第94話:ダリューセク防衛戦線
この世界に存在する精剣は確認されているだけで5本がある。
人間側に2本。
エルフに1本。
ドワーフに1本。
獣人に1本。
魔族以外の全ての種族が持つ事が出来るのは、それらは魔族を討つ為のものだからだ。魔王が襲った襲撃した1度目の大戦で、ドワーフが人を守る為に進化を遂げて戦士として覚醒した出来事。それにより人間はドワーフを避け、またそれに気付いたドワーフ側も人間の元を離れてひっそりと暮らすようになる。
2度目の大戦ではエルフと獣人、魔王との激しい攻防が続き、土地が荒れ果て地形を変えていく中でも争い続けても魔王を打破するまでには至らず、あと一歩と言う所で逃げられてしまう。
これにより被害を受けていないのは人間となり、誰しもが次に狙うのなら人間だと確信を得た。その時にはまだ魔法を操れる人間の数も少なく、召喚士の数も多くは居なかった。
その当時の獣人はドワーフを説得しどうにか協力出来ないかと問うた。しかし、ドワーフ側は沈黙を貫いた。
人間を守った自分達が、その人間を守るのか?と。
それでも獣人は人の可能性を問い続けてきた。それは、最初に全ての輪の中心を担っていたドワーフとまったく同じ事をしていた。そこにエルフも加わり、文明の発達の為には協力が必要不可欠だとも問うた。
「………物好きな奴を送る。それで勘弁してくれ」
出た答えは一応の協力はするも、人間の前には姿を現さないと言う条件付きだった。そして、ドワーフの中で人間との和平を望みまた分け隔てもないあの日々を過ごしたいと願ったドワーフ達が協力を申し出たのだ。
そうして作り上げた精剣は、作っては失敗しを繰り返し力が宿ったのが確認が出来たのは4本が限界だった。しかし、彼等は気付いてはいなかった。
失敗だと思っていた数本の内、4大元素とは違う力を宿した精剣が存在していたのを。それらは長い時を経て、風化する事無く残されるも使い手が存在していなければ、また同じ属性を持っていないと反応を示さない事から遺跡の奥深くや人の立ち入りが許されない魔境の地へと長く姿を消した。
へルギア帝国に確認された精剣もその類のものであり、大昔には確認できなかったがこの数百年の時を得て明らかにされたものがあった。その数百年で魔法により文明は発達し、明らかになっていない未知の属性の探求をしようと物好きが生まれてきた。
「へぇ~~~貴方の世界の歴史ってこういう変化なの。面白いわね」
「じゃ、もう帰ってよ」
「何でよ!!!!」
乱暴に扱われた水晶は割れる事無く形を保ち、エレキは怒りをぶつける。
現在、死神界を管理しながらも神の仕事として忙しくているディーオ。そんな彼の仕事姿が珍しいのか冥界を管理するエレキはふむふむ、と物珍しそうに見ていた。
「何しに来たの」
「別に。ただ、ほらあれよ………前に触った毛並みの子、また来ないのかなって」
「……………」
前と言うのは妹のエルナが言っていたモフモフの事だ。
ディーオは誰を犠牲にしようかと思案していた時、映りこんだ大精霊のフェンリルとガロウ。そして、その精霊を優しく撫でる麗奈の姿を見て「モフモフ!!!!」と問答無用で連れて来いと言う意味でずっとモフモフと言って来るのだ。
下手に引き伸ばしてもずっと、モフモフと言われるのが嫌なディーオは麗奈と別れたその瞬間、大精霊を自身の元へと引き込んできた。
≪っ、なん、だ………≫
≪え、なにっ。なんなんだよ、これ≫
「きゃーーーーモフモフ!!!!」
事情を呑み込めない彼等はその後、エルナとエレキにより体を撫でまわされ自分の世界に帰るまでの間ずっと撫でられたりと酷い目にあっていた。
(………毛並み好きも考え物だね)
隣に居たフィーすら「うわ、可哀想……」と思わず本音を言う位なのだから、無理矢理に呼ばれた大精霊達にはたまったものではないだろう。エレキが来たのは文句か何かかと思ったが、大精霊の毛並みが相当気に入ったのだろう。
また触りたいとのご要望なのだ。
「悪いけど当分無理」
「えぇ~~~~」
「だって、これから4度目の大戦が開かれるんだもの。あの精霊達は彼女の味方だ。触るなら大戦が終わった後に来てよ」
パチン、と指を鳴らしエレキの前に1つの水晶を浮かび上がらせる。
輝きを放った水晶からは、騎士国家ダリューセクに向かう人物達が映り国を守護するフェンリル。ラウルと夢で会った時のように、大きな巨体を使い氷を周囲に集め氷漬けにして魔族、魔物の侵攻を抑え込んでいる姿があった。
「あっ、あの子!!!元はあんなに大きいんだ。前に触った時はもっと小さかったのに」
(言うとこそこ!?)
