第99話:ダリューセク防衛戦線⑥~憎む心~
上空から迫るキメラを焼き払い、雷を落とす。水を纏い突っ込んで行けば、次々と切り刻まれていく。次の瞬間には風が竜巻となって魔物を巻き上げては地面へと叩き落としていく。
《ほぅ……領域を使う人間が現れたか》
ブルームはダリューセクの城を見る。既に中に入っている自身の契約者も含め、精霊の扱う領域を展開する者まで現れた。
笑いが込み上げ死神の言っていた事を思い出す。
麗奈を中心に繰り広げられる戦いは苛烈さを極めるこの戦い。
《全く面白い連中だ》
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氷の世界。
それはフェンリルと夢で会った時と同じ風景。ただし、今回は地平線には何もなく木々もない上に空は太陽が出て辺りを照らす。しかし、そこに広がるのは凍り付いた地面のみであり、何処を見渡しても風景は変わらない。
そこに激しくぶつかり合う金属の音。剣の刃と大きな爪が互いを傷付け致命傷を負わそうと繰り出される。ラウルと空間を攻撃手段としている魔族の攻防がかれこれ5分が経過しようとしていた。
「ふっ!!!」
横一線に剣を振るう。
魔力が通った刃は蛇腹となり空間へと逃げた魔族を切り裂く。目の前に現れ、爪が振り下ろされるも戻って来た刃がラウルを守るように螺旋を描くようにして手元へと戻っていく。
「ちっ!!!」
またか、と内心で悪態をつく。空間へと逃げ隙を伺うも、ユリウスと同様にラウルの剣もまた空間ごと切り裂き傷を作ってくる。即座に離れ距離を置く。ガシャンと剣の形を成し構え直すラウルに対して魔族は焦りを覚えていた。
(バネッサと連絡がつかない。……部屋ごと、いやこちらだけを対象に引き込まれたか)
精霊の領域は魔族と合わない為など精霊によりその使い方は様々だ。しかし、共通しているのは空間を支配すると言う点。あの場に居たのは自分達以外にも多くの人間が、ドワーフが、奇妙な白い虎が居たはずだ。
その全てはここにおらず、ここに居るのは自分と対峙していた氷の力を使う目の前の騎士と傍に居た黒髪の女だけのはず。それも、この空間に移動されたと同時に居なくなっており探す間もなくラウルとの斬り合いに持ち込まれていた。
(あの女はここにいる筈。……だが)
タイミングを完全に見失い、斬り合いに応じる様に戦闘を起こしてしまった。サスクールから連れて来るようにと言われていたが、自分が満足にその任務を全う出来ない。そう感じた魔族は人の姿を捨て――本来の姿へと変えていく。
「っ!!!」
魔力の質が変わった、と思ったラウルはすぐに後退する。剣を構え直し、些細な変化も見逃さないようにと目を凝らす。が、空中に投げ出され続けて大きな何かに落とされる。
「っ、ごほっ、がはっ……!!!」
ぐぅ、と意識を失わないようにと踏ん張り立ち上がる。振り下ろされた何かに反射的に剣でガードすれば衝撃が自分を襲う。何に攻撃を晒されているのかと考える時間が惜しい。しかし、彼がここで気絶をしてしまうのはマズイ。
(俺が、俺が……気を失ったら……)
フェンリルが貸してくれたあの子供の狼が居なくなる。唐突にそう思い、意識を手放す訳にはいかないと奮い立たせる。
「あぁ、良いね。その表情」
ゾクリ、と背筋が凍った。
目の前には麗奈が捕まり、その背後では恍惚とした目で見下ろす魔族が居た。ここに居ない筈の、自分がラーグルング国でディルバーレル国でも仕留められなかったあの魔族が自分の前に現れた。
何故?
何でここに居る!!!
言い表せられない焦りと動悸。なのに、その魔族はこちらを気にした風もなく彼女の首筋に、静かに自分に見せつける様にして――魔族の牙が突き立てられる。
「うあっ……」
途端に漏れ出た声。目を見張るラウルと状況が分からないと言った虚ろな目でで空を見上げる麗奈。聞こえない筈の血が吸われている音。ジュル、ジュルと耳障りな音をラウルの耳、思考を鈍らせる。苦しむ表情の麗奈に魔族のラークはうっとりとした表情で「たまらないよ、その苦しむ表情」と言い放ち、さらに牙を突き立て深く突き刺さる。
──ふざ……けるな!!!!
