第88話:創造主
ラーグルング国のとある屋敷内。ベール、フィルの父親のフィナントは怒鳴りながらもその表情は焦りを生んでいた。
「アルベルトの奴……何処に行ったんだ」
アルベルトとはユリウスの父親に紹介してからの交流があるドワーフだ。彼は珍しい物好きであり、多少の人見知りはあるが種族間のいざこざなんかは気にしないタイプだ。
(また鳥にでもさらわれたか……)
ドワーフはその身長の低さからか、動物達に遊ばれる傾向がある。が、アルベルトは高確率で鳥にさらわれる。接近に気付いた時には既に空に上がっているのが殆どで逃げられた試しはない。
それ位、アルベルトはとろいのか、1つの事に集中しすぎるのかは分からない所ではある。
「えっ、居ない?あの、ドワーフがですか」
宰相イーナスの執務室に来たフィナントは事情を説明した。予測通り困った表情をし、自分の身の回りにある小物入れや四隅、引き出しをくまなく探して「居ないですね」と困り顔。
「彼、時たまここで寝そべっているのでいるかなぁと思ったんですが」
「申し訳ない」
「あまりに居る率が多いから、小物入れに綿とか入れてベッドみたく作ってからはよく寝に来ましてね。最近では寝顔を見ながら仕事をする事が多かったんですよ」
(ここにいる時があるのか……しかもベッドまで作らせておいて)
恐らく外で動物達に群がられ、鳥にさらわれるまでが一連の行動パターンになる。それを避けての避難場所だなと思いさらに申し訳ないなと思った。
「気にしないで下さい。私も見ていて和みましたから」
「………変わったな。前はそんなんではなかっただろうに」
前はユリウスの呪いの事も含めて余裕がなかった。やはり、自分の息子達のようにあの異世界人と関わったからか、と聞けばそうだとイーナスは答えた。
「自分でも驚いてますよ。……今は、前よりも穏やかな感じになってます。やる事はまだ山積みですが」
「そうだな」
城の中よりも、外の城下町や村など避難するように呼びかけており、その避難場所として今も魔法協会に問い合わせている真っ最中だ。城の中には騎士達で対応する事も多く、雑務も含めて今まで通りの魔物退治もある。
負担は前よりもある。が、皆は弱音を吐かないのは陛下達の帰りを待っているからだ。そして、この先の魔王討伐も含めているからに他ならない。
「まさか、あの異世界人に会いに行ったか?」
「そんなに麗奈ちゃんと誠一さんが気に入ったんですかね」
珍しい物好きでとろい。思い立ったらすぐに行動を起こし、トラブルを招くアルベルト。否定が出来ないなと、自分も情けなくなった。
「まぁ、気長に待ちましょうよ」
お茶でもどうです?と宰相から誘って来られ、一瞬迷った。しかし、ニコニコとしながら用意を始める彼に参り、そのまま2人でお茶をすすったのだった。
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風景は何処までも広がる湖。空は全てが白に塗られ、水の上に全員が立っている状態だった。沈む事もなく、地面に立っているのと何も変わらない。
(ウォームさんの領域にも思ったが、これは精霊独自の空間なんだな)
《そうよ。私は泉の精霊だし殆どの水に関係する精霊達には共通の空間よ》
自分の考えを言い当てられ、ユリウスはビクリとなる。ランセも引き寄せられ、驚いたように目をパチパチと瞬きをし、彼にしては予想外だったと言うのが分かる。
「これは、一体」
《ごめんなさい。人に味方する魔王さんだから、勝手に呼んじゃった》
減るもんじゃないよね?とウィンクして聞いてくる精霊に渋々と言った表情で了承した。一方、麗奈はずぶ濡れのアルベルトを炎で暖め、風で乾かすと言う即席のドライヤーを模した事をしていた。
《ん。お嬢さん、魔力の扱い方が上手くなったのぉ》
「毎日、キールさんに厳しく指導して貰ってますから」
《……む、こらしめるか》
「ダメですっ!!」
《し、しかし》
「ダメなものはダ・メ、です!!!」
