第96話:ダリューセク防衛戦線③~咲の努力~
ダリューセクの東側に位置する門は、商人達が集い食材、武器、武具なども含めて検査をする所でもあった。それらを管理するのはダリューセクが支える王政の中で、子爵以上の地位を有する貴族に限定されていた。
フィスタリア侯爵は東門の管理、門番の配置などいつものように考え、娘のアリエルに商会の仕事を教え込んでいた。
親バカと言われればそれまでだが、それを抜きにしても優秀なのは変わりない。
「た、大変です!!東門から、いえダリューセク全土に魔物の大軍がまた押し寄せてきました!!!」
「何だと!?」
伝えに来た騎士の報告と同時に地響きが鳴り、同時に窓から門を見渡せる所から氷が張られ魔物の侵入阻む。
「氷っ、フェンリル様のお力か!!!」
前に起きた魔物の大軍による侵略。その時の被害も酷く、復興させ元の商会が出来るまでにかなりの時間を有した。その頃からなのか、今まで精剣が何の反応も示さなかったものがいきなり反応をし、ダリューセクの周囲に魔力が集まりだしたのだ。
(そう言えば、セレーネ殿下は同盟の為にラーグルング国へと向かわれた筈……くっ、こんな時に再び大軍の相手を強いられるのか)
セレーネ殿下、宰相のファルディールから聞かされた話。王族を支える貴族達を集め、今後の方針を話していた時だ。
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「ラーグルング国とニチリとの……同盟?」
それを聞かされた時、貴族達の間でざわめきが起きる。ラーグルング国と言えば8年程前に魔族と戦って滅んだ国。
そしてニチリは外交を遮断した閉鎖的な国であり、コンタクトの手段を持ち合わせていなかった筈。
何故そんな所と……と言うのが口には出さずとも共通の認識だった。
(咲……)
ナタールは心配そうに視線を咲に、今はセレーネ殿下として皆の前に立つ彼女に一瞬だけ向けた。
(大丈夫です。貴方は立派にやっていますよ、咲)
ナタールが咲に関わったのも、セレーネがフィンネルのような強面よりも、笑顔が柔らかく誰とでも話せるからと言うのが理由。実際、そうなりナタールの事をはじめは警戒していた咲も、何かと彼を頼るようになった。まだ、咲がダリューセクに着いてそう時間は経っていない。
当時、副団長を務めていたナタールはセレーネ殿下からの要請でたまたま咲の傍に居た。ただ、それだけであり彼もこれ以降は関わらないのだと思っていた。
しかし、そのセレーネが何者かに襲われ植物状態へと追い込まれ、自分を信じたと言う理由から咲が身代わりを担うと言い出した。
当時、団長も含めて副団長達も反対をした。
彼等の中でも、異世界から来た咲の所為で殿下が襲われたと言う事を言い出す始末。宰相もその収拾に追われていた。
「……分かってる、私の所為だって言いたくなるのも」
「しかし――」
貴方はただ、巻き込まれただけだとナタールは言いたかった。
しかし、悲し気な表情をした咲にそのような言葉を掛けるのは負担になると思い……言うに言えなかった。
そして、知らない場所に来てしまった彼女を……今にも折れそうな咲を誰かが支えなければと思った。
だから、自分は自ら咲の傍に居る。
近衛騎士としてその地位を、巻き込まれただけの少女の為に使おうと考えたのだ。宰相のファルディールも、最初は驚いたような表情をした。
「……まぁ、君が言うなら良いか。今は、この事を国民にも貴族の者達にも知られる訳にはいかない。我々だけで……咲嬢を、セレーネ様をお守りするのだ」
殿下が目を覚ます、その時までにと苦し気に言った。
それから咲の苦しくも、未知の世界へと踏み出す4年が始まった。
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「皆も最近の魔物の動向がおかしいのに気付いているでしょう? そして、魔族の侵攻をこちらは一度許してしまっている。……あれで終わり、と言う訳ではないと心のどこかで感じ取っているのではないですか」
ふと、4年前の事を思い出していたナタールはそんな咲の声にはっと気付かされる。
