第92話:おかえりなさい
目を開けた先は氷の大地。
草木もなく、建物もないただ凍り付いた大地。空は夜空が広がるも、寒さを感じる事は無かった。不思議な感覚にラウルはなんとなしに歩いた。
「精霊の空間、なのか……。あれ、俺は確か寝てたよな」
就寝する時の事を思い出す。
ドワーフと紹介されたアルベルト、そして麗奈の友達と紹介されたのは泉の精霊であるフォンテールだった。違うのはあの時よりも、背丈がアルベルトとさして変わっていない身長だった事。
≪あぁ、やはり貴方が来たか≫
「……フェンリル?」
それ程歩いてはいないが、考え事をしていたからか気付かなかった。気付けば湖の上には氷の大精霊であり、精剣として力を貸しているフェンリルがそこに座っていた。
2メートルは超す程の大きな巨体。
姿形をそれなりに変えられるが本来の形態は、この大きさだと説明され思わずパチパチとラウルにしては珍しく「大きいな……」と本音を零した。
「何だか疲れている様子だな。何かあったのか?」
≪あぁ……あった≫
ふぅ~~と思い溜め息を零し、顔を沈ませる。その姿に思わず笑みを零し麗奈ではないが、と思いながらもフェンリルの体を優しく撫でる。ピクリ、と耳が動きチラリと目を合わせて数秒後≪そのままで頼む≫と言われ暫く撫で続けた。
≪麗奈と言ったな。君が仕える主の名は≫
「突然だな……」
ひとしきり撫で終わり、今度は背中に乗せて走り出した。
何処までも広がる氷の大地にフェンリルの居る世界はこういったものか、と初めての体験に年甲斐もなく心を躍らせた。
≪あの子には本当に感謝している。……フォンテールの事は聞いたな≫
「あぁ。ツヴァイと言う名で前の自分の記憶を有している、と。そこで創造主の話も聞いた。……貴方方精霊にとってどんな存在なんだ?」
≪神様、だな≫
「神、か」
漠然とした言い方だがそれが合っているとも思った。
精霊達の上位の存在。世界を作った創造主なのだから神様での当たっているかと思った。そして、ラウルはフェンリルは質問した。
この世界に自分を呼んだ意味は何だと。
≪………大きな戦いが起きる予感がしている。君には俺の力の一部を渡して置く≫
「えっ」
≪現在のダリューセクに氷を扱える者など居ない。必然的にそうなる≫
「俺よりもグルム団長の方が……」
≪俺はそのグルムと言う人物を知らない。知っているのは君だけだラウル≫
「召喚士ではない俺が、君を操れるとも思えないんだが………」
精霊を操るのに膨大な魔力を有するのはキールから聞いている。
ラーグルング国が二柱の1つであるアシュプが治める特別な土地であり、そこで育ったとしても果たして捌ききれるのか?と言う疑問が出て来る。
≪魔族に勝ちたくないのか?≫
ドクンッ、と嫌なものを思い出させた。
麗奈を恐怖に貶めたあの魔族。彼女の血を美味だと言った魔族に怒りを覚えた。
「………」
≪すまない。この空間に呼んだ時、君の記憶を覗かせて貰った≫
「そんな事も出来るのか、精霊は」
≪同じ属性の者同士だから起こる事だ。俺は君以外に力を認めていないからな≫
「それは、どうも………」
精霊から褒められるとは思わず素直にお礼を言った。
ちょっとだけ顔を赤くし、頬をかきながらも視線を彷徨わせる。そして、彷徨わせた先で大型犬の様な大きさの狼が共に走っていた。
≪俺の力の一部だ。君の中に置いて行く≫
「え、ちょっ」
≪正しすぐには扱えない。この子も私も、使い手として認めないと出てこないからな≫
「………魔力量の関係で、なんですか」
≪話が早くて助かる≫
