第7話:甘いもの
「お前、いきなり来るからびっくりしたぞ」
「悪かったですね、色々と」
泣き疲れた麗奈はそのまま眠った。ラウルはそのまま部屋に寝かせるつもりでいたのだ。しかし、掃除をしに来た使用人達と目が合ってしまった事でそれは叶わない。
彼女達もプロなのだろう。見ていないフリをしてくれるが、ラウルとしては居心地が悪くなる。掃除の邪魔をしないようにと考えている内、気付けばひっそりと屋敷まで戻っていた。
その時に、兄のセクトに見られ――諸事情を話せばニヤニヤしながらも「良いぜ」と言い、彼の部屋を通って自分の部屋と向かう事にした。
「……にしても、連れてきたのは嬢ちゃんってどうしたんだよ」
「昨日は色々あって疲れたが溜まったんだと思う」
「ほうほう。……嬢ちゃんに惚れたのか?」
「安心しろ違う」
即座にそう答えると、兄からは「んだよ、つまんねぇ」と言われる。
仕事をサボっていると姉であるイールが追いかけて来るだろう。そうなるとまたややこしくなる。
ジト目で仕事に戻れと訴えると「じゃあ、楽しめ~」と言うので反射的に本を投げ付けた。
当たりはしないが、多少は自分の怒りを発散出来た。
「はぁ。余計な事ばっかり言って」
そう言いつつ、そっと眠る麗奈の頭を撫でる。
年下の女の子が不安に押しつぶされるのはどうしても苦手だ。しかも、原因は分かっている上に自分も多少は関わっている。
(……菓子でも作るか)
宰相の言いつけを守る気はないが、それでも麗奈の不利になる様な働きはしない。
せめて、この国で安全に暮らせるように働きかけようと思った。そう思った時、ラウルは決まってお菓子を作る事が多い。
女性は泣くよりも笑顔が良い。多分、甘いものなら好きだろうと考え、いつものように厨房へと向かう事にした。
その日、珍しくラウルが笑顔なのを見た使用人達が仕事を忘れる位に呆けた。どんな心境の変化があったのだろう? 春が来たのか? と騒ぎその日の夕飯は豪華にしよう。
そんな思惑が働いているなど、この時のラウルは知らないでいた。
一方のゆきは街の市場に来ていた。
リーグに案内され、雑貨や服を見て回る。途中でリーナ副団長まで来たので、不思議に思っていると「僕達、夜中に仕事したから良いんだ」と説明をしたのはリーグだ。
「リーグ君……寝てないよね?」
「少しは寝たよ。お姉さんと街に行くのは楽しみしていたし、仕事は終わってるんだから良いの♪」
(でも……)
副団長であるリーナを見ればラフな格好で、少し煌びやかな服を着ていた。動きやすいように茶色のズボン、上着は宝石がいくつか散りばめられており商人の設定で来ている、と説明をされる。
「リーナさん貴族なんだ。僕は違うよ?」
てっきりリーグも貴族だと思っていたので、ゆきは持っていた荷物を落としそうになる。寸前の所で、リーナが全てを拾いさっと持ち直す。
「す、すみません……」
「平気です。少し睡眠をとりましたし困っているなら、私達は協力します。他に買う物はありますか?」
「あ、でも……お金」
「呼び捨てで構いませんよ、ゆきさん。団長がここまで懐くのは初めてなので、私も嬉しいのです。細かい事は気にしないで下さい。陛下は世話をすると言ったので、そのお手伝いをするだけですよ」
「あ、うん。分かったリーナ。……じゃあ、私の事も呼び捨ててお願い」
その後、互いに呼び合うまでにあまり時間は掛からなかった。
リーグはそれを黙って見ており、嬉しそうに歩く。
麗奈とラウルが合流するまであと数時間――3人は、昼食を何処で食べようかと相談し合っていた。
「……どうしよう」
気付いたら知らない部屋にいた。
完全にラウルに頼ってしまった。人前で泣いたのは初めてではない。だが、会って少ししか経っていない相手に、あんなにも心をかき乱されたのは初めてだと考えた。
色んな事を考え、今も混乱しているのは麗奈だった。
「……大丈夫か? 気分はどうなんだ」
「……」
いつから居たのだろうか。
ラウルと目が合い、麗奈は反射的にベットに戻った。今のを見られて恥ずかしいと心の中で訴えていると、ガタっと本棚にぶつかった。
「あ」
頭が痛いと言うよりも、本が落ちて来る。
そんな事をふと思ったら、ラウルに庇われていた。時々、呻くような声が聞こえ背中か頭にぶつかったのだと悟る。
「あ、あの……」
「俺の部屋は殆ど本で占めてるんだ。あんまり動くと雪崩が起きるから気を付けろ」
「ごめん、なさい」
怒る事もなく、ラウルはただ事実を告げた。
