌打ちしながら、ダリューセクの方角へと目を向ける。気分が悪いのかと思い急いで駆け寄れば「血を好む魔族っているか?」と質問され居ると言えば誰だと睨まれる。
「……ラークの野郎がそうだったと思いますがね」
「あれで死んでないのか。跡形もなく殺したつもりだったが……逃げ切れる方法でもあったのかも知れないな」
「まぁ、貴方の考えを理解しなくとも俺は命令されれば何でもやりますよ」
ランセの前に膝まつき頭を下げる。武器を置き、頭を垂れるこの姿勢は自分に誓いを立てた時と同じ姿勢だと気付く。その意味を分かり驚いている間にティーラは告げる。
「俺は後にも先にも貴方しか主と認めない。他を主と慕う気もないし、国を滅ぼしたサスクールの野郎は好かない。向こうは覚えてないようだから都合が良いと思って、同志を集めて反撃に出ようよしていた時……貴方が現れた。生きていてくれた」
気配を感じ周りに目を向ける。精霊のガロウ達が傍に現れ警戒を強めるもランセから「待て」と言われる。ランセとティーラ以外にも魔族は居た。敵意はなく殺意もない。
ただ、ティーラと同じように頭を下げる。ざっと見まわしてもその数は20前後は居るだろうと思いどういうつもりだと問いただす。
「どうもなにもないですよ。俺は貴方の家族を殺した奴を許しはしない。仲間を殺した奴を許しはしない。俺の家族も、慕う者達も殺されたにも関わらず……俺達はその場に行けなかった。行く事すら叶わなかった者達だ」
「……あの天変地異は仕方ない事だ」
ここに居る魔族達はかつてランセと共に暮らしてきた。しかし、サスクールの暴力により国を、家族を、仲間を殺されその場に生き残れたのはランセだけ。ティーラ達はその時に、魔王のサスティスが死んだとされた場所へと赴き何か手がかりがないかと探していた。
襲われていると知った時、すぐに駆け付けた。せめて主のランセの無事だけでもと思いながらも……。だが、国に入るのを拒まれるように生まれた風がティーラ達を押し出そうと変な力が働いている。見えない壁に阻まれ、力づくで押し通った先にあったのは国があったとされる平らな土地。
そこに自身が慕った主の姿もなかった。
あったのは奪った魔王に対する恨みと必ず殺すと言う執念。
「俺達は貴方を主と慕う。……再び、慕わせて欲しい」
「……死ぬぞ。私は2度も大事な物を奪われた、哀れで愚かな魔王だ」
「だとしても!!! 俺達は貴方しか慕えない」
「再び、君達の命を背負えと?」
「優しく強い貴方を慕う者達は俺を含めてこれだけの数が居る。サスクールの居る城にも賛同してくれている者達もいる、ドワーフも協力的だ」
「……何だって」
麗奈からアルベルトが仲間を探して旅をしていると聞いていた。誰かがドワーフを集団で攫った。最初は売買する為に人間がやっている可能性もあり、その事は口に出さなかったが思わぬところでその所在を知る事が出来た。
「……君等はこのまま何食わぬ顔でサスクールの所に戻れ。適当に理由を付けて逃れるのは得意だろ」
「まぁ、逃げんのは得意ですがね……」
「ならこっちから城に仕掛けるまで適当に生き延びろ。私と当たったのなら上手く誤魔化せるが人間相手だとそれも難しいぞ」
「そうですね。上級を倒せる人間がいるとは思いませんでしたし」
「ラーグルング国の人間に当たったらすぐに逃げろ。加減できない人間とエルフが居るから」
「エルフだって?」
げっ、と気分の悪そうなティーラに「何で平気なんです」と質問される。それには合えて答えず「あと人間の中で、聖属性の扱う子も居るから気を付けて」と言えば周りにギョッとした表情になる。
「だから、私の傍に居ると本当に死ぬってば」
「でも、俺達はこれしか道がないんで……」
「はぁ。分かったよ……またよろしく頼むよ」
それを聞いてぱっと明るくなるティーラに思わず数歩下がる。他を見れば控えていたであろう魔族達も、同様の反応を示し気味悪がる。
「よし、お前等!!! 主からの命令だ。きっちり行うぞ!!!」
「おぉーー!!!」
雄たけびを上げるティーラ達。
ここにサスクールに対抗するための勢力が増えた。同族でありながらその目的は同族を殺した恨みからの復讐が来るもの。
戦力として考えるには多少の不安要素はあるものの、管理するのも役目かと内心で諦めるランセだった。




