第8話:東の森
街にあった柱を麗奈が触れた瞬間、赤、緑、青、紫色に輝いた光。その光は4方向へと分かれ、それぞれの柱へと吸い込まれていった。
そんな不思議な現象が起きて1週間後。
最初は気落ちしていた麗奈も、2週間後に行う試験の為に準備を進めていた。
いつものように、リーグに教えて貰った秘密の場所へと来ている。
様々な花が植えられた大きな花壇。その奥には夜行性を持つ植物達を育てる為の建物があり、リーグが休憩場所にも適していると教えてくれた。
「結」
目の前に壁を作るようにしていつものように唱える。
自分の目の前に小さな正方形が淡くて青い光。それを段々と大きくしていき、麗奈を含めた花畑にまで広げていく。
自分の限界ギリギリの所。
自分の霊力がある限り、結界の広さも強度も自由自在。朝霧家の扱う術の特徴として、守護と秘術が強力とされている。
(自分の居た世界だと、透明で分からなかったけどここでは色で自分の力が見えるみたいだね。うん、1週間ずっと集中してたけど回復は前以上だね。凄いな)
「……これが結界というものか」
「ラウルさん!!」
結界を触り強度を確かめるのはヤクル団長から謹慎処分を受けていたラウルだ。
すぐに結界を解除し、壁を無くした事で麗奈が駆け寄る。
すると、ラウルに謝罪をすれば、彼は意味が分からないと言うように瞬きを繰り返した。
「ごめんなさい。あの時、私が柱に触らなかったら……ラウルさんに迷惑掛けなくて済んだのに」
「あれは平気だ。姉が色々便宜を図ってこれで済ませたんだから。……俺達と違って柱の色が分かるんだろ? いずれ知る位なら早めの方が良いから。本当、気にするな」
「……は、はい」
ラウルとしてはその間、不自由にしていないかと心配していたが杞憂に過ぎないのだと分かる。
試験の為に、あらゆる準備をする麗奈の様子はリーグとリーナの2人から聞いていた。
それでも実際に会い、話してみないと分からない。思ったよりも元気そうにしている事に安心した。
そんな時、麗奈に声を掛けて来た人物が現れる。
「おはようレナ。今日も早いな」
「ユリィ!!」
麗奈と同じ黒髪に、紅い瞳の青年。
ユリィと呼ぶようにしたのは、本人の希望でもありお互いに気兼ねなく話す為。
だが問題はそこではない。ラウルは驚いたように目を見開いたまま黙っていた。そんな彼の様子に、青年の方は気付いたが麗奈は気付いていない。
そんな彼に駆け寄り、挨拶を交わした後で植物に水を上げようと麗奈は移動を開始した。
その時にラウルに待っておくように言ったが、その返事をちゃんと出来たのかは不明だ。
それ位、今来ている人物に対して驚きを隠せないでいた。
「察しが良すぎるのも考えものだな、ラウル副団長」
「……何故、貴方がここに」
まだ道具を探している麗奈は、2人の会話に気付いていない。
その間、お互いに小声で話す。ラウルは咄嗟に周囲を見た。
ここに居るのなら、イーナスも来ているのではないか。そう思ったが、それは小さく笑う青年に否定される。
「安心しろ。イーナスならいつも通りに仕事してる。言っておくけどちゃんと話は通してるから」
「そう、ですか」
「ん、もしかして俺が居ると都合が悪いのか?」
「いえっ。そんな訳ないじゃないですか」
そう答えつつ、内心ではかなり驚いてた。
なにせ彼は滅多な事では姿を見せない。執務と会議以外では、表に出る事は少ないと聞いていた。
だが、イーナスから言わせれば何度か外に出ているし、護衛も連れていないのだという。
「ふーん。確かに変わったよな、ラウル」
「え」
「いや。イーナスだけじゃなくて、騎士団達からも雰囲気が変わったと言うからな。色々と聞いてるぞ? 見張りを頼んでるのに、仕事してないって言うじゃないか」
「イーナスさんに何を聞いているのか分かりませんね。ちゃんと見張ってますよ」
「でも、一緒にお菓子作ったりしてるんだろ?」
「なっ、何故!?……いや、彼女から聞いたんですね」
誰が言ったのかと思ったがすぐに分かった。
麗奈とゆきには、ラウルがお菓子を作るのが趣味だと知られている。2人に黙っておくようにとは言っていないし、言いふらす様な事はしない。