両手でバッテンを作れば、肩に移動していたアルベルトも真似ていた。契約者からの拒否にショックを受けるも、その場をフワフワと浮き考え込むウォーム。
《む、ダメか》
「絶対にダメなんです」
「クポポ!!」
《グフッ!!!》
麗奈の肩の位置で空中に止まっていたウォームは、アルベルトからの突進をまともに喰らい2人した水の中へと落ちていく。しかし、ボチャンと水音が聞こえない代わりにベシャッと、地面に激突したような音が響く。
《グッ、オォ……》
「ポポォ……」
頭を抑えヨロヨロと起き上がるウォームに、アルベルトはガシリとしがみつ動けなくしている。フェンリルが傍まで来て2人を上手く頭に乗せて、麗奈の方へと顔を向けた。
《すまないが》
「は、はい!!アルベルトさん、そこまでしなくても……ヒール!!!」
慌てて2人に治癒魔法を施した。
その様子を見ていたツヴァイはクスクスと笑いだし、ユリウスはランセにアルベルトの言葉が分かるかと聞いていた。
「まぁ、少しはね。でも麗奈さんみたいに完全じゃない」
《そりゃあドワーフは最古の言葉を話せる絶滅危惧種だもの。異世界人くらいよ?彼等の言葉も、クポポって言う鳴き声と同時に翻訳出来るのは》
「えっ」
「ドワーフが、絶滅危惧種………?」
驚いたのはユリウス、困惑を示したのはランセでありツヴァイは簡単にドワーフの現状を話した。
≪まだどの種族との争いのない時代があった時。ドワーフは臆病ではなく、友好的で皆の輪の中心になる事が多かったの。それが、急に変化を起こしたのがある魔王の突然の襲撃よ≫
その魔王の襲撃により、魔王の部下として生み出された魔族が現れ魔物が世を蔓延るようになったと言う。人は元々頑丈ではなかった上、俊敏性も他の種族達よりも圧倒的に劣っていた。だから、最初に根絶やしにされかけたと言う。
≪ドワーフはただ人を生かす為に武器を作り、自らも戦ったと言うわ。……その様は臆病と言われている彼等とはかけ離れた印象を持ち合わせた。巨人のように体を大きくさせ、強固な体と大地を操る魔法を巧みに操るドワーフの事を、戦士・ドワーフと呼んだの≫
「……戦士、ですか?」
≪そうよ。彼等が鍛冶師としての技術が、何処よりも優れているのだって人を助けようとしていたら頂点に立っていた位の認識。戦士・ドワーフは名の通り戦いを行いその為に自身の体を作り替えたの≫
その時に人と話せるようにと体を大きくさせ、言葉を話すようになった彼等。初めて見た人間達から見れば恐怖でしかなかったと言う。突然、鳴き声の様な彼等がいきなり自分達と同じ言葉を話し、魔族、魔物を蹴散らした。
ドワーフはただ、人間と居る時の安らぎを失いたくないが為に進化しただけの事。逆にその進化が人間にとっては予想外で、恐怖でしかなく弱い生き物だとまざまざと見せ付けられたようだとも取られた。
≪ドワーフ達はショックを受けたわ。人の為に行った進化が、逆に彼等の不安を募らせていき溝を生むきっかけになってしまった事に≫
「で、でも、それは………!!!!」
それは人間である自分達がいけないことだ、とユリウスは言った。彼等は弱い自分達を守る為にしなくてもいい進化を遂げ、そしてその所為で守れると思っていたものが守れず、崩れていく。
原因はどんな姿の彼等でも、変わらずに手を取れなかった自分達の落ち度だとユリウスは言った。それをツヴァイは頷き≪誰でも、貴方のような考え方なら……良かったのよ≫と微笑みかける。
≪貴方や彼女のように、どんな姿でも受け入れ助けてくれる。そんな存在の人は、今のこの世界には一体どれだけの人が居るのかしらね≫
「…………」
その質問の様な言い方に、ユリウスは答えられずに黙っていた。ツヴァイが言うには、戦士・ドワーフは避けられた事で人間の元から離れ隠れるようにして様々な場所で住んだと言う。
そして、嫌われる位ならいっそ逃げようと言う気持ちが出て来た。それが、今のドワーフ達の形成されている臆病で人見知りの彼等だと言う。しかし、そんな彼等も武器を見ればどうしても綺麗にしたくなる、もっと性能を上げようと言う鍛冶師としての欲には勝てずいた。