ラウルの中に置き、自身の危機的状況もしくは真に使い手と認めるまでは力を封印とするものだ。こうして話せるのも今日が最後だと言う。
≪ダリューセクが危機的状況に晒される前に俺は戻る。……俺のつっかえていた心配事は麗奈のお陰で晴れたからな≫
「そうですか………」
≪時間があれば国を紹介したい。君達はまだ外を知らないのだろう?≫
「えぇ、そうですね」
ラーグルング国から出た事が無いラウル。出ても転移を繰り返し、ゆっくり観光なんかも出来なかった。今はディルバーレル国で過ごすもそれが終わりを告げるのも早いな、と思った。
楽しい時間はあっという間だと実感させられ、キラリと光るピアス。フェンリルにも何か上げたのかと聞けば、彼は首を振った。国の治める精剣としてそれはダメと断ったのだ。
≪俺は国の為に働く精霊であり彼女の契約者ではない。だが、魔石はお礼にと貰いそのまま飲み込んだ≫
「飲み込んだ!?」
≪精霊にとっては補充できるアイテムでもある。恐らく彼女は付与する力に長けている≫
一時的でにでも俺も虹の力を扱えると説明を受け、あっとラウルは思い出した。魔法が使えなくなったあの空間で自分が出した氷が、虹に包まれたような力を引き出しいつもよりも身体能力が上がった事に。
(麗奈の付与の力………そうか、俺とキールさんは麗奈の治療を受けていた。知らない内に耐性を付けられていたと思ったが、付与だと言う事なら一時的にでも俺やキールさんは扱えるのか)
扱う事がなく誰も現れなかった虹の魔法の使い手。
力を求めない彼女は逆に注目を浴び、そして巻き込まれる。それを阻み守る為に自分は、彼女を支える騎士になると決めたのではないか。
「………ありがとう、フェンリル。もし、俺が使い手として選ばれるなら遠慮なく使うぞ」
≪元々そのつもりだ。そしてありがとう、ラウル≫
今まで楽しかったぞ。また、会おう!!!
その言葉を最後に風景は一気に光に包まれ、そしてラウルは目を覚ました。いつもよりも目覚めはよくて背伸びをする。朝日を浴び、そして自分の中にフェンリルの力の一部があるのを感じ取る。
(必ず、ものにしてみせる)
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「うっ、ぐずっ、うぅ~~~~!!!!」
「離れなさい。みっともみないですよ、王」
「やだ~~~~~!!!!!」
その日の朝、ドーネルがいつまでの麗奈にひっつき離れないでいる事にギルティスは悩ませた。キールが魔法を使って反撃しないのも、麗奈が間に居るからでありそれを見越して計算していたのが分かる。
時々、チラッとキールを見ているのがその証拠だ。
「ねぇ、あの王様燃やして良いよね?」
「ダメだよ、キール」
「風なら平気ですよね」
「乗っかるなよベール」
「変わんないな、お前達は………」
呆れた声を出したのはリーファー。その隣では誠一が「麗奈も随分と人に好かれるんだな」と言う一方で「違いますよ」と小さくフーリエが反論したのを密かに、聞いていたヤクルとゆきは顔を合わせないでいた。
そんな中、ユリウスは未だに気持ちが沈んでいた。
夜中に起きな妙な胸騒ぎ。結局、あれ以来寝付けずにおりそのまま朝を迎えているのだから気分は最悪の一途を辿っていた。
「あの、ドーネル様」
「兄様」
「え、っと……」
「兄様呼び」
「…………」
麗奈はぐぐっ、と込み上げる羞恥心に慣れないでいた。別れを告げるのに最後はそれかと思うが、いつまでの離さないのであれば……と思い意を決して言おうとした瞬間。
スパーン!!!