自分の魔力が怒りとなって爆発する。全てを凍らせるようなその力に、先程まで見ていた風景が掻き消されて四散する。同時に自分に掛かる重みをねじ伏せる様にして斬る。
「……それがアンタの本当の、姿か……!!!」
力を振り絞り剣を構える。
ズシンと大きな地鳴りのような音が聞こえる。目の前には体長10メートルはあろうかという程の巨大なトカゲ。斬った筈の尾が再び再生していく。それを見ながら、あれで自分が叩き付けられたのだと確信した。
「下等な人間が、今更魔族に歯向かうか」
「そう何度も下に見られても困る。……俺達だって成長する」
ポゥ、と左耳のピアスから魔力が灯る。
さっき見たのがただの幻覚だ。自分の心が弱いからあんな見たくもない、主が穢されるようなものまで見せられた。そう結論付け、ラウルは自分に渦巻く感情も黒い淀みも凍らせるようにして魔力の光を剣に灯らせる。
「もしや……魔道具か!!!」
驚愕する魔族にやはり思いながら、魔力を剣へピアスへと集中する。
ラウルを中心に風が起き、強い魔力が風となり自分を包み込み力を示すように――剣から光が輝き力を増していく。
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それは麗奈が自分に、とくれたプレゼント。ディルバーレル国に居た時での事だった。この世界に来た時から自分に何かと世話を焼いてくれるしと、はにかんだ表情をしながらもはっきりと理由を言ってくれた麗奈。渡した途端に逃げる様にして走って行かれ、お礼も言えないままとなったが。
ディルバーレル国での客室に戻り、ワクワクした気持ちで麗奈からのプレゼントを丁寧に開けていく。ラウルが貰ったのは小さな箱だ。その箱を包むようにして、包装紙がされリボンが可愛らしく施されており笑みを零した。
「……リングかピアス、かな」
戦いを主にして動く騎士。ラウルはヤクルの副団長を務めているし、何かと書類仕事もあるがそれでも目立つようなものは上げないのだろうと考えた。無難に指にはめるリング、耳にするピアスの方が手は空くし鬱陶しいとは感じない。
「……そう言えば、麗奈も装飾品は全然しないな。いや、見ないな」
親友のゆきから言わせれば、麗奈は戦闘を中心にしてきたからか飾り気をしてこなかったと言う。言葉としては知っていても、それを見た事があるのかと言われれば殆どないと考えて言いとさえ聞いた。
そんな彼女は人に贈り物をした。
親友のゆきや父親の誠一、祖父の武彦、浄化師の裕二。彼等を大事にしているのはラウルのみならず、誰が見ても分かり微笑ましくなる。
そこに自分が含んでいるのが分かり、四苦八苦しながらも皆への感謝とお礼を伝えようとこうして用意している。その事に、麗奈の変化が嬉しいと自分までも嬉しいと分かり思わず「参ったな」と言ってしまう。
そんな事を考えていたら、その小さな箱から水色の光が漏れていた。少し経って光が収まり慌てて中身を確認した。麗奈から初めて貰ったプレゼントであり、表情に出さないままでも内心では嬉しくてニコニコとしたい程に嬉しかった。だから、そんなプレゼントをくれたのに、まだ中身も確認もしていないのに壊れました。それでは、麗奈に申し訳ない……いや、騎士として主に合わす顔が無いと密かに思った。
デザインはシンプルで耳に付けても目立たないもの。キラリと自分の瞳に似た光を放つのはピアスの色ものか、麗奈から聞いた魔石の色によるものか。ピアスならもう片方は……と思い周りを探り、箱の中をもう一度探る。
しかし、もう片方のピアスが現れることは無かった。それよりも、ラウル不思議な力をこのピアスから感じられた。
魔力を帯びている。そう感じ、探すのを後回しにして魔法の力を色で見られるキールに相談しようと探し回った。
「これ、魔石が含ませた魔力がラウルに反応したんだよ。私もそうだったし」
さらりと回答を言うキール。ラウルは自分が最初で無かった事に若干のショックを覚え、キールがその事に気付いたのかニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ふふっ、一番乗りは私だよ? わ・た・し」
「……」
「あ、もしかして自分が最初とか思った? まぁ、主ちゃんはラウルから渡すつもりのようだけど、悪いね!!!」
「……はぁ」
「主ちゃんの寝顔見れたし、可愛い反応見れたし」