今の行動は完全に自分が悪いと自覚している麗奈は、素直に頷きゆっくりながらもベットから出て来る。
いつから寝ていたのか分からないが、少しスッキリした。
それが表情に出ていたのか、下でおやつを作ったからどうだ? と誘われる。
「え、でも……」
「量は多くない。朝食も食べたんだろうし、軽めにしたから」
「……え、と。では、いただきます」
断りづらいと感じるも、善意で答えているのは分かる。
麗奈の素直な反応にラウルは自然と良かったと言っている。何故、ここまでするのかと疑問に思っていると使用人である3人組が待っていた。
思わず、ラウルの後ろに隠れた麗奈はチラチラと3人を見る。
「左からサティ、ウルティエ、ターニャだ。麗奈とターニャは同い年だから気は合うと思う。良かったら仲良くしてくれ」
サティはピンクの髪を片側に寄せており雰囲気が大人しい。ウルティエはエメラルド色の髪に眼鏡を掛けた真面目な雰囲気の人だ。
ターニャは黄色の髪に褐色の肌を持った活発そうな人。3人は黒いメイド服を着て仕事モードなのだが、ターニャは麗奈に興味津々なのかキラキラした目で近付いた。
ラウルを中心に逃げ回る。そんな攻防を止めたのは、ウルティエだ。
「止めなさい、ターニャ。麗奈様に失礼です」
「様はいらないです」
しかし、警戒は解けずにいるのか麗奈は未だにラウルの背に隠れている。
それを咎めないのか、ラウルはいつものように3人に言う。
「悪いな、こう言っているから直してくれ」
「かしこまりました、ラウル様」
「では、麗奈……様。中庭に案内いたします。付いてきて下さい」
サティもすぐには順応はせず、徐々にしていく形になる。
中庭へと移動しようとした時、ターニャに捕まった麗奈は質問攻めをされる。
「ラウル様、今日はずっと表情が柔らかい。君が来たからかな? 女の人を部屋に呼ぶことも入れる事もしないから驚いちゃって」
「は、はぁ……」
「ラウル様。ホント急に変わった、何で?」
「わ、分かりません!!!」
「や~もう、可愛い♪」
「可愛くないです!!!!」
そんな問答をしていた時、パンっ!! と良い音が聞こえた。ターニャは痛さにうずくまりその後ろではウルティエはハリセンを持っていた。
呆気に取られる麗奈だったが、中庭へと案内され座らされてと準備を進められ――紅茶とピンク色のパンケーキが差し出された。
「後ろは気にしないでください。ターニャが申し訳ありませんでした。同い年の友達は居ないから貴方に興味深々なのよ」
と、言ったのはサティだ。
麗奈は困り気味に返事をしつつ、怒られるターニャを見ている。
「……麗奈様も、お菓子を作るのが趣味なんですか?」
じっとパンケーキを見ていた麗奈に、サティは質問をぶつけた。
麗奈もお菓子を作るのが得意な為、つい笑顔で「はい」と答えた。
「……ラウルさん、貴族だからそういうのしないと思ってて」
「読書とお菓子作りが趣味だ。家族にしか振る舞わないが、リーナ副団長には差し入れをよくしている。苦労する団長の世話だからな」
少し考える。
リーグの予想のつかない行動は、確かにリーナを困らせていそうだ。
そう思っていると自然と笑えてくる。
「――笑ってくれたな」
「え」
「いや、事情はそれぞれあるが、俺達で良ければ話は聞く。根を詰めすぎるのも良くないしな」
「そ、そうですね……」
「ラウル様!!私食べたい」
笑えた事に驚きつつ、麗奈はパンケーキを食べる。
甘さは控えめで、器の盛り付けもとても綺麗だ。あとでゆきにも話をしようと思える位には、麗奈は元気を貰えた。
突如、ターニャが乱入しなければと思うのは無粋だ。
「ちょっと、仕事終わってないんだから出来る訳ないでしょ!!」
「別に構わないさ。君達の分も作ってるから、皆で食べようか」
「さっすが、ラウル様!!!」
流れるようにして座らされ、サティ達の分のパンケーキが並べられていく。
思わずパティシエが似合うのでは? と思うもそれを言ったら質問攻めに合いそうなので止める。
テキパキと用意していくラウルに麗奈は「慣れてますね」とウルティエに聞けば「騎士団での清掃はラウル様が担当していますから」と返され思わず騎士団平気か? と思ったのは内緒だ。
こうした楽しいひと時を過ごせたのは久しぶりであり、麗奈はいつもよりも心が軽くなった。
その後、ゆきが居る街へと向かう2人にサティ達はいつまでも手を振ってくれた。
「気が向いたら家に来ればいいよ。サティ達も喜ぶ」