そうして今でも時折、人が寝静まった時に金属製の物や装飾品、武器などを綺麗に磨きまたは性能を上げてきたと言う。そんな事を繰り返していく内に、彼等は一瞬の内に武器を磨き上げ、または作り替えると言った早業まで出来るようになったと言うのだから凄い事だと言った。
洞穴や人が立ち入らないような場所に自分達の住まいを作るのも、人との交流を捨てひっそりと暮らしているからだ。しかし、戦士・ドワーフは誰でもなれるものではない。初めて戦士として目覚めたドワーフも、今ではどうしているのか、魔力が底を尽き既に死んでいるのではとも言われており安否は分からない。
戦士になるには戦闘を覚えなければならない。しかし、臆病になってしまった彼等に果たして魔物達などに立ち向かえと言ったとして出来るのか、と言う疑問が出て来る。
≪大抵のドワーフは魔物に襲われて亡くなるか、あまりに人とから遠ざかった事で食料が取れずに餓死して亡くなるか。自分の身を守れるドワーフはなかなか居ないのが現状よ≫
だからドワーフは1つに集まるのを止め、各々の里を作ったと言う。地面に穴を掘り、魔法で加工し見えなくして夜中に森の中で狩りをする。今ではドワーフ達の数を把握しておらず、その全てを見る事は叶わないと言う。人との関りを捨てきれず、あえて人の多く居る所に住んだりしている物好きなドワーフも居る。
エルフと同様に、木の実が豊富な森の中で暮らしたり、鉱石が沢山取れる場所や危険の多い所に行くもの好きなドワーフ達も居たりするのだと言う。
「アルベルトさん、もう大丈夫ですか。ウォームさんもあまりからかうのはダメですよ」
「クポポポ!!!!」
≪いやいや、威張るでない。新入りドワーフ≫
今も麗奈が両手ですくい上げるように両手で、ウォームとアルベルトを乗せている。手のひらでは今もアルベルトとウォームの喧嘩が絶えず、麗奈はそれを困ったようにして注意をするも止める気が無い様子だった。
「………2人共、お菓子あげませんよ?」
「クポ?」
≪むっ、それは困る!!!!≫
「クポポポ????」
ウォームはショックを受けているのか、そのまま石化してしまいアルベルトは首を傾げて「お菓子って?」と麗奈に質問していた。その場にしゃがんだ麗奈はアルベルトに説明をし、遠くからでも楽しそうにしている雰囲気が分かる。それ位、あの空間は微笑ましく自分まで笑顔にさせている。
「……今、思ったけど凄い光景、だな」
≪ふふっ、そうね。アシュプ様に、ドワーフ、大精霊に魔王と凄い組み合わせよね?彼女は分かってないようだけど≫
今も普通に話しかけ会話を繰り広げている麗奈。分け隔てなく、と言うのは簡単だが自分にそれが出来るのかと問われれば微妙だ。ドワーフの事も文献と違っただけで、その差に慌てた位だ。
恐らく麗奈はどんな姿だったとしても彼等を受け入れ、そしていつの間にか輪の中にいるのだろうと言うのが想像できる。今も黄龍と青龍からは温かい目で見ており、フェンリルは麗奈の傍で腰を降ろしゆったりとしている。
≪分かっていないから、先入観が無いからこそ魅力的なのよね彼女は≫
「アシュプと契約を結んだ事で、精霊達に好意的になるだろうしね。ガロウに関しては自分の物アピールが凄くてウザいからあとで締めておくよ」
「……程々でお願いします、ランセさん」
「ユリィ、ランセさん!!!!見てください、アルベルトさんの変顔です!!!!」
嬉しそうに自分達に寄ってくる麗奈。その手の平にはドワーフのアルベルトが顔を引っ張ったりと様々な変顔をユリウスとランセに見せている。チラッと麗奈を見れば笑いを堪えているのかずっとプルプルと体が震えている。そして、彼女の頭の上ではアシュプも負けじと変顔を披露している。
「……ぷっ、あはははは!!!!」
「フフフ、面白いね」
「えっ」
「フボッ?」