表情には出さないが、内心で驚きを隠せずにツッコミをしてしまう。そして、水晶に映る人物を見て笑みを浮かべる。
(頑張ってね………滅びる事が無いように、ちゃんと守るんだよ。アシュプ、ブルーム)
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投げ出されたのは空。
はっと目を開けた麗奈はすぐにユリウスにより受け止められ、バサリと羽を大きく羽ばたかせる黒い翼が目に入る。
「っ、ブルームさん!!!!」
≪小僧、異界の女を離すなよ≫
「俺がそんな事すると思うのかよ」
≪ふっ、思わんな。一応聞いただけだ≫
鼻で笑いながらも、すぐにダリューセクへと方向を変える。
報せを受けてすぐに行動を起こしたのはダリューセクのセレーネ達だ。彼女達はすぐにテレポートを使って戻り、ベルスナントの「待て!!!」と言う呼びかけに答える前に消えたのだ。
「イーナス宰相、本当に魔族が襲来してきているのか」
「魔道隊の感知を甘くみないで頂きたい。何処よりも優れていると自負していますよ」
「そうか。ではニチリも一度戻るぞ。同時に他国へと仕掛けているのであれば防衛に徹すしか方法はあるまい」
「………キール。貴方はニチリの防衛に行って来て欲しい」
ピクリ、とキールは反応を示した。
麗奈と別行動させられるとすぐに直感したからだ。が、予想通りの言葉に諦めて「はいはい」と肩をすくめてハルヒを呼びにその場から消える。
「い、今のは」
「キールの空間魔法です。彼とごく僅かの者しか扱えないものです。空間を切り離したり作り出したり、あとは一度行った場所へとマークを落とせばすぐにでも飛んでいけます。幅は広くても使い手を選び、圧倒的に数が少ないのが難点ですよ」
「流石は魔法国家、と言った所か。ユリウス殿下、この国と我々ニチリには柱を利用した結界があるしそちらに地脈を利用した術式を組める面々が多いのもている。………何名か貸せないか?」
「ハルヒの負担を補うんですね。分かりました。こちらで選定してすぐに送ります」
「すまない。ディルベルト、お前は前線の指揮を任せる。こちらに来るのなら空中が得意な魔物や魔族が来るはずだ」
「はっ」
「風を扱える者が欲しいなら、リーグとベール騎士団長、フィル副団長に応戦させるように頼んでおきます」
「色々と申し訳ない」
話がどんどん進む中、麗奈はアルベルトをつまみアリサに預けようとした。が、突然「クポ!!!」とトン、と地面へと足を付けた瞬間に茶色の魔方陣が現れて吸い込まれていく。
「麗奈!!!」
咄嗟に手を取ったユリウスは、そのままアルベルトの起こした転移の魔法に巻き込まれる形で姿を消した。これには流石のベルスナントも呆気に取られるが、ランセが「私が行く!!!」とすぐにあとを追って行った。
「師団長。リーグ団長、ベール団長、フィル副団長との連絡手段の確立が出来ました。ニチリにいつでも飛べます」
その間にレーグはキールへと連絡をつけて行動を起こす。その一方でキールの方も誠一と九尾が向かうと言う報告をし、準備が出来た事を告げる。
「すみません、ダリューセクはこちらでなんとかしてみます。そちらも気を付けて下さい」
「う、うむ。分かったぞ」
はっとなるも、イーナスに言われて冷静さを取り戻したベルスナントはニチリへと帰る手段として転移を行える魔道具を使い、一気に戻る。この方法でアウラが使った為にあとを負えざる負えない上、数もあまりないからと本来なら連発していいものではない。
しかし、自国の危機かも知れないのであればそれも仕方のない事だと割り切り3度目の転移を行う。