と、ハルヒとスティがハリセンによりドーネルを引っ叩き、グルムがそのまま力任せに後ろへと投げ飛ばした。
「ファ!?」
ドシャ、と固い地面に叩きつけられギルティスは「では気を付けて」と笑顔で送り出す。麗奈は思わず固まり、ハルヒが「はいはい行くよ」と即座に離れる。
「クポポ!!」
≪バカよね、ホント≫
定位置のように麗奈の両肩にはアルベルトとツヴァイが当然のように陣取っていた。ルーベンが心配して駆け寄りもグルムに「ほら、お前も行け!!!」と、投げ飛ばされラウルとヤクルにぶつかる。
ワクナリが慌てて駆け寄り3人に治癒魔法を施す。ターニャ達はそれを「わぁ、痛そう……」、「結局いつも暴れてたわね」、「ラーグルングに戻ってもあれが日常となるのね」と各々の反応をしていた。
「どうせまた会うですからいい加減になさい、バカドーネル」
「う、うぐぅ………」
「じゃあね、皆さん。本当にお世話になったわ。お陰で魔道隊が前以上に強くなった気がするわ」
「それは良かった。主ちゃんと居る時間を削った甲斐があったよ」
「本当に申し訳ありませんでした、キール様」
「大人げないな、君は……」
自分達を囲うよに光が浮かび上がる。
ラーグルング国へと帰る為の転移の魔法を発動させた。ガバリと慌てて起き上がるドーネルは「じゃあね!!!」と元気に言えばそれぞれ手を振ってお別れの言葉を告げた。
シュン、と一気に消え静まり返る城内。
ギルティスはカチリと眼鏡を掛け直し、グルムは剣を携え、スティはローブを羽織り自身の仕事へと戻っていく。
「ありがとう、本当に………」
ただ1人、ドーネルは涙を流していた。
助けられた恩は必ず返す。だから、と今度は自分達が君達を助けるよと。
その思いに嘘はなく、駆け寄る為の準備と周囲に起きている沈静化に努めるドーネル。その目には既に泣いた後などなく、泣く暇がないと言うように政務に取り組んだ。
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「風魔!!!!」
『わぷっ、なにアリサ』
アリサは風魔を見付けるとすぐに抱きしめてそのまま駆け出していく。リーグも何かを感じたように上を見上げ、すぐに駆け出す。後ろで怒鳴るフィナントの声を無視してでも行けないといけないからだ。
「お兄ちゃん!!!!」
「うん、行こう!!!!」
リーグを見付けたアリサはすぐに風魔に乗せる。子犬からすぐにいつもの巨体へと姿を変えた風魔は、既に笑顔で駆け出しておりその姿を見た騎士団達は皆、微笑んでいた。
「フリーゲさん、行きますよ!!!」
「ちょっ!!!」
仕事場に乱入したイーナスはフリーゲの姿を見つけるや否や、すぐに窓から飛び降り3階ほどの高さに絶叫の声を上げた薬師長に周りは何も見なかったと、頭を切り替えた。
『主ーーーーー!!!』
「ママーーーーー!!!!!」
「お姉ちゃーーーーん!!!!」
「わああっ」
転移されてきたのはラーグルング国の城下町。
空から来た風魔、アリサ、リーグの抱き付きに麗奈は押されてそのまま地面に倒れる。頭がクラクラとなる麗奈は目を回し、それに戸惑いの声を上げる3人に誠一からの雷という名の怒鳴り声がが降り注いだ。
「会いたい衝動は分かるが、限度を知りなさい!!!!」
「「『はーい………』」」
正座をしてショボンとなった3人に思わず笑みが零れる面々。
イーナスはフリーゲを連れて騒がれている場所へと向かう。と、そんな時「ハルヒ様~~~!!!!」と言う声と同時に「ぐふっ!!!」とハルヒのうめき声が聞こえて思わず足を止めた。
「「アウラ様!?」」
驚愕の声を上げたのはゆきとイーナス。
他の面々は「誰?」と互いに顔を見合わせながら探っていると、ユリウスから「ニチリの姫」と簡潔に答えた。
「ハルヒ様の将来のお嫁になります!!!」
「ならないよ!!!!」
「何故です!?」
途端にガーンとなったアウラにサティ達からはジト目で見られるもハルヒはそれを無視する。一方の麗奈はラウルに支えれて起き上がり、フラフラとなるもアリサに心配かけまいと笑顔で「ただいま」と言う。
アリサ達は笑顔になり勢いよく走り出そうとして、ピタリと止まる。
「来て良いよ、アリサちゃん、リーグ君、風魔」
「「『…………』」」
互いに顔を見合わせた後ですぐに駆け寄る。麗奈が頭を撫でれば、聞こえて来るのはすすり泣く声だ。
「っ、寂しかったよぉ~~」
『遅いよ、主』