そう思っていたが、意外な人物に知られてしまった。
「陛下。……それ、広めないで下さいね」
「言わない言わない。代わりに今作ってる新作貰おうか。口止め料なら軽いだろ?」
「甘いもの、好きなんですね」
そう言うと陛下と呼ばれた人物は、麗奈が来てから好きになったのだと話す。
前に話し相手になれないかと約束をした事を話す。その時、麗奈は約束を忘れており気付いたその日の夜にここに来たのだと言う。
約束を忘れていた事、その埋め合わせになるかは分からないがという事で手作りのクッキーを貰ったのがきっかけだ。
クッキーを貰い、甘いものは苦手だと思っていたが普通に食べれた。
お礼を言えば、麗奈は相当に嬉しかったのだろう。よくお土産にクッキーだけでなく、パウンドケーキなども貰うようになった。
それから気付いた。案外、自分は甘いものが好きなのかも知れない……と。
「ふふっ、あの時の嬉しそうな顔は今でも忘れられないな」
ラウルは驚きを隠せないでいた。
威圧し周囲の兵士達や使用人達に恐怖を抱かせる彼と、今の笑っている彼が同一人物と言うのが信じられない。
だが、それは自分もだろうなとラウルは思う。
「自分も貴方がそんな風に、笑うなんて思いもしませんでした」
「良い変化じゃないか。じゃ、俺は傭兵設定。麗奈はレナって名前で使用人って言う設定だから……その辺の事ちゃんと守れよ?」
「……彼女に言わない気、ですか」
その事にも驚いた。
自分の事は明かしているのだろうと思っていたが、向こうはそうではないらしい。
聞けば反応が面白いから、ついイタズラ心が働くのだとか。
「驚かすなら試験の時にだろ。試しに今日、東の森に行かせるみたいだから」
「え」
街の中心部にある柱は街の人達には見える。
全長40メートルの大きな水晶の円柱。この柱以外に、あと4つ配置されている。中心部から均等に4方向にあり、それ等の柱は街の人達には見えない加工になっている。
その加工がある状態で見えるのは騎士団に所属している者。陛下、宰相など魔力を行使出来る者達だけに限られている。
その4つの柱は東西南北に設置され、誰が作り何のためにあるのか分からないでいる。それを解明出来た者は居ない。管理が出来るのは、王族のみに絞られており同時に国の防衛の要だ。
なにせこの柱は、国に結界を張ると同時に魔物を引き寄せる効果を持っている。
街にある柱はその効果を持っていない。4方向にある柱がその役割を担っているからか、街中に魔物が出たと言う報告はない。
そしてこの国の騎士団は、4つ柱の警備と魔物の討伐を行う事から、【4騎士】と呼ばれている。だからか、街の人達は騎士と言うより昔から馴染みのある4騎士と呼ぶ事が多い。
今まで、活発化し数が多くなってきた魔物が、この1週間前から急に減った。活動も日夜を問わずだったのが夜のみに限定されている。
その事を聞き、ラウルはチラリと麗奈を見る。
見られていると気付いていない麗奈は、花壇に水を与えなんだか楽しそうにしている。
「そんな変化、今まで起きてなかったですね」
「あぁ、俺もそんな事が出来るだなんて知らなかった。今まで、魔力を与えていたから結界を張る以外にそんな力があるだなんて記録にもないしな」
だからと言い、彼はラウルに告げた。
麗奈に対する意見は主に2つ。魔物の手下か、抑止力なのか。
もし抑止力になるのなら、王族である彼の負担は軽くなる。王族である彼は膨大な魔力を有しているが、その殆どは柱に譲渡する為の魔力。彼自身が魔法での攻撃をしないのも、その辺の理由がある。
「ま、イーナスは抑止力の説を唱えている。でも、大臣達はちゃんと力を見たいからって事で、比較的安全な東の森に行かせるんだと言って聞かない」
「今なら魔物は夜しか来ない。彼女1人だけで行かせないでしょう?」
「あぁ。今日、ベール騎士団長が東の森の巡回だからついでにって。心配なら付いて行けるように俺が言うか?」
「いえ、それは」
「ヤクルに申し訳ないって? アイツの事は俺に任せろ。抑え込むのは得意だから」
「いえ、借りは」