アルベルトの方を見て笑っていると言うよりは、麗奈を見て笑っているように見えたので思わず疑問に思った。しかし、ユリウスとランセはそれが笑いのツボにハマったのかずっと笑っている様子だ。
目の前にツヴァイが現れて≪ううん、貴方が面白いなって言う再認識をしたのよ≫と言えば途端にアルベルトからは「クポポポ」と文句を言っているように見える。
暫く談笑し、麗奈はツヴァイはあの時自分を狙った精霊で合っているかと聞けば彼女は肯定した。ピクリと反応を示したフェンリルはシュンと落ち込み、ツヴァイは平気だと言った。
《あの時は仕方ないの。私の、前の私は既に人間を殺すのに抵抗が無かったし……共に育った貴方にまで手を掛ける気で、彼女の事を襲う気だったもの》
しかし、それは避けられた。死神のザジにより首を落とされ、苦しむ事なく世を去った。が、気付いたら自分は知らない空間に居たと言う。動物達を守る為の防衛で人を殺し、精霊をも手に掛けようとした精霊フォンテールは罪人だ。
罪人は冥界へと連れて行かれ、光も何もないただ苦痛と叫びが響き渡る暗き空間へと牢獄のように閉じ込められる。それを止め、転生する気はあるかと聞かれた存在、それが―――
《この世界の土台を作り、アシュプ様、ブルーム様を生み出した創造主様。……神様、って言う方がしっくり来るわね》
「その人が、貴方をここに?」
《えぇ、本来新たに精霊が生まれる時は前の自分を知らないから。同じ属性に生まれる可能性もあるし、真逆の属性を持って生まれる可能性もあるから、前の記憶があると混乱してしまうの》
その小さなズレはやがて自我の形成の時に、邪魔になり本来の自分と新たに生まれた自分と言う板挟みに苦しめられる。その苦しみを味合わない為の処置だと言う。
《まぁ、あの人は面白ければ何でも良いのよ。誰の味方もしないただの傍観者であり、中立を貫くの。今、起きている事だってあの人からしたら、退屈しのぎになるなぁ位だもの》
それでもツヴァイは感謝してると言った。どんな形であれ、自分を心配し助けようとした麗奈にお礼が言いたかったのだと。
《貴方は貴方のままで居て。転生したのだから、今度は道を間違えずに人の為に動くわ。だから、》
友達になってくれる?とモジモジと体をくねらせ、麗奈の事をチラチラと見る。アルベルトはじーっと麗奈を見ており、言われた側は理解してツヴァイに笑顔で手を伸ばす。
「私こそ、よろしくツヴァイ」
《うんっ、うんっ!!!》
気付いたら泣いていた。自分のした事は許されない。人の味方であるのは、道を間違わない為、守るため。人間は儚く弱い生き物だ。
僅かな生をその一瞬の為、後世の為にと足掻き残して来たもの。今の世があるのは彼等のお陰であり、精霊達はずっと見てきた。それは監視者として、ただ見ているだけでは辛すぎた。干渉するにはどうするかと考え、妖精に自分達の伝言を伝えた。
妖精にはそれが負担になり、魔物へと変異してしまう結果となり嘆いた。そして、精剣と言う魔族を倒す武器を作り、その当時生きる者達に味方をしたのが大精霊へと力を昇華していたフェンリル達だ。
「人、精霊、魔族、魔王、獣人、エルフ、ドワーフ。彼等だって道を間違える。間違えないものなど居ない。創造主として存している私だって間違えるんだから」
水晶に映し出された麗奈達の様子を見たディーオは言う。
世界の危機に呼応するように、引き寄せられた異世界人は創造主ディーオの手引きによるもの。
世界が違うからか、彼等には特殊な力が備わっている。それで危機を脱した事もあり、または世界が滅んだとさえ他の神達は言った。
「君等の選択で、破滅から救えるのかそのまま破滅へと導かれるのか………楽しみだよ」
微笑みながら残酷な事を言う。
確かにこの世界は自分が創り出したものだ。しかし、この世界に生きる全ての味方と言う訳でもないし、敵と言う訳でもない。あくまで自分は創造主であり、誰の味方でもない……だからといって、せっかく作り上げた世界を壊されては気分が悪い。
「さて、君等はどんな選択し、どんな結末を向かえるのかな?」