街に向かう中、ラウルは麗奈にそう説明をした。
疑問に思った事があった麗奈は、ラウルにある質問をした。
「彼女達はあの家に住んでいるんですか?」
「あぁ。魔物に両親を殺されて身寄りがなくて、助けたのがウチの家ってだけだ」
「すみません」
「気にしなくていい。ここだと珍しくない……魔物の動きが最近活発化してるから、宰相殿も色々と手をこまねいているって話だ。陛下も魔物を狩ってはいるが数が多いからな」
「そう、ですか」
昨日の夜、イーナスが言っていた魔物の数が多くなっていると言う話。
試されるであろう試験の内容が分からないが、この世界も危険に満ちている。内緒で抜け出すのは止めておこうと考えていると、ラウルが馬で移動をしようと言い出した。
初めて馬に乗り、落ちそうになるのが怖くて目を瞑っていた。だが、ラウルが「大人しい馬だから安心してくれ」と言われる。
そうしている内、街に着くまでに麗奈は少し慣れてきて馬での散歩も良いな。そう思い始めるのに、そう時間は掛からなかった。
「ラウルさん、麗奈ちゃんと来るとは思ってましたけど随分遅かったですね。お昼食べちゃいましたよ」
「ごめん、ちょっと……色々あって」
街に着いた2人はゆきを探す所から始めた。
しかし麗奈が柱が1つだけですか? と聞き全部で5つあると答えた。
街の中心に1つ、そこから4方向に分かれるようにして配置されていると、説明すれば突然見たいと言ったのだ。
結果、ゆきを探すよりも柱を見るのに優先してしまい――怒らせる形になった。
その後、街の中心部にある柱を見に行けば子供達が遊び場にしていた。
興味が勝った麗奈は、触ると――突然光り出した。
「……なに、今の……」
座り込み呆然と見上げる。しかし、あれは自分が原因だと言うのは分かる。
子供達が触って何も起きないのに自分が触れたらあの現象が起きた。
ポンと肩を叩かれゆっくりと振り返る。そこには、ラウルが心配そうにこちらを見ていて、見張りの兵士達が慌てたように駆け寄るのが見えた。
「あ……」
「今のはなんだ!!柱があのような反応を起こすなど今まで一度も」
「すまない。今のは私から各団長達に伝えます。ですので、悪いですがここは下がって平気です」
「ラ、ラウル副団長……」
「し、しかし、今の現象を見逃すなど」
「誰も見逃せなどとは言っていない。宰相殿に報告しても構わないが、彼も似たような事を言うさ。自由にしてるから今日はいい、とな」
「……分かりました」
その後、元気づける為にとゆきは麗奈と小物店へと入る。
呆然となる麗奈の様子にラウルも自然と暗くなる。
リーナは緊張した面持ちでおり、リーグは不思議そうにしていた。
「さっきの光ってそんなに珍しいんだ」
「俺とリーナは10年前に見たくらいだ。その時は中心部の柱じゃなく、北の柱だったが……その時は青い光だった」
「私達が触れても反応がないのに……麗奈さんが触れて起きた現象」
異世界から来た事が由来するのか。
そう話すリーナに、団長であるリーグはすぐに否定をした。
「でも、ゆきお姉さん触ってたけど、何も起きなかったよ?」
「「え」」
「リーナさんは飲み物を買ってきてる間にね。珍しいからって触ったんだ。でも何も起きなかったよ」
「……今日ので団長の耳には届くだろうし、最悪の場合、関わるなと言われる可能性が出てくる」
「ヤクル団長ね。ホント、頭固いしやりづらい……。ゆきお姉さんの方はリーナさんにお願いする事になるけど良いよね?」
「分かりました、お任せ下さい」
話が一区切りになった所で、ゆきと麗奈が店から出て来た。
表情が未だに優れない麗奈が気になるが、兵士達が至急来るようにと言われてしまった為にラウルは向かうしかない。
城に戻ったゆきと麗奈は、リーナに色々と手伝って貰い彼とも別れた。
リーグはやることがあると言い、早めに宿舎へと戻る。そんな中、部屋でのんびりとしていた麗奈とゆきに、ラウルの命令でターニャー達が来ることになった。
何でもお世話係となるらしいからだ、と。
色々な事があり、麗奈はすっかり忘れていた。
その夜、ある場所で待ち人が居る事を……。
約束してお土産も持ってくると言った彼との約束を、完全に忘れていたのだ。それに気付いたのは翌日の朝であり、お詫びにお菓子を作ろうと考えた。
ターニャを巻き込んで、麗奈はお菓子を作る。あの待ち人とよく話すようになり、段々と日課になるのも、あまり時間がかからなかった。