「新作おやつ追加、な?」
ニッコリと微笑まれ、お菓子で良いのならと納得。
ラウルは頭を下げてお礼を言うと、気にするなと言われてしまう。
「悪いレナ!! 俺はもう仕事に行くから」
「え、もう? この前みたいに一緒に、水やりしないの?」
「今日は難しいな。悪い、また今度な今度」
「はーい。気を付けてねぇ」
そう言って楽しそうに去っていく。
会いに来ただけで満足した様子に、ラウルは少なからず驚きを隠せないでいた。
「おはようー」
「リーグ君、おはよう」
そこにリーグ団長も加わる。
水やりをしている麗奈に、リーグも「僕もやるー」と一緒に行う。ラウルは暫くその様子を見ていた。
「あ、そうだ。麗奈お姉さん、ベール騎士団長が用があるみたいだけど……何か知ってる?」
「え、ベールさんから?」
この1週間、他の騎士団長ともそれなりにやり取りは出来ているのは知っている。
なんせラウルの兄であるセクトは喜んで麗奈の相手をし、ゆきには何回か家に招待しサティ達と楽しく談笑。
そういった内容を嬉々として報告されるから、よく知っている。
ベール団長は初めから2人に好意的な様子なようで、図書館の場所、兵士達の訓練所など城の内部を案内して貰ったみたいだ。
自分の役目を奪われた、とその時の事を思い出したリーグは怒る。
なんせその時の事を、報告なのか愚痴とも取れる感じでラウルに告げて来たからだ。
(ヤクル団長は……まだ関わらない、か)
唯一、彼女達との接触をしないのは自分の上司のみ。出会いが最悪な為、今更仲良くする気も難しいのかも知れない。
「じゃ、今からベールさんの所に伺ってみるね」
「行ってらっしゃい~」
ベールが訓練場に居るのを聞き、すぐに向かう。
遠ざかる麗奈に、リーグは姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
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「え、今から……ですか?」
「はい。準備をお願いします、麗奈さん」
訓練所に向かえば大剣を巧みに操るベールが居る。
長身でラウルよりも少し大きいが威圧感があまりない。それは雰囲気が柔らかいからか宰相と同じ笑顔だからか。
深緑の瞳に同色の髪を1つに結び、眼鏡を掛けた彼は笑顔で一緒に同行するように言ってきた。
「えっと」
「セクトから馬には慣れた様子だと聞いています。ラウルに乗せて貰ったようですね。なら平気ですね。私と一緒に乗れば問題ありません」
「その……」
「長居はしませんよ。夕方には城に戻る予定なので。それならゆきさんに心配を掛けません。万一遅くなるなら、私の屋敷に泊まって頂きますし、次の日にゆきさんに謝罪しますよ」
凄い強制力だなと思いつつ、麗奈は一応の確認の為に聞いた。
「……拒否は」
「ありません。断れば貴方の印象が悪くなるだけです。……それでも良いんですか?」
「それは困るので行きます」
前のような掃除を頼まれるのかと思い、恰好はかなりラフだ。
森に行くのなら、せめて身を守る為の札を持ってくるべきだった。その準備すらさせて貰えない事に恨めしそうにベールを睨む。
しかし、その彼は楽しそうに準備を進めていった。
問答無用で連れだし森に向かう。東の森と呼ばれる場所の入り口では、ベールの部下達が集まっていた。最後に到着したベールに気付くと、姿勢を正し報告を開始した。
「お疲れ様です。団長、麗奈様」
「お、お疲れ様……です」
こそっとベールの後ろから麗奈はどうにか答えた。
どうしても様付けには慣れない。そんな思いを抱きつつ、下ろして貰い馬を部下に預けるベールに付いていく。
「何か異常はありましたか?」
「いえ。森の様子は変わらず静かです」
そんな報告を聞きつつ、麗奈は白いローブを渡される。
薄ピンク色の髪にベールと同じ深緑の瞳の女性騎士、彼女は副団長を務めるフィル・ラグレス。
「兄が無理を言っているようですみません」
「そ、そこまでは……平気です、まだ大丈夫です」
「そうですか? まぁ、貴方が言うなら良いかな。あと、ローブは今から着けないと効果が発揮しないので注意してね」