「ごめんね。ホント……ごめん」
「お姉ちゃん、僕ね、僕ね!!!魔法を学んでるんだ。フィナントさんに毎日スパルタに鍛えれてるんだ」
「わぁ、可哀想ですね」
ベールがそう言えばすぐに頭を叩かれる。振りむいた先には怒りを滲ませたフィナントがいた。すぐに退散すれば、風の魔法で捕らえようと騒がしくなる。
そんな中フリーゲはある人物を見て、目を見張り思わず睨み付けた。久しく見ていない自分の父親であるリーファーだ。
「全部話すさ。俺が出て行った理由も、ここに戻って来れたのも……麗奈のお陰だからな」
「んなっ!?」
「どうかしましたか?」
「主ちゃんは気にしないで」
不思議そうな首を傾げる麗奈にキールはそう言い放つ。
父親が名前呼び、対してフリーゲは嬢ちゃんと呼んでいる為に負けた様な感覚だろうと心の内を読む。即座にフリーゲから睨まれるので、プイッと視線を逸らした。
この状況についていけないのはルーベント、ワクナリの2人。凄いドタバタだと感じながら、ここなら上手くやっていけそうな気がする。2人はそう思い、互いに笑顔でこのやり取りを見ていた。
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「姫様の行動を制御できなくて、申し訳ないです」
「いえ、こちらも対処が遅れただけですから」
謝り倒すディルベルトにイーナスは何でもないように振る舞う。実際、こちらに被害はなく受けたのハルヒだけ。そんな彼はイーナスを睨むもアウラは気にした様子もなく、くっついていた。
「何で君がここに居るの」
「神のお告げにより、ハルヒ様が来るのだと分かりました」
(余計な事を……)
「麗奈様の事を紹介して下さい。私ダリューセクとの同盟をきちんとこなしたんですよ!!!」
「はいはい」
ヨシヨシと子供をあやす様に撫でれば途端にアウラは笑顔でそれを受け取る。そんな微笑ましい雰囲気をイーナスは笑顔でやり過ごし、ディルベルトはふぅと溜め息を吐いた。
「ところで、リッケル宰相から聞きましたが………帝国の亡命者をここで預かるのだと」
「えぇ。耳が早いですね」
「申し訳ありませんが、ハーフエルフと言うのがどういった存在なのかの説明を求めます。我々ニチリ側は、ドワーフも獣人もエルフも知らない。海に囲まれた島国であり、そこから外へ出ようと言う者達は過去誰も居なかったので」
「分かりました。では話しますね」
ニチリの外に出るには結界を潜らなければならない。その結界も、アウラの受けた呪いが解除されるまでずっと箱庭のように閉じ込められた国。外交など出来る筈もなく、今回の同盟がどれだけニチリにとって初の試みなのかと言う事なのかが分かる。
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燃える大地は街を燃やし、人を燃やし全てを蹂躙する。
「うっ、うああっ」
声を潜めても、人の絶叫が耳にこびり付く。魔物のゴブリンが街を蹂躙し、後方から黒い光が放たれた。
気付いたら街は火の海になり、防衛手段を持ち合わせていなかった場所で起きた悲劇。
「あ、いたいた」
「!!!」
気付いたら体を持ち上げられていた。
声を上げるのも躊躇した。それはあまりにも恐ろしく美しい笑顔で自分の事を見下ろしていたからだ。
幼い自分はそれで理解してしまった。
死ぬのだと。
「悪いね、人間は殺すのが仕事なんだ♪」
バグン、と一気に飲まれた影に恐れもなく声を上げる暇もなく絶命した。
キメラが空を蹂躙し動物達を襲い、ゴブリン達は金目の物を探し回る。そんな中、影を使って街を蹂躙した女は楽しそうに笑顔を歪めた。
「ははっ、やっぱり蹂躙するの楽しい♪泣き叫ぶ声、怒る声、懇願する声……どれも綺麗でどれも壊したくなる」
女は片耳だけを尖がらせ、もう片方は普通の耳の形をしていた奇妙な姿。黒い尖がり帽子に膝丈までの黒いスカート、彼女の周りを奇妙に浮かぶのは雑に作られた人形。
「ふふっ、すぐに殺しに行くね、お兄ちゃん♪」
黒のローブを上着代わりにしたその女はパチンと指を鳴らす。
すぐに空へと移動した途端、その場で起きる爆発。爆風で周囲の地形が変わり、荒れ果てた土地へと変貌させ魔物をある方向へと導く。
目指すは騎士国家ダリューセク。
へルギア帝国の持つ者よりも古くからあり、氷の大精霊フェンリルが地を収める国。
その国へ魔族の牙が再び向かれるのに、時間はそう掛からなかった。