(いきなり分断か。嫌な予感がする………気を付けてよ、皆)
ダリューセク、ニチリと来れば次に来るのは自分達、そしてドーネルのディルバーレルだと予想をつけた。イーナスは伝令係に起きている事態を告げ、ドーネルの居るディバーレルへと警戒を強めるように指示を飛ばした。
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「クポーーーーー!!!!!」
「アルベルトさん、待って!!!動いたらダメ」
≪こらドワーフ!!我の目の前をチョロチョロするな!!!!≫
「麗奈、アルベルトさんの事どうにかできないか!!!!」
その時、アルベルトに向けて影が縛り上げ口を軽く塞いだ。一体、誰が……と辺りを見渡すとランセがガロウに乗りブルームを追っていた。
≪遅いぞ、魔王!!!≫
「あまりそれを連呼しないでいただきたいですね」
≪何と呼べばいい!!!≫
「ランセです。名前聞いてないんですか!!!」
≪うるさい、他に興味などないわ!!!!≫
「我がままだなホント!!!!」
そんなやり取りを聞いている内に、麗奈は感じた冷気に誰のものなのかを感じ取った。
大精霊フェンリル
ラウルと同じ氷の力を有し、精剣に宿る道を選んだ精霊。ディルバーレルでのフォンテールとは同郷の間柄。そんな彼はダリューセクの中心部に空中で足を留めていた。
≪グラセ・アヴェルス!!!!≫
暗雲を呼び、昼下がりの快晴から一気に暗くなる。
通常ならそこで雨が降るはずだ。しかし、現れたのは氷柱だ。それらが一気に攻め込んできた魔物へと降り注がれ、凍り付かせていく。
触れた先から次々と凍っていき、触れてもいない魔物にさえ影響を与えているのか数メートル先まで凍りつく。
パキン、と。
何処かで割れうような音が聞こえた。それは微々たる音。それなのに、その音を皮切りに凍り付いた所から次々と音を立てて消えていく。
「消えた先から魔物も消えていく……」
その圧倒的な力を前に、ユリウス達はブルームの背から覗かせていた。ブルームが自分自身を含んでの防御魔法を展開していなければ、今の魔法を喰らい氷の餌食になる。
≪あれが氷の大精霊のフェンリルの力だ。奴は元から大軍相手の魔法を多く所持している。守る力も同時に強いから厄介な奴だぞ≫
「フェンリルさん、流石!!!」
ブルームはすぐにフェンリルの元へと向かう。
姿に気付いたフェンリルは慌てて≪な、何故貴方がここに!?≫と驚愕だと言わんばかりに、体を縮まらせてしまう。
≪馬鹿者、恐縮するな。ここに魔族が入り込んだと言う知らせを受けたんだ。心配いらなとは思うが、一応の救援だ≫
≪そんなドヤ顔で言われてもフェンリルが困るだけだ≫
ブルームとフェンリルの間に現れたウォームはそんな事を言いながら、さらに都の周りを強力な防御魔法で固める。
≪お、お父様方……そんなに心配なさらずとも≫
≪子供を心配しない親はいないぞ≫
≪我は心配なんてして無いからな≫
バラバラな2人に思わずフェンリルも≪は、はぁ……≫とどう答えて良いのか分からないような返答をする。ピクッ、とランセはすぐに闇の力を展開した。その瞬間、見えない所からの爆発に防御魔法の展開が遅れた。
「クポ!?」
「っ、きゃあああああっ!!!!!」
『主!!!』
爆風に煽られた衝撃とは別の方向から、アルベルトが何かに引っ張られる。驚いた拍子に抱えていた麗奈も、共に下へと落ちて行きそれを風魔が追っていく。
ユリウスも降りようとしたが≪来るぞ!!!≫とブルームの声で左へと旋回され麗奈が落ちた場所とはかけ離れていく。
(くそっ!!!)