隣を気まずそうに見れば、フィンネルが無表情を貫きながらも漂う雰囲気は「何を呆けているんだ?」と脅しているのが分かる。
それを感じ取っているのは事情を知っている宰相のファルディールであり、コホンとワザとらしく咳ばらいをしセレーネの傍に立つ。彼女の説明で呆けている貴族達を見据えて言い放つ。
「殿下の言う通り。我々は一度、魔族の侵攻を許してしまった事がある。あれから、まだ1カ月と少ししか経っていない。再び、牙を向かれる可能性も捨て切れない……そんな時、ニチリの使者の者が同盟を結ぼうと言ってきたのだ」
来る大戦の為にと、自ら交渉をしに来たアウラ。
最初は非公開の中、セレーネ、ファルディール、ナタールとアウラ、ディルベルトの5名だけで話していた。
そして、そこで8年前に滅んだと噂されていた魔法国家のラーグルング国が健在である事、ニチリにも異世界の人間が居る事を話し共に協力している事。
ハルヒの事、麗奈、ゆきの名前を伏せながらも高い魔力を保有している事と強力な力を持っており、こちらに協力的であるとも言った。
「……異世界人、ですか」
アウラの話を聞き、咲が最初に出した言葉は異世界人と言うワード。
自分以外にもこの世界に来ている者が居る。聞けばアウラが楽しそうに語るのはハルヒとのドタバタした日常と自慢が入る始末だ。
「姫。それ位にして下さい、皆様引いてますから」
「はっ。も、申し訳ありません。し、しかしっ!!セレーネ殿下もハルヒ様に会えば私と同じ感想を持つはずで――」
「ア・ウ・ラ?」
「……申し訳ありません」
(ハルヒ、様……)
ディルベルトの再三の注意もある程度は効くが、また話が異世界人となると出て話が戻りその度に「申し訳、ありません……」と縮こまるアウラ。
その後、すぐに返事を出来ないと言う姿勢を示しアウラもそれを了承し3日程、ダリューセクで過ごす形となった。
アウラとディルベルトが出て行った後、静寂が部屋を包んでいた。
先に口を開いたのはファルディールだ。
「証拠を見せられた以上、あれを偽物と言うのは難しいですね」
「ラーグルング国………彼が、国を支える陛下は……同じような年齢のようですし」
フィンネルの呟きにナタールも同じように思った。
アウラが見せたのはユリウスと麗奈が、黄龍と戦っている場面。その時の戦闘を映像化し、水晶で彼等に見せたのだ。
(あのお2人が………アシュプ様とブルーム様の契約者……)
普通なら魔王を相手にして生き残れるとも思えない。
しかし、今、この世界で起きている異常は今までの歴史から見ても異例過ぎる。
通常、数百年に1人の割合で現れるとされる大賢者が2人居る事。魔法を作り出した大精霊に現れた、初めての契約者。
「セレーネ様なら、同盟を組む事を考えるのでしょうか?」
「……正直、分かりません。あの方が一体、何処まで先を見通していたのか。……しかし、貴方の保護を優先とするなら同郷から来た彼等と話をしてみたいのでは?」
「で、でも、私の……それは、ワガママです」
「良いじゃないか、それで」
「えっ」
驚きの声を上げたのは咲であり、許可をしたのはフィンネルだ。
彼はいつも無表情で、淡い蒼い色の髪の短髪。キリッとした目は威圧を与え騎士団の中でも、特に厳しいと評されている。
そんな彼も、団長からナタール同様に近衛騎士と異動し咲の護衛と講師をしている。頭も良い彼は、幼い時に自分が講師をしてきた流れをする為に、恩師を頼りその者にも秘密にさせる為に城の移住を許した。
宰相のファルディールが講師をするにも、彼にも時間が何処まで取れるか分からずナタールに任せていたら何でも「咲は可愛いので」と訳の分からない事を良い甘やかすのが目に見えている。
それの対策の為に、彼も色々と動いているのだ。そんな彼がこれまでの咲の努力をバカにすることもなく、恐れと思い切りの良さに惚れている1人だ。
「いきなりここに来て、殿下の身代わりになると言った貴方は弱音を吐く事もなく立派に務めている。……こちらのミスだと言うのに、貴方は未だにそれが自分の所為だと責めている」