「何をしてるんですか!?」
思わず反応をしてしまった。キールのスキンシップは度が過ぎると前々から思っており、自分の手が空いている時は確実に妨害をしているがそろそろ限界を感じた。ラウルはどうしようかと本気で考え込み、そんなラウルの思考を呼んでいるキールは、変わらずニコニコと笑みを浮かべてどう来るのかと楽しみで仕方ない表情をしている。
「冗談はその辺にして……主ちゃんの作った魔石には強い魔力が込められているから効果は様々だよ」
「効果、ですか?」
「……限定的に魔法が使えなくなったセクト達の事は聞いたね?」
「はい。兄から報告して貰いましたし、団長からも聞いています」
頷きながらラウルは思い出す。兄のセクトが、団長であるヤクルが魔法を扱う事が出来なくなった時の事を。体中に巡っていた魔力が急になくなり、初級魔法すら扱えなくなり焦った事。そして、その中で動けていたのが魔王ランセとゆきだけであった事も聞いている。
「私とラウルの場合は主ちゃんから直接魔力を貰ったからその恩恵を受けていたからあの場でも動けていた。君、自分の魔法を使った時に何か変化なかった?」
「……ありました。通常の魔法に合わさる様にして、虹の光を感じる事が出来ました。そのお陰かは分かりませんが、あの魔族と相対した時にいつもより力が出たように思います」
「あの魔族の名前はラークと呼ばれてたよ」
「……」
ギリッと強く拳を握る。静かな怒りが瞳に移りキールも「君が憤るのも分かるよ」と笑みを消し無表情を貫く。2人が怒りを向けるのは主である麗奈を傷付けた魔族であり、今もその魔族を前にする麗奈は平常ではいられずに恐怖に陥る。
そんな存在を誓いを立てた騎士と魔法師が許せずもない。ピリッとした空気が部屋を包む。口を開いたのはキールだ。
「黄龍から聞いてんだけど、土御門の魔族と相対した時にも出て来て微かに微かに体が震えていたんだって……。ラウルは主ちゃんの笑顔、見たことある?」
あの魔族に会う前の、と言う前置きは言わずともラウルなら汲み取って答えてくれる。そう思って聞けばラウルは「えぇ、癒されますよ」と勝ち誇った笑みを浮かび尚且つ挑発をしてきた。ピキリ、とキールの頭の中で怒りと憎しみと言う黒い感情が渦巻く。
「そう。それは良かったね」
「えぇ。キールさん、見れなくて残念ですね」
「……君、性格悪い」
「貴方に言われたくないですよ」
「「…………」」
再び起きた沈黙。バチリ、と火花を散らす2人には変わらずの笑みであるが空気が重く今にも戦いが起きそうな程にピリピリとした空間になる。その数秒後、溜め息を吐いたキールは疲れたように椅子に座れば「年ですか?」と言って来るラウルを睨んで黙らせる。
「元々1組のピアスから光が漏れ出ていたのなら恐らくだけど……君の魔力を感じ取って勝手に変化したんじゃない?」
「変化……」
「魔石が組み込まれた時点で魔道具だからね。主ちゃん、私達に贈り物をしてくれたけど……全員分の魔道具を作ったのに等しいからかなり魔力が消費されたと思うよ」
「……あの、数はどの位は分かります?」
「さあ……20前後はあるんじゃない?」
「に、20!? そんなに!!!!」
1つの魔道具を作るのに数年単位は掛かると言われている。それはドワーフ達が作った部分が大きく、数百年前には人間との友好の輪に入っていた彼等だ。その技術を多くの者に役に立てるようにと作り、今では遺跡でのレアアイテムと評され、ギルドでも依頼として集めている位だ。
そんな代物を麗奈は普通に物を作るような感覚で行った。行ってしまったと考えるが、彼女が契約をしているのが規格外のアシュプである事、彼は麗奈を大事にしすぎる辺りそう言う事は教えていない可能性が多い。思わず手を頭に置き思い溜め息を吐けばキールも「そうだよねぇ~大変だもの」と同情するような言葉を投げかける。
「……やはり異世界人と言う特異点からみても、麗奈もゆきももう少し行動を改める様に言うべきでしょうね」
「今更でしょ? 特に陛下は2人のお願いなら叶える節があるから無理だと思うんだよね」
「では――」
「ヤクルはゆきちゃんの事を好き好きオーラで見てるし、ベールは主ちゃんを構い倒すし、セクトとフーリエは見守る姿勢だし……最近だとあのレーグも温かく見守る姿勢を貫いている。ランセは言わずもがな」
周りは止める所か微笑ましく見守る姿勢を貫いているよ?