「ユリウス、追って!!何処で彼女が狙われているか分からない。気にするな!!!」
そう叫んだランセは攻撃をした場所へと雷を落とす。
雷はその目標に当たる前に、グニャリと曲がりランセへと放たれる。
「ソンブル・ケイジ!!!!」
同属の檻を展開させ、その雷を吸収しランセの腕へと集約されていく。シュン、と風を切る音とバチン!!と雷が叩き落とされたような音は同時に起きた。
そのままランセは落とした目標へと向かい、ユリウスはブルームに行って麗奈の捜索を頼んだ。
≪気を付けろフェンリル。魔法を無効化にさせる物があったら無理せず下れよ≫
≪了解しました≫
≪小僧、振り落とされるなよ!!!≫
「わ、分かった!!!!」
急激に旋回し、凍り付いていない所から次々と魔物が増えていく。それらを風で吹き飛ばしながら、麗奈とアルベルトが落ちた地点へと急いだ。
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「っ、たた。あー、ひでー」
「お前……」
ランセは殴った目標から魔族の男だと推定した。
ゴキゴキ、と首を鳴らしたり指を鳴らす男は気だるそうに起き上がる。その姿を見てランセは自分に、付き従ってきた魔族が居たのを唐突に思い出した。
「ったく、いきなりなんなんだ。こっちは戦争してーから殴り込んでるって言うのに」
「相変わらずの暴れようだね、ティーラ」
「あぁ?」
最初に覗かせたのは驚愕。
だが、ニヤリと笑みを浮かべた時は獲物を見付けた時だ。なんせティーラ自身から聞いた。
「ははっ、ははははっ………なんだよ、アンタ!!!!人間に味方する変わった魔族ってお前が?お前がそうなのかよ!!!!」
「あぁ、久しぶりだね。お互いに生きていてなにより、だ」
「………あーあー、マジかよ。お前が相手かよ」
「嫌なら下がれ。他にも居るんだろ。上級がどれだけいる」
「……………」
「聞いているの、っ!!!!」
目前に迫った刃を咄嗟に避け、すぐに大鎌で応戦する。
槍と大鎌の刃が互いを削ろうと激しく動き、敵を捉え、切り裂く。
ティーラは笑った。
強者がいるのは好き、命の削り合いが出来るの好き。だから、だからこそ……生きているのだと実感できる。
この瞬間が、何よりも好きなのだ。
「はははっ、おもしれー!!!!派手に暴れようぜ!!!!!」
「ちっ、本当に変わらないな!!!!!」
ランセとティーラ。
魔王と、その魔王に仕え最後まで付き従うと忠誠を立てた上級魔族。ランセが治めていた国が滅びるその時まで、その瞬間に傍に居なかったティーラと、治める立場でその場に残り全てを奪われた魔王。
かつての仲間が相手であろうと、ランセは牙を向く者を許しはしない。
(あの2人に、ユリウスと麗奈さんに手を出すなら………お前であっても容赦はしない!!!!)
守る者の為、障害になるものは全て排除してきた。
例え自分に誓いを立てた相手でも、今のランセには優先すべき事が出来た。
「ティーラ!!!!!」
「ランセ!!!!!」
互いに闇の力がぶつかる。
その衝撃でダリューセクを襲い掛かろうとしていた魔物達が弾け飛ぼうとも、蒸発をしようとも構いはしなかった。地上での斬り合いから空中へと戦闘の場を変え、黒い雷同士が空を荒しさらなる暗雲を呼びこんだ。