「せ、責めてなど――」
「いいや、責めている」
「………」
少しの沈黙の後、フィンネルは大きなため息をした。見れば頭を抱え、こうではないといってるような素振り。
「……息抜きと言う訳ではありませんが、外に出るきっかけとしては良いでしょう。ニチリの姫は直接ラーグルング国へと向かうと言っています。我々もそれに便乗し、本当にラーグルング国があるのか、魔法国家の実力を視察するのもいいのではないですか」
「フィンネル、さん………」
「ふっ、では決まりだな。同盟は咲嬢を守る為、そして魔王の打破はこの世の誰もが望んでいる事だ。前に襲われた時に、魔物が口々にサスクール様、サスクール様と言っていたからな」
「目標はそのサスクール、と言う魔王ですね」
こうして、ダリューセクが同盟を決めた。
これから苦しい事も起きるだろうが、それでも平穏を手に入れる為に。
この世界に来てまだ外を知らない少女の為にと、ファルディール達が決意し彼女の努力を認めている団長達がいる彼等の答えは一致した。
その翌日、アウラに同盟を組む事を言い彼女はとても嬉しそうにしていた。
その1週間後、彼女達はラーグルング国を向かうのにアウラと同行した。彼女からすればその1週間後にハルヒ達が来るとの事。
その間、ラーグルング国を視察する時間もあり宰相を務める人物から色々と話を聞けるだろう。咲にとってもゆったり出来る時間が過ごせるだろうと思い、帰ってくる彼等の帰りを待った。
それまで、王族に仕える貴族達の説得もファルディールが率先して行い、周りも渋々と言った感じでその同盟を了承した。
そして、魔族が次に襲来した場合の戦力を残す為に、と準備をしていた時に起きたフェンリルの帰還。同時に魔物の大軍が再びダリューセクを襲った。
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「はっ、はっ、はっ………」
走る。ただ走る。
安全な所へ行くのなら西側にあるギルド。そこには侍女のエアリアスが居る。
しかし、自分の居る場所を考えるなら東門の自身の家に行った方が早い。色々と考える内、走っていた彼女は背後の的に気付かなかった。
「はぁ、はぁ………」
「ギャッ、ギャギャギャ!!!!」
「っ、きゃあああああっ!!!」
突然、上から緑色の体を持った魔物、ゴブリンが降って来た。
自分を追ってなのか、元々向かうはずだったのかは分からないが……それでも獲物を見付けたとばかり水色の髪を有し尻もちをついた少女を追い詰める。
「あ、あっ、あぅ……い、いや、こ、来ないで……」
魔物を生まれて初めて見た。
家から騎士学校までの距離しか歩かない短い距離。しかし、騎士学校でも彼女は居たのは魔法を専門にする学科であり飛び級で卒業した。が、実戦をする騎士と違い彼女はずっと魔法の訓練を行う為に建物の中に居る事が多い。
魔物と言う言葉を知っていても、実際に見たことがない。図鑑で見ていても実物とでは、その恐怖も感じた事も全てが違う。
ガクガクと足が震え、目の前で木の棍棒を持った凶悪な顔をしたゴブリン。気付けば自分を囲うようにして現れており、逃げ場がない。体が恐怖で動かず、どうする事も出来ないと思った。その時――。
「止めろ!!!!!」
目の前でゴブリン達が吹き飛んでいく。
空中へと投げだされたゴブリンは、次の瞬間には体を切り刻まれ落雷が叩き込まれる。ズシン、と自分の目の前に大きな白い体を有した何かが降りてきた。魔物だと思った彼女はパニックを起こした。
「ひっ!!! た、食べないで……!!!! 来ないで!!!!」
『ふえっ?』
「や、やだやだ!!!! 来ないで!!!!」
『ちょっ、ちょっと、いたっ、痛い』
傍に落ちていた石、ゴブリン達が持っていた思われるこん棒を投げ付ける。人はパニックに陥ったら力が変に上がるのだろうか、普段なら絶対に持てない。
『まっ、待って!!! 魔物ならもう居ないから!!!!』
「………えっ」
「風魔、怖がらせてどうするんだよ」
『違うもん!!!!」
改めて目の前の白い大きな犬を見る。その犬はとても不機嫌そうに尻尾を振り、何処かムスッとしているのが何故か分かった。