そう目が物語っており、ラウルは「そう、でした……」と諦める。麗奈とゆきを助けたリーグは既に2人に入れ込んでいるし、その副団長のリーナも団長の味方なのでダメだと判断出来る。
「主ちゃん達、味方を多く作っているのを自覚無いんだよね。……今度はドーネル達まで巻き込んでるし」
「貴族、王族ホイホイですか」
「なに、それ……」
思わず聞き、ふと漏らした本音に思わず口に手を覆ってしまった。しかし、時間は戻る事もないのでラウルは諦めてリーファーが言っていた事をキールにも説明をする。
リーファー曰く。麗奈は知らない間に貴族や王族と言った者達と関りを持ってしまう運命にあるのでは? と言われ思わず何も言えずに彼の話を聞き言っていた事。しかも、全て思い当たるので否定が出来ない。と言ったらキールは大声を出して笑い始めた。
「ふっ、あははははははっ。流石、主ちゃんだ!! 規格外もここまで来るとあの子を中心に回っているようにしか思えなくなるね」
「……そう、ですね」
麗奈を中心に回っている。それは当たっていると思ったラウルは同意を示し不安が過る。自分が狙われる理由を知らないが、恐らくは自分の中にある血が魔族を魅了してしまうのが原因だと言っていた。
例に挙げるならラークがそれに当たる。
彼は麗奈の血を飲んだその瞬間から狂うようにして彼女を狙い、捕らえて我が物にしようとする節がある。血を飲んだことなどないから良く分からないが、彼からすれば麗奈の血はどんな食べ物、飲み物よりも極上の味とし味わった事もない快感が成す。
言葉には出さずとも彼の行動、表情がそう物語っており気持ち悪さで今居る部屋を凍り付けにしてしまう程の力をどうにかして抑え込む。
「……確かに効果は身に付けている人、全てに違う感じになるだろうけど、共通しているのは魔力の上昇と闇の無効化なんだろうね。魔族相手には有効だと思うよ。光属性でなくても効くと思うから」
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「何故だ。何故、彼女は狙わなければいけない!!!」
剣を振るう。その度に、風が氷を巻き込み余波となって魔族の体に突き刺さる。それは氷の欠片ならどんなに良いだろう。しかし、深々と自分の体に突き刺さるのは欠片など優しいものではない。氷で出来た剣が尾を刺して動きを封じるも、尻尾を切って空間を斬るも相手はそれ毎凍らせ場所の移動を許さない。
「魔王はどんな理由があって彼女を狙う。彼女はこの世界に縁の縁もない人物だ!!! 答えろ!!!」
国に残る為の試験。それに現れたキメラは魔法が効きづらい存在であり、簡単には倒せんかったがそのキメラにか下級魔族が潜んでいた。キールがその気配に気付き、自分達から引き剥がしその魔族の首を手見上げに自分達に見せてきた。
キールは魔王が麗奈を狙っている可能性があると言った。そして、それを証明するようにしてラーグルング国へと現れた魔物の大軍と魔族の存在。
「答えろ!!!」
頭上から一線に引くように綺麗に振り下ろされた刃。言葉を発する事もなく、一方的にやられている。巨大な尾で振り降ろそうとも、流れるような動作で避けその流れるのまま駆け上がる。
目指すのはトカゲの頭。
横一線に素早く斬り伏せば、綺麗に斬られ体と頭が離れる。痛みも苦しみを上げる暇もなく大きな音を立てて首が転がり落ちる。離れた胴体の切り口は氷で綺麗に加工され、血で染め上げられる事無く自分へと歩み寄る男の目は今だ怒りに燃え、自分ではない何かを憎々し気に冷めた目で見下ろす。
――屈辱、だ。
かつて下等な人間は魔物に、魔族に蹂躙されるだけの存在だったはず。大昔にその人間と種族間のわだかまりもない時期があったとされるが、自分が生まれた時には既に暇つぶしでしかない存在だったはず。
「理由など、理由など知るか!!! あの方が狙えと言うのなら狙うまで!!! 理由など知るか!!! 俺達は末端も末端だ!!!」
「……そうか。なら、誰がその魔王の思想を思考を理解出来る位置にいる」
ラウルの後ろに迫るは斬り落とされた胴体だ。尻尾を切り落としたのと同様に体に操作など容易い。が、その体がラウルに迫る事はなくなる。ブンッ、と振り抜き鞘に剣を戻すラウルは頭だけの魔族に未だ睨む。