「……効果、ですか?」
「方向感覚が無くなるのではぐれる。そうした人を狙って森の主に喰われますから。東の森は通称、迷いの森とも言われているので気を付けて」
「森の主……?」
「土地に長く居た自我があるエネルギー体。精霊と俺達は呼んでいる」
「え、ラウルさん!?」
そこに息を切らしながらも、疑問に答えるラウルを見て驚いた。フィルは何故? と疑問を出せば、ベールから呼んだと聞かされる。
「ヤクル団長に許可は?」
「私が黙らせます」
「はぁ。ここまで来て帰れなど言いませんよ。全く兄はいつもいつも突然ですね」
呆れるフィルにラウルは謝罪し、ベールはニコニコと笑みを崩さない。慌てて来た様子のラウルにどうしたのかと聞けば、単に心配だからという理由だった。
それでも、そうまでして追って来たラウルに麗奈は「ありがとうございます」と伝える。その様子を見て、ベールは更にニヤニヤとしていた。
「では、柱まで各々巡回を開始して下さい。麗奈さんは私とラウル副団長とで行きます。フィルはここで待機です」
「了解です団長」
不安気味に森を見る麗奈に、ラウルが落ち着かせる為に肩をポンポンと叩く。
それに覚悟を決め森に入り森の中心部へと向かう。いつもなら、柱の様子を見に行く為の巡回。今は魔物も居ないから比較的安全だと言う説明を受ける。
「麗奈さんには単純に、付いてきて欲しいだけです。はぐれるといけませんから、手を繋ぎましょうか」
「は、はい」
木々がざわめく様子も無く、自分達が歩く音だけが響き木霊する。風は吹いてないのに何かに撫でられている。そんな感じに、麗奈はふと上を見上げその次に周囲を見渡した。
あまりにも静かすぎる森の様子に、麗奈はラウルに質問をした。
「いつもこんな様子なんですか?」
「いや、かなり静かだ」
「そうなんですね」
普通とは違う様子。
緊張してきた麗奈は、前を向く為に歩く。そして気付く。手を繋いでいたベールが居なくなっており、続けて後ろに居たであろうラウルも居ない。
「えっ、ベールさん? ラウルさん!!!」
自分の声が木霊し、反響する。さっきまで音がないのに、急に音が発生し鳥のさえずりだけでなく、足元にはリスがすり寄っていた。
「あの、誰かいますか!!!」
恐る恐る声を発するも反応は無い。代わりに、ピシャン、と水が跳ねる音が響く。
その正体を確かめるべく、その場所へと急ぐ。
「う、わっ……!!」
急に走ったからか、木の根に引っかかったのかそのまま転がり落ちる。
気付いた時には水の中に落ちていた。なんとか慌てずに浮上を目指し、大きな木の根元を使って何とか這い上がった。
「はあ、はぁ、はぁ……」
《フォフォフォ、すまんすまん。招待したのに湖に落ちてしまうとは計算外だった。ホント、申し訳ないな》
すぐに反応出来なかったのは声を上げた人物が、遥かに小さく浮いていた。
茶色のローブに身を包んだおじいちゃんが居た。白髪が腰まで長く髭も着ているローブの半分位までの長さにあり、思わず邪魔じゃないの? と口に出してしまった。
おじいちゃんは、別に不快そうにしていない。髭を撫でるように首を傾げ《そうかの?》と返された。
「あ、すみません。えっと貴方は一体……」
《さっき説明を受けただろ? ワシは精霊だよ。ふむ、また会えて嬉しいよ異界のお嬢さん。あの時みたくこちらから招待したんだ》
「はい……?」
あの時はどれを指すのか。
自分は、今日ここに始めて来たのにも関わらず相手は嬉しそうにしている。
訂正するのが心苦しい。そう思っていると白いローブから緑に変化し、周りには小さな羽を生やした可愛らしい小人達がニコニコとしていた。
「え」
《さて、お茶会を始めようかのぅ。久々に帰ってきた我等の友。いや、ここは親友と言うべきかな?》
なんだかとんでもない事になっている、と冷や汗が止まらなかった。
しかし、どう見ても誰かと勘違いしているのだと分かり、どうにかして理解してもらおう。相手の機嫌を損ねず、平和的に行こう。
そう決意した麗奈は、その出会った精霊に事情を説明しようと動いた。