そんな中、声を掛けてきたのは黒い髪をし紅い瞳が印象的な青年だ。黒いマントを翻し黒いズボンに灰色の上着を着込んだ容姿が端麗な青年。
思わずぽっと、自分の顔に熱が集まった。
カッコいい容姿はこんな危機的な状況でも、惚れさせてしまうのかと、こんなことをしてる場合ではないと頭では分かっているのに目が離せなかった。
『うぅ~聞いてよ、ユリウス~~』
「なんだよ……俺に隠れても意味ないだろ」
珍しく風魔がユリウスに寄ってくる。
頭をグリグリと押し付けてくるのは文句を言いたい時だと麗奈から聞いてたので、何を言われるのやらと言葉を待つ。
『でも、でもあの子………酷いんだ。助けたのにさ~』
「あぁ……何となく分かった」
フッと笑った顔がとても素敵だったからか、すぐに顔に熱が集まった。
そのまま白い犬をその場で待機させたかと思ったら、彼は尻もちをついた自分に駆け寄ってくる。
「怖かっただろ? 立てそうか」
「は、はいっ」
と、元気よく言ったがなかなか体に力が入らない。ブルブルと腕が震えどうしようもないと思ったら、グイッと引っ張られそのままお姫様抱っこをされた。
「っ!!!」
ボッ、と沸騰した顔が爆発したのを自分の中で聞きおずおずと背負った彼の顔を伺う。
「悪い。魔物に襲われかけたからと思って、無理に起こすのもマズいから自分でやったんだが……驚かせてすまない」
笑われる所か心配するような表情。それにホッとしていると「風魔」と彼はあの犬を呼ぶ。
『なに……』
「そんなにむくれるなよ。彼女だって魔物に襲われたかもって思って風魔の事を誤解したんだ。……だろ?」
「は、はいっ!!!! た、助けてくれたのに……ごめんなさい」
『……むっ、そう言う事なら僕も大人げなかった。ごめんね』
そう言ったら顔をすり寄らせ何度も『ごめんね』と謝ってくる。大丈夫だよ言うように頭を撫でれば『ふふっ、ありがとう♪』と嬉しそうに尻尾を振っている。
「そうか、アリエルって名前なんだな。んで、家がある方向が東門か……。俺達も今、向かう方向だから家まで送る。それとも城に向かった方が良いか?」
少女の名前はアリエル・フィスタリア、15歳。
東門の管理を行うフィスタリア侯爵家の娘であり、彼女もまた父の仕事の商会を手伝っている身だ。
水色の髪を軽く1つに結び、大きな水色の瞳が印象的な可愛らしい少女。ワイシャツに足首までの長いスカート、上着に水色のジャケットを着込み一目で目を奪われるような、儚さを帯びた様な雰囲気が漂う。
そんな彼女は仕事をする上でも、学校に行っていた時でも常に表情を変えないそんなアリナはぽぅ、と頬を赤らめながらユリウスの提案にコクリ、コクリと頷いた。
「……どうした、何処か気分が悪いのか?」
何の返答もないアリエルにユリウスは気分が悪いのだと勘違いしたのだろう、そんな質問をしてきた。風魔はアリエルに振動を与えないように、しかし最短で行けるようにと屋根を伝い風を利用して跳躍を繰り返す。
「いえ大丈夫です。……あの、お名前を伺っても」
「あぁ、言ってなかった。俺はユリウスだ」
「ユリウス……様」
間違えないように、小声でユリウスの名を繰り返す。
風魔に乗ったユリウスはそのままアリエルを抱えている為に、本来なら声が聞こえるのだろうが東門の状況が気になっているので声が聞こえる事はない。走っていく内に黒煙が上がっている場所が目に入る。風魔がそこに方向を定め『良い? 突っ込むよ』と確認を取る。
「行ってくれ風魔。魔物を見つけ次第、俺が排除していく。アリエル、家に送り届けるけど少し待ってくれ。……怪我はさせない、安心してくれ」
「は、はいっ、ユリウス様!!!」
ぐっとユリスにしがみつく。
風魔に号令をかければ、黒煙からキメラが出てくる。
「ソンブル・エクレール!!!」
双剣から稲妻が帯びる。それがそのままキメラに一直線に向かい、ボロボロと崩れ去る。次々とキメラが現れるもそれに臆することなく、ユリウスは気にした様子もなく雷を降り注ぐ。
東門に集まるキメラ、魔物を相手に風魔とユリウスの戦いが始まった。