ピキリ、ピキリと体が凍り付きながら崩れ去りボロボロと滅んでいく。自分の体に痛みが無く、またその衝撃がないのを愕然とした表情で見届ける。鞭のようにしなりその刃の活動限界をも超えるような遠距離での攻撃と、それ等の刃が魔力に纏った事で切り裂きながらも同時に対象を切った部分から瞬時に凍らせる力。
「っ、その、魔道具のお陰か!!! お前のその力は、得体の知れないその力はその所為か!!!」
ラウルの左耳には未だに淡い水色の魔力が灯り続け、鞘に納めたはずの剣も同じような光を発しているのが見える。狂ったように叫び出す魔族にラウルは哀れみも、同情もない表情でただ見下ろしている。
「……答えろ。彼女が狙われる理由が、ただの命令で従っているのなら……お前がそれに疑問を持たないのなら、理解出来る奴の名を、幹部が居るのならソイツの名前を言え」
ひゅっと息を飲んだ。お菓子作りが得意で、面倒見がいいラウルと今のラウルとでは差があり過ぎる。主の麗奈には決して見せられない酷い顔をしているのと自覚している。面倒を見ているターニャ達には震え上がらせてしまうのも理解している。
だが、これだけは譲れない。ユリウスにも、キールにも、ハルヒにも譲る事など出来ない。兄が見れば怖いだと注意され、姉にはお前じゃないと言われながら叩かれるのも分かる。
でも、ラウルは冷え切った表情で魔族を見下ろし剣を振り上げる代わりに手を伸ばす。一瞬で作られた氷柱の先端は鋭く、殺傷能力を強くするように魔力がそこに集中していく。
「魔族は最低でも2回は殺さないといけないんだよな? なら、胴体と離れたアンタは……頭を潰されれば流石に1回で死ぬだろ。既に体は粉々で空間に逃げる力も開ける力もないはずだからな」
「……ぐ、ごのっ、ぐあああっ!!!」
頭だけで逃げようとするのを足で抑えつける。途端に、痛みが無かったものが急に痛み出し体を壊された激痛が頭に脳へと集中し想像を超えるような痛みに思わず絶叫。
氷で感覚を鈍らせるには人間でも魔族でも共通で行える。だから、ラウルは追い詰めると決めた時に少しずつでも自分の魔力を相手へと流し込めるようにと氷で突き刺した。再生しようともしつこく、しつこく狙い続けそうしている内に自分が作り出した氷が解け、魔力として相手の体へと流れ込み感覚を少しずつ鈍らせる。
「もう一度、言うぞ。……魔王の言葉をきちんと理解出来る奴はいるのか。居るのなら名前を言え。……今、すぐにだ」
「ぐああああああっ!!!」
再び襲い掛かる激痛の波。凍らせたことで鈍らせてきた痛覚、それを拡散させる為の体はなく頭に凝縮されている状況に人間なら既に発狂し人格が壊されるだろう。
だが相手は魔族。油断も隙も無く自分達よりも優位な体を有し、再生能力が最初から備わっている相手にそんな生易しい手ぬるい攻撃など不要だ。
「っ、ぐぅ、言う!!! 言うから!!! その前にこの激痛を、どうにが、ぐああああっ!!!!」
脳が壊されるような全てを踏みつぶされるような痛み。体の再生を繰り返そうとも、跡形もない体では作り直すのに相当量の魔力が必要だ。だから、出来るのは頭の再生だけ。再生し続ければいずれ魔力は底を尽き、保てなくなり朽ちる。だが、この男はそれを許すどころかそれ等も含めて魔族を苦しめている。朽ちる前に、自分が滅ぶ前に名前だけは言って逝けとばかりに睨まれる。
「今までお前に殺された人達の痛みと比べたら、お前の痛みなど叫びなど比べ物にもならないだろう。懺悔なんかする気もないお前達、魔王の配下は……また人間を襲い好きに蹂躙し、悲劇を繰り返す」
お前が味わっているこの痛みはその人達の痛みであり嘆きだと、ただ淡々と言い放つ。
意識が朦朧となる。自分が何かを言っているが、既に耳は聞き取る能力を失い再生し続ける魔力も底を尽きるのが分かる。
最後に見たのは氷と同じ瞳。やられると言うのに、自分を追い詰めてきたこが騎士がその目が……この銀世界のように美しいと感じてしまった。
それが、最後に見た魔族の最後であり用がないと言わんばかりに氷柱が叩きつけられた。




